日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
「レオナルド×ミケランジェロ展」で素描に開眼
三菱一号館美術館で開催中の「レオナルド×ミケランジェロ展」は、
普段見落とされがちな素描の魅力をあますことなく伝える
良質の展覧会だった。


色の助けを借りずに線のみで形を構成する素描は、
ごまかしが効かない作業。

従来、色のついた絵画の方に目を奪われ、
スケッチや素描は二の次と位置付けることが多かったけれど
この展覧会では、これまでのないがしろが恥ずかしくなるほど
線描の美しさや多様さを実感できた。


会場内の解説パネルでは、2人のマエストロが、
それぞれに少し異なったタッチで立体感を出した点が
力説されている。


まず、ダヴィンチ。
左利きなので、左上から右下へのストロークを用いていた。
この点は、絵の真贋を見分ける時の判断材料として、聞いたことがある。

どれどれ・・・
単眼鏡で熟視してみると、輪郭以外は見事に同方向の斜めの線のみ。
なんと黒目までも(愕然)!


*ブロガー内覧会の折りに、写真撮影は許可を受けています。
(ウフィツィ美術館の絵とヴァザーリ関連の写真は除く)

「少女の頭部」ダヴィンチ
IMG_4712 (1) 


濃淡は、線の密度で表し、ハイライトも使っていたようなのだけど、
緻密な線ばかりではなく、髪の毛、体部分などは
空気感を伝えるようなあっさりした線だけ。

しかし脳内で補正が加わるせいか、
実在感のある女性像として目に映る。


先日新美術館で見たジャコメッティが、
素描の際、びっしり描き込んでは消し、
線に線を重ねて描き込んでいた様子とはまるで対極。

でも、この2人が目指したものは、案外同一だったりして:

「Le dessin n’est pas la forme, il est la manière de voir la forme.」
(デッサンとはフォルムではない、そのフォルムがいかに見えるか、である)
ドガの言葉。


一方、ミケランジェロの方は、線の交差で造形する
“クロスハッチング”を用いて描いている。

「<レダと白鳥>の頭部のための習作」ミケランジェロ
IMG_4719.jpg 


レオナルドが斜線による陰影で立体感を出していたのに対し、
ミケランジェロは、
石から立体を創出する彫刻の作業を紙の上で再構成するかのように、
周辺から攻めて隆起を創出している印象。


両者とも、視線のアヤといった不確定なものまで最大限に利用した
巧妙な罠にも近い再現の作業が興味深かった。



その他、パラゴーネに関する章もある。
当時絵画と彫刻、それぞれの優位性を競った空気感が伝わってくる。


私がパラゴーネという言葉を初めて知ったのは、
ティツィアーノの絵画の解説文でだった。

そこには鏡を持つ女性が描かれていて、
彫刻にしかできない多面性を鏡という小道具で実現した、
といったことが、パラゴーネの概念紹介とともに書かれていた。


片やダヴィンチの方は、多角的に頭部を描くことで
絵画の優位性をアピールしたようだ。


「髭のある男性頭部」ダヴィンチ
IMG_4915 (2) 


なるほど。

最後に、パラゴーネで思い出すのが、
アレッツォにあるヴァザーリの家。

天井画には、彫刻家と画家を表象する絵が描かれていた。


P6190805.jpg P6190802.jpg


さらに隣室の天井には、本を持った女神の姿。

こういう小道具には、えてして面白いことが書いてあるものだ。
アップにしてみた。

P6190771.jpg 


すると、こんな隠れたヴァザーリの自負心が・・・

P1730247.jpg 
LA VITA DI PITTORI, SCULTORI ET ARCHITETTORI
SCRITTE DA MESSERE GEROGIO VASARI
PITTORE ARETINO
L’ANNO MD XXXX

”芸術家列伝は、xxx年に
アレッツォ人の画家ジョルジョ・ヴァザーリによって著された。”


パラゴーネ論争活発な時代、
ヴァザーリは、自身を高らかに「画家」と定義していた。

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展覧会名:レオナルド×ミケランジェロ展
会場:三菱一号館美術館
会期:2017年6月17日(土)~9月24日(日)
開館時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜休館(但し、祝日は開館)
2017.07.15 Sat | Art| 0 track backs,
「レオナルドxミケランジェロ」展の「十字架を持つキリスト」<波乱万丈の物語>
三菱一号館美術館で開催中の「レオナルドxミケランジェロ」展。

本展覧会のためにはるばる来てくれた「十字架を持つキリスト」は
(7月11日から展示開始)
ミケランジェロが制作を開始し、未完のまま放置されたあと、
第三者の手が加えられて完成したというレアな作品。

現在バッサーノ・ロマーノのサン・ヴィンチェンツォ修道院付属聖堂に
安置されている。
別名ジュスティアーニのキリスト。


ミケランジェロはこれとは別に、新たな「十字架を持つキリスト」の制作にとりかかり、
それはいま、ローマのミネルヴァ教会に置かれている。
(正式名はBasilica di Santa Maria sopra Minerva)


