FC2ブログ
日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
実は悲劇の舞台だった
ヴェネツィアで見た美しい建造物がある。
思わずシャッターを押した。
教会かと思い中に入ったら少々勝手が違う。
病院だと気がついた。

帰国して、「イタリア・ユダヤ人の風景」(河島英昭・岩波書店)を読んでいたら、この場所が、一時ユダヤ人の仮収容所として転用された場所だと知った。
軽い驚きとショックを感じている。

***

5月の回想:
チームプレゼンまであと1時間。そうだ、聖ジョヴァンニ・エ・パーオロ教会に行ってこよう、と思い立った。
適当にふらふら歩いたおかげで、たっぷり迷いつつも、やはりいつしかたどり着くもの。

これだ、これ、ヴェロッキオ作「コッレオーニ騎馬像」が見えてきた。

1P1540983.jpg

聖ジョヴァンニ・エ・パーオロ教会は、あの白い建物↓に違いない。となりには薄茶の地味な建造物もある。

2P1540976.jpg

白い方の建物には、人々が三々五々吸い込まれている。では私も。入ってみることに。

入ると前方右側に美術館受付のようなものがあり、なにやら様子が違う。
殺風景だし入り口でチェックを受けている様子。
内部を見回して、やっと気づいた。病院だ。

病棟・診察室の様子はわからねども、外観は少なくともなんとも立派。これで私立病院だというから驚きだ。

4P1540980.jpg

そして旅を終え、「イタリア・ユダヤ人の風景」を読んでいるとー

そこには、この病院にまつわる、知られざる闇の歴史がつづられていた。

まず、導入部分として、ヴェネツィアの聖ジョヴァンニ・エ・パーオロ教会と中庭のヴェッロキオの騎馬像のすぐ隣に救急病院がある、という話が記されている。

「ああ、私も行ったな」、という思いで読み進む。

すると、、、ここはかつてユダヤ人の仮収容所となった場所で、収容人数が50名ほどになった時点で、やがて死の収容所へと”輸送”(人間扱いではなかった)されていった、という驚きの事実が続いていた。

病院は、当時片方が女性、もう片方が男性用というふうに仕切られ、すべての窓に鉄格子がはめられたという。

ここが?
こんなに華やかな場所が?
もしこの本を先に読んでいたら、見方も違ったであろうに。
受付の人に話ぐらい聞いてみたかもしれない。拒絶されたかもしれないけれど。

なんとも無知は、恥ずかしい。

3P1540977.jpg

*-*ー*-*ー*-*ー*-*ー*-*ー

そして、オマケ:
”白鳥の脇で地味に泳いでいる鴨”といった風情のこの茶色の建物こそが、肝心の、多くの名画を有することで有名な聖ジョヴァンニ・エ・パーオロ教会だった。

5P1540984.jpg
6P1540974.jpg
7P1540979.jpg
8P1540975.jpg

関連記事
2009.07.24 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
"shw-greenwood" template design by Shallwill