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ボッティチェリの《東方三博士の礼拝》 が来日予定 (2016年・東京都美術館)
■ 《東方三博士の礼拝》の中に描き込まれたボティチェリの自画像はどこ?

 辻邦生著「春の戴冠」に書かれた、《東方三博士の礼拝》制作にまつわるストーリー


来年2016年1月、ボッティチェリの肖像画が描き込まれた大作が来日を果たす。

ウフィツィ美術館所蔵の《東方三博士の礼拝》の絵だ。 
(東京都美術館の特設サイトが記す名称は《ラーマ家の東方三博士の礼拝》。)

以下画像は今年6月にウフィツィ美術館で撮影:

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サンドロ・ボッティチェリ自身の肖像画が描かれたことでも知られる本作品。
ボッティチェリは果たしてどこにいるかというと、、、ここだ。
一番右の茶色い装束でこちらを見て佇む男性がそれ。

辻邦生氏著「春の戴冠」には、ボッティチェリが肖像画を埋め込んだ経緯に関する会話が登場する。
この本は、部分的史実に基づくフィクションではあるけれど、かなりリアルな迫真性がある。(後述★1)


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アップで自画像部分見ると、↓(右下隅)大きな二重まぶた、縮れた髪の毛が特徴的。
自信たっぷりで、なかなか不遜な表情だ。

制作年度は大体1475年、ボッティチェリ30才頃のもの。

有名な《ヴィーナスの誕生》や《プリマヴェーラ》よりも7-8年前となり、
そこまでの名声はまだ確立する前のこと。
自らの力量を信じた若者の姿が垣間見れる。


今回ウフィツィでしげしげとこの絵を眺めていて、”隠れた”存在感を感じたのは
下の写真中央の水色の男。
みずからの姿をそっと指さしている。

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本作品の発注主として名高いガスパーレ・デル・ラーマと思ったのだが、
実はフィリッポ・ストロッツィである、という説を目にした。

ラーマの方は実は左側に描かれていたようだ。
いずれにせよ発注主の職業、両替商(高利貸)はキリスト狭義的に罪と見なされ
その贖罪の意味で、稼いだ金をこうした美術品につぎ込むことで、
罪から逃れようとした。

スクロヴェーニ礼拝堂でも見た通り、そうした発注主は、それをアピールするかのように、
作品の中に埋め込まれているのだ。


そしてこの絵は、フィレンツェの有力者メディチ家が描き込まれていることでも有名だ。

なかでもコジモ・ディ・メディチの姿は渋い迫力がある。
聖書の題材を下敷きに、キリストを拝みにやってきた三博士の一部として一番重要なポストを与えられている。

(マリア様が佇む背景が廃墟、というのも目を引く。)

P6210031.jpg


アップ。
家業で輝かしい実績を積み上げ、まばゆいフィレンツェ芸術を開花させた大御所コジモは
幼子キリストの足をとり、ご加護を受けているかのよう。
老成した表情が秀逸。
コジモの姿に関する記述も、「春の戴冠」に見られる(後述★2)


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コジモの息子ピエロとジョヴァンニもここに。

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忘れてはならない、ロレンツォ・ディ・メディチこと、ロレンツォ・イル・マニーフィコ。

父コジモの跡を継いで、絢爛豪華な花の都フィレンツェの夢のようなひとときを実現させた彼の姿が、
左隅に、これまた威風堂々と描かれる。

P6210030.jpg


「春の戴冠」には、本作品を描くにあたりボッティチェリがあれこれと思案した記述もある(後述★3)。

当時の華やかなりしフィレンツェを支えたメディチ家の繁栄ぶりが伝わる《東方三博士の礼拝》。
来日まで、もう少し。




★ 辻邦生「春の戴冠」から

1)ボッティチェリが自らの肖像画を描き込む経緯に関する記述(ボティチェリの語り)

「ロレンツォ殿が「博士礼拝図」にね、ぼくの自画像を描き込むようにと伝えてきたのだ。それは、ぼくだって、メディチ一族が東方の博士たちになってキリスト生誕を祝う図のなかに、自分が加わるなんて、考えてもみられない栄光だと思うよ。しかしぼくがただ一人、他処者みたいにそんなところに混るなん、どうも落ち着きがわるいように思うんだ。
。。
なにしろ三十人もの肖像を描き込んでいくのだから、ぼくをどこにもぐりこませていいのやら、見当がつかないのだ。」



2)コジモに関する記述

ロレンツォ殿に依頼された「博士礼拝図」の下絵なんだ」サンドロはそう言いながら下絵のなかから何枚かを引き抜いて私に示した。「大体の構図はできあがっているんだけど、メディチ家の人々をすべて描きこむというのがロレンツォ殿の意向でね。それがなかなかうまくゆかない」。
(注:ボッティチェリに話しかける”私”の台詞)「これは老コシモの横顔だね。。。。よく似ているね。まるで生き写しだ。君はまたどうしてコシモを見ないで、こんなそっくりに描けるんだろう。」



3)「東方三博士」に関する記述(ボティチェリの語り)

「ぼくはこの「博士礼拝図」でね、構図がしっくり纏まらなかったのは、この中へメディチ家の人たちの肖像を忠実に再現する仕事と、博士礼拝という神秘な気分とが、うまく一つに表現できなかったからだ、と、いま気づいたんだ。そうなんだ、フェデリゴ。一方はポライウォーロ親方の<物から眼をそらすな>で、もう一方はどこか遠い党風風俗を空想しなければならないのだからね。この二つは全く別々のもの、水と油、火と土のようなものだ。ぼくはそれを、神秘な構図のなかに<物から眼をそらすな>を嵌めこむことによって解決しようとした」。






東京都美術館 「ボッティチェリ展」 2016年1月16日(土) ~ 4月3日(日)サイト:
http://www.tobikan.jp/exhibition/h27_botticelli.html
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2015.08.17 Mon | Art| 0 track backs,
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