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伝説の洋画家たち 二科100年展 @都美術館 <感想>
二科展がスタートして100年目を迎える節目の今年、
東京都美術館で「伝説の洋画家たち 二科100年展」が開催されている。

展示は、すべて過去の二科展出品作で統一されており、
散逸した作品を探し出す、といった作業も必要だったようだ。


事前に見たフライヤーなどには、
有島生馬,、坂本繁二郎、古賀春江、小出楢重、山下新太郎、岸田劉生、萬鉄五郎、東郷青児、国吉康雄・・
らの作品画像が並び、日頃親しんだ画家・作品が目についたけれど、
行ってみると展示数は130点以上。

様々な地方の美術館から集められたようで、
初めて名前を聞く画家も結構いる。
才能ありそうなこの人はその後、どういう画業をたどったのだろう、などと好奇心にかられた。


また、知っている画家の、知らない作品というのも意外にあった。
たとえば佐伯祐三の2点などは貴重な個人蔵。

初見だった古賀春江の《素朴な月夜》は、ファンタジックで温かみがあり、
東近美にあるメタリックでインダストリアルな《海》よりずっと前の作品だろうと思いきや、
同じ年(1929年)に描かれたと知り驚いた。


かつて文展では、日本画部門は新旧二科に分かれて審査されていたものの、
洋画部門は旧態然とした審査一本化のままで、二科に分けることが叶わず、
新たにできたのが二科展と聞く。

そんな古色蒼然を嫌った設立経緯を反映するかのように、
入選を果たした作品はどれも、チャレンジ精神にあふれていた。
当時の熱気が立ち昇るかのようだ。





今回、「伝説の・・」と銘打ったタイトルだが、その伝説の定義の一部には、”夭折の画家”も含まれる。
関根正二は言うに及ばず、確かに次々と若くして亡くなった画家の多いこと。


第一回入選作として最初に登場する柳敬助も、ある意味伝説だ。
まだこれから、という42歳で亡くなっただけでなく、大半の作品が焼失し、“伝説”になってしまったのだ。

柳敬助の絵を初めて見たのは中村屋サロン。
品があって、とても好ましい絵なのに世にあまり知られていないのはなぜだろう、
と疑問に思った。
ギャラリートークでそのワケを知る。

回顧展のために作品が地方からいっせいに集まっていたその日に関東大震災が勃発。
都内に集められていた全ての作品が灰と化した、そんな悲しい歴史があった。

今回会場にあった下の絵は、初めて目にした。
所蔵は東近美だというが、常設展に出ることは少ないはず。
白い斜めの線の途中から湧き上がるエメラルドグリーンが美しい。
カイユボットを彷彿とさせる上品さ。

美術学校でも優秀で飛び級したといい、
恐らくスラスラと思いのままに描けたのではないか。
肩ひじ張らず、軽やかなタッチで、わざとらしさがなくて好き。


*会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。

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柳敬助《白シャツの男》1914年 東京国立近代美術館所蔵



こんなデュフィのような絵を描く人がいたのか、
という感想をもったのが、硲伊之助。
マティスへのオマージュ、という解説を読まずとも、
これはマティスのアパルトマン、そう思えた作品。
海の見える大画家の住まいを、かつてTV番組で見たことがある。
あのイメージそのままだ。

全景、中景、後景と順々に広がる景色、
その間に挟まれたバルコニーの模様、
心地よい南仏の海風を感じる。


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硲伊之助《室より(南仏のバルコン)》1935年 硲伊之助美術館所蔵



驚いたのは、ブリヂストン美術館で見慣れたマティスの作品があったこと。
上記の硲伊之助がマティスのアトリエを訪れ、制作途中の本作品を見て、二科展への出品を依頼したという。
そんな背景で来日を果たした絵だったとは、今回初めて知った。

でも、後日 日本に送付された完成作を見て、硲はたまげたのではないか?
この作品は、最初の構図から、刻々とデフォルメされていったのだから。

以前ブリヂストンで、スケッチされた女性の変貌の過程が記録された写真を見た。
最初の女性図と似ても似つかないものに仕上がっていった。

きれいにまとまった図を“煮詰める”過程はかなり突飛で大胆だけど、
女性はすごくイキイキと変身した。


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アンリ・マティス《青い胴着の女》1935年 石橋財団ブリヂストン美術館所蔵



先日日経新聞の日曜版で特集されていた松本竣介。
(戦後70年ということでこのところの美術特集頁は戦争関連ばかりだった。)

紙面には、彼のこんな言葉が引用されていた:
「絵描きというのは、いろいろな点で自由でなければならない。
1つのイデオロギー、1つの窓ばかりからみると表現の幅が狭くなるよ」

自画像《画家の像》を見ると、足の間に、戦争をしているかのような小さな黒い影が見える。
リヤカーは戦闘車のよう。
戦時下の絵画への統制などふくめ、戦争下で様々に思いを募らせたことだろう。

妻や息子の隠れるような視線とは対照的に、
強い決意が感じられる画家本人の眼差しが印象的。


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松本竣介《画家の像》1941年 宮城県美術館所蔵 



身持ちを崩しつつも絵筆を握った長谷川利行の《酒売場》は、
鑑定番組で発掘された例の《カフェ・パウリスタ》に相通じるざわざわした感じで充たされ
空気を感じ取る達人だなぁと思った。

三越の東山魁夷展で知ったのだが、東山画伯が初めて購入した絵画が
長谷川利行の作品2点だったそう。
彼の寂しい末路に比して、なんたる栄光に満ちた逸話だろう。


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長谷川利行《酒売場》1927年 愛知県美術館所蔵



高校時代、美術の授業で描いた風景画がむずかしくて絵の具と格闘した。
こんな絵が描けたら、素敵だな、
思わずそう思って足を止めた小山敬三の《瀬戸内海》。

のびやかなタッチとリズムを奏でる色彩が好き。
写実の時代を経てたどり着いた風景なのだろうけれど、
山襞の陰影がこんなにあっさり描けるなんてすばらしい。
額は画家本人の特注らしい。


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小山敬三《瀬戸内海》1934年 小諸市立小山敬三美美術館所蔵



そして思いがけなかったのが、関根正二。
10代で二科展に出展していたのか。
そしてやっぱり赤だ。
何か既成イメージをなぞったり、表面的に模倣をして出来たのではない、
内面をしっかり我が目でとらえる力強さを、彼はどうやって体得したのだろう。


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関根正二《姉弟》1918年 福島県立美術館所蔵




今回の展示は、第一回作品から60年代までの作品に限定されている。

戦争を経たあと復興へと向かう、そのパワーをみなぎらせた画家もいる。
現代社会ではありえないような底を体験した不遇の画家もいる。

簡単ではなかった時代だからこその気迫と気概が胸に迫った。


*****

展覧会名 : 「伝説の洋画家たち 二科100年展」
展示会場: 東京都美術館 企画棟 企画展示室
住所: 東京都台東区上野公園8-36
会期: 2015年7月18日(土) ~ 9月6日(日)
休館日: 月曜日、7月21日(火)
開室時間: 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
夜間開室: 金曜日は9:30~21:00 (入室は閉室の30分前まで)
観覧料: 当日券 | 一般 1,500円 / 学生 1,200円 / 高校生 800円 / 65歳以上 1,000円

特設サイト: http://www.nika100th.com/

* 本エントリーの画像はすべて、「二科100年展ナイト」の折に主催者の許可を得て撮影。
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2015.08.14 Fri | Art| 0 track backs,
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