ミネルヴァのキリストは2013年にローマで見てきたので、
今回、ジュスティアーニのキリストを見るのを楽しみにしていた。


展示室に入るやいなや真っ先に確認したのは、むろんキリストのご尊顔。

展示鑑賞前にエムプラスで拝聴した講演会で高橋館長からコメントがあり、
本彫刻が未完のまま放置された理由が、こんな風に説明されたのだ。
「顔部分を彫り進めるうちに、大理石下層の黒い条痕が出てきてしまったから」。


展示室では、失礼とは思いつつもまずはキリストに歩み寄り、お顔の痕跡を確認。
よく見えないかな、と思っていたけど、意外にくっきり見えた。
WIKIでvena neraなどという表記も目にしたけど、なるほど。

*写真撮影は基本的に可能
IMG_4893.jpg 


ミネルヴァのキリストを右に添えてみる。
見上げる格好なので、うまく並列はできないけど。

bb.jpg aa_20170713235630521.jpg



ミネルヴァ教会にあった解説によると、キリストは
canne, spugna, corda=杖、スポンジ、縄を手に持っているとのこと。

P1320737.jpg 


”兵士たちはスポンジにふくませた葡萄酒を葦の棒につけて
十字架にかけられたイエスに差し出した”、
というマタイの記述を織り込んだ彫像のようだ。


ミネルヴァのキリストは、十字架に両手を添えていて、
ポーズはかなり異なっている。
P1320740.jpg 



さて、このようにミネルヴァのキリストは安泰に過ごしたわけだけど、
ジュスティアーニのキリストはどうなったのか?

以下は、NYタイムズなどのオンライン記事をあさったときに目にしたもの:


未完とはいえ、第1バージョンは破棄されることなく
第2バージョンが完成したときに、
ミケランジェロの手から依頼主のヴァーリに贈呈された。

17世紀初頭になると、この第1バージョンに買い手がつく。
カラヴァッジョの収集家として知られる
銀行家ヴィンチェンツォ・ジュスティアーニだ。
(それゆえに、別名ジュスティアーニのキリスト。)

そして1644年に別の作家が、未完部分を仕上げて完成。


本作はイタリア、バッサーノ・ロマーノの修道院へ運ばれ、
やがてミケランジェロ作という事実は忘れられていく。

バッサーノ・ロマーノの地は、その後外敵の侵入を受ける。
まずナポレオン襲撃・略奪。
ついでドイツ軍の略奪行為。

ところが彼らは本彫刻には見向きもせず、
命拾いをしたという。

その一方で、1941年には修道院主導のもと、
古いコレクションの断捨離が実施。
ところがその際も、なぜか捨てられることはなかったのだとか。

そして本像の本格的な履歴調査が開始され、2000年になって、
ミケランジェロ作であると認定された・・・


・・といった内容だった。
(完成を1644年としている点など、これが最終説かどうかは不明なので
ひとつの説として提示。)


なにはともあれ、
そんな波乱万丈のキリスト像が、
遠路はるばる日本に来てくれました。

ミケランジェロも泉下で、さぞびっくりしていることでしょう。


ー ちなみに、本展覧会には、以下のようなデッサンもありました。

*以下の1枚は、ブロガー内覧会の折りに許可を頂いて撮影しています:

IMG_4779.jpg 


これはミケランジェロ・・ではなくてレオナルド・ダヴィンチの作品、
「ヘラクレスとメネアのライオン」。

裸体の大家ミケランジェロのダヴィデ像への対抗作、
とも言われているのだとか。


天才たちが競ったルネサンス期の華やかな時代が具体例をもって
浮かび上がりますね。
 
********


展覧会名:レオナルド×ミケランジェロ展
会場:三菱一号館美術館
会期:2017年6月17日(土)~9月24日(日)
開館時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜休館(但し、祝日は開館)
詳細はHPにて:  http://mimt.jp/lemi/
 
2017.07.13 Thu | Art| 0 track backs,
ミケランジェロの聖母のモデルが男性だった証拠
ミケランジェロが男色系の人だったことは知られていて、
女性の絵を男性モデルから創出したと言われている。

このほど三菱一号館美術館「レオナルドxミケランジェロ展」のブロガー内覧会に出席させて頂き、
その歴然たる証拠をつかんだ(?)

