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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
スポーツ選手モテモテ
■ 続々立候補

この先Sportsmanという言葉がpolitician と同義語になる日がくるかもしれない・・・


■ チームデローザ来日記念で五輪用聖火ライダー用バイク

TOJにチームデローザが出場するようなので、再掲。
写真はアテネ五輪聖火ランナーを務めた中野浩一氏が使用したバイク。
聖火を手持ちする代わりに、自転車のシートピラーから突き出たバーで固定。




■ お嬢様学校をしり目に雑草のような公立高校生だった私

先日九品仏のお嬢様学校にバドミントンの遠征に行った話を書いた。それを受けてメールFromセネージさん。
くすっと笑える内容です。

公立校の生徒がお嬢様お坊ちゃん学校に行ったときの心理描写に共感しました。一種のカルチャーショックですね。
自分がいるのとは別の世界があるという感じ。女子の美人度平均値が明らかに高いと感じていました。

有名なのは、給食メニューですね。東洋英和だか、聖心だか忘れましたが、給食のメニューを校内放送でするんですね。湊区立校に聞こえてくるその献立が、区立校とあまりに格差があるため、
区が放送をしないでほしいと申し入れをした逸話があります


じゃあ、メニューをよくしましょう、という方向に行かなかったのは残念でしたね。


■ 不自由さの中の自由

戦後の不自由な時代に生きた人たちが書いた文章や描いた絵を見て、ふと思うことがある。
貧しさの中でも豊かな心がはぐくまれることがあるのだと。

そのたびに、建築史家の陣内秀信さんと須賀敦子さんのかつての対談を思い出す。
(以前既に引用したことがあるけれど)。

イタリアの建築が豊かなのは、歴史的外見を変えないといった制約条件が多いため、
限定的な環境の中で、最大限のものを引き出そうという努力し、それが建築学的スピリットを
向上させている。日本ではなんでも自由に建てられるから頭で余り考えなくなる、と陣内さんが言えば:

須賀さんも追随する:
「自由詩になってから日本の詩はとても貧しくなってしまった。」と。

不自由な中の自由さ。自由の中の不自由さ。
制約は悪いことばかりではない。
それを身近なところでも時折実感する。

不便さを嘆きつつもなんとかぎりぎりのところで、その枠の中でなんとか最大限を引き出そうと
もがいている自分を見つめるときとか。
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2010.05.11 Tue | Society| 0 track backs,
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