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ヴェネチア紀行 - いざ「オッパイ橋」へ 
5月8日、ヴェネチアで。
10時からチームコロンビアとスコット協賛の会見が予定されており、その前に、1時間半ほど時間があった。(なんともはや、宿の朝食は8時からなのだ。)

1時間半で行ける場所・・・と考えて、「オッパイ橋」を選んだ。
須賀敦子の「ザッテレの河岸で」にこんなくだりがある。

「十六世紀、この島を風靡した男娼と家庭婦人の売春の流行を憂えた政府が、公認の娼婦を奨励したので、ある道筋では、女たちがあらわにした乳房をバルコニーの手すりにでんとのせて、通りかかる男を誘ったという故実までつたわっている。リアルトの向こう岸にある、<テッテ(オッパイ)橋>という奇抜な名がついた小さな橋は、その通りの名残という。」

当時のヴェネチアは、十万人中一万人が娼婦だった、などという話も聞き、この島の素顔はサンマルコ広場ではなく、こうした裏道にある!と勝手に決め付け、このオッパイ橋を見に行くことに。

周辺には今でもちょっと怪しげな旅籠が残っているのでは?などと期待しつつ。

ただし、googleで事前に調べておいたその場所は、かなり複雑に入り組んだ下町の真っただ中にあった。地図を見ただけでも嫌になるほどぐねぐねしていて、うまくたどり着ける自信はなかった。

勝負は1時間半。まずリアルト橋を渡り、サンマルコと逆の庶民が暮らす一画に足を踏み入れた。

通勤の人たちで混雑する通りを抜け、S・ポロ広場を羅針盤代わりに自分のいる位置を確認し、迷路の道を何度も行きつ戻りつしながら、少しずつ近づき、たぶんこの橋を越えたら次の橋がオッパイ橋のはず、と期待に胸を膨らませ・・・

ついに登場。オッパイ橋。もちろんなんの変哲もない橋だけど、、、ここでオッパイをどっこいしょと垂らして”彼女たち”は殿方をユーワクしていたというわけか。なるほど、これは感慨深い・・・

事実であったとするならば、壮観だったろうなぁ。

P1550574.jpg

いきなり「オッパイの河岸」なんていうハゲかかった表示が出てきて苦笑。
P1550578.jpg

橋の真正面には「オッパイ橋(ponte de le tette)」の表示。
P1550579.jpg

橋のたもとにも、くどいぐらい再びponte de le tetteの表示。
P1550583.jpg
P1550584.jpg

橋からの眺め。品位ある界隈、というのからはかけ離れてはいるものの、下卑た怪しげな匂いがぷんぷんしている、という感じでもない。この場所に立ってみて、500年ほど前の風紀乱れた猥雑な町の匂いを嗅ぎとるのは無理というもの。

P1550576.jpg


あちこちに「オッパイ」「オッパイ」「オッパイ」と連呼するがごとく表示を出し、過去の娼婦たちの暮らしぶりをそのまま消し去らずに、思い出として伝え続けるこの街の懐の深さ(?)といったら。

橋自体は普通だったけど、昔の名残をとどめたこの場所では、「今」と「500年前」という異なる時間軸が同居しているような不思議な感覚を覚えた。

ヴェネチアでは、時の長さの尺度が、日本とは違うんではあるまいか、そんな気もした。

ひとりひそかに悦に入り、中心部の豪華ホテルへ移動。コロンビアの会見には、予定時刻の5分前に到着。ただし選手たちを乗せた船が遅れ、20分待ちぼうけだったから、焦る必要はなかったみたい。
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2009.05.20 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
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