ウフィツィ美術館で見た、ミケランジェロのトンド・ドーニ。

P6201047.jpg 


その習作@三菱一号館美術館。
聖母と同じ構図だけど、どう見ても顔つきは男性。


*下の1枚は、内覧会の折りに許可を得て撮影しています:

IMG_4911_20170712212453551.jpg


それがこのように聖母になる。
だから筋骨隆々。

P6201053_201707122124520e9.jpg


ああ、本当に彼は聖母までも男性をもとに
描いていたのだなぁ。

習作では鼻の部分を丹念に描き込んでいるけれど、
絵画作品の方でも、鼻のリアルを追求しているような印象。

腕の構図も、別途習作があるのでしょうね。
男性モデルをもとに描いた習作が。


その他、ヴェロッキオ工房による<キリストの洗礼>の中の天使の習作もあった。
最終作品の天使よりも、やや野暮ったかった。
 
=====.
展覧会名:レオナルド×ミケランジェロ展
会場:三菱一号館美術館
会期:2017年6月17日(土)~9月24日(日)
開館時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜休館(但し、祝日は開館)
2017.07.12 Wed | Art| 0 track backs,
上野・黒田記念館別館の上島珈琲2Fは和室風
上野の東京国立博物館脇にある
黒田記念館別館には上島珈琲が入っている。

1Fはノーマルなファストフードショップ風なのだけど、
2F内装の(いい意味での)ミスマッチがすごい。


IMG_4216.jpg 


透かし彫りの欄間や

IMG_4217.jpg 


障子の桟を張り巡らせたような灯りなど、
隣接する黒田記念館で美術鑑賞した後、
その余韻を持ち込むにはもってこいの雰囲気かもしれない。


IMG_4219s_20170705085634328.jpg 


天井の半分は、パイプむき出しの斬新さなわけだけど。

IMG_4214.jpg


美術館で講演会の聴講整理券をもらったあと、
1時間弱で開場、ということがよくある。

そんな時、ランチで遠出もできず、
往復時間最低限でささっと食べられる場所として
便利なのがこの場所だ。

開場まで1時間半あるときは、上野駅の椿屋珈琲店のランチなどを
利用するのだけど、さすがに1時間でそこまで往復は
ちょっときついのだ。

店内は新しいし、こんな感じで目を楽しませたもらえるので、
(そしてなによりあまり並ばず手軽に食べられる店が意外にない)
結構よく利用させてもらっている。
2017.07.05 Wed | Art| 0 track backs,
ラファエロxミケランジェロxダヴィンチ
三菱一号館美術館で、「レオナルド×ミケランジェロ展」が開催されている。

レオナルドとミケランジェロは確かにルネサンス期の2大巨匠だけど、
比較対照という意味ではラファエロxミケランジェロの方が
脳内で親しんできた。


例えばー
こちらは2013年のローマ旅行の折り、
サンタゴスティーノ教会で見てきた1枚。

P1330233_20170703073838d8e.jpg 


「預言者イザヤ」と題されたこのフレスコ画は、
ミケランジェロ作・・・ではなく、
意外にもラファエロの作品だ。

彼が得意とした優美で柔らかい人体表現はここでは封印され、
筋骨たくましい腕やふくらはぎが仰ぎ見る者の眼前に
迫ってくる。


この腕の描き方を見ると、思い出されるのは
フィレンツェにあるミケランジェロの「トンド・ドーニ」。

たくましいこの聖母のモデルは男性だった、というのは
よく聞く話。

P6201053.jpg


さらに「預言者イザヤ」の足は、
ローマのサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会で見た
やはりミケランジェロ作モーゼ像を彷彿させる。


P1170573.jpg 


ミケランジェロのモーゼは髭の表現や
手の静脈の表現が生き物のようで目を引くのだけど、
衣の間から覗いたふくらはぎは筋肉が隆起して、
ここだけ見ると、カエサル像、と言われても信じてしまいそう。


P1340363.jpg



・・といった具合に、ラファエロの「預言者イザヤ」には、
ミケランジェロを多分に意識していた痕跡が残っていて、
ごく自然に両者を比較する習性がついてきた。


2人の比較ということで言えば、
優美な女性像vs男子をもとに描いたごつい女性像
といった対比のみならず、さらに:

美男子vs顔にコンプレックス
女子にモテモテvs男子に食指

など、結構安直な構図として折りにつけ思い描いてきた。


でも、ダヴィンチは、といえばどこか斜め上の存在で、
他の同時期の芸術家たちと比較するという発想はなかった。


そもそもダヴィンチは純粋な画家というより
マルチプレーヤー。

新婚旅行で訪れたアンボワーズでダヴィンチ博物館の壁には、こんな貼り紙:
「IBMのコンピュータは、ダヴィンチの設計をもとにつくられました」
(カメラの前に立つのは若い頃の夫)

IMG_4134 (1) 


芸術のみならず、産業界、人文科学、様々なジャンルを自由に行き来した存在で
彫刻家のイメージの強いミケランジェロとの並列は
思い浮かばなかった。


だからこそ、三菱一号館で行われている「レオナルド×ミケランジェロ展」は
ありそうでなかった意外な展覧会だと言える。

中心に据えられたのは、素描disegnoということで、
なるほど、それなら両者の比較が浮き彫りになりそう。

はてさて、レオナルドvsラファエロは、
一体どんな様相を呈するのだろう。


ちなみにラファエロが描いた「アテナイの学堂」には、
上述の3人が登場する。(2013年のローマ旅行より)

