日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
裏の顔
謀反を起こし、信長の怒りを買って一族郎党100人以上が焼き殺しにあいつつも生きながらえ、
やがて秀吉の時代に入り、無事生涯をまっとうした武将・荒木村重。

みずからのせいで凄惨な結果を生み、
本来なら自決を決めるのでは、と思われる場面で、彼は逃亡の道を選んだ。

後ろめたさとどう対峙したのかは知らない。

ただ、奇跡的に救出された息子に、その暗い影がつきまとったとしても不思議ではない。
事件が起きたとき、彼は生後まもなかったとはいえ、やがておのずと過去の話を耳にしたのではないか。


その息子、岩佐又兵衛は絵師となり、「洛中洛外図屏風」舟木本を描くに至る。
東京国立博物館の京都展に出品され、大人気だったあの屏風だ。

庶民の生活が生き生きと描かれ、、お茶目さや愛嬌に満ちた楽しい作品だった。


と同時に、彼には裏の顔があった。
人々のノーテンキな表情だけでなく、裏でこっそり残虐な流血シーンも数々描いている。


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過去の生い立ちと、血なまぐさくて怨念こもった作品とを関連づけるのは短絡的とは思う。

けれど、突如なんの文脈もなく(少なくとも今の視点にたってみると)生み出されたようなこの唐突感。


心の奥底にある黒いものを、吐き出す意図があった、
そう思えるほど、彼の”裏の絵”には迫力がある。


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この絵師の二面性について、人の裏の顔などについて、あれこれ思いをめぐらせたつつ、
やがて、仮面舞踏会に見る人間の二面性などにも思いが飛んで行ったのだった。

~ 辻惟雄 先生のご講演会にて。

p.s.
岩佐研究の第一人者、辻惟雄 先生は、この不可解な又兵衛の二刀流について、裏又兵衛と呼んでいらした。
(当時無名だった岩佐又兵衛の研究を先生が開始された理由は、ご自身の興味ではなく、
どうやら担当教授からの押し付けだったよう。)
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2015.06.14 Sun | Society| 0 track backs,
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