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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ポルトガル/リスボン お勧めの観光地 ② 国立アズレージョ美術館 その2
先日のポルトガル出張の続き。

例のタイル美術館では、思いがけないものに遭遇した。
茶器!
とてもとても違和感ある置かれ方で、目を引いた。

なにしろ工事中の部屋に、ぽつんとこれが置かれている。

余りに意味不明で、係員の女性にその訳を聞いた。

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すると、彼女の答えはこうだった:

今年は日本とポルトガルの平和・友好・商業150周年にあたるそうだ。

そこで、この場所で、レセプションが行われ、お茶会がひらかれた。
そのときの記念の品なのだとか。


へえ、最近博物館や水族館などを貸し切ってレセプションをやるのが流行りだけど、
タイル美術館でやるとはオツだなぁ、と感心。

ところがその翌日、まさか我々の学会のレセプションの場所として再度ここに足を運ぶことになるとは
思いもしなかった。


その係員の女性は、こう続けた。「こっちにきて」
ついていくと、図書コーナーに子供たちが作ったタイルの展示があった。

「日本とポルトガルの子供たちが手分けして合作したものなの」と。

なるほど、良く見ると富士山、カブト、「犬」などの絵や字があった。

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右下のタイルには、製作に携わった子供たちの名前と、交流150周年の旨書かれている。

ただ、「この場所につい最近まで、日本・ポルトガル交流150周年ポスターが飾ってあったのに、
もうはがされてしまったみたい。残念見せたかったわ」とも。

それでも十分。
思いがけないところで日本に出会って、心踊った。

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アズレージョと呼ばれるこのタイル。
クラシックな図柄と色合いが特色で、1830年頃が最盛期だったようだ。

現在でも製作されているものの、ほかの芸術作品同様すっかり多様化し、
アヴァンギャルドな作品も多々。

古典的な以前のものは例えばこんな感じ:

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上の階にはリスボン市内を描いた絵巻のようなアズレージョ。

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だが、これが現代となると、アズレージョとしてくくってしまっていいものやら、
やや躊躇してしまうような作品が並ぶ。

アズレージョに限らず、画風や潮流が画一的だった時代から、個々の主張・思想にゆだねられる時代へ。

私には、指針があった”いにしえ”の芸術の方がわかりやすい。

どうも最近のものは、直観・インスピレーションで向き合わなければいけない感じで、
作品と対峙して、なにも湧きあがってこないときの敗北感が痛い。

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2010.10.26 Tue | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガル/リスボン お勧めの観光地 ② 国立アズレージョ美術館
リスボンのジェロニモス修道院の素晴らしさは、初回の訪問で書いたし、あそこは有名どころなので
そういうところは抜かして、ガイドブックでは一押しという書かれ方ではないけど
今回行ってつくづくよかった!という場所に触れてみたい、、という企画第二弾。

今日はアズレージョ美術館。

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こちらの難点は、地下鉄も市電もすぐそばを通っていないこと。
バスで行くことになるが、24番だの718番のバスに乗るといい、なんて言われても、どこから乗ればいいのやら。

ということで、なかなか食指が動かないのだけど、行く甲斐十分にあり。

私の場合、バス停がわからず行くのを一瞬躊躇したのだが、ふと考えて、サンタアポローニャ
の地下鉄駅まで行ってみることにした。

ここは青い地下鉄ラインの終点。
アズレージョ美術館に一番近い駅となる。
あとはほぼ一本道といった感じなので、ここまで行けばバスがありそう、
と狙い定めて行ったところ、地下鉄駅を降りてすぐ目の前に24番と718番のバス停があった。

アズレージョというのはポルトガルでよく見られるタイルの装飾。

様々なタイプのタイル展示してあるだけの美術館だろうけれど、
それでもなかなか貴重な品が見られそう、ということで行ってみた。

行ってびっくり。
誰も中にこんな豪華な礼拝堂があるなんて教えてくれなかった。
金箔とアズレージョのコンビネーション。

生まれて初めて見る光景だ。

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まばゆい金ピカの豪華絢爛な内陣は、ややもすると成金趣味っぽい感じになるけれど、
それをアズレージョがほどよく抑えている。

アズレージョは、単に壁を飾るだけでなく、教会の上部とか、窓枠とか、建物の特定部分に
最初から意図して造られるそうで、そのために建築とのマッチングのさせ方に
様々な手法があり、想像以上に奥行きの深い芸術品だと感心した。

このタイル技術はポルトガルだけでなくフランスやオランダでも発達したそうだが
ポルトガルでは普通の家にもこういうタイルがはめ込まれていたりして、
庶民の生活にしっとりと溶け込んでいる。
この国の人たちの気質にマッチングしているようにも感じられる。


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更にこの美術館、なにがいいといって、元修道院をそのままそっくり使用している点。
なので回廊があり、建物自体の妙もある。

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会議の合間を縫って大急ぎで行ってきたアズレージョ美術館。
がしかし、その翌日、2回目のレセプションがこの場所で行われると知り、ちょっとがっかり。
場所は当日までサプライズで、伝えられなかったのだ。