P1180742_20170703080215941.jpg 


ヘラクレイトスとして描かれたミケランジェロ
P1350270.jpg 


プラトンとして描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチ
P1350262.jpg 


そしてラファエロが描かれている。
P1350267.jpg 



「レオナルド×ミケランジェロ展」の開催要領は以下。

ルネサンスという新しい芸術の潮流の高揚感を背景に
競い合った天才たち。

そんな彼らの情熱がこめられた描線は、
果たしてどのような軌跡を描いているのだろう。


***

会期:2017年6月17日(土)~9月24日(日)
開館時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜休館(但し、祝日は開館)





2017.07.03 Mon | Art| 0 track backs,
坂本龍馬展(@雅叙園)を堪能
雅叙園で開催中の坂本龍馬展で熱くなった。

手稿が数々残されていて、
龍馬をびんびん肌で感じた次第。


書面の中にはこんなものも:

大政奉還の可否が決定する日、龍馬は後藤象二郎宛てに
書簡をしたためた。

しかしよほど力が入っていたらしく、
(後藤)「先生」、と書くべきところを
「生生」と書き損じてしまい、その書面は草稿扱いになった。

その草稿がこちら。
確かに「生生」と書かれている。(左下)

龍馬の熱い気持ちが伝わってくる。


IMG_4009.jpg 


改革に燃える龍馬の心意気は、
有名な言葉、「日本を今一度せんたく(洗濯)」する
の言葉にも表されている。


IMG_3972.jpg


近江屋事件での暗殺のシーンは、迫真の影絵で表される。

一旦相手は刀を置いて,龍馬を安心させた、、、
そんな細部まで表されていた。


IMG_4086.jpg 


当時、室内にあった掛け軸には血が飛び散ったといい、
その実物の掛け軸の複製も飾られていた。

黒い小さなシミが下の方に。


IMG_3773.jpg 


そして昭和になってから、その掛け軸が展覧会で展示された際、
龍馬所有の刀も一緒に展示された。
その記録写真が残っている。
この刀のうち、上から3段目の刀は・・・

IMG_3984.jpg 


・・この通り、今回展示されている。
鞘には龍馬の文字も。

IMG_3981.jpg 


暗殺の舞台となった近江屋の部屋には掛け軸のほかに
屏風も置かれていて、そちらにも夥しい血痕がついていたそうだ。
下方、猫の絵のそばには点々と黒いシミ。

左上の富士山の絵は、狩野探幽。
こちらの屏風も忠実な複製。


IMG_3776.jpg 


精巧なマケットもあり、位置関係が明らかに。
最初の掛け軸と、屏風はこういう位置関係で置かれていた。


IMG_3787.jpg 


最後の部屋には、ソフトバンクの旗と海援隊の旗。

ソフトバンクの孫正義氏が坂本龍馬に心酔していたため、
海援隊の旗をもとにしたビジュアルを採用したそうだ。


IMG_4099.jpg 


そのほか、龍馬の子孫が画家になったそうで、
その人の絵の展示も。


手紙の多くが残されていて、筆まめだったと驚いたけれど、
今の我々がメールを打つ感覚を考えれば、
あの程度は普通だったのかもしれない。


自体・文体は奔放な感じで、
姉宛の手紙などは素顔が見えて興味深い。
(姉に、妻のお龍のために帯を与えてやってくれまいか
などと依頼していたり。)

妻については、「おもしろき女」とつづっており、
ご執心ぶりがうかがわれる。
なんだか微笑ましい。

没後、ちょっと気恥ずかしくて人に見られたくない手紙かもしれない。


IMG_3997.jpg 


そのほか、花街に遊びに行った後、
妻におべっかを使う手紙なんかもあって、
とにかく人間臭さがそこらじゅうに漂っていた。

坂本龍馬という人を身近な実在の人物として
感じられる展覧会だった。


坂本龍馬展は今週末まで。


2017.06.22 Thu | Art| 0 track backs,
砂の聖書「珠玉の現代陶芸 マダム菊池のコレクション 展」@智美術館

昨日紹介した菊池寛実記念 智美術館の「珠玉の現代陶芸 マダム菊池のコレクション 展」には、

うつわだけでなく、オブジェの類も展示されている。

 

さらには、手の跡のない型で鋳造された近代的なものから

土草の臭いに満ちた土俗的なものまで、幅広い。

 

美術館設立者、菊池智さんのおおらかなテーストがしのばれる。

 

