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宗教画の中の魚 / こんな意味があったという話
◆◆◆ ラヴェンナ/サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂のモザイク画に関するエントリー ◆◆◆

● ラヴェンナ / サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 ① - モザイク作りを見る (ラヴェンナ回想編 その1) 
● ラヴェンナ / サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 ② モザイクで見る「最後の晩餐」と「ユダの接吻」(ラヴェンナ回想編 その2) 
● ラヴェンナ / サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 ③ イエスの生涯の26枚のモザイク(ラヴェンナ回想編 その3)
● モザイクに見る最後の審判 * 昔の最後の審判に地獄図はなかった理由
● 宗教画の中の魚 / こんな意味があったという話



イタリア美術や宗教画に触れる機会が増すにつれ、宗教画における魚の意味が気になっていた。
調べてみたところ、なるほど、と思わず唸るような事実が浮かび上がった。


まず、この1枚。
ラヴェンナのサンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂の一番上にあるキリストの生涯を描いた一連のモザイクの中の「最後の晩餐」だ。 




尾頭付きの魚が2匹載っている不可思議。

そこで調べたところ、ダヴィンチが描いた最後の晩餐にも、魚の皿が載っていたのだとか。
修復の結果、判明したらしい。

では、最後の晩餐になぜ魚なのか?

その答えが、今読んでいる「北イタリア」美術出版社の本の中に潜んでいた。

キリスト教徒が唱える「イエス・キリスト、神の子、救世主」の言葉の頭文字を集めると、IXOYZになる。
それはギリシャ語で、魚という意味なのだそうだ。

I = Jesus イエス
X = Christ キリスト
O = God’s Son 神の子
Y = And そして
Z = Saviour 救世主

ここから、キリスト教において、魚が重要視されるようになったというわけ。


魚の登場は、最後の晩餐だけにとどまらない。

同じくサンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂で見かけた次の2枚も同様。


これは、キリストの一生の中の、「パンと魚の奇跡」という場面。
よく見ると向かって右手に魚、左手にパンをもっている。

このストーリーはこんな具合:

ガリラヤ湖そばの丘で、イエスは説教をしていた。
しかし集まった群衆の腹を満たす料理はなにもなかった。
そこへ一人の子供がパン5つと魚2匹を持っていた。
イエスはそれを使徒に配り、使徒はそれを5000人の群衆に配ることができたという話。
その後パンくずを集めると、12個の籠いっぱいになったそうだ。

最後の晩餐とともに、聖体拝領の原型となったお話。




そしてもう一枚、魚の絵。

天井の高い部分にある絵なので、なかなかピントが合わなかったけれど、
これは「最初の弟子」(大漁の奇跡)という一枚。

不漁で網を洗っていた漁師ペテロ兄弟に、ガリラヤ湖畔で説教をしていたイエスが
指示をすると、みるみる大漁になったというお話。

そして、2人は、イエスの最初の弟子となった。





そして、須賀敦子さんをそこはかとなくなぐさめたという例のアクイレイアの大聖堂の魚のモザイクたち。

私は苦心して必死の思いでたどり着いたのに、聖体拝領の日に重なり、入口までしか入れなかったけれど
(というか入れなかったところを、入口だけなら、と係の人が融通してくれた)
奥にはもっと仰山の魚たちが群れをなして床の上を泳いでいるらしい。
いつか是非リベンジしたい。
再訪したい。







宗教画の中の意味が汲み取れないと、自分の無知を思い知らされて打ちひしがれてしまうのだけど、
ちょっと知ると、なかなか楽しくなる。

象徴的なサインを中に見出せば見出すほど、シンボルの意味を知れば知るほど深みが増す。

ああ、もっと勉強しなくちゃ。


それにしてもこの本は面白い。
今図書館で借りてきてるのだけど、絶対買う。

私が手にしたのはヴェネツィア、ミラノ編だけど、フィレンツェとかシエナとかもあるみたい。
南イタリアとしてローマももちろんある。
観光案内的要素を織り交ぜたなかなかしっかりとした美術書だ。

宮下孝晴の徹底イタリア美術案内〈1〉北イタリア―ヴェネツィア・ミラノ編宮下孝晴の徹底イタリア美術案内〈1〉北イタリア―ヴェネツィア・ミラノ編
(2000/08)
宮下 孝晴

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2010.11.29 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
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