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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
トリエステの坂道 : 前と後のイタリア
イタリア渡航前にせっせと読んだ須賀敦子さんの作品。
帰国後は、手に取ることもあまりなく、須賀さんの足跡を少しばかりなぞった気になって
それだけで満足していた。

けれど近頃、ヤマツツジのネタから須賀さんの本に話題が及び、
久しぶりにページをめくってみた。

そして、イタリアに行く前と行った後でストーリーへの共感具合が、
どうやら変わったことに気づかされた。

それぞれに、まあ小さい部分ではあるのだけど、
例えばこんな具合。

「トリエステの坂道」の本の、同タイトルのエッセー部分。

私はサ・ニコロー街と交差する何本かの細い通りをあちこちに向けて歩いた。
色も形も奇妙に時代はずれなマネキンが飾られ、あるいは、ただ商品の箱が積み上げられただけの
ショウ・ウィンドウを、ひとつひとつのぞきながら。



このくだりを読んで、頭にフラッシュバックした光景がこれだった。
トリエステで撮影した一枚。
左の銅像はウンベルト・サーバ。

水着のマネキンが、いかにも「ナウい」といわんばかりの微妙で奇妙な時代がかったテーストで、
イタリアはファッションの国であって、全土がそうそうたるファッションの街ではないんだなぁ、と。

どうやら長いときを隔てても、須賀さんのトリエステは、私が見たトリエステの中に
まだ(ちょっと不面目なかたちで)息づいているらしい。


P1560641_20110524220759.jpg


さらに、同上のエッセーには、旧ラザレット街というのが登場する。

ラザレットという名は、キリストによって死からよみがえったラザロという青年に由来するもので・・



と、この部分にぶちあたって思いだされたのが、
ラヴェンナのサンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂で見た下記のモザイクだった。
タイトルは、「ラザロの蘇生」。キリストが起こした奇跡の連作の一部だ。

墓所に葬られた人が包帯でぐるぐる巻きになって蘇る、というもの。



信仰に厚いイタリアを歩いていると、聖書がらみの題材にはことかかない。
が、これを見た時、須賀さんの書いていた旧ラザレット街は浮かばなかったなぁ。。


「トリエステの坂道」のタイトルにまつわる<山の道>の描写も、
詳細は頭に残っていなかったから、今度は逆に、自分が見た<山の道>とは、ずいぶん違うものだ
と改めて驚いた。

<見捨てられたユダヤ人墓地>があることを感じさせるには
余りに洗練された通りだったし、
本の中では「道の片側は高い塀が視界をさえぎっている」、というのだが、
そこまで私は到達しなかった。

息せき切って須賀さんみたいにてっぺんまで上るべきだった。
が、ジロを走る選手たちのゴール時間がせまっていて、時間に、いや心に余裕がなかった。
返す返す残念だ。

P1560648_20110524220828.jpg


イタリアに行った後改めて読み返して見ると、
最初に読んだ時にはあっさりスルーした場面が、
立体的なかたちとリアリティをともなって胸に迫って来る気がする。

嗚呼、これあそこで見た!とかいうだけでなく、なんかこう
イタリアにまつわるひとつの物事、事象を見るとき、立ち止まる時間がちょっとだけ
長くなった、そんな気がする。
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2011.05.24 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
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