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鶴太郎さんの眼差し / 「片岡鶴太郎展 還暦紅」展にて
水中を優雅に遊泳する金魚たちの一瞬を金色の世界に閉じ込めた2曲の屏風と、
その両端で、ゆらゆらと行き交う金魚たちを壁の海に投影したプロジェクター。


静と動、点過去と現在形という2つの異なる状態・時間軸の中で生きる金魚の世界が、
贅沢に1部屋を使って演出されていた「片岡鶴太郎展 還暦紅」展。


水をまさぐる尾ひれは絶妙な淡いグラデーション。
儚げで、やがてそのまま溶け入ってしまいそう。

隣の部屋ではVTRが上映され、屏風制作時の鶴太郎さんが映し出される。
細い筆先を立て、黒い瞳が入り、そして縁どるようにアイシャドーがつけられていく。
ひとつずつ命を吹き込まれ、ゴールドの海に解き放たれた金魚たち。
1匹を描くのに1時間を要するという。


何部屋かに仕切られた会場には、鶴太郎さんの作品がどっさり詰め込まれていて、同じ魚の絵でも、友人が“カラフルな魚拓”と称した青魚のシリーズは、趣きが全く異なって、ポップな色使いとどこかユーモラスな魚の表情が印象的。
あちこちから、「独特」、「ステキな絵」などという声が聞こえてきた。


滲みを多用した色により輪郭をつけられた生物たちは素朴で
気負いや衒いなく画布に向かっている様子がしのばれる。


相田みつをさんの書画のごとく、文字が書かれている作品も多く、
その中には、椿への感謝が記してあるものも。


後半のビデオでそのワケが判明する。
人生に行き詰まったある寒い朝、ふと見ると椿が真っ赤な花を咲かせていた。
見る人もいないのに・・
それに感動し、絵を描くきっかけになったという。

人の視線とは関係なく美しい使命をまっとうした椿。
鶴太郎さん、やはり見られる職業の人なのだ。
役者としてどう見られるか、という評判に一喜一憂することなく、自分の道を行けばいい、椿にそう教えてもらったのでは?


花魁のように見られる存在である金魚に、ある種の儚さを感じる、とコメントされていた。
ここでも金魚を、「他人から視線を受ける存在」としてとらえている。
見られる人、鶴太郎さんは、椿や金魚に自分に重ね合わせているように感じた。


カラフルな姿で描かれつつ、どこか飄々としたトンボの姿、
「たたかれても干されても味を出す」なんて添え書きがされたたユーモラスな鰹、
お茶目な江戸前寿司、
癒される童子たちの屏風、
「京の四季」の中のそれぞれ描き分けられた植物たち(春の桜のきらびやかさ、色が躍る夏のひょうたん、大きな月の配置が絶妙な秋、雪に負けない竹のフシの武骨さが光る冬)、
棟方志功的な力強さのあるもの、
セクシーな源氏、
筆でなく手そのもので形づくられた動物や事物たち、
黒柳徹子さんも着用した淡いパステルのグラデーションが心に沁みる花々の着物、
何気ないのに色の置き方がセンス抜群の器たち、などなど。
いずれも優しい眼差しさで満たされていた。

* * *

展覧会名:画業20周年 片岡鶴太郎展 還暦紅(かんれきくれない)
期間:2014年8月27日(水)-9月8日(月) <最終日17:00閉場・入場は閉場の30分前まで>
会場:松屋銀座 8Fイベントスクエア
詳細:http://www.matsuya.com/m_ginza/exhib_gal/details/20140827_kataoka_8es.html
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2014.08.30 Sat | Art| 0 track backs,
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