日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
私の履歴書 湯川れい子さん
日経朝刊の「私の履歴書」は、
気に入ったら毎日読むし、自慢話や他人をけなす話のオンパレードだな、と察知するれば
きっぱりやめる。


他人をけなすパターン、、、
これが意外にある。

積年の恨みを大衆に吹聴、というかたちで晴らす人。
某野球OBのはパツンパツンに尖がっていていい気分はしなかった。
途中読むのをやめて最終回を読んだけど、最後まで同じ調子だったようだ。


もうすぐ終わる9月の回は、湯川れい子さん。
音楽評論家で作詞家の。

有名な歌謡曲が彼女の作詞によるものだったとは知らなかった。

いつものビジネスマンストーリーとは毛色が違って愛憎劇場の側面もあり、
野次馬興味も加わった。

芸能界に近い方の回は、たまに世界が狭くてつまらないのだけど、
(どなただったか、女優さんの回では
その人の関心事、つまり”カツラの位置”の話に終始したりして)
湯川さんは国際的に活躍しただけあって、
夫のリクエストに基づきエルヴィス・プレスリーの立会いのもと結婚式をあげるなど、
その行動力には脱帽だ。


本日の回では、東日本大震災の当日に来日したシンディ・ローパ-の公演を支えたお話。

東京公演ではメンバーに大量のひじきの煮物を差し入れしたという。
ヨードが放射能対策になると聞いたから・・・!


私の何倍も体力のある方なんだろうな、と
エネルギッシュな行動を拝読してつくづく思う。

エネルギッシュな女性、そういえばリオデジャネイロにいたかと思うと
時差も感じさせずに直後ににこやかに豊洲に視察をするなど
すごい馬力・タフさだな、と思って見ていたあのお方もそのひとり。

都政に忙殺されつつも、あれこれ策を巡らし一国一城の主を虎視眈々と狙う。
その手際の良さ、根性、強い野心は
私から見れば異次元の世界だ。

2017.09.29 Fri | Private| 0 track backs,
幸手権現堂堤の彼岸花
先日、今年は咲き乱れる彼岸花を見る機会がなかった、、
と書いたけれど、、、

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夫が用事で幸手に行ったときに、
権現堂堤の彼岸花の写真を撮ってきた。

これは町おこしの結果なのだろう。
以前はこんなふうにあたり一面の曼殊沙華、という光景では
なかったそうだ。

けれど、堤のスペースを思う存分活用して、
春には桜と菜の花、
秋には曼殊沙華、
を目玉にしたそうだ。
インスタグラム流行の昨今、いつの間にか観光地化したという。


そしてこんな撮影会?も。
笑わないキャラだそうで、カメラを向けても口は真一文字。

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やや終わりかけではあるえけれど、
量が多いので、先週末まではギリギリ盛りといえる感じだった。

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かなりきつい赤色なので、このようにまばらに植わっているほうが
可愛らしい。

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なんとも独特。
進化の過程でなんらかの理由でこのようになったのだろう。

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そして幸手に来たら、一足伸ばして、
人気のパン屋さんCimaiに行くのもいいかもしれない。

といっても歩くと30分ぐらいかかるけど。

2017.09.26 Tue | 国内探索| 0 track backs,
挫折率の高い本
【超長い】読み切れない長編小説 名著15作(海外・日本国内)
というサイトを見つけた。

トップバッターはプルーストの「失われた時を求めて」。

「世界最長の小説。960万9000文字。ギネス認定。」とある。

長さもさることながら、この本のは特殊な語彙も多く、シェークスピアと並んで多彩、
というのは聞いたことがある。
フランス語は英語よりも語彙が全体として少ないので
(外来語の少なさも関係しているのかな?)
それを差し引くと、プルーストの語彙の豊富さはピカ一とフランス人が言っていた。


あとの読み切れない本14冊は、戦争と平和、カラマーゾフ・・、ユリシーズ、チボー家・・、
源氏物語、神曲などなど。

でも、「レ・ミゼラブル」や「ドン・キホーテ」にはやや違和感がある。
普通に読めた記憶があるので。

さらに埴谷雄高の「死霊」という作品が入っていたのだけど、
これは長さより読みにくさで仲間入りした印象だ。


学生時代、「失われた時を求めて」は、生涯手に取ることはあるまい
と漠然と思っていた。

フランス語は習ったこともなかったし、
ただ小難しいというウワサで遠ざけていた。

まさか原文で読む気になろうとは、自分でも驚きだ。

今やっと3巻目に突入した。
この作品は、伏線だらけなので、
後になって、ああ あそこと呼応するのか、という発見がついてまわる。

それゆえに過去の部分を読み返したりしているので、歩みは鈍い。


ここにきて、事実描写の部分は、読む際に加速度がついてきた気がするものの
哲学的・思索的な部分は相変わらず難しい。
単語の意味がすべてわかっていても意味が取れないことが多々ある。

