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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ゴッホの話の続き
私がラヴェンナのサンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂で見た下記のモザイクは、「ラザロの蘇生」と呼ばれ、
やはり聖書の題材であり、キリストが起こした奇跡のひとつでもある。

墓所に葬られた人が包帯でぐるぐる巻きになって蘇るシーン。


No19P1670557.jpg


なかなか印象的な図柄なのだが、このほど「ラザロの蘇生」をヴィンセント・ヴァン・ゴッホも
やはり特徴的な筆さばきで描いていた、という事実を知った。

==> ラザロの蘇生 Byゴッホ


この絵はサンレミの精神病院時代に描かれたものだそうだ。

ただし、伝道者になろうとして破門された心の傷からなのか、あるいは崇高な存在として敬うが余りなのか、
彼はその場にいるべきキリストの絵が描けなくて、代わりに太陽を描き、
そして、例の発作(昨日のエントリー:黄色い絵の具は彼に過度の刺激を与えた)に見舞われた。

宗教画とは思えない、とても不思議な絵だ。


ゴッホはサンレミ・ド・プロヴァンスの精神病院を出た後、ピサロの勧めでガシェ医師の住むオーヴェール・シュル・オワーズに移った。
この場所でも彼は創作活動にいそしみ、「オーヴェールの教会」や麦畑の絵など数々の作品を残している。


オーヴェールへはパリから日帰りで行ったことがある。(ハネムーンで。)
実際に例の教会を目の当たりにしたとき、ゴッホの絵とそっくりで驚いた。
デフォルメの中にも本質を捉えている。

彼が描いた場所には、その絵の写真が掲げられていた。
(下の写真のは右端に、小さく見える。)


P1770941.jpg


教会前にある絵の写真の拡大。↓

この町では、そのほか、彼の銅像や、彼が泊まった宿などを見て回った。
新婚旅行のときに。。。

P1770939.jpg


弟テオと本人のお墓は仲良く寄り添うように並んでいる。
兄思いの弟は、ヴィセントの死後半年後に天に召された。

P1770936.jpg


亡くなる1年ほど前に彼が滞在したサンレミ・ド・プロヴァンスの街にも行ったことがある。

古代ローマ遺跡もあり、フランス観光にはお勧めの場所。

1年ほど彼が入院していた病院は、サンポール・ド・モーゾル修道院(Monastere de St-Paul de Mausole)といい、こぎれいな回廊がある。


P1770934.jpg

オーヴェールもサンレミも、ともに静かな中世の街並みを残す田舎町。

こんなのどかな小さい町で、激情にかられたゴッホは特異な存在だったに違いなく、
身の置き場がなかったのではないだろうか。
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2010.04.09 Fri | Travel-France| 0 track backs,
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