酒井田柿右衛門(十三代)、楽吉左衛門(十五代)、

富本憲吉、加藤藤九郎など有名どころの作品もあるけれど

個人的には観念的な作品が強く印象に残った。


多分、普段陶芸の展覧会でも(戸栗美術館とか近美工芸館とか浮かべつつ)、

こういうのはあまり見慣れないせい。

そして、現代陶芸の作品の幅広さを改めて感じさせるから。


数多い作品の中から1点だけ選ぶとすると、これかな。

(ブログを読んでくれている学生時代の友人いわく、

内覧会レポートは簡潔がいい、とのことなので)

  

  写真撮影は内覧会の折りに許可を得ています

 

荒木高子「砂の聖書」1981年(手前)

 IMG_3308.jpg

 


一目見た瞬間、私が思い浮かべたのは

 キリストの「エジプトへの逃避」、あるいは

旧約聖書の「出エジプト記」。

 

前者は、新約聖書にある

幼子イエスとともに一家がエジプトに逃避行するお話だ。

  

救世主誕生を知り、脅威に感じたユダヤ人ヘロデ王は、

どの子がイエスかわからず、2歳以下の幼児を一斉に虐殺するよう

家臣に銘じる。

イエスの一家は、虐殺の手から逃れるため、逃避行の旅に出る、というもの。

 

砂と聖書の組み合わせが

エジプトの乾いた大地とキリストを直接的に連想させた。

 

ヘロデのような暴君の手から逃れ

その後受難を受けたキリストの教えは、

長い年月を経て今も脈々と続いている。

 