時代と国の違いもあり、思考回路が別物なので、
ついていけない。

ただ、大雑把にこういう系統の思索なのだろうな、
といった方向性がつかめれば、まあそれでいいかと思っている。

同じ社交界に足を踏み入れて、同じ世紀末を生きてみないと、
結局のところ全面的に同調することは難しいのでは
と思えるから。


とにかくペーパーバックで全7巻すべて買ってしまった。
読むしかない。
”読み切れない長編小説”とされているものを克服するぞ、と気持ちだけは前向き。

今のところの感触としては、
言葉の美しさ、繰り返されるライトモチーフ、
工夫がこらされた言い回しなどの発見を楽しいと思える限り、
読了できるのでは、などと思っている。


2017.09.25 Mon | Books| 0 track backs,
酔いしれた!靖国神社の「みらいとてらす」は9月24日まで その1
靖国神社では、目下「みらいとてらす」が開催中。
闇夜に浮かぶ様々な表情の光が幻想的でおススメです。

昼間から様々な催しがあるようだけど、特に日没後がおススメ。
光の演出が施されている。

メインの見せ場は奥の方(相撲場まで)なので、丁寧にみていると、意外に時間がかかる。
20時過ぎに到着し、最後の一つを見る前にタイムアウト。
(相撲場に設けられていたみらいとてらすは20:45には終了していた。

鳥居下と遊就館ではプロジェクションマッピングがあり、
後者のものは、丁寧な作りで見ごたえがあった。

遊就館のプロジェクションマッピングはこんな感じ。
四季折々の表情を映し出していた。


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みらいとてらす
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2017.09.23 Sat | 国内探索| 0 track backs,
芝離宮の彼岸花
彼岸花が丘一面に咲いている光景をツイッター上で目にした。
関東にも名所が何カ所かあるようだ。

見に行きたかったけれど、福山旅行のせいもあり
機を逃してしまった。

というわけでささやかに清澄庭園と旧芝離宮恩賜庭園で我慢。

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中でも芝離宮はまずまず。
何カ所かにまとまって咲いていた。

清澄庭園よりは量は多い感じ。


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今週末はもう枯れているだろうな。
2017.09.23 Sat | 国内探索| 0 track backs,
日経新聞の「追想録」が好きだ
日経新聞の追想録コラムが好きだ。
その週に亡くなった人の中から、
特にメモワールを独立して書く必要があると思われる人を選び
各担当者が腕を振るう。

とはいっても平均80年程度のその人の生涯を、
ごく短い文章でまとめなければならない。


読者としては、故人が名をとどろかせた偉人であればあるほど、
どこを切り取るのか、という興味も生まれる。

先日亡くなった羽田勉さんの時は、
短命総理の座を降りた直後に実際に羽田氏に会ったことがある筆者が担当した。

薄いひのきで作った「内閣総理大臣」の肩書入りの名刺を
もう作ってしまったから、どんどん持っていけ、という大盤振る舞いの
おこぼれに預かった、なんていうユニークな体験がつづられていた。


ひとりの人の人生をフェアなかたちで要約する、
しかも限られた短い文章で。

それはもう責任重大で、結構骨の折れる仕事に違いなく、
それだけに、緊張感が感じられ、
引き締まった名文に遭遇することも多い。


2017.09.21 Thu | Private| 0 track backs,
日本一態度の悪いレストラン
先月、なかなかこじゃれた外観・内装のレストラン
へ行ってきた。

しかし店内に置かれた可愛らしいテキスタイルや小物たちが
しらじらしく見えるほど、フロア係の人たちの態度が極めて悪かった。


実はこの店には凝りもせず2度足を運んでしまった。
最初は1人で、次は友人とふたりで。

最初で懲りるべきだった。
でも、人と一緒なら、スタッフの態度など気にならないのじゃないか
と甘く見た。
実際甘かった。


初回、入店時に”ひとり”、”予約なし”、の旨を告げると、
出てきたスタッフは何も言わずに店内に戻り、
しばらーくしてから戻り、ついてこいといったしぐさで店内に通した。
その間、ほぼ無言、である。
仕事が嫌でたまらない、という不愉快そうで暗い顔を最後まで崩すことはなかった。


極めつけはこれ。
私の目の前のグループにデザートをもっていくときのこと。

フォークをセットする前にデザートワゴンを持って行ってしまい
上の人に「先にカトラリーを持っていくように」と注意されていた。
やんわりと、であったけど、もともと機嫌が悪かったその女性スタッフ、
なんとワゴンを戻す際、定位置まで、足で蹴飛ばすではないですか。

