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アンリ・カルティエ=ブレッソンの映画が素晴らしかった
昨日土曜日は、富士フィルムスクエアで開催中のマグナム写真展の関連イベントとして
アンリ・カルティエ=ブレッソンの映画鑑賞会が開催された。(*)

ブレッソンといえば、ロバート・キャパとともにマグナム創始者4羽ガラスのうちのひとり。

画家を目指したことがあったそうなので、構図がとても絵画的。
ジャーナリズムのキャパ、アートなブレッソンの2本柱が
マグナムの多様性を支え、写真界において確固たる地位を築くに至ったのだった。


さてこの映画だけれど、原題は、「Biographie d'un regard」、
邦題は「アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶」。

晩年のブレッソンや、彼の絵の心酔者たちの口から作品が語られる。


中でも驚いたのは、イザベル・ユペールの登場。
彼女もブレッソンファンのひとりなのだとか。

ポートレートを撮影してもらった際、
「ブレッソンは自分でも知らなかった自分をとらえてくれた」と称賛。
「とらえてくれた」、にはSaisirという単語を使っていた。


本映画では、様々な人たちが写真集を見ながら思いを語っていく。
むろんブレッソンの語りがメインで、思い入れの強い写真が次々ピックアップされ
逸話が披露される。

見ていて私が一番心を打たれた作品は、
(これまでの写真展で一度もみたことのないものだった)
ベルリンの壁の手前でドラム缶に乗った男3人の写真。

単にこれだけでは状況はわからないのだが、壁の向こうにある団地には、
彼らの母親が住んでおり、定刻にいなると、母が窓を開けて息子たちに
合図を送るのだそうだ。

東と西に分断された親子の悲劇を、背広姿の男3人の背中で表現している。
Silentだけど多弁で心を打つ作品。


ブレッソンは写真撮影するときのコツも語っていた。
「ご自由にお入りください」と書かれたドアを開けて
入室したとたんに挨拶もせずにいきなり2人を撮ったものだった。
だからこそ、あそこまで嫌悪感が露わな表情になった。

サミュエル・ベケットの写真もそうだけど、
ブレッソンのポートレートを見るにつけ
これまで私が見てきた有名人の写真は、
このブレッソンによって撮影されたものだったのだ、と改めて感じた。


来日も果たして様々な写真を撮ったはずなのに、ほとんど日本の写真は
世に出ていない。
気に入ったものがなかったのだろうか。
彼の選択対象にはならなかったようで、これらの没写真は、今後日の目を見ることはない。
彼は生前、自分が公表した作品以外を新たにプリントすることを禁じているのだ。


また、映画上映前には、マグナム日本支社の小川潤子さんの
簡単な解説があった。

(先日 日経新聞にも小川さんによるマグナムの話が掲載されていた)。
IMG_1023.jpg 


マグナムという写真家集団ができる前は、著作権は新聞・雑誌社に帰属し、
フィルムをいったん社に渡したら、写真家はそれを二度と手にすることは
できなかった。
そうした状況を改善し、写真家自身が著作権を抑え、自主性を広げたことが
成功のきっかけであり、70年もの長きにわたり、存続している理由でもある。

さらに、媒体も時代の変化に合わせてしなやかに変えていき、
今ではインターネットも活用しつつ活動している。


今年はマグナム創立70周年。
10周年を迎えた富士フィルムスクエアにおけるマグナム写真展は、
なかなか力がこもった内容となっている。


(*) 写真展に付随した映画上映は、おそらく富士フィルムでは非常にレアなことだと思われ、
どんな映画だか何も知らずに、先日の講演会の折りについでに申し込んでおいた。
驚いたことにあっという間に定員締め切りになり、不思議に思っていたら、
デザイン21とのコラボ開催だったことが判明。
富士フィルムで申し込みと、デザイン21からの応募の2方向から応募がかかったため、
あっという間に定員になったみたい。

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2017.10.15 Sun | Art| 0 track backs,
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