とはいえ、やっぱり入場料払ってでも行ってよかったと後でつくづく思った。
レセプションではそれほどゆっくり見られなかった。

何より、レセプションのときにはすでにしまわれていたあるものに
で会うことができた(続く・・・ 多分1週間後ぐらいに)


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2010.10.21 Thu | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガルで出会った・・
まだポルトガルの穴場を書きたいと思いつつ、写真選びとかが結構時間かかりそうで、暫くおくことにして、
今日はこの話。

シントラで出会ったかの国のエディ君。
今連日ニュース報道で取りざたされている隣国だけど、そんなの局所的な問題だな、
と思わせるほど日本に対する敵対心はなく。

もっともフランスの大学で学んで、今そのまま居座って勤めていて、
ひとりでスウェーデンだのあちこちの国にふらりと遊びに行って、
いろんな国を経験してているから、垣根を余り感じないのだろう。

そもそも今の騒動、TV報道で見ると全土で嵐と言う感じだけど、
実際かの国から昨日帰国した同僚に聞くと、身近な出来事ではなかったと言っていた。


このエディ君に話しかけたのは、シントラ駅で列車を降りて、バスに乗ったあと下車してから。

バスを降りたはいいが、ムーア人の城壁は開館前ということもあり、全然人がいなくて、見渡す限り森林で、
余りに心細くて、私はいったいなんでこんなところにきてしまったんだろ?状態だった。


手には中国語でびっしり何やら書かれラインマーカーが惹かれた紙を持っていた。
なんでもネットから印刷したシントラの観光案内なのだとか。

で、それが面白いことに、「シントラに行ったら、この三か所を周るべし」、「xxは歩いても行ける」などと
地球の歩き方とかなり同じようなことが書いてあるらしかった。

観光ガイドって、万国似たり寄ったりなのかな。


国鉄駅では列車を降りた途端、インフォメーションに走って行き、地図をもらっていたエディ君。
ついでにバスの時刻表もしっかりもらっていた。

地球の歩き方にも駅構内にインフォメーションがあるといったことが書かれている。

私はそれを見て、真似して地図をもらっておいた。
だけどバスの時刻表はもらわず。
だって、たどり着けたときにしか乗れないわけだし、乗れるときに乗ればいいし。
どうせバスは15分間隔だし。
(だが帰りはバスが大遅刻で到着で、飛行場に間に合うか、とかなり焦ったのだが。)


そんなわけで、シントラの街をバスで移動するたびに、エディ君がいちいちバスの時刻表を確認して、
「次ここに行くには、このバスに乗れるね」などとA型っぽいふるまいをしていた。

そのくせ、このエディ君、結構おっちょこちょいで、
一旦買った観光チケットを切符チェックポイントに到達する前になくして
ポケット中をまさぐって、レシートやあらゆるチケット類を全部出しては、
あれ、ない!とパニックになったり。


さらに彼はポルトガルには2日間だけフランスから遊びに来てたのだけど、
フランスとポルトガルに時差が1時間あることを忘れて、飛行機の時間をその分間違えたとか。

結局ポルトガル行きの飛行機に乗りそこなって、仕方なくその場で往復チケット買いなおしたって、
ゲラゲラ笑って話してくれた。


なんともおおらかないかにも大陸育ちの人だった。


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2010.10.20 Wed | Travel-Portugal| 0 track backs,
目の前は海!コメルシオ広場
すぐ目の前は海。
ちょっとベネチアのサンマルコ広場を彷彿とさせるような、足元に海がある、というあの感覚。

遥かに海に向かって開けたこの場所にいると、その昔の人たちが遥かかなたを目指した気持ちがわかるような。

果てしない広がりに誘われて一歩踏み出したくなるそんなオープンな雰囲気が、この場所にはある。

リスボンのコメルシオ広場。


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リスボンで見た光景は、たとえば:

色とりどりの洗濯物がベランダの上ではためいて、時折水滴が頭上から滴ってきて、

胴周りが大き目の黒装束のおばちゃんたちが路地裏で大声でしゃべりまくり、

間口の小さい暗い店の奥では、一心不乱にイワシの内蔵をとってるおじさんの姿があって、

時折熊手を片手におばちゃんが、怪しげな男を怒涛のごとく追いまわし、、、

そんな喧騒と質素さと素朴さと大胆さと猥雑がごちゃまぜになった界隈。


でも、それとは好対照をなすような整然さもあちこちに確かに存在していて、
下町のイメージが強烈な分だけ、その落差に驚く。


ポルトガルの栄光は、街を歩いていると、あるときはあからさまに、あるときはひっそりと、
各所で見受けられ、昔とった杵柄といったというか、とにかくポルトガルの底力を見る思い。


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自分でも意外。
ポルトガルがこんなに気に入るなんて。

前回アルガルヴェからリスボンに移動したときは、あしらわれ方に失望したり
下町のごちゃごちゃを見て、リスボンと決めつけたりしたけど、

歩けば歩くほど、なんだかしっくりくる。
前にも書いたけど、身の丈に合っている。
背伸びせずに歩ける町。

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2010.10.19 Tue | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガル/リスボン お勧めの観光地 ① サン・ロケ教会 Igreja São Roque その2
昨日の続き、サン・ロケ教会。

