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ヴェネツィアの「おっぱい橋」へ
◆ 人口の10%が娼婦だった街ヴェネツィア

メールで教えてもらって(本エントリーの下部)映画「娼婦ベロニカ」がヴェネツィアを舞台にしたものだったと知り、なるほど、と思った。

ベロニカを含め当時の娼婦たちは、教養を身につけた存在だったことが映画で描かれているそうだ。

そういえば、須賀敦子さんが著書の中で時折触れる娼婦(コルティジャーナ=cortigiana、複数形はコルティジャーネ)という言葉、「高級」がつく娼婦。

それに対して、普通の娼婦という単語ももちろん存在する。

つまりコルティジャーナ、コルティジャーネというと、単なるお相手以上の特殊な存在だったらしい。

フランス語ではcourtesanコーティザンとなり、語源を調べてみたら、 courtierだという。
つまり、宮廷に出入りすることが許され、重要な機密事項の伝達などを取り扱った女性のこと。

宮廷・政治の中心となった場所は16世紀あたりの当時は公私混同されており、やがてその女性たちはそうした夜のお伴もつかさどり、言葉にはそちらの含みが混じるようになったと。


この娼婦ベロニカの映画の説明を見ても、ベロニカが確かにコーティザンだったと記されている:
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=428


以前聞いたところによると、更に驚くべき事実は、ヴェネツィアの10万人ほどの人口中、娼婦は1万人ほどだったという。

すべてがコルティジャーネ=高級娼婦ではないだろうから、いろいろなランクすべてということだろうけれど。


以前見てきた「おっぱい橋」も、そうした娼婦街の一角で、このあたりの窓からおっぱいをたらして男性を誘う情景が見られたという。
まさに飾り窓だ。
アムステルダムあたりの飾り窓の原点かもしれない。

これがおっぱい橋。




書いてある、ポンテ・デッレ・テッテ。
おっぱい橋、と。



須賀さんの著書に出てきたこの橋を見たくて、大いに迷いながらやっと辿りついたのだった。

本当にわかりにくい場所にあった。
なんの変哲もない橋だけど、満足である。

このあたりに出没していた娼婦と、コルティジャーネとは一線を画していたことだろう。

それにしても不思議の街ヴェネツィア・・
人口の10%とは。

Venezia Cortigiane で検索してみると、例のカルパッチョの絵が出てくる。
やはりあの絵は、そちら側の世界を表しているとしか思えない。

もうすぐその本物の絵を江戸博物館で日本でも見ることができる。
楽しみだ。


日記にあった高級娼婦で、とある映画を思い出しました。
英語のタイトルはdangerous beauty、邦題は娼婦ベロニカです。


主人公のベロニカが、身分もお金もないために好きな彼と一緒になれず、
失意の底で決心したのが高級娼婦になることでした。
なんと、母親がその昔はその筋のプロだったということで、
母親の特訓を受けて高級娼婦へと転身していきます。


この当時の娼婦と言うのは、知識や素養も多く求められていたんですね。
映画の中でも、男性を相手に教養があり、さらにユーモアにも富んだ回答をし、
拍手喝さいを浴びる場面などがあります。


娼婦というものが、かなり地位の高い?職業だったことに驚きでした。


この映画で、ルーファスなんとかさんという俳優さんを見て
けっこう気に入ってしまいました。
(主人公の相手役)
なかなかのハンサムです。
最近だと、キャメロン・ディアスのホリデイにちょっと出てました。



もし、この映画を観ていなかったら一度観てみるといいかもしれません☆


(バナナ魚さんから)

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2011.08.10 Wed | Society| 0 track backs,
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