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鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)の浮世絵をもとに / 武家好みと大奥好みのちがい
西洋人並のプロポーションで浮世絵美人図を描いた鳥居清長は有名だけれど、
似た画風の作家に鳥文斎栄之がいる。

10等身ともいわれる極端な理想的体型の女性たちは目を引く一方で、
鳥居清長に比べ、どこか印象が薄い。

要因のひとつに、渋い色調があるのではないか。

実はこの色合い、武家好みの色合いなのだった。
そしてこのテーストはなにより、彼自身の出自に関係がある。


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鳥文斎栄之「藤棚下の美人」(東京国立博物館にて)


鳥文斎栄之、こと細田時富は、細田家という旗本の家に生まれた。
過去には勘定奉行までつとめたかなりの名家だそうで、
高貴な出といわれる江戸時代琳派を牽引した酒井抱一よりも
格でいうと上となる。


その細田時富は、30代でさっさと隠居し、絵師をめざしたという変わり種。
浮世絵師として活躍するが、家柄の関係もあり、武家好みの絵をもっぱら描いていた。


そう、表向きの武家屋敷では、こういった渋いトーンが好まれたのだ。
一方で、裏方、つまり大奥では、絢爛豪華な華やかな色調がもてはやされた。

栄之は顧客として武家を意識したのであろうが、同時に
そうした環境を肌で体験していたせいもあり、彼自身、渋目の嗜好があったのだろう。


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上記細部:栄之図という落款あり


さてこの栄之、寛政の改革で風紀取り締まりが厳しくなり、
弾圧により健康まで害する絵師が出る中、
しなやかにサバイバルした。
どうやって?

肉筆画に転向したのだ。
肉筆画なら、大量生産の版画と違い、特定の顧客向けに注文を受けて描くことになる。

個人の顧客は、ひそやかに自宅で楽しむために所持するため、
公の目にさらされることはなかったようだ。


内容の参照: 江戸東京博物館で以前行われたトークをもとに
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2015.06.12 Fri | Art| 0 track backs,
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