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『プラド美術館展』 三菱一号館美術館 <感想>と<見どころ>
■ 『青い日記帳×「プラド美術館展」“ブロガー・特別内覧会”』 にて


三菱一号館美術館で開催中の 『プラド美術館展 ―スペイン宮廷 美への情熱』には大きな特色がある。

監修者のマヌエラ・B・メナ・マルケース氏が講演会でおっしゃっていた通り、主役は小作品たち。
工房制作でなく、画家本人の手による確率が高く、品質が保証されているのだそう。

プラド美術館はかつて1度訪れたことがあるけれど、今回来日した作品、見た記憶がないものばかり。
大作に埋もれてしまいがちと思われる。

そうした事前情報をもとに、計2回(2度目は上掲内覧会で)鑑賞した感想としては、ー


1)小型の絵の魅力を実感

サイズによる絵の質を、確かに実感した。
多くが極細の筆で、実に精緻に描かれている。
(中には、7.28×5.32 cm という破格の小作品も。)
繊細な筆遣いは、すなわち画家の細やかな心遣いを表しているかのようで、
ハートを感じる展覧会だった。


2)普段馴染みのないスペイン画家を発掘

乾いた空気、むきだしの大地。プラドだからこその、これぞスペイン、といった景色に出会える。


3)習作と最終作品の対比

今回ゴヤの原寸大原画(カルトン)と、その下絵(ボツェット)の並列展示がある。
マルケース氏が「習作の画家の本性は下絵にあり!」と仰っていた通り、
下絵で表した率直な感性を、原画制作にあたり取り繕っているのが見て取れる。

時間の移り変わりを表現する音楽と違い、よく、絵画は瞬間の芸術である、と言われる。
けれどこうして習作を展示することにより、
絵といえども、最終作品へと移行する過程で起こった画家の気持ちの移り変わりを読み取ることができる。

時を閉じ込める絵画において、経時変化が読み取れる貴重な機会。
(ルーベンスの下絵の中にも、よく見ると腕の位置を修正しているものがあった。)


プラダ美術館では、「Belleza Encerada(ベリェサ・エンセラダ--閉じ込められた美)」というタイトルで
同様の企画展が、これに先立ち開催されたと聞く。
小さな枠の中に収められた極上の美を堪能しましょう、そういう趣旨のよう。



最初の訪問でとくに印象的だったメムリンク、ルーベンス、ダーフィットらの絵を、内覧会ではターゲットにした。
安井裕雄氏と青い日記帳主催Takさんの展覧会紹介のお話(今回も弾んだ会話が展開!)で
丁度これらの絵が参照されたため、トーク後、当該絵画の周囲が混雑気味ではあったものの、
注目点が一部トークでカバーされ、満足。


個々の絵につき、以下注目したポイントなど:


* 写真は(参考写真1点を除く)、上述内覧会の折りに許可を得て撮影しています。

◆ 《聖母子と二人の天使 》
ハンス・メムリンク[1433 年頃-1494 年] (写真左)
1480-90 年 油彩、板 36×26 cm 礼拝画
PB110143.jpg


端正に描かれた聖母の凛とした美しさ。
遠くに霞む山並みは、涙色、と言い表したいぐらい麗しく滲むように薄いブルー。
緑の絨毯に咲き誇る草花は、まるで一角獣のタピスリーに描かれたミル・フルール。

そしてなにより、橙色が混ざったような複雑なニュアンスのある赤い聖母のマントが印象的。
えんじに近いムリーリョの《ロザリオの聖母 》の赤とも異なっている。
絵全体が端正な輝きに包まれ、精魂込めて描いた様子が好ましい。



◆ 《聖母子と天使たち 》
ヘラルト・ダーフィット[1450/60 年頃-1523 年]
1520 年頃 油彩、板 34×27 cm 礼拝画 
PB110142.jpg


マリアの黄金のふわふわの髪の毛がイエスの髪と混ざり合い
子を庇護するマントのようで、釘づけになった。

背景は金色でビザンティン的な空気を醸しつつも、聖母の顔はしっかりルネサンス。
そして聖母の唇がとてもなまめかしい。 
さらっと描いているように見えるけれど、色の選択からして気合いを感じる。



