日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
非常識な社会人講座
大学系の社会人講座に何度か出たことがある。
社会人になって、学校に行く必要もないのに自腹で勉強しようという人たちは、
親のすねかじりで自分たちの懐を痛めずに通っている学生たちに比べ
かなり熱心だ。

70代はゆうに超えている高齢者が
一心不乱にノートを取っている光景を見かけることもある。


でも、そうした勉強意欲を推し量らずに、社会人講座を受け持ってしまう
勘違い系の大学教師がたまにいる。


某女子大の有料の社会人向け授業は史上最強=最悪だった。

1時間半のうち、大げさでなく1時間、世間話に終始して、
それが学期の最後まで続いて辟易した。
(途中で証拠のために時間を測った。)


その雑談というのがたちが悪くて、受け持つ女子大生の悪口が主なのだ。
地方への体験学習に同行したときの話、のように具体的な批判もあれば、
短いスカートでお尻を出してみっともない、という
感情論もある。

あとは、安倍政権批判、同僚の美術学会教師の悪口。


それでも、教務部にクレームする気はしなかった。
常連のおばさまがいて、結構楽しそうに聞いている。
こういう悪口を聞かされて笑っちゃだめ!と思うのだが、みんな愉快そうに受けている。
おそらく、私が来る場所を間違えたのだ。

普通、社会人講座で人はみなぎゅうぎゅうに詰まった内容を好む
と思っていたけど、その教師は特殊な学科の専門家で
その専門自体にあこがれの念をもっているおばさまたちにとって
内容がずれていていることはさしたる問題ではないのだ。

別の講座枠内ではたまにその教師と課外授業に行くこともあるらしく、
そうしたひと時が楽しいのだろう。
授業はスカスカで、悪口オンパレードでも許せちゃうらしい。


たまたま間違って授業料を払ってしまった私のような人は他にもう一人いて
その人が教務部に何か進言したらしく、
3回目の講義の最初の1時間だけ学校関係者が教室に残って
授業の様子を確認することがあった。

結局脱線話は、関係者が去った後最後の30分だけにはなったが、
その時ふと気が付いた。

その日だけ、ハンドアウトの資料がペラペラだったのだ。
つまり、授業でしゃべらされる分、資料は渡してやらない、というスタンス。

雑談1時間という日は、ハンドアウトだけはやたら分厚かった。
地図や年表がどっさり入っていて、ただ授業で触れないのだから
なんでそれが入っているのかよくわからない。
要は、授業手抜きがばれないように学内向けに資料の厚さだけは確保していた、というわけ。

逆に、学校関係者が1時間授業観察をした日は、
しゃべった証拠が残せる分、資料はほとんどなし、という仕組み。


専門知識はすごくあるはずなのに、すごい出し惜しみ。
知識を武器として温存したいタイプ。


そして翌週は、関係者立会いがなくなったため、
元に戻った、つまり、分厚い資料と無駄話1時間。

お嬢様学校の学生さんたち、
教師からここまでこてんぱんに誹謗されているとは、よもや思いもしないだろう。
かわいそうに。


これはかなり極端なケースだけど、
過去、そのほかにも、美術館の展覧会に付随した講演会で
某有名私大の教師がきたときもひどかった。

落語の話を挿入してなんとか笑わせようと必死。
面白いでしょ?面白いでしょ?
肝心の中味は薄くて超つまらなかった。

その教師は、社会人講座は初だったという。
社会人が熱心に聞きたくて時間を割いていることを知らないのだ。

話を聞かない学生の時と同じ向き合い方をしたらしく、
おちゃらけで笑わせることに時間を割き、執心していた。

ひどく見くびっているなあと腹が立った。
同時にxx大学の授業ってそんな低いレベルなのか、とも。


逆に、講演会担当者が事前に
「こちらの社会人講座では生徒さんはみな真面目なのでみっちりやってください」と
講師にアドバイスしてくれている大学もあった。
(講師が授業の冒頭で、「担当者からそのように釘を刺されました」、と白状していた。)

過去に、「教師がちゃらけていた」といったクレームが出た結果なのかもしれないけれど、
こうした事前の耳打ちをしていただけるのは、受講生にとってはとてもありがたい。

ノートをとるのが大変!
そんな嬉しい悲鳴をあげたくて、講座のために時間を割いているのだから。

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2017.10.03 Tue | Private| 0 track backs,
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