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ノーベル賞作家ル・クレジオ講演会: 「アートの非連続性」
処女作「調書で2008年ノーベル文学賞に輝いたル・クレジオ(ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ)が只今来日中。
難しい哲学的・文学的話かと思いつつ講演会に赴いたところ、アートのお話だった。


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まず、アートの原点としてアルタミラの壁画を挙げ始めた。
彼は幼いころアルタミラの洞窟壁画を見て感激したという。
当時はまだ規制もなく自由に見ることができた、と。

なんとも羨ましい話だが、実はこの導入部、
先日聞いた千住博さんの講演会内容と重なり、大いに驚愕した。

光が届かない漆黒のアルタミラの洞窟で、彼らは描いた。
つまり、現物を見ながら描いたのではなく、記憶を総動員しつつ描いたことに他ならない。。。
ここまで両者の話はまったく同じ基軸で進む。

(千住さんは更に、たいまつで50㎝程度は照らされていたのだろう、と言及。
50㎝というのは源氏物語絵巻において話が進む長さに相当する、といった話も。)

ル・クレジオの方はそこから写実の問題へ展開する。
千住氏は、そこに見られる宇宙観、
その背景にある知ろうとする意識・知らせようとする意欲などに発展していった。


そこから先の理論展開は異なるわけだけれど、
少なくとも2人とも異口同音に、アートの原点としてアルタミラの洞窟壁画を挙げ、
記憶の中から描くことに言及していた。


ル・クレジオ氏は写真で見たイメージと全くたがわず、ダンディな男性で、
若いころはとくに美男の誉れ高かったよう
千住氏もオーラに包まれ実に魅力的。

そんな2人の共通点はイケメンという点だけでなく、
アートの原点まで同一だったというわけだ。


ル・クレジオ氏の言葉の中で、印象的だったのは:

L'art n'est pas linaire!
アートは直線的ではない=非連続的である。


古代以来、写実と抽象は混在し、絵画の発展が決して連続的でない点に言及。
一方で、写真の影響により、写実からハイパー・リアリズム、抽象へと写実の在り方も変貌し、
写実が読み取るものとなっていった過程も多数の画像をもちいて説明していた。



IMG_0477 (2)


写実と抽象(或いは非写実)の非連続性という問題を聞きつつ、
ふと、(アート的に関連性はないものの)西洋美術館で見た黄金展を思い出した。

同展では、エトルリア人の信じられない彫金技術を目の当たりにした。
現代人が手仕事で真似できないような高度な技だ。

非連続どころか、これは
テクノロジーの進化に伴うアートの逆行性、退化なのではないか?

非連続であるうちは客観性に終始した話にとどまるけれど、
逆行となれば、これは実に忌々しきことだ。
歴史が更に進むにつれ、コンピューターばかりが進化し、
人間の手先の器用さが後退する、十分あり得る話ではないだろうか。
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2015.12.19 Sat | Art| 0 track backs,
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