◆ 《胸をはだける婦人 》
ドメニコ・ティントレット[1560 年-1635 年]
1580-90 年 油彩、カンヴァス 62×55.6 cm
キャビネット・ペインティング
PB110024.jpg


そこはかとなく漂う色香。
背景の淡いパステル系紫ピンクがとても魅惑的。
まろやかな色彩は、とてもティントレットには見えないなぁ、と思ってよく見たら、息子のほうだった。なるほど。

描かれた女性はコルティジャーナ(高級娼婦=須賀敦子さんのエッセーでお馴染みの)に違いない。
父ヤコボが描いたコルティジャーナは、ヴェネチアに実在した(そして映画にもなった)娼婦ヴェロニカだった。
息子が描いた本作のモデルは特定できているのだろうか?

調べたけれど、頼りになる情報はなかった。
ただ、「Honorata cortigiana」(誉れあるコルティジャーナ)という本の表紙に本画が使われているのを発見。





◆ 《受胎告知 》 (左)
エル・グレコ( 本名ドメニコス・テオトコプロス)[1541年-1614 年]
1570-72 年 油彩、板 26.7×20 cm 礼拝画
PB110179.jpg


ヴェネチア派、ビザンチン、マニエリスムが混然一体として、
マニエリスムにどっぷり浸る前のエル・グレコ作。
中央奥、扉の先に風景が広がる珍しい受胎告知。

彼はヴェネチアに滞在し、ティツィアーノに弟子入りしたことで知られる。
空の色の色といい、確かに景色がとてもヴェネチア的。

後ろを振り向く聖母のよじれた姿は大原美術館の《受胎告知 》を彷彿。
この振り向きポーズを突き詰め、劇的な登場人物のズームアップに至り、
滑らかで輝く色彩で結実させたのが大原の作品なのだろう。

アンブロージョ・ロレンツェッティが聖域と俗世界を、それぞれ金色と未熟な遠近法で区別し表したように、
エル・グレコの本作では、手前の室内空間が聖域、青空広がる風景画部分が俗世、
そんな風に描き分けけられている印象を受けた。



◆ 《聖人たちに囲まれた聖家族 》
ペーテル・パウル・ルーベンス[1577年-1640 年]
1630 年頃 油彩、板 79.5×64 cm
PB110106.jpg


いやもうすごい!
迫力に目が吸い寄せられた。
重なり合う塊のような群像・明白な視線の誘導。

右上から聖なる風が吹きすさび、まるで天からイエスが到来したかのよう。
時計と逆回りに聖人たちの上に次々視線が誘われ、
最後は鑑賞者自身に視線が返される。


目線を強く意識した作品として、ティツィアーノの「バッカスとアリアドネ」を思い出した。
ナショナルギャラリー(NG)所蔵の好きな1枚だ。
あの絵では、去りゆくテルセウスの方に目が向くと同時に、
やはり鑑賞者へ視線を送るサテュロスの存在があった。
(参考:手元資料=NGのカタログ写真。「バッカスとアリアドネ」は左上。)

IMG_0006 (1)



《聖人たちに囲まれた聖家族 》の中に描かれた人々は、聖人オンパレード。

初回訪問時、描かれた聖人がどれだけ当てられるか挑戦してみた:
聖母子、洗礼者ヨハネ(毛皮)、サンセバスチャン(矢)、ゲオルギウス(竜)、ペテロ(カギ)、
聖アポロニア(くぎ抜きみたいな道具)は一目瞭然。
マグラダのマリアは香炉、聖アグネスは羊、カタリナは車輪、というアトリビュートを探したけれど
わからぬまま。帰宅後、答え合わせ。



◆ 《デウカリオンとピュラ 》 (左)
ペーテル・パウル・ルーベンス[1577年-1640 年]
1636-37年 油彩、板 26.4×41.7 cm
狩猟休憩塔(トーレ・デ・ラ・パラーダ)の装飾用下絵(ボツェット)