それを目の前で見てしまった。
嗚呼。
その女性、もうこの仕事を辞めるのが決まっているのではないか。
後は野となれ山となれ、そんな自暴自棄な空気を感じた。


そして翌月2回目の訪問。
案の定、その女性はいなくなっていた。
40代ぐらいの男性になっていた。
しかしこれが前を上回る態度の悪さで唖然だった。


予約していったのに、
「待ってください」といったきり、待てど暮らせど現れない。
予約してたのにテーブルセットを全くしていなかった。
混んでいたのかと思ったら、空いていた。
嫌な予感。


友人がオーダーのとき、「前菜はカブのスープ」といったら、
「ええ?」とひどく小ばかにしたような声を挙げた。
リピート:「カブのスープを」
スタッフは、怒り出す。「そんなもんありませんよ」
???
メニューにあるのに。
「ここに、、、」といって見せると
「カブのスープね。ジュースとしか聞こえませんよ」と。

いや、メニューに「カブの・・」とあるんだから、
ジュースと聞こえようが、スープと読み替えるところでしょう。
というか私にはスープにしか聞こえなかった。
つまり彼は、前菜にカブのスープがあることを認識していなかったようだ。
注文客はざっと見たところみなパテを頼んでいたので。


さらに態度の悪さは続く。
「ドリンクは?」と聞くので「結構です」と言いうと、
「え?ソフトドリンクもですか?」
まるで頼まないのが悪いことみたい。


我々のテーブルの隣に棚があり、そこに置いてあったグラスをとるときには、
なんと我々のテーブルの上に身を乗り出して=覆いかぶさって
対面にあるグラスを取るではないか。
あり得ないんですけど。


前菜とメインをもってきた。
一切説明なし。
口にチャックをしたかのように無言。

隣のテーブルにはくどいぐらい事細かに素材の説明をしていたのに。
我々だけ仲間外れか?と思いきや、
逆隣りのテーブルにはやはり無言でサーブ。

結論:お酒を頼んでいたテーブルには丁寧に説明、
注文しなかったテーブルにはお仕置きで無言を貫く、
と見た。


プチフールのトレイを持ってきた。
相手が無言なので、つまんで取っていいのか躊躇していたら、
顎をしゃくって、取れという暗黙のサインを送ってきた。


さらに、友人がメインを食べ終わり、バターをつけつつパンを食べていた時、
目の前のバターを持って行ってしまい、
友人、目が点。


これはおそらく、厨房の雰囲気が相当悪いのだろう。
スタッフが交代しても、2人続けて最悪なんて。


いや、これだけならまだ我慢できたかもしれない。
会計時、ランチなのに消費税に加え、
サービス料を取られた。

サービス料、1度目にはなかったのに、2度目から徴収になったらしい。
これでサービス料取るか?
取ってる自覚ないよね?

若い女性から40代の男性に代わって、
スタッフへ支払う額が増えたせいかもしれない。

まあどうでもいいけど、とにかく
開いた口がふさがらなかった。
2017.09.20 Wed | Private| 0 track backs,
小笠原伯爵邸
先月訪れた小笠原伯爵邸は、
朝香宮亭や岩崎邸ともまた一味違うハイソな邸宅で、
ハイカラなセンスに満ちていた。

とくにくつろぎの間にあるステンドグラスは
微妙な色合いのグラデーションで彩られ、
ガラスに入る格子模様に沿った斜めのフォルムも秀逸だ。

以前触れたことがある、かの一流ステンドグラス作家・小川三知氏の作だという。


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てんこ盛りの花々が控えめな華やかさを演出。
開花したマーガレットとつぼみとシンプルな葉脈をもつ葉
というシンプルなモチーフがいとおしい。


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近づくと、螺鈿のような光を放つパステルカラーのごく微妙な変化で
全体の統一感を持たせている。


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邸宅へのアプローチにも心躍った。
庇にはすりガラスと黒を組み合わせた花柄。
アールデコとアールヌーヴォーに近いけれどそれとは違う。
スパニッシュスタイルなのらしい。


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重厚なカーペットや華やかなライト、花柄の半円の窓は
ゴージャスでありながら、
茶系で渋くまとめられ、けばけばしくならないその加減が心憎い。

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東新宿のそばにこんな豪華絢爛な邸宅が残っていたなんて全く知らなかった。
数年前に知人から聞くまでは。

