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中村屋サロン美術館 / 開館記念特別展感想
◆ 中村屋サロン美術館感想と、ギャラリートークで知ったトリビア


新宿中村屋にオープンした中村屋サロン美術館を訪問した。
場所は新宿中村屋ビル3階。
事前にギャラリートーク(1時間弱)に申し込んでおいたのだが、
これで入場料300円というのは申し訳ないぐらい。


中村屋が、アーティストたちの集い場だったことを初めて知ったのは、
国立近代美術館の企画展にてだった。
所蔵作品・中村彝の「エロシェンコ氏の肖像」など、
サロンに集った芸術家たちの作品が集められていた。


その際知ったのは、中村屋創業者の妻黒光が芸術愛好家であったこと。
(さらにサロンでは、なかなかの愛憎劇もあった由。)


● 感想



その後、中村屋サロン美術館が完成するという話を聞き、楽しみにしていた次第。

先に感想を述べると、多々ある国内の美術館の中でも、
サロンという特殊な舞台で開花した作品群なので、
館内の雰囲気だけでなく、各作品に親密感がある。

もう少し突っ込んで言うと、
狭い独特の世界で生み出される人間ドラマ・様々にもつれる感情が
キャンバスや粘土という素材にぶつけられたと見られる作品もあり、
個人のアトリエとは違う、感情の渦の真っ只中に身を置いて制作活動をしていたのだという実感が湧く。


セザンヌやブローデルの影響を如実に感じさせる絵も多々あり、
追及進、模索そして野心の力に満ちている。



● 苦悩が放つ美しさ: 荻原守衛


中でも、サロンの当初の中心人物 荻原守衛(碌山)の黒光への思いは狂おしいほどで、
悶える美といった風情の有名な遺作「女」は実際に山本みどりというモデルさんを使ったらしいのに、
顔が黒光そっくりらしい。


オリジナルの「女」は、粘土を元に石膏原型が造られ、館内の写真には、その石膏像が写ってる。
石膏原型は東京国立博物館(トーハク)にあり、重要文化財。

碌山が亡くなった後には、1910年 山本安曇によりブロンズで鋳造されており、
国立近代美術館で目にするのはこちらの方だ。



● 東京で企画展開催直前、関東大震災で作品が全滅した悲劇の画家 柳敬助の見事な作品たち
 

本美術館の第二展示室の場所は、中村彝のアトリエがあった場所だそう。

もともと柳敬助の帰国に合わせて改装していたのだが、
柳が結婚して雑司が谷に居を構えたたため彝のアトリエとして使用された由。

この柳という人の作品が私は非常に気に入った。
描く人物に存在感があり、二次元の世界に閉じ込められていながら、
人間は生き物なのだ、と感じさせる生命力がある。


名前を知らなかったのだが、その理由がわかった。
都内で柳展企画中に関東大震災が勃発。
多くの絵が東京に来ていたため、消失してしまった。
なんとも残念でならない。

展示の絵は、禄山美術館から拝借したそうだ。


なかなかレアだったのは、中村屋社内報の展示。
題字は毎回 違う人に依頼したそうで拘りがうかがわれる。

もちろん中村不折の筆による 中村屋の看板題字も。
当初は右から左へ書かれたもので、現在は左から右に整えられている。



● 画家のデスマスクの展示が将来あるかも・・


トークの中でうかがった話:
中村彝が亡くなった際、門下生の保田龍門によりデスマスクが取られ、
現在中村屋に所蔵されているという。

将来的に展示の可能性もあるという。


● トイレは・・


最後に、トイレ個室の個室には、今よくある「流水音」ボタンはないのだけど、
入ると自動的に、クラシック音楽が流れてくる。
素敵なこだわり。

中村屋サロン美術館
https://www.nakamuraya.co.jp/museum/

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2014.11.19 Wed | Art| 0 track backs,
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