まず、入口をはいると天井画と絵画・パイプオルガンが目につく。
なかなか豪華。

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パイプオルガンに注目すると、おや?どこか違う。

そう、「水平トランペット」と呼ばれる突起が水平に出ている。
普通パイプオルガンというと垂直に管が続くだけなのだけれど。

イベリア半島では17世紀ごろに、この水平トランペット型パイプオルガンが隆盛だったそうだ。

トランペットの音色を奏でるそうで、もうこうなると
鍵盤楽器と呼ぶべきか、管楽器と呼んだらいいのか、どうもよくわからない。

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さらにこちらの教会は、ザビエルの一生の絵だけでなく、8つあるチャペルがまた素晴らしい。
チャペルというと、なんとなく別室の小部屋といった礼拝堂を思い浮かべるけれど、そうではない。

素人くさい言葉でいうと、教会の左右にあるくぼみのようなスペースが礼拝堂。
本教会では左右4つずつの礼拝堂がある。

中でも地球の歩き方ご推薦の礼拝堂はCapela de Sao Joao Baptista(St.John=聖ヨハネ・バプティスタの礼拝堂)。

場所は入って左側の4つ目のくぼみ。

「めのうやモザイクで飾られたリスボンでも有数の美しいチャペル」
「イタリアバロック芸術の傑作」といううたい文句。

さて、ここからは付属美術館でもらった資料から引用する。
さすがに日本のガイドブックよりも丁寧な解説付き。

こちらの礼拝堂はJohn Vand王の名によって建てられたもの。
デザインはイタリア人建築家のLuigi Vanvitelliと、Nicola Salviの両人で
総監督はフレデリック・ルドヴィッヒという建築家。

完成は1752年。
他の礼拝堂と一線を画している点は、宝石や、疑宝石、金箔ブロンズを多用している点。
ローマン・バロックの特色なのだとか。


ではこの礼拝堂、めのうは一体どこにあるかというと・・・

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上を見上げると、このとおり。
つまり、天井部に巨大めのうがあった。

ウェッジウッドも真っ青、とライブレポートで書いたあれである。

確かに上を見上げないと気がつかない。地球の歩き方に感謝。

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さて次に、ではモザイクは?と目を凝らすと、こちらの方は正直さほど大したことはない。

ラヴェンナやパドヴァ美術館、アクイレイアでビザンチンや古代の最高傑作たちを目の当たりにしてしまっただけに、やや失望感も。

とにかく床面はやたらうす暗く、すすけているので、最大級の出来栄えかというと。。。

ただ、タイルのひとつひとつが細かくて、手の込んだ仕上がりにはなっている。
繊細な作品ではあるけれど、見逃してしまったら、まあ仕方ない、という感じ。

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さて、このサン・ロケ教会、それほど人がどっと押し寄せる場所ではない。
というのもこの地味な外観。
これでフェイントをかけておいて、中はきらびやか、という裏切りが妙に楽しい。

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先に書いたとおり、隣には付属の美術館があり、こちらに先にいっておくといい。
私は昼休みに行ったため、ミサの最中で教会に入れず、仕方なくこちらに入ったのだが、
たった2.5ユーロ。

展示物もさることながら、こちらでもらえるサンロケ教会そのものの説明書がよくできている。
英語もちゃんとある。
これを先に貰ってから教会に入ると、しごくためになる。
しかも教会自体は入場無料だ。(写真は美術館入り口)

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2010.10.18 Mon | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガル/リスボン お勧めの観光地 ① サン・ロケ教会 Igreja São Roque その1
リスボン回想:

「サン・ロケ教会が素晴らしかったよ」
国際会議の合間に出掛けてきたという日本人の研究者2人からそう言われ、
昼休みに一目散で行ってきた。

感想は?と問われれば、一言、「無理してでも行ってよかった」。

なぜこの教会を私は今まで見逃していたのだろうと考えて、
やっぱり「地球の歩き方」の影響だろうと思う。

「地球の・・」の評価は「★★」。3つ星ではない。

どういった記載がされているかというと、
外見の割に中は豪華、メノウの礼拝堂が素晴らしい、天正遣欧使節の少年達が宿泊した場所、、
といった程度の情報はあるけれど、ただそれだけ。
余りそそられる内容でもない。

が、今回行ってみて、うーん、この記事はUnder-ratedだ、と思った。
つまり実物は評価以上と。

そしてこの場所には、本には掲載されていない大きな目玉があった。
入って左奥にひっそりと隠れているSacristy 聖具室。


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付属美術館でもらったパンフレットによると、この場所は17世紀に建立。
聖具を入れるためのものだろう、大きな引き出しのついたチェストがあり、
材質は、シダとシタン材。象牙がはめ込まれている。

チェストの上は、3段に絵画が飾られているのだが、注目は一番下。
右周りにフランシスコ・ザビエルの生涯が20枚の油絵で描かれている。

17世紀のポルトガルの画家アンドレ・レイノーソ。
同国初のバロックの画家なのだとか。

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キリスト教流布に果たした功績が讃えられ、死後 ザビエルは聖人化(canonization)されることになった。
その際(1619年)に、これら一連の絵画作品がこの場所に安置されたそうだ。