聖書という紙媒体が、たとえ半ば朽ち果てても、

或いは最終的に土に帰したとしても、

教え自体は風化せず、人の心の支えになり続けていく。

すでに人の心の中に根付いている限り。


目の前にあるのは単体の焼き物だけど、

パワルフな世界観を感じる1点。


~~~~~


「珠玉の現代陶芸 マダム菊池のコレクション 展」

菊池寛実記念 智美術館

会期 :  2017年6月10日(土)~ 9月3日(日)
休館日 :  月曜日(ただし7月17日は開館)、7月18日(火)
開館時間 :  11:00~18:00  ※入館は17:30までになります
観覧料 :  一般1000円、大学生800円、小・中・高生500円

その他ナイトミュージアム、ギャラリートークあり



2017.06.14 Wed | Art| 0 track backs,
写真家ソール・ライターの言葉が素晴らしい

Bunkamuraミュージアムのソール・ライター展に行き、

壁に書かれた本人の言葉に感銘を受けた。


IMG_2451.jpg 



● 神秘的なことは馴染み深い場所で起きていると思っている。

何も、世界の裏側まで行く必要は ないんだ。


そして、


● 写真を見る人への写真家からの贈り物は

日常で見逃されている美を時々提示することだ



こんな言葉を脳裏に刻んだ後、外に出た。

町の風景が変わった、と感じた。


ライターの写真は、本当に身近なシーンを切り取っているのに

どれもこれもが美しく、詩情豊かで心に響く。



きっと私の日常風景も本当はモノトーンなんかではなくて、

きらめきがいたるところにあるのだろう。


でも美の心がないから、色あせて見える。

心の目を養えば、見慣れていたはずの風景も

変わって見えるのだろう。


カメラをもって近所をうろつきたくなった。



● 幸せの秘訣は何も起こらないことだ


これは一理あるなぁ。

穏やかな心ぶれない日々、あこがれる。



● 美術の歴史は色彩の歴史だ。洞窟の壁画にでさえ色彩が施されている


この言葉は、何人かの美術家の口からきいたことがある。

ちょっと言い方は違うけど、

人類の美の原点はアルタミラの洞窟である、とか。


草創期から人類は美を求めてきた。

生活に不可欠というわけでもないのに。

せっかく人間として生まれてきたからには、

その美の心を忘れたくない。



● 無視されることは偉大な特権である


これは画家の人生を投影している言葉。


大きな雑誌社との契約を打ち切り、

安定的な収入源を断ち、作品を発表することも

ある時期から辞めて

ひたすら写真撮影と絵画に向き合ったライター。


自由でいることが財産であるかのように。


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それにしても久々に感動した写真展だった。


雨粒、傘、雪、庇、など、

風景の間にフィルターを置くことで、

現実世界に不思議な演出が施され、

生み出されるポエジー。


さらに、写真の切り取り方が独特で、

感動的だった。


絵を描き続けた写真家ならではの

独特の美的感覚だ。


ナビ派や浮世絵の風味が加わって、

どこか絵を見る感覚だった。


結局3回見に行ってしまった。

あんな素敵な写真を撮ってみたい。



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2017.06.11 Sun | Art| 0 track backs,
六義園と「名刀礼賛」展と柳沢吉保
◆ 将軍綱吉からご寵愛を受け、刀を50口も頂いた柳沢吉保は六義園の主だった人


現在神谷町の泉屋博古館分館で開催中の
「名刀礼賛 ―もののふ達の美学」展では、
名刀がずらり30口+その周辺の装具が公開されている。

その中に、柳沢家伝来のものが散見された。

柳沢家といえば柳沢吉保。
吉保といえば徳川綱吉から寵愛を受けた譜代大名で、
拝領した邸宅がいまや六義園として開放されている。

以前六義園のつつじ関連記事に入れたとおり。



なんでも将軍から贈答用の刀を50口ほども頂いたそう。
寵愛ぶりも度を越している。
吉保、相当な策士だったのか、と勘繰ってしまいそう。

その柳沢家が大事に保管したおかげで、
今もまばゆい光を放つ刃や、輝く蒔絵の鞘を
目の当たりにできるのだ。


なんでも将軍家では、家宝の刀とは別に
贈答用に相当数の刀を所持していて、
それをことあるごとに
吉保のような忠実な大名のもとにわざわざ行幸して
贈っていたらしい。


頂いた方は、当該の刀の値段を把握して
返礼などを用意したのだとか。


贈答の儀礼、古くからしっかりと日本の文化に根付いていた模様。


その柳沢家伝来の刀の例としては例えばこちら。
ただし、こちらは綱吉が吉保本人でなくその長男 吉里のもとを訪れて
贈ったものとのこと。


葵紋散金梨子地 塗合口拵(「短刀 銘 来国俊」付属)
(俯瞰ケース) 江戸時代 黒川古文化研究所.

*写真は内覧会の折りに許可を得ています。

IMG_2557.jpg 
「名刀礼賛」展より


蒔絵に葵のご紋がついている。
しかも彫り方に少しずつ変化が加えられているらしい。

相当細かいのでかなり近づいて凝視しないとわからないけれど。


そして吉保が妻(正室だったか側室だったか)とともに
散策したといわれる六義園がこちら:

今の時期はさつきと

IMG_3065.jpg 



紫陽花が華やかに咲き誇っている。

IMG_2881.jpg


六義園庭園ガイドツアーで頻繁に耳にした吉保の名が
泉屋博古館の展示につながって、
身近な歴史の授業と言った感じ。

=====


展覧会名: 黒川古文化研究所+泉屋博古館連携企画特別展
      名刀礼賛 ―もののふ達の美学
主催 : 公益財団法人黒川古文化研究所、公益財団法人泉屋博古館
会場 : 住友コレクション 泉屋博古館分館
会期 : 2017年6月1日(木)―8月4日(金)  
開館時間 午前10時00分~午後5時00分(入館は4時30分まで)
休館日: 月曜(7/17は開館、7/18(火)は休館)
入館料 : 一般 800円(640円) / 学生600円(480円) / 中学生以下無料
       20名様以上の団体の方は(  )内の割引料金
2017.06.06 Tue | Art| 0 track backs,
千住博さんのメトロパブリックアート
新宿三丁目にある千住博さんのメトロパブリックアートは
いつもの滝のシリーズ。

涼し気~。
真夏日は避暑に向いていそう(?)

IMG_1715_201706052314364a3.jpg 


ここで注目は、署名。
滝の作品は数多く見たけど、署名に気が付いたのは今回が初めて。

ペーソスのある素敵な書体。

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メトロの壁はうんと近づいてみることができ、
