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辻邦生「春の戴冠」に出てくるボッティチェリの「神曲」挿絵
5月26日の日記で触れた印刷博物館「ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ」を再訪し、
ボッティチェリの「神曲」挿絵と再会した。

複製(ファクシミリ版)ではあるけれど、裏には下絵が描かれたもので、ヴァチカンから入手したという。


茶をベースにした抑えた色彩で、段の境目に明るい色彩の帯をほどこしているものの
かたちが奇異で、全体的にまず不気味。
9つの大罪別に、渦巻き状の階段に広がっている地獄図だ。

細部に目を転じると、
骸骨に変貌しつつあるような白く極小の蛆虫みたいな人間たちが、
地面に埋もれたり、身をよじったり。
ぎっしり描き込まれている。

魑魅魍魎をミクロまで追い詰め描きだしたボッティチェリの、その
悪をえぐりだそうという突き詰める精神は、最盛期の聖母子の美を追求した姿勢と
実は根幹のところで一緒なのかもしれない。


辻邦生「春の戴冠」にも、ボッティチェリが「神曲」の挿絵を手掛けたことに触れている部分があり、
(ただ、、挿絵には色彩が施されていない、と述べられている。)
その絵のおどろおどろしさを、独特の細密な表現方法で語っている。
なんらかのかたちで、「神曲」の挿絵を見たのだろう。

「春の戴冠」ではこんなふうに形容されている。

そのとき彼(サンドロ・ボッティチェリ)が見ていたのは、ダンテの詩句が描きだした地獄や煉獄の映像だったとは疑えない。私が手に取った新版「神曲」を飾るのは、暗黒の巨大な洞窟を吹く凍てつく烈風であり、また肌を焦がす火焔のような熱風であり、また闇の奥に飛びはねて亡者たちを苦しめる炎の団塊であった。叩き潰される者、口に糞尿を押し込まれる者、尻の穴に焼け棒杭を突き立てられる者、腹を裂かれる者、眼をくりぬかれる者、鞭打たれる者、恐怖の叫びをあげる者、硫黄の池に沈む者、怪獣たちに苛まれる者、首をねじ着られる者などの大群が、息苦しいまでに、その映像の1つ1つを埋め尽くしているのだった。まるでその挿絵に余白があるのを恐れてでもいるかのように、煙の中に、芋虫のように身をよじった人間たちが、重なり合い、うめき合い、呪い合いして描かれていたのである。

実を言うと、このランディーノ校訂の、ぼってりした紙質の、鮮明な活字が紙に食い込んでいる、厚い大判の「神曲」を手に取るまでは、サンドロがこれほど生々しい陰惨な情景を描いていたとは想像もできなかった。(略)

(略)「よくまあサンドロがこんな美しい描線を崩さないで、気味悪い場面が描けたものだな。私らだった描線が震えるなり、かすれるなりしただろうがね」。

(略)わき腹を切り裂かれたり、腸を曳きずったりする人間の姿を描くには、その描線があまりに理智的で、端正でありすぎるというのが私の気持ちだった。サンドロのなかで、この陰惨な情景を描く前に、多くのどろどろした夾雑物が全部洗い流されていて、整った、鮮麗な物の形だけが遺されたのではないか - そんな感じがした。

(辻邦生「春の戴冠」)







博物館本展URL:
http://www.printing-museum.org/exhibition/temporary/150425/index.html
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2015.07.12 Sun | Art| 0 track backs,
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