彼が日本に上陸したのは、1506-1552年のその生涯のうち、後年のこと。
絵画の順番でいうと15番目から18番目が日本がらみになっている。

まず15番目の絵。
「ザビエル、鹿児島経由日本入りする」

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16番目。
「ザビエル、山口の宮廷にて、大名に説教をする」

お侍たちの絵が、和洋折衷なのが面白い。
レイノーソは、想像でこれを描いたのだろう。
靴や服装の見本は中国の宮廷の様子だろうか。
しかし一番右手のお侍は、チョンマゲらしきものを結っていて、なかなかいい線いっている。

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17番目。
「ザビエル、日本で病気の女性を癒す」
となるとキリストの奇跡に重なるものがある。

宣教師も師匠同様ミラクルメーカーでなければならないらしい。

日本人女性は、なんだかマリア様を彷彿とさせる。
これまた和というより洋っぽい雰囲気だ。

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18番目
「ザビエル、日本から中国へ、嵐の航海」
ザビエルは、日本のあと、マカオ西方の上川島に上陸したと伝え聞く。

悪天候の中、船の帆は張り裂け、ドラマチックな作品。
風や波のうねりが、なかなかうまく表現されている。

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19番目。「ザビエル、上川島に死す」
木の根元で居眠りしているようにも見えるけれど、天使が手招きして、彼は静かにあの世へと。

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最後の1枚。
「ゴアの聖ポール寺院にて、ザビエルの遺体を受け取る」

明るい色調。
嘆き悲しむというよりは、天国に召された者の幸福感がにじみ出ている。

まあ、舞台稽古のようなオーバーアクションと言えなくもないが。


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なにはともあれ、予期せぬ場所でザビエルの日本探訪の足跡に出会い、
改めてポルトガルと日本の結びつきを再認識した次第。


天正少年使節団は1584年8月10日リスボンに着き、この場所で迎えられた。

須賀敦子さんが1950年代に渡欧したことですら驚きに値するというのに、
インターネットも、ガイドブックもない16世紀に異国を訪れた少年たちは
一体どんな感想を持ったのだろう。

426年前に日本人が足を踏み入れたという由緒正しき教会。
ザビエルの絵のある聖具室のみならず、内部に8つある礼拝堂も素晴らしい。

でも、ガイドブックでは2つ星。ちょっと侮っていやしないか。
いやいや、それでいいのかも。
とっておきの穴場として、そっとしておくのも悪くない。
2010.10.17 Sun | Travel-Portugal| 0 track backs,
旅は道連れ エディ君との珍道中 シントラがすごい
今日ついに帰国日。
18:00過ぎのフライトなので、昼間が有効活用できる。

というわけで、シントラまで足を伸ばしてきた。
ちょっとリスクがあってどきどきだったけど。

電車でリスボンから40分。

さらにシントラ内での移動はバスが必須。
遠出をすると、なにかあったときが怖い。

以前パリで帰国日の午前中、自転車レースを見るために遠出をしたら、列車駅からタクシーしか交通手段がなく、
加えて、日曜日はお休みという個人タクシーばかりで、どうなることかと思ったことがあった。
なんとかお休み中のタクシー運転手を見つけ、駅まで運んでもらった、などという
綱渡りをしたのだった。

あんな目にはもう遭いたくないよ、、、
などといいつつ、懲りずにレッツゴー!

と、張り切って出かけたはいいが、シントラに着いてびっくり。
世界遺産なのに観光客がいない。

駅について4組がバスに乗ってシントラを目指したが、私が行こうとしていたムーア人の遺跡で降りたのは
私ともうひとりだけ。

すごくさびしい林を通るので、急に心細くなってきた。

あとで人が少ない理由が判明。
朝9:30からオープンで、私が着いたのは丁度その時間。

観光客は出だしが遅かったようだ。

というわけで、唯一バスを降りた中国人の少年に声をかけてみた。
で、一緒に回りましょうということに。

あー、よかった。
朝9:30.誰もいない山林をひとりで歩くのはやっぱりイヤだ。


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とにかく半端でなく好青年で、なんともラッキーだった。

まずはシントラのムーア人の城塞。
入り口はこんな。人っ子一人いない山中分け入るのは勇気がいる。
あと30分もすれば、観光客がどっと来たみたいだが。

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ムーア人の城塞を遠くから見た風景。
我々(私と中国人のディ)は、2人であのてっぺんまでおっちらおっちら登ったのだった。

城塞跡は結構広範にに広がっていて、何箇所かに物見やぐらがある。
エディ君はすべてに登りたがっていた。

私は飛行機の時間とのかねあいで、飛ばせるところは飛ばすつもりだったのだが、まあいいか、と
一緒につきあうことにした。

足元がぐらぐらと危ないところでは、後ろを振り返って、「気をつけて」と声をかけてくれ、
足場のおぼつかないところでは手を差し伸べてくれ、かつ肩の力が抜けていて、超気が楽な相棒だ。

英語はいまいとつだけど、フランスの大学を出ているので、フランス語もたしなむ。
フランスでの仕事の合間に世界各地を旅しているようだ。

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で、次に巡回バスで訪れたのが、ペナ宮殿。
これがルネッサンス、ゴシック、マヌエル様式のごちゃまぜだそうで、ぱっと見た感じはアラビアン。

