日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
国立国会図書館で亡き祖父(絶筆の書)と対面する
父が6歳の時に病に倒れて亡くなった祖父と国会図書館で対面(?)を果たした。

とはいっても調べもので国会図書館に行き、ついでにふと思い立って祖父の絶筆となった本を探し当てただけなのだが。


序文には、祖父の言葉で、経緯が書かれていた。
残る命の期限を測りながら、時間と闘いつつ執筆したらしい。

> 三省堂と出版契約をした直後、執筆を開始するかしないうちに病魔に襲われた。
> 栄誉なことなので周囲の反対を押し切り、研究内容をまとめ、執筆をした。
> 本医学書の執筆にあたり、文献の記載は十分できたと思うが、材料に関する記述が手薄になっているのが気になっている。しかしこういう事態なので致し方ない。


そして初校だけ終えて、祖父は旅立った。


生前に校正まで終えるのは難しいと推察したようだ。校正を託した師の序文もあった。

> 校正まではたどりつけそうもないので後を頼めないかと?君から依頼を受けた。
> 病状悪化の中執筆し、初校は病床の中で行い、君は再校を志しながら命尽きた。



砂時計がポトリ・ポトリと落ちて行くのを身体中で感じつつ、自分が遺せる精一杯を紙に留めた。
どんな気持ちだったのだろう。


無機質なマイクロフィルムのコピーが、人間のぬくもりを届けてくれることもあるようだ。
こっそり涙を拭きつつ、不思議な思いで国会図書館を後にした。


* * * * * * * * * *



<自序>
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 余が三省堂の需に應じて本書出版の契約をしたのは、たしか10月下旬のことである。ところが余はこの寫事がその緒に就くか就かないかのうちに不意の病魔に襲はれ、思ふ様に意を果たすことが出来なくなった。併し幾多斯學の大家をさし措いて余に執筆を請はれた三省堂の懇望と、今ひとつには余自らの科學的探究慾といつた様なものが陰に陽に余の心臓を絶えず鼓煽し止まなかった。

 余は再び遂に多くの周囲の人からの忠告と護請とを斥け、檢温器と藥醫の代りに、ブックスタンドと原稿用紙をとった。而しても兎も角も角大體豫定の期限内に豫定の頁數だけの原稿を仰臥しながら書き上げた。敍述があまりに文献の聚載に偏し、材料の排列等が繁簡宣しきを得て居ない節は余は自らも気附かないではないが、如上の様な理由で致し方もない。

 が余がこの書を世に送る所以はxx學説を但、忠實に且つ弘く紹介せんとするにあって、一方的立場よりxx學説を批判せんとするにあるのではないことを諒とされたい。
・・・・・



師の手による<序文>
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xxxxx君の漸く膏盲に入って、xxx大学醫學大病院に入院せられたから、一日君をっ病床に尋ねた折り、今度xxxに就いて単行本を執筆し、不日出版の運びとなった、然し自分は恐らく校正することが出来ないと思ふ。できることなら校閲してくれまいか、とのことであつた。・・其の後 気には病床にあつて初校を了せられ、再校を見んとして突如黄泉の客となられたのである。私はxxx君と共に前訳を履みて再校並に三校を了へ、出来上がつたのが本書である。
此の如く本書は實に絶筆にして現行の一部は病を押して執筆せられたものである。
・・・・



本文の方は全部コピーするわけにもいかないので、表紙と目次と書き出し一部だけコピーしてきた。
一度も会うことはなかった祖父の形見として。

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2015.11.10 Tue | Art| 0 track backs,
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