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向田邦子文庫(実践女子大学内)一般公開 ・残された留守番電話
調べものをしていて、ふとNHK解説アーカイブスのこんな記事に遭遇した。

視点・論点 「向田邦子の謎」。
タイトルどおり、そこには、説明不能なミステリーが書かれている。


・・・と、その話を始める前に、向田邦子文庫の話に触れなくては。

実践女子大学 日野キャンパスにあった向田邦子文庫は、去年渋谷キャンパスに移転した。


実践女子大学の前身・実践女子専門学校出身の向田邦子さんの書斎にあったものたちがそこに移され、
さあ、原稿書くぞ、という体制そのままの空気が残されている

向田さんの死が、いかに唐突だったかがうかがわれる。


机の脇に積み上げられた 夥しい数の白い原稿用紙。
白い、白紙のままの・・・

片目が入るのを待ち受ける達磨のように、
主によって文字を入れられるのを、無言で今も待っている。

原稿用紙のマス目の形は正方形だけでなく、
ちょっと見慣れない、横が広い長方形のものもある。
なにかこだわりをもって、使い分けたのだろうか。

文字の書かれたものも、2枚だけ机の上に置かれ、
勢いのある素早い線がピチピチと紙の上で跳ねていた。


削りかすがいっぱい詰まった鉛筆削り。
特徴的な葉巻入れ。

数々の蔵書。
近藤 紘一さんの「バンコクの妻と娘」があった。
ヘミングウェイの「移動祝祭日」も。


そしてー
事故当時、留守録モードになったままだったという電話。

うわあ、でかい、思わず驚くような
ごっつい留守番電話機能装置がついている。

亡くなったのは1981年。
当時は内蔵型ではなかったのか。
机の上の凍結された「時」に、しばし見入る。

脇には、向田さんと親しかった誰かが当時を振り返って書いた記事の切り抜き。


読んでみる :
  当時、この電話番号を回した人たくさんいたに違いない。
  ある者は、留守録になった向田さんの柔らかい声を聞き、
  ああやっぱり、、と言って切り、
  知らなかった者は、いないなぁ、と思って切った後、
  ニュースを聞いて慌ててまたこの番号にかけなおしたに違いない。。。

そんな感じの内容だった。

そう、自宅に置かれた留守電は、その日録音モードになっていて
数々の人たちが、機械を経由した魂のない声をむなしく聞いたそうなのだ。



そして、冒頭のNHKアーカイブス。

それによると、「お辞儀」というエッセーには、飛行機と留守録の2つが同時に登場するそうだ。
そこには、”留守番電話の珍談奇談”が描かれ、
母が乗った飛行機に向かって、『どうか落ちないで下さい』と本の中の向田さんが呟いている。


自身の行く末を暗示したかのような内容。

向田文庫で見た、机の上を占領していた留守電装置の大きな塊は、
全てのナゾをひっそりと抱えたまま、今も渋谷のビルの片隅に息づいている。



向田邦子文庫
http://www.jissen.ac.jp/library/info_collection/book_collection/
入場無料とはいえ、平日ONLYの開館。
ハードルが結構高い。
場所も、恵比寿と渋谷の中間あたり。
私は恵比寿で用を終えた後、渋谷に移動するのに徒歩で移動し、その途中寄ってきた。
中は小さいので、15分もあれば大丈夫。

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2015.02.11 Wed | Books| 0 track backs,
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