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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ヴェネツィアから~3日目 裏道
3日目は、須賀敦子さんに興味を抱かせたカルパッチョの2人の貴婦人の絵がある
コッレール美術館へ。

共通権で考古学博物館、国立図書館もさっとまわってみた。

めぼしをつけていた訪問場所はすべてカバーしたので、あとはアドリブで。
新婚旅行で泊まった宿がある駅そばには行っていなかったので、
その昔決闘が行われたというグリエ橋へ。

(ちなみに私は新婚旅行以来、5泊6日でジロの旅にきておりヴェネツィアは3度目なので一応先輩風を吹かせている。
記憶でぼんやり位置関係はわかるつもりだったが、ところが地図をもたせたら、ツーレはあっという間に
道を把握してしまい、脳内ナビのある人とない人で、これほど差があるということを改めて
思い知らされた次第。)

この橋のそばからサンミケーレ島息のヴァポレットが出ていることを思い出し、
ふらりと行ってみることにした。
そうお墓の島。
真四角のような不自然の形に切り取られた島で、明らかに人工島といった無機質な島だ。

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以前友人の生田さんが進めてくれた矢島碧さんの「ヴェネチア暮らし」という本にこの島のことが出ていて妙に印象的だった。

緒方洪庵の子息 緒方惟直という人が日本語を教えるためにヴェネツィアの地に居を構え、そしてここで永眠しているという。

水上バス「ヴァポレット」はイタリア語で「お墓」という駅名に止まる。
駅に近づいてきた。

本島のフォンダメンタヌオーヴァの駅からは10分もかからないほどで到着。

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中は立派。
次のフォンダメンタヌオーヴァ行きは15分後。
さっと緒方氏のお墓をお参りし、さっと戻らねば。

と思いきや、このお墓の島、広い、広い。広大だ。

大体の場所(角の壁面)というのは知っていたので、とにかく先を急ぐ、急ぐ。

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ああこれだ、目の高さにも見つけやすい位置に、緒方惟直氏の墓所はあった。
これなお、という文字はCorenaoと「C」でつづられていた。

目をつぶったプロフィール。 本当に少年のように若い。

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右には「緒方」 「之」
左には「惟直」 「墓」
とかかれ、緒方惟直の墓、と読める。

そして、恐らく死=Moriのような単語の頭文字だろう。Mの文字の後には1878年
生まれ(Natoのような単語の頭文字だろう)をあらわすNのあとには1855年。

つまり23歳の生涯を閉じたことになっている。
(この年号が正しくないようなことが書かれていた記憶があるが。)

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なんとか15分後のヴァポレットに間に合い、フォンダメンタヌオーヴォへ帰還。
そばの路地には造花を扱った花屋さん。

そうか、お墓参り用のお花屋さんだ。
マルコ・パンターニのお墓もそうだったが、ミケーレ島のお墓には造花がずらりと飾られていた。

効率的だ、朽ちることなく色鮮やかにお墓を飾っていて。

イタリアでは造花が一般的らしいというのを思い出した。
お墓のそばにはお花屋さん。

国は違っても、共通の文化というのがある。

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そのまたすぐそばには、ガラス工房があった。

ステキなガラスの照明傘が軒に無造作に吊るされている。
売っているわけではなさそうだが、買うこともできそうだ。


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中では職人さんが黙々と作業をしていた。
ガラス細工=ムラーノ島というイメージがあった。

かつて危ないガラス工芸の職人はムラーノ島に押し込められてしまった経緯があると聞く。
しかし本島でこうしてひっそり島の裏側の目立たない場所に工房を構えている人もいるらしい。

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さらにすぐそばには、レストラン。
さきほどの工房で作られたものではあるまいか?

2つの薄オレンジ色の電球傘が飾られていた。


墓参者のためのお花を界隈で売っている人がいて、
はたまた工房で作った製品は観光客だけが買うのではなく、近所の人たちも買っていく。


観光客のための島といった印象が強烈なこの島だけど、
ちょっと裏道に入いると、地元の人々の普通の生活ぶりもある。

そんな地元の人々の普段の暮らしぶりを垣ほんのちょっと間見た気がした。


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2011.08.30 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
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