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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ヴェネツィアとイタリア本土を結ぶ細くて長い道
須賀敦子さんの「ヴェネツィアに住みたい」と矢島翠さんの「ヴェネツィア暮し」の2つの本に、ひょっこり同じ視線を見つけた。

それは -
ヴェネツィアが島であること、そして
イタリア本土とは、細くて長い道(矢島さんいわく糸)でつながれた存在であること。

それを、2人はそれぞれの感性に委ねて、詩情豊かに異なる表現で言い表している。
というか、言い得ている。

(以下「ヴェネツィアに住みたい」/須賀敦子)

はじめてミラノからヴェネツィアに行ったとき、メストレの駅を出てまもなく、灰緑色にきらめく冬の海をわたる、細くて長い道を列車がゆっくり走ったとき、はじめて、ああ、そうか、ヴェネツィアはほんとうに島なんだ、と思った。

終着駅サンタ・ルチアを出たところの、水上バスの停留所に立って海の匂いをかぐと、私は、いつも、ああ、またヴェネツィアに来たな、と思う。水に浮かんだ停留所は、近くをモーターボートが通ったりすると、ぐらりと揺れる。



(以下「ヴェネツィア暮し」/矢島翠)・・ヴェネツィア島のかたちを魚に例えた上で:

しかし天井の釣り人は、この美しいけれど油断のならない魚だけは、ほかのおとなしい魚たちとは別に、しっかりつなぎとめておく必要を感じたのだろう。

いまではそれは、二重になった釣り糸で、四キロほど離れた本土の岸につながれている。オーストリアに支配されていた時代、1846年に敷設された鉄道と、ムッソリーニ時代の1933年に、その鉄道と並行して完成した自動車道路である。

二本の糸は、その頃すでに過去の栄光の化石となっていたヴェネツィアを本土の<近代>にむすびつけーそして、貴族と詩人たちに代わって、大衆観光の時代がはじまった。



そしてこれ(写真左端)が、その”細くて長い道”であり、、”二重になった釣り糸”だ。

今年のヴェネツィア旅行の際、飛行機から見たヴェネツィアの風景。

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鉄道と車で、本土のメストレから簡単にたどり着くことができるヴェネツィアの街。
でもひとたびその殻の中に入ってしまえば、交通手段は船のみとなり、歩道道路などほとんどなく、ごつごつとした路面と運河と橋が入り組んだ迷路になっている。

玄関口までの安易さ・便利さとは裏腹な、ヴェネツィアの複雑さ・不便さ。
そのコントラストは見事としか言いようがない。

その2つの相反する世界をとりもっているのが、この細長くて、一見心もとないような道路と鉄道線路の存在。

自然に同調して、まるでおだてるかのように従順に、そして逆らわずに街を造ってきたヴェネツィアのいびつな構造の一端に、こんな定規で測ったような人工的な橋・鉄橋をつけたものだから、その違和感は増長され、改めてヴェネツィアの「島」としての存在感を際立たせている。

と、そこまでは”ふつうの人”でも感じるところなのだが、2人の文学者の筆にのると、なんとも味わい深いものになる。


そんな情感をぶち壊すような現実味あふれる取り組みになってしまうけれど、以下須賀さんが言及した風景4コマ:


「メストレの駅を出てまもなく」のメストレの駅、
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「細くて長い道を列車がゆっくり走ったとき」の情景を水上バスから眺めた風景、
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「ほんとうに島なんだ」という実感、
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「終着駅サンタ・ルチアを出たところの、」のサンタ・ルチア駅
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そして矢島さんが語る、日本の釣り糸=道路と鉄橋
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2011.10.03 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
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