◆ 《アポロンと大蛇ピュトン 》(右奥)
コルネリス・デ・フォス[1584 年頃-1651年]
1636-38 年 油彩、カンヴァス 188×265 cm
ルーベンスの下絵(ボツェット)に基づく狩猟休憩塔のための完成作
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師匠の下絵と弟子の完成作、という組み合わせ。
師匠ルーベンスの絵のアポロンの方が、身体のバランスはいい。
デ・フォスの方は下半身が華奢すぎて、ちょっと心もとないなぁ。



◆ 《狩りをするディアナとニンフたち 》
ペーテル・パウル・ルーベンス[1577年-1640 年]
1636-37年 油彩、板 27.7×58 cm
狩猟休憩塔(トーレ・デ・ラ・パラーダ)の装飾用下絵(ボツェット)
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こちらのルーベンスの下絵では、描きなおす前のディアナの腕がうっすら見える。
腕を振り上げるのをやめ、手を下したことで、後ろの人物の手と交わらず左下への動きが出て、
バランスがよくなった気がする。



◆ 《森の中のロバの隊列とロマたち 》 (右)
ヤン・ブリューゲル(1世 )[1568 年-1625 年]
1612 年 油彩、銅板 36×43 cm
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一点透視図法で遠近法を展開したイタリアに対し、フラマン画家たちは
背景をぼかして奥行きを与える空気遠近法に目を付けたと言われるけれど、
本作もご多分に漏れず、本技法を謳歌している。
対角線をつないで2つの三角形に分けられた構図が大胆で小気味いい。



◆ 《酔った石工 》 (右)
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス[1746 年-1828 年]
1786 年 油彩、カンヴァス 35×15 cm
エル・パルド宮の食堂あるいは「会話の間」に予定されていたタピ
スリー連作用の原寸大原画(カルトン)のための下絵(ボツェット)

◆ 《傷を負った石工 》 (左)
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス[1746 年-1828 年]
1786-87年 油彩、カンヴァス 268×110 cm
エル・パルド宮の食堂あるいは「会話の間」に予定されていた
タピスリー連作用の原寸大原画(カルトン)
PB110081.jpg


マルケース氏のお話通り。
右:下絵では薄ら笑いを浮かべつつ負傷者を運ぶ男の姿。
左:最終作では、不謹慎と思ったか、シリアスな表情に。



◆ 《フォルトゥーニ邸の庭 》
マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサル[1838 年-1874 年]
ライムンド・デ・マドラーソ・イ・ガレータ[1841年-1920 年]
1872 ー 77年頃 油彩、板 40×28 cm
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影がくっきり、強烈な光と乾いた夏の日差し。これぞスペイン!
木々の垂直の線と白壁がつくる横の線が交差する。
アンダルシアを思い出させる青い空、乾いた空気に赤い日傘が映える。
本作は、フォルトゥーニの死後、親戚筋のマドラーソが加筆したようだ。
左下に、フォルトゥーニの落款のような朱のサインとマドラーソのサインが並んでいた。


その他にもー


◆ 《聖ペテロの涙 》 (右)
ドメニキーノ?[1581年-1641年]
1640 年頃 油彩、銅板 28×21 cm 礼拝画
PB110161.jpg

写真ではもちろん見えないけれど、目が釘付けになったのは、聖ペテロの真珠のような涙!
こちらも小ぶりの絵なので、目の下に光る涙はややプロポーションとしては大粒だけど、
この一滴の涙のために、画家はさぞかし腐心したのだろうなぁ。



◆ 《ポルティチの浜辺のヌード 》
◆ 《日本式広間にいる画家の子供たち 》
マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサル
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・・・のてらいのない自由さも好き。


ジョット好きとしては、画風が似ている
ミゼリコルディアの聖母の画家の《金細工工房の聖エリギウス 》も捨てがたい。


思わずあれこれ書きすぎてしまったけれど、結論。
急ぐことなく、静かなマインドでゆったり向き合いたい展覧会なのだった。



* * * * *

「プラド美術館展 ―スペイン宮廷 美への情熱」
場  所  三菱一号館美術館
会  期 2015年10月10日(土)~2016年1月31日(日)
開館時間 10:00~18:00(金曜、会期最終週平日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜休館(但し、祝日の場合、12月28日、1月25日開館) 年末年始休館:12月31日、1月1日
詳細は:
http://mimt.jp/prado/
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2015.11.14 Sat | Art| 0 track backs,
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