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日めくりカレンダーと、牧師の息子ゴッホが破門されたワケ
先日来絶賛しているモネの日めくりカレンダーに、支持者がちらほら・・・

昨日はゴッホの日めくりを買ったnaranjaさんからメールをもらい、さらに、今日、修学旅行でパリに行った高校生の人から、ルーブル美術館の日めくりをゲットした旨便りをもらった。(下方に掲載)

言葉に尽くしがたいほど羨ましい!
高校の修学旅行でパリに行ったから??というのも羨ましいものの、それよりもルーブルの日めくりを手にしたなんて!
美術の宝庫なだけに、日めくりには、名画が贅沢に散りばめられているはず。溜息ものだ。

彼は、この「日めくり」に出会うまで、根性で捜したそうなので、もうそのガッツに拍手を贈るしかない。

ちなみにゴッホの場合、生涯数千点もの作品を残しており(そのうち売れたのはたった1枚!)、彼の「日めくり」なら、楽勝で365日分揃ってしまうわけだ。


ここで再び、例の「名画でみる聖書の世界」で読んだゴッホの話に触れてみたい。


ゴッホは牧師の息子で、伝道師を目指していたが、献身的すぎて、自らの衣服などを貧しい人に与え、自らは最低限の衣服をまとい、わらの中で生活していたところ、教会の面目を損なったとして破門されたという。

アッシジの聖フランチェスカは、極貧を尊んで人々から敬われたというのに。紙一重の差で失意のどん底に落とされたゴッホ。

更に彼には心に傷があった。丁度彼に誕生日の1年前に死産した兄の名前がヴィンセント・ヴァン・ゴッホだったといい、兄の墓に自分の名前が刻まれているのを日常的に目にして、自己の存在意義を嫌が応でも考えずにはいられず、自分のみが生きていることへの自責の念にかられた、というのだ。


もうひとつ、上述の書で見つけた驚くべき事実は、ゴッホが黄色の絵の具を使うとき、エネルギーを激しく消耗し、絵の具を飲み干すほど激しい発作に襲われたという事実。

だからひまわりの花を描いたときも、どうやらぐったりしていたようなのだ。
そのため、後年、黄色い太陽を描く必要のない星空を描くようになったと。

ゴッホのその激しい人生をたどると、不遇の人、という言葉が浮かぶ。でも、そんな中で名画の数々が生まれたというのはなんとも皮肉。

彼と聖フランチェスカを隔てたものはほんのちょっとした差異だったのかもしれないけれど、やはり彼は聖フランチェスカにはなり得なかった。

聖職への道を閉ざされたからこそ、筆で真価を発揮することができた。
生前評価されなかったことも含め、生涯不幸がまとわりついたけれど、才能を思う存分開花させることができたのは、神が彼に与えた最高の贈り物だったのかもしれない。


さて、冒頭で記した高校生の人からのEメールがこちら。


4/6のDairyに関連して、
自分は先日、高校の修学旅行で(贅沢させてもらって感謝です)フランスにいった際、
かのルーブル美術館にて365日の日めくりカレンダーをゲットしました!!
このDairyを見ていて、日めくりカレンダーだけは狙っていたので、ミュージアム
ショップ何件もはしごして、やっと見つけました。

ルーブルの見学時間は2時間程度だったので、登場する作品はほとんど見たこと
もないものばかりで、
しかも、絵画に限らず彫刻等も多々登場するので、多岐にわたって芸術に触れる
ことができて、楽しんでます。

今年受験生なので、心のゆとりある素振りアイテムとして、
また、受験を忘れさせてくれそうでもあります。
本当にいいものを紹介してくださって感謝です!!




高校生の人から初めてメールをもらったのは2004年のこと。
数年後には大学合格の連絡ももらった。
上記メールをくれたEさんも、受験生ということで、陰ながら合格祈願しております。


最後に、本日のクロード・モネ。
「3隻の漁船」という一品。(左は前日のポプラ並木の絵)

ブダペスト美術館にあるそうで、これまた珍しいものを見た。
こんな荒涼とした絵も描いていたのか。
まだこれぞ点描という感じではなく、マネのようななめらかなタッチになっている。

日付変わって4月8日になった。
で8日の分は、まだお預け。明日の朝、めくることにする。
ああ、今度はどんな絵が出てくるのだろう・・・

P1770932.jpg

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2010.04.08 Thu | Art| 0 track backs,
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