日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ボルドー展 @国立西洋美術館 <感想>&<混雑> 
金曜の夜間開館の日に国立西洋美術館で「ボルドー展-美と陶酔の都へ-」を見てきた。


先に日仏会館で行われた講演会を聞きに行っていたので、これは
少々心構えをしていかないといけない類の展覧会だな、と思っていた。

本展はボルドー市のあちこちの美術館(ボルドー美術館のみならず
アキテーヌ博物館や装飾芸術・デザイン美術館なども)からお借りした
品々の展示となっている。

カテゴリーは絵画とか彫刻などに限定されず、
また古代、ロマネスク、ルネサンスなどといった時代も限定されず時系列なので、
要はバリエーションが広い。

普通に考えると、すべてが嗜好にマッチしているということは考えにくい。

それらすべてに興味があるフリをすると、疲れるはず、
全部を平均的な重要度で見てしまうと、雑駁な印象を受けかねない、そう思った。


なので、気分よく鑑賞するために、以下を心がけた:

● そそられないものはスパっと切り捨てて、もともと興味のあるもの、
  突っ込みどころがありそうなもの=解説や佇まいから目に留まったものを重点的に見る:

● ボルドーという知ってるようで(2度行っている)よく知らない街の歩みと密着している点で、
  街が辿ってきた歴史を意識した鑑賞をする。

(そして私にはその姿勢が正解だった気がする。)


私は古いものが好きで、紀元前1万年以前のものには、もれなく
敬意を表してしまうタチなのだけど、それをなしにしても、
《角を持つヴィーナス(ローセルのヴィーナス)》(25,000年前頃)
の素晴らしさには、まったくもって感服してしまった。

デフォルメ系の現代作家の作品、と言われても100%信じてしまうだろう、
それほど肉体をもった人間表現だった。
6世紀の埴輪よりもずっとルネサンスだった。


1世紀末の《少女の墓碑》などは、芸術家でなく一般人(父が亡くなった子のために)つくったと聞き、
こちらも圧倒される。

襞のドレープ、子どもらしい表情のリアリズム、
さらにわずかにコントラポスト(*)のポーズをとっていて、人間らしい左右非対称の技術まで習得していた。

(*片膝に重心をかける姿勢のこと。この場合、向かって右ひざが衣装より突き出ていて、
重心が逆の脚にかかっていることがわかる。)

手に抱えた猫のしっぽをくわえる鶏の構図も、これは父ならではの温かい視線というか、
愛情がたっぷり注がれた絶品、と思った。


一方、宗教画好きの私だが、
ペルジーノの《玉座の聖母子と聖ヒエロニムス、聖アウグスティヌス》は
のっぺりしていて、マリアの耳上を剃った髪型もイマイチで、
色合いもサヴォナローラに感化されたボッティチェリの色みたいに心落ち着かない感じ。

なんのへんてつもないイタリアの教会の方が良品がある、と実感。


私にしては珍しく、今回はメインビジュアルになっている作品にも大いに惹かれた。
(往々にして自分のお気に入りはマイナーな作品だったりするのだけど。)

ウジェーヌ・ドラクロワの《ライオン狩り》。

上部が火事のさいに消失したといういわくつきの作品だが、
現存する場面だけ見ると、ライオンの獰猛さのまえに人間は劣勢で
食うか食われるかの闘いでは敗北の方向に向かって悪あがきをしている図
なのだけど、内なわれた上部はまったく逆の印象であることに気づいた。

ルドンが偶然焼失前にこの絵をスケッチしていて、それも展示されている。

すると、元の絵には、2人のハンターが槍でひと突きするまさにその瞬間が描かれていて、
それを見た瞬間、劣勢・優勢が逆転するのだ。

しかも色合いも、茶色で充たされたおどろおどろしい下部に対し、
上部は空の青色が左半分を占め、重苦しい雰囲気は、そこで解放されていた。

ルドンがいなかったら、ひとはそんな情景を想像であれこれ考えるしかなかった。



そのほか、モンテスキューとモンテーニュのふたりによって所蔵されたことのある本
(しかも署名入り)など、すごく生々しい手触り(触れるわけではないけど、脳の中の手ざわり)のある
作品も並ぶ。
このふたりがボルドー出身だったということで、これは街の誇りであるに違いない。


私の好きな画家マルケは、ボルドー出身なのに苦しい思い出しかないそうで、
故郷には1度しか帰らなかったそう。

そのときに描いた絵の展示もあったのだが、あの軽やかで透き通ったマルケの画風はなく、
重苦しさに包まれていた。
故郷への愛着はないんだなぁ、などと実感した次第。


その他紋章の展示や、もちろんワイン関連の展示もあり、繁栄の証が散らばっていた。



<混雑>具合について:

グエルチーノ展も金曜の夜間開館にいったのだが、それより混んでいた。
とはいえ、ポピュラーな展覧会に比べればやや空いている印象。

夏休みや後半には必ず人は増えるだろうが、今の時点では行列らしいものはなく、
1つの作品を待って見ることはまったくなく
開いているショーケースを渡り歩けば待ち時間ゼロ。

係の人のお話では、やはり全体通してグエルチーノ展より混んでいて、とくに土日は
結構な人だという。

なので平日がお勧めだけれど、土日の場合なら15時以降がお勧めと。
17:30までなので、15時に入れば十分見られる。
(ただ、夏休みが始まるので、その期間の状況は読めないと。恐らく混雑度アップするのだろう。)

点数は多いけれど、私のように興味のない肖像画などはチラ見するだけですごし、
惹かれたものだけしげしげ眺める、というスタイルの場合、
1時間半で見終えた。


http://www.tbs.co.jp/bordeaux2015/tokyo/
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2015.08.01 Sat | Art| 0 track backs,
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