ガラス張りでもないので、ディテールがすごくよく見える。

滝の水しぶきが、きらきら粒になって飛び散っていた。
上から滴り落ちる水は、ぼかしのような手法で
煙のように描かれている。

美術館でオツにすましている絵画とは違い、
手で触ることもできる庶民派のパブリックアート。


新宿三丁目で誰かと待ち合わせるとき、
「千住さんの滝の前でね」
なんていうのはおしゃれだなぁ。


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それから明治神宮前の野見山暁治さんの作品のサインは -

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ローマ字だった。

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美術館でもそうだけど、
亜流と知りながら、署名や落款をチェックするのは
ある意味気分転換で楽しい。

フランスかぶれした画家が、
自分の名前のローマ字に、フランス語特有のトレマをつけていて
(トレマ=ë, ï, ü, ÿ のような上にポチが2つ くっつく文字)
それを発見する喜び、なんていうのもある。

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2017.06.05 Mon | Art| 0 track backs,
山口晃画伯作・西早稲田のパブリックアートは突っ込みどころ満載

パブリックアートの話その2。

メトロの西早稲田駅にあるパブリックアートは
突っ込みどころ満載で楽しい。


タイトルは「地下鐵道乃圖」。
作者は今を時めく日本画の巨匠 山口 晃氏。


まずは全体像。

洛中洛外図など、よく昔の屏風で用いられた金雲の手法を使用している。
この金雲を見ると、自動的に、あ、古い時代の絵を描こうとしているな
と感じるわけだ。


確かに一見すると、地下鉄の様子(&その断面図)が、
古風に描かれているかんじなのだけど、
よーく見ると???がいっぱい。

(ちなみに、「この金雲は画面を区切るのに便利だ」とかつて
山口画伯がコメントしているのを聞いたことがある。
使いたくて仕方なかったのかも。)


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まずは題字。
古風な展開図の予感・・・はすぐに裏切られる。

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地下鉄内に、馬車で乗り入れる人がいるけど、
服装からして江戸と昭和が混じっている。
いやいや古風なんかではない。
自動改札を通っている。

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さらに地下鉄車内にはお風呂。
先頭車ならぬ
銭湯車か。

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坂本龍馬風のおじさんがいるかたわらで、
エスカレーター。

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神社の社殿みたいなのが全面にくっついている
レトロな電車。

地階と上階にプラットフォーム。

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断面図。
二階建て電車のよう。

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断面図その2。
「西早稲田」と駅名が見える。

地下鉄と停車駅にぴったりなモチーフだけど、
ここまで奇想天外に描けちゃう
山口画伯。

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これは細部が楽しいパブリックアート。


とはいえ西早稲田を通勤・通学で使っている人達は
きっとしげしげ見ずに通り過ぎることだろう。

まあそんなものだ。
私は例のメトロパスを使って、副都心線の駅をいくつか
巡ったのだった。


そのときのブログ(ざっとした紹介のみ);




2017.06.02 Fri | Art| 0 track backs,
メトロ パブリックアート 明治神宮前駅  希望/武田双雲
メトロのパブリックアート。
以前別途アメブロのほうに1作品ずつ掲載したけど、
今日はひとつをクローズアップしてみたい。


だいたい地下鉄のパブリックアートって、
通りがかりにざざっと見るばかりなのだけど、
先日、ふとしげしげ眺めてみた。

だって、美術館なら作品に接近できないけど、
ここは触ってもよし。

鼻先がくっつきそうになるほど凝視しても
監視員は飛んでこないわけだし。


● 明治神宮前駅  希望/武田双雲

ジョアン・ミロの作品みたいに リズム感を感じる。

そして、作品の中にちゃんと落款があるのに気が付いた。

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これ。
署名の下に落款。
落款の「双雲」の字は、右から読むみたいだ。

書体の名前はわからないけど、
象形文字のよう。

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もちろん、タイルにじかに書いたわけでなく、
一種のプリント技術なのだろうけど、
滲みや飛沫のように飛ぶ墨の躍動感、墨の濃淡が
忠実に再現されている。

侮れない駅の壁美術館。

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そしてこちらの角度から見ると、
左側の勢いが薄まるせいか、朴訥というか
まるで梅の木のような静かな佇まい。

見る位置によって表情を変える
書というより墨のアート作品「希望」。 

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ただ通り過ぎるだけじゃもったいないぐらい。

とはいえメトロ乗り換えの途中にあるので
シチュエーション的に、ほぼ全員が
足早に通り過ぎる。





2017.06.01 Thu | Art| 0 track backs,
国立公文書館で「航空発達史」展で見た昔の新聞記事
◆ 大正時代の新聞の片隅に見つけたコレラ患者発見の記事:
  名前は呼び捨て、住所すべて公開。
  個人情報保護と対極の大正時代のジャーナリズム


国立公文書館で開催中の「翔べ 日本の翼―航空発達史―」展で見た
新聞記事がツボだった。

昭和四年、米国軍用機ツェッペリン号が来日。
号外が出たようだ。

興奮ぶりが伝わってくる。
朝日新聞。

人間が空を飛び出して間もないころに生きていたら、
飛行機の姿ひとつできっと大興奮したのだろうな。


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で、全然関係ないけど、
