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フィレンツェの富と美
先週末、「フィレンツェ・ルネサンス美術と近代的経済システムの誕生」という
美術史家ルドヴィカ・セブレゴンディ氏の講演会があった。

Bunkamuraで開催中の「ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美」展に関連した催しだった。

美術収集の底力となったのは、高利貸というキリスト教の教えと反目する商売で財を成した富裕層であった。
彼らは贖罪のために市民に美を還元しようと努めた、そんな内容で語られた。

拝聴して、ふと思った。
とはいえ、こうした経済活動と美術が直結した例はフィレンツェだけではないはず。
以前のエントリーで触れたとおり、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂も、
金貸し業の個人が奉納したものだった。
結局、フィレンツェが豊かな街だったためズバ抜けてそうした例で埋め尽くされているわけだけれど
それ以外の都市でも行われた慣習だったと言える。
特にパドヴァの例ではジョットが絡んでいるので、フィレンツェ・ルネサンス期よりも早い時代の好例だ。


寄進者本人の姿を画家に描かせるスタイルもフィレンツェだけの慣習ではなく、
スクロヴェーニ礼拝堂においても、ジョットの手でフレスコ画に寄進者スクロヴェーニ氏が描かれている。

具体的には、6年前の本ブログ・下記のエントリーで触れた。
スクロヴェーニ氏の絵が登場するのは最後の審判の場面。
むろん、天国側(中央よりやや左の下)なのだった。

http://tourdefrance.blog62.fc2.com/blog-entry-840.html


講演会では、13世紀以降、フィレンツェ(イタリア)の富の豊かさを示すのに、こんな紹介もあった。

現在のBank=銀行は、イタリア語のBanca(カウンター、ベンチ)からきていると。
当時両替商は外でカウンターを並べて業務を行ったことからだという。


また講演では、富の象徴として、当時の婚礼儀式の華美な様子を描いた絵画の紹介も。

また、死産が多かった当時、出産は命がけであり、それだからこそ、
無事出産・誕生の際の贈答品は派手であった、それが絵画に反映されている、
そんなお話も。
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2015.03.26 Thu | Art| 0 track backs,
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