日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
「美しい夏の行方 イタリア、シチリア」辻邦生
辻邦生さんの「美しい夏の行方」を読んでいる。

美術にせよ音楽にせよ、美的なものに敏感で、
沸き上がる感動を、的確に極上の言葉で紡いでいく辻さんの
真骨頂とも言うべき作品だ。

スポレート、フィレンツェ、シチリアなどを再訪し、
若かりし頃、初訪問した時の記憶を辿ったり、
修復後の洗浄過多のヴィーナスの誕生(ボッティチェリ)を嘆きつつも、
美の殿堂イタリアに対する溢れんばかりの情熱を吐露していく。


その一方で、イタリアという風土への賛辞も忘れない。
カンポ(広場)で日長一日何もしない人々の姿に生への熱いパッショーネを感じ、
そうした熱気の渦の中に身を置くことで、
自身も思い切り生を謳歌していく。


美に打ち震え、生きているだけでも、祝福に値すること、とまで口にする辻さん。

辻さんの他の作品からも、美への耽溺傾向はうかがわれるけれど、
イタリア取材以降の書下ろし作品ということで、
その感情の波は増幅している。


ふと思った。
ある国に行って、芸術に触れて、ここまで耽美的なリアクションをする人は、
すでに絶滅危惧種になったのではあるまいか?

訪問前にネットで精密画像を見て、
町の情報を入手して、万全の態勢で旅に出る。

ああ、情報通りだったと確認する、それが旅のパターンとなっている。


もちろん目の前で実物を見ることは意義があり、感動もひとしおであるはずだけど、
未知の要素があるからこそ震えるほどの感動が促される。

辻さんが本書の中で、感動と興奮に包まれれば包まれるほど、
何か喪失感のようなものがじわじわと湧いてくるのだった。


2017.09.04 Mon | Books| 0 track backs,
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