中に入って見学すると、これまた部屋ごとに華美。
ひとつ気づいたことは、部屋が小ぶりなこと。

ポルトガル人、ベッドも小さくて、やはり昔から小柄な民族のせいなのか
だだっ広い部屋が豪華とは思わない傾向にあったようだ。

室内写真禁止。写真大好きなエディ君はがっかりしていた。

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いやあとにかくこの日は上りばっかりだった。
ムーア陣の城塞も、ここペナ宮殿も、入口まで行くのに勾配。

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ムーア人の城塞から見たペナ宮殿。
林に囲まれ森閑として、これは世の中で初めて見る光景と思った。

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最後はシントラの町中の王宮へ。
エディ君はこのあとロカ岬にいくからと、ここでお別れ。

握手をして、一緒に写真を撮って別れる。

王宮はどうやら中国のガイドブックでは、それほどレートが高くなく、絶対お勧めの場所ではないのだろう。
が、私はシントラにきたらこの3ヶ所は必ず行く、と決めていたので、初志貫徹。

地味な部屋ばかりで、うーむ、これが王宮か、、と思ったのだが、
最後の方の部屋が突如入ってびっくり。

アズレージョ(タイルの装飾)とはめ込みの絵の競演は、まさに豪華絢爛。

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とまあこの3つを堪能して帰途に。

しかし国鉄駅まで行くバスが待てど暮らせど来ない。
15分に1本なのに30分こない。ダイヤではくるはずなのに。

焦りまくって、やはり先を急ぐ韓国人の女の子と一緒に列車駅まで一目散走った。
歩くと20分と聞いていたが、下りなので、15分ぐらいで行けそうだった。
初めから歩けばよかったと後悔しつつ全速力。

が、走っている途中、駅まであと500mのところでバスが来るのが見えた。
バスの周遊券を持っていることだし、あわててその先のバス停まで走って、最後の500mだけ
バスに乗る。
意味ない動きだった。

と、こんなあんなはあったけれど、シントラ、世にも類い稀な場所だった。
2010.10.16 Sat | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボンのステキな夕べ : 一押しレストラン
お客さんと一緒にリスボンで夕食。
食に執着をみせているお客さんなだけに、いつもかなりイケている場所に連れて行ってもらっている。

昨今接待は承認が厳しいので、普通に自費・割り勘。

先日は超穴場の新しいウォーターフロントにあるレストラン。
そして昨夜は、修道院を改造したビールのうまいレストラン。

場所はサン・ロケ教会そば。
ケーブルカーの階段よりもひとつ国鉄のロシオ駅寄りの上りをずんずん上っていった場所にある。

そこへ行く途中、階段の真ん中にテーブルを出している店があり、
振り返ると、遠くの方で、光に照らし出されたサンジョルジョ城がまあ見事に美しかった。

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この階段を抜けて、さらに歩くとその店はある。
店名は、Trinidade トリニダーデ。

http://www.cervejariatrindade.pt/

まず入店すると、いかにも修道院っぽい天井のかたち。
ここがウェイティングルーム、あるいは、一杯ドリンクを飲むバーカウンター。

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店内を見渡せば、こんな感じ。
壁の装飾は当時のままなのか。
壁面はペイントで新しいものの、タイルの飾りが目を引く。

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さらに奥の部屋もあり、われわれが通された部屋はこちら。

8時前だったが、もう満杯。
予約は受け付けないそうで、連日長蛇の列ができるという。

今回同行させてもらったグルメ2人組が、滞在中すでに3回通ったというから、
いかにビール・食事がおいしく、満足度が高いかがうかがわれる。

店の雰囲気が抜群だし、海産物が美味しい。

ビール屋(Cervejaria)という名目なのだけど、ビールがおいしい店に間違いはない、
というのがおふたりの弁。

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ビールは甘いといわれるボヘミアンを注文。
シメイビールの甘さととろみに似ている気がした。

そしてコロッケを忘れずに、と。

肉と魚のコロッケをひとつずつ。
魚のコロッケは、かまぼこ製造過程の柔らかい身を揚げました・・・風のお味だ。

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前菜に、海老とタコ。

これまた、ダシがうまいぐあいに効いていて、3人とも、絶品という評価を下す。

タコはコリアンダー(ナンプラー)の葉が入っていて、ポルトガルではこれを
多用する気がする。

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メインの前にすでにおなか一杯だったけれど、豚肉の甘いりんごソースがけ(左)と
ビーフステーキが出てきた。

お肉は大味で、私は前菜に食べた海産物の方が気に入ったかな。

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そして締めのデザート。
ポルトガルのお菓子は甘い、というのは学習済みのわれわれ。

そうと知りつつ、話の種にも食べないと夜は終わらない、とばかりにオーダー。

私が頼んだプリン(手前)もかなり濃厚。
しかし奥の小皿がすごい。

砂糖にシナモンとアーモンドパウダーをまぶしているだけ、といった砂糖菓子。

見た目はフランなんだけど。

みんなでひーひー言いながら、リスボンの夜は更けていった。

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2010.10.15 Fri | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボンで超お勧め 聖ロケ教会とアズレージョ美術館
国際会議4日目。
今は会議の真っ只中。(つまり内職中)しかしかなり技術的で、手元の配布資料を読まないとついていけない。

連日会議は朝8時から夜5時半までみっちり。
会議が終わると議事録をまとめて日本に送付。
帰国後にはやりたくないのでその日のうちに済ませるようにしている。
そんなわけで、観光の時間を確保するのが大変?!

