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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
谷中散歩 第一章
都内に住んでいるとはいえ、地下鉄の各駅すべてで下車したことがあるわけでもなく、今だに未知の土地というものがある。例えば去年後半、生まれて初めて「入谷」という駅で下車した。四方八方見回しても、正真正銘見たことない景色だった。その時は一葉記念館(*1)が目的地で、そのあとすぐにそこを後にしたのだが、再びいつか訪れたいと思っていた。

そして昨日、谷中散歩の起点を入谷に決めて、再びこの地に降り立った。入谷というと朝顔が町の顔らしく、いたるところに朝顔にちなんだorこじつけた店や看板が並んでいる。駅に降り立つと、すぐに目に飛び込んでくるのはこの朝顔のプレートだ(写真1)

谷中方面につらつら歩いていくと、入谷鬼子母神があり、耳たぶのやけにもったりした福禄寿がちょこんと顔を見せている。(写真2)

道沿いには「玄結び」、などというコーヒーショップがあったりして(写真3)

交差点そばを通過するはずが、おもむろに足を止めた。否が応でも目立つ食事処のたたずまいに引き止められた。強烈に存在をアピールしている。「笹の雪」という屋号らしい。正岡子規直筆の句碑があったり、井戸水が静かに水をたたえていたりして、この辺にしてはちょっとスノッブというか、”下町の中の上流気分”をかもしだしている。(写真4)

これから察するに、正岡子規ゆかりの何かがこの辺にあるのだな、とあたりをくんくん嗅ぎまわしていると、ちょっと路地に入ったところに子規がかつて住んでいたという子規庵が見つかった。(写真5)

子規庵だと言われなければ普通の昭和風民家だと思って通り過ぎそうなたたずまい。この界隈ではこういう雨ざらしの木作りの民家がすんなりなじんでいる。

あら、ここは料亭かしら、うちの近所にある華道○○流のお師匠の自宅もこんな感じだったなぁ、などと思いながら通り過ぎた建物があった。ちょっと気になって後戻り。よく見ると「三平堂」とある。林屋三平の資料館だった。(サイトはここ。 ただし音声が出るので注意)資料館部分以外には、実際にまだ人が住んでいるようだ。先日会見で久々に顔を見た泰○さんやおかみさんがここにいるのかどうかは知らない。(写真6)

さて、谷中霊園が見えてきた。中に入るとさもえらそうな人のお墓場所といった具合のスペースがあって、「ここは備後の国の殿様のお墓なのよ」(写真7)、と物知り顔のおばちゃんが教えてくれた。「あっちは大名奥方の墓」という指の先の敷地には、やはり似たような石塔群。女性の墓ということで、なんとなく備後の殿様のお墓よりは流麗な感じがしなくもない(写真8)

おばちゃんが続けてつぶやく:「もう敷地内はいたるところで分譲されつつあって、どんどん風景が変わるのよねぇ」
確かにいたるところで工事中。お墓ビジネス隆盛をアピールするようなドリルの音が響いていた。

有名人が数多く眠る霊園だそうで、(有名人リスト)徳川慶喜だけでなく、かの横山大観画伯や鳩山家もこの地に眠る、ってこれ、再びおばちゃんの受け売り。

写真9は渋沢栄一。写真10は松平家。三ツ葉葵の紋章が扉にでんとくっついている。

(*1) 一葉記念館には樋口一葉が印刷された五千円札の展示があり、記番号2番となっていた。記番号1番は、”もちろん”日本銀行にて保管されているのだそうだ。

入谷駅前 - 朝顔をアピール


福禄寿 - 福耳も極端に走るとこぶに見えてしまう
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茶房はJR風の看板で
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笹の雪 -下町の中の上流気分
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子規庵 - 昭和の家だぜ
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三平堂 - 某有名人の家も、こんな感じだなぁ
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谷中霊園 備後の殿様が眠るらしい
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谷中霊園 奥方の眠る場所。女性がいっしょくたに眠っているそうだ。地下では怨念・嫉妬渦巻いているのだろうか
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谷中霊園 渋沢栄一のお墓。松平家よりも敷地は広いぞ。
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谷中霊園 松平家 - 家紋でそれとわかる
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今日はとりあえずここまで。続く
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2008.01.27 Sun | 国内探索| 0 track backs,
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