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辻邦生「夏の砦」とプルーストの類似点
学習院大学で開催された「辻邦生『夏の砦』を書いた頃」展、
及びそれに関連する加賀乙彦先生の講演会に触発されて、
『夏の砦』を読んでみた。


死によって美の昇華を試みる辻邦生氏の耽美的な面がうかがわれる物語で、
内容自体はプルーストの『失われた時を求めて』とは
全く異なる趣なのだけど、
文章の端々にプルーストの影響が垣間見られて驚いた。

その類似点を列記してみる:


1) 一人称の語り
プルーストは、三人称の限界を感じ、
『失われた・・』で一人称に取り組んだ。

『夏の砦』も同じく一人称。
しかも語り手が途中で入れ替わるというトリッキーな面があり、
視点を変えるのなら、三人称の方が適しているような気もするが、
それを押して敢えて一人称を選択した。
その強引さこそ、プルーストの影響ではないだろうか。
しかも両者ともに、子供の視点を盛り込んでいる。


2) Mise en abyme
プルーストも辻邦生も、ともにそれぞれの著書の中で
Mise en abymeの手法を用いている。
Mise en abyme・・この言葉は、日本語に実に訳しにくい。
絵ならば画中画、というぴったりした言葉がある。
書の場合は、既成のピンとくる単語がないけれど、
書の中に別の書を滑り込ませる手法だ。

『夏の砦』では『グスタフ侯年代記』という別の物語が語られ、
『失われた・・』でプルーストは、独自の文学論ともいえる批評文を入れている。

Mise en abymeという言葉はアンドレ・ジッドが初めて
用いたといい、単に作品の中に別の作品を盛り込むだけでなく、
Abyme=深淵という言葉が指し示す通り、
それがチェーンのようにとめどなく続いていく感覚を含んでいる。

プルーストは、書の中に批評文をさしはさむために
一人称が最適、と判断したそうだ。

辻さんの一人称は、どちらかというとミステリーを長引かせるために
使用した印象もある。
すぐに手の内を明かさない、意図的な隠ぺいを行うのに
一人称は最適だったと考えられる。
しかしプルースト同様”書中書”を試みていることを鑑みると、
そのための一人称であったとも考えられる。


3)ライトモチーフ
『夏の砦』では樟、
『失われた・・』では水・闇・光・夢。
それぞれ繰り返されるモチーフが底層に鳴り響き続け、
作品のバラバラのピースをつなぎとめている。


4)個性的なメタファー
プルーストのメタファーには毎回うならせられる。
想像力が突飛もない方向に駆け抜けていて、
それでいて、唯一無二とも思えるほどの
フィット感がある。
一般人の想像を超えるメタファーは気を付けないと、
「狙った感」だけが浮いてしまう。
よほど共感できるものでなければ大外れする。
そのリスクをとった上え生み出されるプルーストのメタファーは秀逸だ。

辻さんのメタファーはそこまで奇をてらった感はないけれど、
時折想像力豊かな読ませるものが登場する。


5)主体性をもったモノたち
バルザックとなど一世代前の作家たちとは異なり、
プルーストは、事物に主体性をもたせ、イキイキと描き込んだ。
この点は、プルーストの革新性でもあり、特に色濃い特色といえる。

辻さんも、一部ではあるけれど表れている部分があり、
プルーストを想起させる。
「天井は笑い上戸」、などと書かれているくだりだ。


6)人間の多様性
登場人物のポートレートのアプローチは、
辻さんとプルーストで随分異なっている印象があるけれど、
それでも人間の中に潜む多面性では共通していると思う。


その他、
・記憶へのまなざし
・行きつ 戻りつする時系列
・冒頭に登場する「長い間」Longtempsの言葉
・プルーストが愛したモーヴ色(辻さんは1回だけだけど使用している)
・祖母や母へのまなざし(父の存在は薄い)

など、『夏の砦』の中には
プルーストの空気・気配が充満している。
辻氏の初期の作品であることを鑑みると、
プルーストが体得したものを自作で試みている、
一種の習作のような雰囲気が感じられる。


別の辻さんの書『美神との饗宴の森で』では、
実際にプルーストの『失われた・・』への参照が見られ、
熱に浮かされたように本書を読んだ時期があったことは間違いない。

秋に行われる辻さんとプルーストを主題とした講演会がを
心待ちにしている。


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関連エントリー(辻邦生さんの奥様・佐保子さんの作品を読んだ):




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2017.08.19 Sat | Books| 0 track backs,
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