昨日はランチタイムが珍しく1時間半だったため、文字通り走ってある場所へでかけてきた。
サンロケ教会。

今回出席している日本人の人から聞いたところ、素晴らしかったと。
外見は地味なのに、中がすごく豪華で驚いたとも。

行ってなるほど、と感心したのがフランシスコ・ザビエルの部屋。
ザビエルの一生が絵で記されているのだが、当然のことながら、日本が登場する。
絵に描かれた日本の様子、侍の様子が面白い。

思いがけない遭遇に、もううれしくなってしまった。
後日ゆっくりこの教会の話はしたいと思うけれど、まずはこのザビエルの部屋のこの一枚。
ザビエルが日本に到着して、大名たちに謁見するシーンだ。
photo

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お侍が、微妙に西洋っぽいのだ。

この絵のシリーズは、最初彼が宣教師として大成する姿が右側に描かれ、
左側が、日本に行くシーンになっている。
最後の3枚は、日本から中国に船で向かうザビエルと、その後臨終のシーンなど。

彼の一生がここに集約されている。
日本のみならず、ポルトガルでも有名な人物だったらしい。

さらにこの教会は、金ぴかで圧倒されるが、カメオの礼拝堂というのもあって、ウェッジウッドも真っ青な豪華カメオが天井に張り付いている。


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さらに、リスボンでもう一箇所すばらしい場所を発見。
これも後日ゆっくり触れたいけれど、国立アズレージョ美術館。

タイルの装飾美術館だ。

初日到着して、初日レセプションまでの間で駆け込みで行ってきた。

が、昨日の夜の2度目のレセプションの会場がこの美術館だったというオチがついている。

昨今、レセプションに水族館や美術館を使用するケースが多いけれど、よりによってこの美術館が使われるとは。
直前までシークレットだった。

もっとも、個人で行った最初の訪問は入場料を払った分、必死で見たので、係員の人に説明してもらったりして、いろいろ収穫があった。
その話もまたいつか。

これがいわゆるアズレージョと呼ばれるタイル。

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こういう展示だけだと思いきや、とんでもない。
こんな礼拝堂まである。
この美術館、礼拝堂として使われていた場所につくられたため、回廊もあり、雰囲気抜群なのだ。

とりわけアズレージョと金箔のコラボレーションが素晴らしい。

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2010.10.14 Thu | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガルの新名所
リスボンの倉庫街にあるレストランに行こう、と誘われ、会議のあと3人で連れ立って行って来た。

こんな場所があるなんて知らなかった。
倉庫建ち並ぶ一角を新しくしたいわゆるウォーターフロント。

ポルトガルにもこんな場所があるんだね。

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場所は、ベレンの塔に向かう途中。
洗練されたシーフードレストランが軒を連ねる。

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60年前の昔、アフリカ行きの船が往来した倉庫街。
それを改造してできたのだそうだ。

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食に貪欲なお客さんが、肥えた目で見つけたこの場所。
執着心がとぎ済まれた選球眼につながる。

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2010.10.13 Wed | Travel-Portugal| 0 track backs,
市電に乗って
月曜日は、8:30から18:30までみっちり会議。
プレゼンテーションはその数約20。
会議場にパソコンを持ち込んで、聞きながら発表内容を書いて、夜、会社に送付。

東欧系の発表者の訛りがきつくて、さらに技術的な内容だったりすると、発表内容を把握するのが難しい。
あすは1日中技術的な発表ばかりなので、しんどそう。
ロビー活動の方は、ひとつ大きな山を越えた。

ということで、本日はランチのときに外で食事をしただけで、お日様をほとんど見ていないので
昨日の市電に乗った話を。

前回の訪問時にも乗ったはずなのに、今回は上ったり下ったりするスピードの速さと
通る路の狭さを改めて実感。
へたな遊園地の乗り物よりも楽しいや。

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さらに窓の外の風景がなかなかよい。
わんちゃんが、窓から市電を眺めている光景!
心がなごむ。

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下町を通過する市電を選んだせいもあり、こんな光景も多々あり。
市電がすぐそばを通過するから、下手なものは干せないな。

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この写真はよくわからないかもしれないけれど、窓の外をみている乗客。
つまり、家の壁がすぐ目の前。
狭い場所では、本当に壁からぎりぎりを通過する。

市電が一両編成である理由がわかった。
曲がりくねったせまい路では、2両では通過不可能だ。

とはいえ日曜日の市電は大混雑。
乗客が乗れずに次を待つ光景も見られ、さらに時刻表というのは恐らくないのだろう。

3台続いてきたり、まったくこなかったり。
かなりまちまち。

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というのも、こんなふうに、単線の部分では、対向車を待たなければならなかったりする。
市電の走りかたはごちゃごちゃのように見えて、ちゃんとその辺は、コントロールされている。

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そして、ダイヤが乱れまくる理由がもうひとつ。
運転手さんによっては、路を渡る人に「先に行っていいよ」と合図を送り、人が路を横断するのを
待ったりするのだ。