別の飛行機関係の新聞記事の脇に見つけたこんな記事。

大正14年。
横浜大さん橋が落成式とか、
コレラ患者発見とか。

でもこのコレラ記事、スゴイ、罹患した女性のことを呼び捨て。
住所も詳細に記載。
個人情報もなにもあったものじゃない。
コレラと決定された日にちと時間まで。


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ただ、すべてに振り仮名というのは
漢字を覚えるのに役立つ。
PC、携帯で漢字を書く時代から変換する時代になり、
こういうふりがなは、今こそ必要な気がする。


そしてー
住友信託今も昔も名前変わらず。
でも、右から縦書き。

こちらは昭和14年。

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航空史の本体もおもしろかったのだけど、
ついでに見つけた重箱の隅が興味深かった。

2017.05.31 Wed | Art| 0 track backs,
「19世紀パリ時間旅行」展で古いパリの街並みを歩く
ナポレオン三世は19世紀中ごろ、パリ市長のオスマンに銘じて
パリの大改革に取り組む。

きっかけは、イギリス亡命中に見たロンドンの
整然とした街並み。
片や当時のパリはといえば悪臭漂ううらぶれた路地が並んでいた。

自分の手で大胆にメスを入れることを夢見て、
実際権力を得た途端、改革に踏み切った。

おかげで今の麗しい街並みが誕生した。


今我々が目にする幅広の放射線状のアベニューも、
昔は泥や掃きだめまじりの悪臭漂う状況だった。

でも整備されればいいかというと、当時の人達は
汚いなりに愛着をもっていて、
失われた街並みをなつかしむ文章を多々残している。

ただ、その失われた街並みというのが絵画の題材になることもなく
資料が余り残っていない。

郷愁を催させる街並みとはどんなものなのか?


フランス文学研究者で古書コレクターの鹿島茂が
これまでに集めた地図や版画を手掛かりに
パリの今昔をつまびらかにしようという意欲的な試み、、

それが練馬区美術館で開催されている
「19世紀パリ時間旅行―失われた街を求めて―」なのだった。

作品展示リストだけで16ページ。
暴力的なまでの量だった。


一口で言うと様々な発見があり、
一気に19世紀へと旅したのだった。

バルザック作品によく出てくるBoue(泥)の言葉が
実感できる裏路地の版画あり。

でこぼこの石畳の版画からは、
上を行く馬車のカツカツという音まで聞こえてきそう。

個人的にはプルーストが著書の登場人物のモデルにした
という画家の作品まで見ることができ、
わくわくしっぱなし。

滞在時間は4時間。
心地よい疲れに包まれて帰路に就いた。



2017.05.29 Mon | Art| 0 track backs,
大エルミタージュ展 <感想>と<エルミタージュの意味>
エルミタージュ美術館Hermitage Museumといえば
ロシア サンクトペテルブルクが誇る美の殿堂。


とはいえなかなか行ける場所ではなく、
ひっそりとお宝が眠る、どこか秘密めいた香りがする場所だ。

実際、エルミタージュという言葉が
フランス語で「隠家」を意味する、などと言われているため、
なおいっそう妖しげなイメージがある。


ただ詳しく述べれば、Hermitage Museumの
Hermitageなる単語は、フランス語にはなく、
英語で隠遁者(の住む場所)と意味ことだ。

フランス語では、HなしのErmitageと綴り、
これで修道院とか人里離れた場所を指す。

語源的にはギリシャ語・ラテン語発で
eremita, ἐρημίτης, erêmítês,  ἔρημος, erêmosといった語の系列。 
見捨てられた、などといった意味。


そんな隠家からはるばる来日を果たしたのは、
オールドマスターズ、いわゆる古典派の作品たち。

とはいえ初期ルネサンス期以前のものはなく、
バロックの作品が特に目を引いた。


入り口に掛けられている《ロシア皇帝エカテリーナ2世》は
堂々たる威容で、権力の強さがサイズに置き換えられるという
古今東西を問わない人間共通の意識がうかがわれる。

(館内写真は一部のみOK)

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縦もさることながら、
横幅がキャンバスの幅でカバーしきれないほど
分厚い衣装がはみ出ている。

国民を覆いつくすかのようなこの広がりは
これまで見た他の歴代王の肖像画等に比べ
すば抜けてダイナミック。
圧巻としか言いようがない。


さらに足が手前の第から少しだけ前に出ていて、
こちらにぐいと迫ってくる存在感を演出している。

毛皮の質感、黄金に輝く衣装の光沢感がよく出ている。


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そしてぎっしりと宝石がつぎこまれた王冠。


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贅の限りを尽くした装束と
自信に満ちた表情、
そして縦横のこのスケール感。

すべてが権力のかたまりのような
ロシア女帝の姿だ。


そんな迫力ある絵の一方で、
私が一番引き寄せられたのは、この1枚。


フランシスコ・デ・スルバランの
《聖母マリアの少女時代》
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マリアの幼い頃を描いた絵自体が少ないせいだろう
カタログで何度も見たことがある。

やっと実物に出会えました、という気持ち。

青い衣装で描かれることの多いマリアだが、
ここでは幼子らしく赤。

そして絵の中央、ヒザの上に置かれた布は、
純潔のしるしなのだろう、輝くように白い。

あどけない表情で天を仰ぎ見る。
少女の純粋さが静かに心を打つ。


そのほかクラーナハの逸品や
ルーベンス、ティツィアーノ、あるいはその工房の作品も。


展覧会の主題が緩いくくりなので、
好きな絵を見つけて、
その前でゆっくり過ごす、そんな鑑賞法が
合っていると思った。


 ====
http://hermitage2017.jp/
展覧会名:大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち
会期:2017年3月18日(土)-6月18日(日)
休館日:5月15日(月)
開館時間:午前10時-午後8時(火曜日は午後5時まで、但し5/2は午後8時まで)
※入館は閉館の30分前まで
会場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階
2017.05.26 Fri | Art| 0 track backs,
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