日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
スポレートの大聖堂
 フィリッポ・リッピの天井画・壁画に隠された秘密


古代の遺跡・中世の面影が今も残るスポレートの街並みは魅力的ではあるが、
この街を世の中に知らしめているのは、ルネサンス期の遺産だろう。

もともとこの町は、フィレンツェなどと違いルネサンス芸術からは縁遠かった。
そこで、ある種の町おこしの意味合いで、一流の芸術家を招聘した。

それがフィリッポ・リッピだった。
魅惑の聖母子画などで知られ、ボッティチェリの師でもあった彼は
スポレートの招待を受け入れ、息子フィリピーノとともにウンブリア地方までやってきた。

彼はこの地にある大聖堂の後陣の壁画を任される。
そのうちのひとつがこの、マリンブルーの「聖母の戴冠」の大作だ。


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沈んだグレーなど、落ち着いた色調の印象があるリッピだが、
メインカラーにあえて明るいブルーを選んだ。
ひときわ目を引くこの色と虹のコンビネーションで、従来の作品より一段と明るい。

救済を求める人たちへのサービス精神の表れのように思えてならない。


右側はやや傷んでいるものの、色とりどりの天使たちがいきいきと描かれ、
ざわざわとしたささやき声が聞こえてきそう。

老齢期に入ってもなお、瑞々しい筆致は健在だ。

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一番有名なのがこのヴォールト部分の戴冠図だけれど、それだけでなく、
実はその他の聖母マリアの生涯の図もリッピは描いている。

丁度ヴォールト部分の下の3枚の壁画のうち2枚が彼の手によるものだ。
最後の1枚は終えることなく命が尽きた。

左側に見えるのがリッポ父の受胎告知。


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中央がリッポ父が手がけたマリアの死の場面。

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マリアの死の場面を少しアップにしてみる。

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中央には土気色のマリアが横たわる。

かつて彼が描いた聖母よりもずっと簡素なたたずまいだけれど
臨終の場面なのでそれは当たり前か。
キリストをはじめ、人々の深い悲しみが、控えめに表現され、心を打つ。


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そしてこの絵の秘密は、右側にリッピ自身と息子・弟子たちが描かれていることだ。
(黒い服がリッピ)
息子フィリピーノがどれかはわからないが、一番左かもしれない。

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こちらは受胎告知。

こちらの聖母もリッピにしては地味で、いつもの艶っぽさはないが、
この時点ですでに、身体は相当消耗していたに違いなく、
死に向かう静かな境地が反映されているようにも見える。

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受胎告知左上には神なる父の姿。
なにかビームを送っている。

神話のゼウスがダナエに子供を孕ませるためのビームを
窓の外からまき散らしたあのシーンを思わず浮かべてしまった。
不謹慎にも。

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さて、右の1枚だけが、弟子の作品だ。
仕上げることなく、天に召されてしまった。

下絵をもとに弟子が描き上げた。
お題は、キリストの誕生である。

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だがしかし!!!
やはり弟子はリッピにはなれなかった。
幾ら下絵が元とはいえ、哀しいかな繊細なあの筆遣いはあとかたもない。

たとえば左に入るヨハネの衣服の襞(ひだ)を見ると、愕然とする。
なんとも雑な線でしかない。

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フィリッポは、もっと布の軽やかな質感を生み出し、
絶妙な襞をもつ衣で天使を飾っている。


「キリストの誕生」の1枚だけ、どこか大味で、感情をゆさぶられない。
見真似で描いたものと、魂を込めたもののちがいなのだろうか。

想像力の力を借りて、美しいものを心の目の裏に再現し、それを絵筆にのせる筆力という点で、
死を目前にしたフィリッポは弟子よりはるかに勝っていた。


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迫りくる死の影と闘いながら、彼は一体どんな絵を残したのか、
ずっと気になっていた。

それをこの目で確認できて、爽やかな気持ちになった。
なにかひとつ大事なことを達成したかのような気がした。

これまでの絵に滲んでいた華美なものはそぎ落とされ、しっとりと落ち着いた人物像がそこにはあった。

リッポは最後まで女好きで手に負えなかった、という話もあるけれど、
とはいえ、しっとりとしたある種の落ち着きを絵の中に感じる。


渾身の力で描き、尽きた、その絶筆ともいえる作品を前にして、
リッピの息吹を確かに感じることができたのだった。


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過去のエントリー:
フィリッポ・リッピのお墓 in スポレート
スポレートで見た人気TVドラマロケ
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2015.07.23 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
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