こんな感じで、広い道では車と道路を共有するため、車が割り込むのも、簡単に許している。
市電だから、と威張ったりはしないのだ。
とくに最初に乗った市電の運転手さんは、どんどん人や車に道を譲っていた。

これは、気が弱いとか、お人よしというより、プロ意識がかなり高いことの表れのように見受けた。

運転するしぐさはてきぱきと。誇りを持っている様子がひしひしと伝わる。

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この市電、旧型の世田谷線、こと玉電風だけど、さらに風情があって、愛嬌がある。

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反対側の電車とすれ違うときも、スレスレだったりする。

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2010.10.12 Tue | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボンから その1 日曜日は無料の美術館が多いよ
土曜日に発って、日曜の朝リスボン到着。
例によってプライオリティのタグがついているにも関わらず、荷物が出てきたのは最後のほう。

同じように、黄色い蛍光色の「Priority」というタグがついたスーツケース2つを
私と同じタイミングで受け取ったポルトガル人とみられる男性に声をかけた。

「このPriorityってのは、まったく意味ないですね」

「そう、最後に受け取るっていう意味らしいね」
という答えが返ってきた。

8:30に機体が空港に到着して、ホテルに着いたのは10時ぐらい。
結局前回ぼられたのに懲りずにタクシーにした。

安い市内バスは長蛇の列。
タクシーバウチャーをインフォメーションで購入するとぼったくりを防げると聞いたのだが、
こちらも延々列が続いていてギブアップ。

一か八かでタクシーにしたら、メーターの料金どおりで13ユーロ。
タクシーバウチャーだと20ユーロらしいので、結果的にOK。

会社請求のときは、お安くタクシーに乗れ、
自分の個人旅行のときはぼられ。
会社に貢献している、わたし。


荷物をロビーに預けてすぐさま地下鉄駅へ。
1日バス・地下鉄・市電乗車券を購入。
市電でジェロニモス修道院をめざす。

前回訪問時にゆっくり見物したけど、今日は14時まで無料なのだ。
だったらもう一度行っちゃえ、というわけだ。

ところが市電の窓の外に広がっていたのは、とんでもない行列。

無料だからこの始末だ。
ということで市電を降りずに急遽向かったのがここ。

そこから1駅か2駅先のベレンの塔。
ここは、前回の旅行では遠くから眺めただけだった。
でも、実は中に入れると知り、さらにこの日はやはり14時まで無料ということで行ったのだった。

ここならジェロニモス修道院と違って混んでいないだろうと。

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が、そこそこ混んでいた。
私の後は入場制限をちょっとだけしていたようだし。
みんな朝から無料のところを梯子しているんだろうな。

前回は2月で、しかも正規料金で平日に行ったので修道院もゆったり見られた。
あそこは日曜ははずしたほうが正解かと。

ベレンの塔は、要塞らしく大砲が置いてあったり、物見やぐらがあったり。
でも、素っ気無い造りではなく、なかなかガウディチックな凝った建築だ。

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下の写真は物見やぐらからの風景。
白い帆をゆらしながらヨットが行きかい、遠くには大橋がかすんで見える。

ポルトガル、とくにリスボンは洗濯物はためく下町のごちゃごちゃしたイメージを抱きがち。

でも、こうして大航海時代を象徴する海や海辺の名残を目の当たりにすると
この小国から、遠い海の向こうを目指して漕ぎ出していった昔の冒険家たちの
活躍ぶりが生き生きと感じられ、なかなかダイナミックな印象をもつのだった。

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さて、前回見た発見の記念碑を市電の窓越しに眺めつつ、今度は市電で
市内に戻る途中にある古美術館に向かう。
しつこいけど、やはり14時まで無料。

そう、今回選んだ場所は、
無料ででもなければ行かなさそうな場所ばかり。


市電からふと外に目をやると、あらら、ここにも行列。
そう、ガイドブックにも載っている有名なエッグタルトの店 パスティス・デ・ベレン。

日本だけでなく、世界中にその名をとどろかせているようだ。

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2010.10.11 Mon | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガルAgain*1597年の話とアルブフェイラ
ここ数日、話題で取り上げているリスボンのジェロニモス修道院の展示の謎の続報。

あの修道院のパネルには、各国の文化・スポーツを讃える記述が並ぶ中、突然「1597年、ポルトガル人(複数形)が日本人に虐殺される」という年表が登場する。

この年、調べたらポルトガル人が一人殺害された事件(26聖人の殉教)が浮上。
どうやらこれのことらしい。

加害者国はそうした事実を知らずにのほほんと暮らし、被害者側は、世界遺産の場で、文字に刻んで世界中の人々に知らしめている。
すごい温度差だ。

そんな中、この出来事の意味合いについて、こんなことを知った:


1597年の虐殺というのは、いわゆる26聖人の殉教のことですね。
これは秀吉の命令によって、主に京都に在住していた外国人司祭など26名が長
崎に連れて行かれて処刑されたという事件です。

これは日本におけるよりもヨーロッパのカトリック諸国で有名な事件です。何故
ならこの時代にこれほど大勢の殉教者が出るということは、世界中どこを探して
もなかった事だったからです。処刑された外国人宣教師はポルトガル人だけでは
ないと思われ、日本人も多く含まれています。

