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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
キリストの洗礼
数ヶ月間イギリスに滞在したとき、暇さえあればロンドンのナショナルギャラリーに通ったものだった。ギャラリーツアーに参加して解説を聞くのを楽しみにしていたが、当時は聖書の題材や神話のこともほとんど知らなかった。

ただ、次第に同じ主題を幾人もの画家が描いているのに気がついて、聖書の題材であるらしいと漠然と感じていた、という次第。


例えば、Annunciation(受胎告知)とか、Adoration of the Magi 東方三博士の礼拝、とか。同じタイトルが違う画家の手により頻繁に登場するのを見て、これらはひとりの画家が考え出した題材でなく、世に知られているアネクドートなのだろうな、と察知するわけだ。

タイトルは同じでも、描き方は様々で、画家の技法や信念・解釈・時代背景次第でひとつの題材もいろいろな顔を見せる。


そんな中、「キリストの洗礼」というモチーフだけは、つい最近まで(去年のイタリア訪問まで)私の中で構図のバリエーションはなく、これまでこの絵しか知らなかった。ナショナルギャラリーのピエロ・デラ・フランチェスカが描いた一枚。

この絵は印象的で、ナショナルギャラリーの名作を集めた本(*)にも出ている。特に右の男性が水浴する寸前・着衣を脱いでいる様子が、この手の絵にしては違和感がある。

このほど西岡文彦先生の「名画でみる聖書の世界」を読んで、この脱衣中の男性の絵には意味があることを知った。古いユダヤ教から新しいキリスト教へ移るしるしなのだと。


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同書から再び引くと、キリストに洗礼を施す聖ヨハネは、常に毛皮を着ているそうだ。さらに興味深いのが、1450年頃に描かれたこのフランチェスカのキリストの洗礼画がきっかけで、キリストは海に浸かっていない構図になったそうだ。さらにヨハネは皿をキリストの頭の上に掲げるようになった。それ以前は素手を掲げているだけだった。

なるほど、と思った。昨年イタリアで見た2つの絵のキリストの洗礼は、それ以前の作品なので、イエスは海の中にいる構図になっていた。


ひとつは、5月に行ったパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂のジョットの絵。海の水がうねうねと描かれている。さらに、皿はなく、ヨハネは素手をかざしているだけ。1305年あたりの作品と聞いている。


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もうひとつの洗礼の絵は、9月のラヴェンナ、ネオニアーノ礼拝堂のモザイク。5世紀のものなので、どっぷりと水に浸かるキリストがいる。ただし、ヨハネは水入りの皿をかざしている。これはおかしい。この時代の描き方としては、素手を描くのが習わしだったはず。ところがこれにはわけがあった。(写真は9月に行ったときのもの)


P1670836a.jpg


当初描かれたときはむろん時代の掟に従って、皿など持っていなかった。ところが、19世紀に修復された際、皿が付け加えられてしまったそうなのだ。手がすべった、のだろうか。

水深で時代がわかるというのは面白い。14世紀までは水に胸まで浸かっていたけれど、15世紀初頭には、水が浅くなり、イエスは膝までしか浸からなくなり、最終的に15世紀中盤、フランチェスカの絵では、水はなくなるという変遷を経る。

水がなくなるのと、皿の登場は連動している。洗礼は水に浸して行うことから、当初はヨルダン川にキリストを置いていたが、その後イエスを陸上に移動させたため、その代わりに皿の水をかける構図となった。そうすることで、「水に浸す」という原則を維持したのだ。


ここで、毛皮を着たヨハネ・どっぷり水に浸かったキリスト、という古典的な構図の絵を見つけた。
ここ

この絵では、イエスは首まで海に浸かっている
時代を感じさせる、ユーモアすら感じる単純明快な顔かたち。

少し稚拙な描き方から古い時代のものであることがわかるだけでなく、水深の深さからも、古い時代のものであることがわかるとは面白い。


まるで生き物のよう。絵の技法は進化していき、構図・配置の変遷は時代を写す鏡。

ただし、キリストの洗礼の絵の場合、なにがこういう変化をもたらせたのかわからない。


近世の人は、概念としてキリストを水中に入れる構図を不自然と感じたためなのか、或いは、純粋にアートとして、水中の構図より地上の構図に、技量を試すチャンスをより感じたせいなのか。
或いは、なんらか、聖書の解釈に変化が生じたためなのか。。。



*ナショナルギャラリーの名作集:イギリスでは、こうした美術書が、大学町の学生相手の書店で割引で売られていた。日本でこの手の本がセールに出ることは余りないので、嬉しくなってつい買った。ほかにも大型本をいくつか。おかげで帰りのスーツケースは32kgだった。重量制限の緩い時代。超過料金なしで助かった。
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2010.04.05 Mon | Art| 0 track backs,
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