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『安土往還記』(辻邦生)を読んだ元イタリア大使の “とある問い合わせ”
辻邦生氏の歴史小説は圧巻だ。
時代考証が綿密で、インターネットもない時代、よくもあそこまで熟知したものだ、と思わずうなる。

事実とフィクションの境目はなく ミクロのレベルで融合していて、
正直 ときおり面食らうほどだ。


実際、著書の一つ『安土往還記』には、こんな逸話がある。

本書の設定は、著者が古文書をもとに史実を明かす(これもフィクション)、というもので、それにだまされ
その現物の古文書はどうしたら手に入るか?と問い合わせがきたというのだ。

以下、辻邦生全集第一巻『安土往還記』 解題から:

『安土往還記』が発表されて間もなく、ある年配の方から電話があった。自分はイタリア大使を務めたことがあり、イタリア語も読めるので、あなたの訳された古文書の原物を直接に読みたいが、それにはどうしたらよいか、という問い合わせであった。



いや、そう勘違いするのも無理はない。
導入部には、固有名詞が散りばめられ、虚構に”信憑性”がぎっしり付与されている。

引用してみると、こんな感じ。


私が以下に訳を試みるのは、南仏ロデス市の著名な蔵書家C・ルジェース氏の書庫で発見された古写本の最後に、別紙で裏打ちされて綴じこまれている、発信者自筆と思われるかなり長文の書簡断片である。原文はイタリア語であるが、私はC・ルジエース氏の仏訳の訳詩に基づいて日本訳を行った。古写本そのものについてはすでに二、三の研究が発表されているが、その前半150葉ほどは、1931年にドロテウス・シリングによって発見されたルイス・フロイスの『日本史』古写本(サルダ古写本A)に閉じ込まれているディエゴ・デ・メスキータのポルトガル文紀行『1582年に日本からローマへ赴いた日本施設に関する記録』の異筆写本である。




こんな素敵なエピソードをもつ『安土往還記』をいつか読んでみたいとは思うものの、
まだ辻氏の『春の戴冠』(史実をもとに間隙をクリエーションで埋めたボッティチェリの生涯)
を読み終えていない。

ちびりちびりと読み進める中、
先日は、ダンテの『神曲』の挿絵をボッティチェリが描いた下りが登場した。
ああ、5月に訪れた印刷博物館で見た、あの挿絵のことだ、、
と、思わず身震いした。

フィレンツェの息遣い溢れるめくるめくストーリーの中に練り込まれた
きめの細かい歴史的事実。

ボッティチェリはじめ登場人物の言葉や仕草がイキイキと描写され、
絶頂を極め、転落の影におびえるフィレンツェの姿が鮮やかに浮かび上がる。


もうフィクションかどうかなんてどうでもいい。
ただひたすら、壮大な絵巻物に酔いしれている。





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2015.06.03 Wed | Books| 0 track backs,
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