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ジョサイア・コンドルと河鍋暁斎
◆ 建築家ジョサイア・コンドルの設計図に見る河鍋暁斎の影響


岩崎家の数々の邸宅、上野博物館(現東京国立博物館)を設計したことで知られる
ジョサイア・コンドルは、絵師の河鍋暁斎に絵画を学び、強い絆で結ばれていた。

この事実を知ったのは、かなり前、建築関係の講演会の折りではなかったかと思う。

そして、このほど以下のような話を聞く機会に恵まれた:
河鍋暁斎の影響が、コンドルの”設計図”の中に顕著に認められる、と。


旧島津邸を校舎として使用している清泉女子大主催の講演会でのことだ。
( 小山工業高等専門学校名誉教授  河東 義之先生のお話。)


コンドルの設計図面集がまだ重要文化財となる前に撮影された
貴重な図面をスライドで拝見しながら、具体例を見たところ
確かに日本滞在の後半において、劇的に色合いやタッチが変容する。

初期(明治10-20年代)に引かれた設計図は、色がびっしりぬり込められ
色使いもヴィヴィッドだ。

それに対し、明治40年の赤星家大磯邸の図面ともなると、
水彩画のように淡く、地の白がおおく残ったままとなる。

部屋の内部に配置すべく調度品まで綿密に記入する手法はそのままながら、
河鍋暁斎への師事は、彼の色彩感覚に大きな影響をおよばしたようだ。
(設計図面が、暁斎の絵のように、鬼気迫る画風になったとかそういうのではない。)


一方、河鍋暁斎の絵は、余り見る機会がないが、
昨年、千代田区立日比谷図書文化館の「千代田の文化財で綴る江戸・東京の歴史」で
「猩々図屏風」を拝見した。
特別展のほうではなかったので、無料だった。

河鍋暁斎は、金物問屋の紀伊国屋(三谷家)の庇護をうけており、
三谷家の婚礼のおりなどに、絵を描いたりしていたそう。


その時の展示のパンフレット(お話を伺った際のメモ書きのせいで汚れているけれど。)
「猩々図屏風」の一部が用いられている。

写真 (85)


千代田区立日比谷図書文化館、1Fにあるカフェも気持ちがいいし、
なかなか使い勝手がよい。


つい先日訪れた、コンドル設計の岩崎邸:

P1700245.jpg




岩崎家といえば三菱グループの創始者。
数々の建築物を依頼したコンドルに敬意を表してのことか、三菱のサイトに、コンドルの解説が登場する:
http://www.mitsubishi.com/j/history/series/man/man12.html

そして、三菱といえば三菱一号館美術館。
ここで今年河鍋暁斎の展覧会が開催されるのも、うなずける。


展覧会は6月27日から。
展覧会名 「画鬼・暁斎—KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」
開場:三菱一号館美術館
http://mimt.jp/kyosai/
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2015.05.10 Sun | Art| 0 track backs,
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