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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
広大な奈良・平城京跡地散歩と上村松園のお孫さんの壁画
4月2日の回想:

奈良・薬師寺に朝一番で乗り込み、すぐご近所にある唐招提寺も見終え、外に出た。
なんとはなしに、満開の桜がある方向へと誘われるように歩いていたところ、丁度向こうからバスがくるのが見えた。

春日大社などをまわってくるそのバスは、確か1時間に1本の筈。
ええい乗っちゃえ、と乗車してから、路線図を見上げ、バスの経路を確認する。

どうやら平城京の朱雀門から数百メートルのところを通過するようなので、そこで下車して
平城京跡地を目指すことに。

降りてワンブロックほど歩くと見えてきた。柳の向こうに見えるのが朱雀門。

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門をくぐると目の前にそびえるのが平城京跡第一次大極殿。
その右手には、跡地として整備された歴史館などが広がっているのだけど、
まずはこの第一次大極殿を目指して一直線に歩くことに。

なにしろ広大で、そのスケールを体感したかった。

そもそも線路が敷地内を突っ切っているのもすごい。

近鉄線の車窓から見えていた門や、きちんと区画された敷地内に見られた溢れんばかりの桜の木々が、
この平城京跡地のものだったと遅ればせで知った次第。

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線路を抜けてもまだまだ広い・広い。

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当時の朱雀門はこのような賑わいだったといい、
その反映ぶりがこのスペースの広がりを目にしたとき、実感を伴ってしのばれる。

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さて、豆粒のように小さく見えていた平城京跡第一次大極殿にやっと到着。
中は復元物が置かれる展示場になっており、4年ほど前に完成したばかり。

壁画を何気に見ていたところ、ある発見。
高松塚古墳・薬師寺で見た方位を表す霊獣の絵がここにもあったのだ。

下の絵は北を示す玄武で、亀に蛇が絡まる図で表される。
(ちなみに高松塚古墳の壁画に描かれた玄武は損傷激しいけれど、キトラ古墳のそれは、かなり保存状態がよい。)

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↓こちらは南を表す朱雀。
食い入るように眺めていたら、ボランティアの方が説明下さった。

上村松園画伯のお孫さんの上村淳之の手によるものなのだと。
父上は言わずと知れた上村松篁氏。

親子三代にわたって画業を生業としていらっしゃる。

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四神に関しては、パネル展示も。
前日に行った高松塚古墳博物館や、午前中に訪問した薬師寺でも、こうした四神の神獣を目にしたばかり。

普段東京に住んでいては全く縁のないものたちが、ここ奈良では連日目の前に現れて、
歴史が息づく街独特の古代との接点を体感するのだった。

これはローマはもちろん、古代に栄えたイタリアの都市アクイレイアなどでも感じたこと。

人々が、つい最近のことのようにローマ時代のことを教えてくれたりして、
ふと見ると、それら古代の遺物があちらこちらに現存している。

余りに身近であるために1500年とか2000年とかいう時空の尺度がここではちょっと違う、と感じる、つまり
一気にそれを飛び越えてしまうような感覚がある。

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さらに天井画も、上村淳之氏作。

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それの解説。

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ここに来る途中、歩きながら右手に目をやれば、桜の里という風情。

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ところどころ舗装道路が散見すると、ちょっと気勢をそがれるけれど、
でもやっぱり自ずと「里」という言葉が浮かんでくるような場所。

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最後に朱雀門のパネル。

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この後、遺構や石柱が見られる整備された跡地を探索した。
歴史展示場もあり、なかなかの充実度だ。

それはそれで往時をしのぶにはピッタリで、素晴らしい復元具合なのだけど、
私には単に、草むらに覆われたあの茫漠とした跡地をただひたすら歩いた脚の感覚・距離感が
一番五感に訴えて、古代を喚起させてくれた気がする。
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2014.04.26 Sat | Art| 0 track backs,
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