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遠くて近い井上有一 展/ 菊池寛実記念智美術館 <感想>
菊池寛実記念智美術館で、書家・井上有一氏の展覧会が開催されている。

今回は陶器ではなく、1文字・単語・熟語・文章を表した書が展示されており、
こちらで平面の作品展示が行われるのは、
細川護煕氏の焼き物と絵の展示に続き2度目なのだとか。


観覧しながら、ふと不思議な思いにとらわれた。
力強さと、ある種のはかなさといった、正反対の印象がまとめて胸にぐっと来たからだ。

筆の運びは個性的で荒々しく、書全体がエネルギーに満ちている。
病を患った後は、比較的体力を使わず書けるからと、「上」の字をせっせと書いたというが、
そんな時ですら、人を寄せ付けない、凛とした孤高感を漂わせている。

一方で ー
書という表現方法は、後世への伝達という意味では陶器や絵画に比べて分が悪い点にも気づかされた。

井上氏の場合、海外での発表機会なく 国内でも団体に属さなかったので
展覧会の機会を推し進める動力となる個人の方などの存在がなければ、
なかなか人目に触れる機会が創出できない。
今回こうした機会が得られたのは、そうしたバックアップがあったからこそ。

陶器や絵画の方が、売買や展示の機会を見出しやすい。
そもそも薄い紙という媒体自体が極めて繊細な存在だ。


そうした逆境に上がらうように、会場内いっぱいに、渾身の文字が並んでいる。

「必死三昧」とか「貧」とか、文字の選択が、昭和という時代を映し出す。

氏は学校の先生だったので、兵役をまぬがれたものの、
市街で仮死状態で生き残ったという。

そんなギリギリの戦争体験が体の奥に浸みこんでいて、
そうした皮膚感覚を文字にぶつけているかのよう。

戦争を知らず、豊かな現代に生まれた人には
このような「必死三昧」とか「死」・「貧」をリアリティをもって書くことはもう難しいのではないだろうか。


また、墨は日本の風土に合っているようで、
海外での展覧会では剥離したため、ボンドを混ぜて粘り気を出した、そんなエピソードもうかがった。


アトリエの様子を映し出すビデオも上映され、ご本人のお顔がアップになる。
文字から想像される一徹さが漂っていた。

文章を書く時は、それを読みながら、言葉を自分の中で一旦昇華しつつ筆を動かしていた。

宮沢賢治に心酔していた井上氏は、宮沢が傾倒した法華経をも書にしたためていた。


一時期抽象絵画にも取り組んだというが、結局文字に回帰。
絵よりも精神性を表現するには文字の方が適していたからなのでは?などと勝手に想像した。
「書は言葉が一番大事」、という氏の言葉を聞くにつけ。


個人的には「舟」の字が好き。
傾いた感じが舟のようで、
更にキリっとした緊張感が心地いい。


下に敷いた新聞紙にまで文字がはみ出るほど威勢よく書いたようだが、
デフォルメしつつも、ケイオスではなく、
画面いっぱいいっぱいでも、その余白はバランス感があって、
こんな点でもまた、相対する要素を同時に感じたのだった。


(*写真は、ブロガー向け内覧会の機会に許可を得て撮影したものです。)

写真 1 (41)

写真 2 (40)

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http://www.musee-tomo.or.jp/

「遠くて近い井上有一 展」
場所: 菊池寛実記念智美術館
会期 :2015年4月4日(土)~ 7月26日(日)
休館日: 毎週月曜日(ただし5/4、7/20は開館)、5/7(木)、7/21(火)
開館時間: 11:00~18:00  ※入館は17:30までになります
観覧料: 一般1,000円、大学生800円、小・中・高生500円
※未就学児は無料
※障害者手帳をご提示の方、およびその介護者1名は無料となります。
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2015.04.09 Thu | Art| 0 track backs,
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