そのうち外国人は6人、残りは日
本人だったようです。処刑された外国人宣教師の名前を見てみると、ポルトガル
人よりもスペイン人が中心であったような印象ですが、よく分かりません。

この事は山本博文著「殉教:日本人は何を信仰したか」光文社新書、2009年
に詳しく書いてあります。この26聖人殉教のことだけではなく、日本における
キリスト教信仰がどういうもので、どのような意義を持っていたかを知る意味で
もとても面白い本です。

高丘親王さん




■ ポルトガル行くならアルガルヴェ地方

ポルトガルというと北側の方が有名かもしれないけれど、南の海岸沿いのアルブフェイラも美しい。

ファロも観光地として有名だけれど、美しさでいうとアルブフェイラは頭ひとつ抜けている。
とくにすごいなぁと思ったのが、美しい街並みが、延々と続いていたこと。

ファロなどは熱海のようにバカンス向きの顔を見せつつも、ちょっと裏道に入ると落書きオンパレード。
アルブフェイラでは落書きは見かけなかった。
バスで1km以上走ってもこの街並みが続き、かなり走ってからちょっとありきたりの一般家屋が見え始めてきたら、隣町に入っていた。

恐らく大規模に一挙にディベロパーが開発した場所なのだろう。
田園都市線の、かつての「金妻」のロケ地あたりのように?

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こうした分譲っぽい、でも豪華で気持ちよさげな家が果てしなく続く。

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プールも付いていたりする。テニスコートがあるほど広くはないけれど。

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これも上の写真に似ているけれど、別の家屋。間違えそうだけど、良く見ると、窓の形とか、一軒ずつ、変えている。

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で、この一角を抜けても、一気にうらぶれた感じになるのではなく、また異なった雰囲気のしゃれた家が続く。

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このあたり、英国人など、国外からの移住者が多いと聞く。
一年中、温暖で、2月でも20度ぐらいに上がったりすることがある。
海は近いし、物価も安い。
地元の人々も温かく、リスボンあたりとは全然違う。

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2010.01.16 Sat | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガル/ ジェロニモス修道院 と宇都宮ジャパンカップ2004
1枚の写真を見た途端、忘れていた引き出しが突如あいて、思い出が次々出てくるといったことがあるけれど、つい最近でいうと、次の2枚に、いろんな思いを掻き立てられた。


 宇都宮2004

先日写真を探していて、ふと見つけた一枚。

現スキルシマノコーチの今西尚志さんの現役最後のレースとなった2004年宇都宮ジャパンカップにて。

当時のレポートに、『シマノの今西尚志選手。引退レースとなるこの日、森林公園上空に広がる青空同様、レース前の表情は晴れやか。結果は堂々13位でフィニッシュ』なーんて書いている私。

引退試合だからと、ウエア姿の今西さんの写真を撮り、その着順に注目していた自分がいたなんて、すっかり記憶のかなただった。

当時、ネットは普及してたけど、それでもやっぱり情報は少なかった気がする。
今西さんのことも、それほどよく知っていたわけではない。徐々に少しずつ知ったはず。
今ではポチっとキーボードひとつで、あっという間に情報がそろってしまう。
知識習得時間が短縮された。
いいことではある。でもその分、なにか失ってしまったものがあるのでは、といった思いを抱かなくもない。

さて、今ではすっかり”スキルシマノコーチ”の今西さん。それが板についているだけに、かつて現役選手として走っていたころの姿を忘れがちな人は私だけではないだろう。

某○村さんだって、かつてヨーロッパのお肉屋さんスポンサーのチームに所属したこともある選手だった、というより、すっかりMC業が板についている。
もっとも、今年から某○村さんは、某チームの監督さんだ。


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 ジェロニモス修道院で見つけた知らない日本の汚点

この一枚も、先日偶然見つけて、ああそうだったと、あのときの超困惑した自分がよみがえった。

08年ポルトガル旅行で撮った一枚だ。

ポルトガル・リスボンのベレン地区には、世界遺産のジェロニモス修道院がある。部屋には年表が飾られているのだが、その中にとんでもない一枚を見つけた。

1597年、日本でポルトガル人が虐殺される。

こんなのが一年中展示されてたら、日本人への反感が芽生えるのでは?
この年表、文化関連の記述が多いというのに突如こんな記事があらわれて、驚いた。

これって、一体どんな事件?
殉教者?
聖人虐殺のときはポルトガル人は1人だけだったけれど。
恨みがこもったようなこのパネルに、どのぐらいの来場者が気がつくのだろう。

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パネル全体像はこんな感じ。
スポーツの記録とか絵画が描かれた時期などが多い。

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修道院自体は素晴らしい。
でもあの展示が、とても気になる。

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2010.01.13 Wed | Travel-Portugal| 0 track backs,
海外の日本語
写真はただの証明写真ブース。
別になんの変哲もない。
普通に通り過ぎてしまいそう。
ただし、これが設置されている場所が日本でなくポルトガルとなると話はやや異なる。
リスボンのはずれにある地下鉄の駅にて。

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2008.05.22 Thu | Travel-Portugal| 0 track backs,
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