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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
大衆迎合は必要悪?
以前出版関係の人と話をしていて、思わず私が口にした言葉がある。
「地道にこつこついいものを作っていても、それが必ずしも売れるとは限りませんからねぇ。」

大衆の趣向とクオリティは、ときに反比例することすらあるぐらいで、必ずしも比例しないと感じている。
これは自分のサイトを通して感じたことでもある。

過去、何気なくエントリーしたロードレースニュースの中で、一番反響があったものは何かといえば、2005年初頭、ウルリッヒが太ってしまい、驚いた話。別人のようなふっくらした顔が載っているサイトにリンクを貼った。
これが過去恐らく一番コメントをもらった記事のはず。

変貌ぶりに驚いて反射的に入れた記事で、感動してじっくり練った記事でもない。それが、だ。

みんなが反応したくなるもの、というのはこちらの思い入れとは無関係なところにあるらしい、そう感じた。

近頃ある種文化雑誌のようなものを読んでいても、似たようなことを感じることがあった。この雑誌、こつこつ地道に丁寧に作られているなぁ、と思うものの、でも脱力系のライバル誌のほうがウケている。

恐らく今、編集の人たちは3分割なのでは?

開き直って大衆化に徹している人;
質に拘り 目利き読者からたまに届く励ましを糧に自分たちの時代がくることを信じている人;
迎合か、信じるものを追及するか、そのはざまで揺れている人。

そんなことをつらつら考えていたら、白洲正子さんの「夕顔」という本のこんな一文に目が留まった。

雑誌社から秘境の湯を聞かれて、

人が何十年もかかって探したかくれ家を、電話一本で聞き出そうだなんて、いい気なもんだ。。。せめて書かないでくれたら、読者は勝手に自分で探そうと努力するに違いない。どんな小さなものでも、自分で発見することの喜びにまさるものはない。これからの雑誌はテレビは、出来合いのものを頭から押しつけるのではなしに、そういうことのたのしみを教えるべきではなかろうか。


これが書かれたのは90年前半。そのころから押しつけがましさは健在だったというわけか。
今なんてもっと拍車がかかっている。

これもきっと、売れる記事のため。探す喜びを教えるものより、出来合いのものをかっこよくあしらって提示するほうが売れるに違いない。

お金と時間が限られているから、おぜん立てにありつくのが手っ取り早いのは確か。

でも、そういうものに反抗したい。自分でトライしてみる楽しさを捨てたくはない。お仕着せのものなんかにのるもんか。。。

ということで、こつこつ頑張っている雑誌を応援することにする。


Photo: 本文とは無関係。イタリアの新型特急列車。とにかくかっこよかった。その名もフレッチャ・ロッサ、つまり「レッドアロー」。この名称って、速い列車の相場?
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2009.05.23 Sat | Books| 0 track backs,
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