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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
フィレンツェ建築コンペで最優秀賞に選ばれながら異邦人だからと横やりを入れられた建築家の講演
土曜日のヴァザーリ関連の催しで知った。
ウフィッツィ美術館の新出口の建設に関するコンペで、日本人建築家・磯崎新氏が最優秀賞を受賞したことを。

だけれど、異邦人ということでケチがつき、地元イタリア人建築家を押す動きが活発化。
とくにヴィットーリオ・スガンビなる評論家が本構想にかみつきまくり、喧々諤々の大論争を巻き起こし、早10年以上が経過している。


土曜日の催しは、まさに渦中の人・磯崎氏本人による講演だった。

氏の構想はスライドで紹介されたが、ブルネレスキーの立方体とアルベルティのパースペクティブの延長線上にたった建築で、他のどの建築家のアイディアよりもイタリア的である。
さらに、そこへと続く街並みの線を意識したデザインになっている。

模型で見るとこのようなかたち。
放射線状になっている部分が磯崎氏の提唱する新出入り口。

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合成航空写真ではこのように、一見そぐわないような近代的な形に見えるものの、そこに至る建物や道の線の流れを踏襲している。
(写真では切れている左側のもともと古来からあった家並みの流れに続いている)

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他の建築家たちの案もみな近代的なつくりであり、同氏の案が突飛ということはない。
図面の展示もあった。

P2110803.jpg

磯崎氏の手による構想。
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そして道路寄り部分には、彫像が建てられ、火・空気・水・土を表すようになっている。

日本人であるがゆえに、一旦受賞したものに難癖をつけられ、連日新聞で攻撃された。

でも、日本人だからイタリア的なものを壊す、という既成概念に縛られていては、後に残るものは滓と淀みだけになる。

上述のように、本作品は、脈々と続くイタリア芸術の系譜を勉強した作家ならではの発想が随所にあり、近代と中世を結び付けるという精神に基づいている。

例えば彼の新出入口は、ウフィッツィに寄り添うようにして建てられているロッジャ(写真は2年前)を意識し、投影する構造になるよう配慮が施されている。
自己顕示欲をちらつかせて我がトレードマークを出入り口構想の中に折りこむ他の建築家のアイディアに比べて、遥かに客観性に富んでいるとは言えまいか?

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磯崎氏はヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞(1996年)でも優勝したことがある実績ある建築家。

しかしコンペの結果は、「日本人のイソザキが最優秀賞」と報じられ、「建築家の・・」という形容が捨て去られた。
氏は、「Stranger」という言葉を使って、平等であるべき芸術の評価に、異邦人か否かという物差しが使われたことを痛感する。
Stranger、和訳して「まれびと(稀人・客人)」と痛切に感じたそうだ。


日本ではあまり知られていないが、地元の新聞では、相当論議を醸したようで、下手なドラマよりもおもしろかったほどだという。
とはいえ、いまだに事態は収束していないのだ。
最優秀案に推されたのは1999年のことなのに。

磯崎氏はその間も実際の建築にむけて準備中。
ただ議論以外に古代遺跡が出てくるハプニングも手伝って、その実現に向けたペースは超スローのようだ。

講演の最後で氏が語った言葉は重かった。

ヴァザーリも、執務室からピッティ宮殿へと続く回廊を成功させたものの、途中で解任される憂き目にあっている。発注主のコジモ1世もヴァザーリもその後亡くなった。
それでも”ヴァザーリの回廊”として、この謎めいたロマン溢れる空中回廊は間違いなく彼の功績として認知され、遥かな時を超えていまも多くの人々を魅了し続けている。

同様に、この新出入口の発想も、自分の生命から離れたところで生き続け、きっと建築物としてその生命を宿す火がくることを信じている、、、そのような内容だった。
(表現方法はこの限りではないけれど、聞いて汲み取った内容として)


磯崎氏の挑戦は、これまで外国人横綱、日本人フラメンコダンサーたちが歩んだ道と似ているかもしれない。
認知まで時間がかかるけれど、この新出入口がいつかきっとイタリアの世に認められると信じたい。
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2011.10.10 Mon | Art| 0 track backs,
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