日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
フランスの同時多発テロに同情を寄せる声に非難の声?
今回のフランスでの事件で、SNS上ではさまざまな意見が飛び交っている。
十人十色、当たり前だけれど、最近力を増しているのが -

「世界中見渡せば、もっと残虐な殺傷が起こっている地域はザラにある。
なぜフランスの事件だけに、同情の声を寄せるのか?」というもの。
(ただしそういう声をあげる人がみな、常日頃それら地域の惨状に目を向けているとは限らない。)


私はフランス2のニュースをたまに見ることがあり、
中東の騒乱は、大ごとだな、と実感していた。
だから、世界的に見ると、フランスの一件は、多くのむごたらしい事件の中の矮小な一部に過ぎない、
というのもわからないではない。

けれど、私はフランスの無差別事件に対し、大きな同情の声を寄せずにいられない。


たとえば、


衛星管理の悪い国・地域の屋台で200人の食中毒を出した事件と、
フランスの有名レストランで50人の食中毒が出た事件を目にした時、
後者の方に驚きの声を寄せる人の方が多いのでは?

それは、どちらかの国に優劣をつけているからではなく、
想像を超えるかどうかの問題だと思う。


あるいは、普段馴染みのない国で起こった殺りくと、
パリで起こった120人超のテロ事件を見聞きしたときー

自分が行ったことのある場所、見慣れた光景の場所で起こった事件の方が具体的イメージを伴うだけに、
より身につまされる、それは、世界観は別にして、個人の感想としては自然な感覚なのではないだろうか。

しかもフランスは日本とともにG7に入っている緊密国でもあり、
これは他人事ではないという危機感をより伴うものだ。


大局的に、人類すべての平和を祈る、そういう気持ちはあっても、
個人的に、より身近なものに、私情をはさむ、
そういうごく自然な流れは、非難の対象となるのだろうか?


フランスに対し弔意を表す人を批判する代わりに、そして
個人の感情を、他人がどうこう干渉する代わりに -

これを機に、他の地域で起こっている惨状を広く知らしめる、
そういうマイルドな対応をしてはいかがだろう。

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2015.11.17 Tue | Society| 0 track backs,
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