無理もない。
入り口はこんな感じで建物は奥まっている。

道路側から見ると地味そのもので、
足を踏み入れない限り、あんなまばゆいばかりの邸宅が隠されているなんて
気が付かないのだ。


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2017.09.19 Tue | 国内探索| 0 track backs,
「風の影」 <感想>
スペインの作家、カルロス・ルイス・サフォンの
「風の影」を読み終えた。

かなり読みごたえがある。

紙の分量もさることながら(文庫本で上下巻)
波乱万丈の内容で、決して軽い読み物ではない。


冒頭予感した
親子の心温まるホームドラマ、、、という筋書きはあっけなく覆され、
時代をまたぐ波乱万丈な人間ドラマへと発展する。


予想もつかぬめまぐるしい展開で、はらはらしたり、
息苦しくなったりと、心穏やかにページをめくることは
特に後半の大部分において難しく、
本をおいて深呼吸しないと読み進めないことも1度や2度ではなかった。

並行して描かれる2つの人生は、
予期せぬ方向へと流れ、
途中その重なりに気づいた時、
ダニエルの暴走が行きつく果てを想像し、
胸のざわめきが止まらない。


内戦、独裁政権が影を落とすバルセロナの街も丹念に描かれ、
街の残虐性と人間の凶暴性はシンクロし、
現実的な荒廃の中に、悲しさをたたえたメルヘンが入り混じる。


体験したことのない、壮大なドラマが一体
どんなカテゴリーに属するのか、単語を探し当てるのは難しい。

本流だけをつかめば、自己形成小説、Bildungsromanという言葉が思い浮かぶ。
プルーストの「失われた未来を求めて」が時折そう称されるように。

ただ、細やかな心のひだを積み重ねて描いていく「失われた・・・」とは異なり、
本書は、強力なストーリー性でぐいぐい引っ張っていく。

2つの人生を結び付ける手法は自然なやり方ではないものの斬新で、
すべてを一気にひとつの流れにまとめ上げていく。


バルセロナの暗い街角のごとく広がる重苦しさを希釈してくれるものは、
哀しみと優しさをたたえた存在感のない父センペーロや
はちゃめちゃなフェルミンの存在であり、
つまるところ、底辺に流れる作者のヒューマニズムや人間愛なのだと思う。

書物というものへの愛着も漂い、
残酷さの中にも救いを感じつつ読み進むことができた。

最後は爽やかな風を感じつつ
本を閉じた。




<風の影><読後感><ネタバレなし>
2017.09.17 Sun | Books| 0 track backs,
中国四国地方への小旅行から帰宅
中国四国地方への2泊3日の旅を終えた。
もともとお盆時に行く予定だったのだけど、
週間天気予報で最高気温34度の気温予想が出て、
これは無理、と予定を変更したのだった。


というのも、メインの目的は、広大な禅寺散策。
何時間も屋外で過ごそう、という計画だった。

炎天下でそれは無理だ。

なんとか9月に変更したのはいいけれど、今度は台風の心配があった。
天気予報とにらっめっこの日々。

大丈夫そうかな、と思った矢先、
出発の数日前になって台風接近のニュースが出てしまう。

ホント、台風っていうのは急に発生するから油断できない。

ちょっとはらはらしたけど、
結果的に、中国地方直撃前になんとか3日間の予定をこなすことができた。


当初の予定は、
1日目:坂出の東山魁夷美術館
2日目:岡山市内観光+福山へ移動して鞆の浦観光
3日目:禅寺に4時間滞在

だった。

けれど3日目が1日雨と知り、
急きょ2日目と3日目を入れ替え。


おかげで2日目の岡山市内観光が吹っ飛んだけれど、
禅寺には5時間滞在し、夫は露天風呂にも入ることができた。

私も入りたかったけれど、16時でお風呂は終わり。
15:30からの入浴だと、30分しかない。
髪の毛を乾かすことを考えたら、あまりに慌ただしくて
私はパスして、代わりに日中整備のために立ち入りができなかった
庭の方にひとりで散策に行った。


途中、愉快な石仏を見かけたりして、ラッキーとはしゃいでいたら、
とんでもないことになった。
人気がない場所だったこともあり、虫が大量発生している箇所があった。

まだら模様の正体不明の虫(蜘蛛とコガネムシと蛾を足したようなやつ)が
群れを成して飛び回っている箇所ではぎゃーっ、と本気で叫び声をあげながら駆け抜け、
激しく音を立てる藪蚊が現れた時は、こんなのにかまれたら
著しく腫れてしまう、とばかりに狂おしいほどに手を振り回して逃走。

ぬかるんだ石段を駆け下りようとしたら、足元はぬかるみ
苔と毒キノコみたいな気味の悪い白っぽいキノコがびっしり生えている。
ひぇー、と再び叫びながら、足元を確かめつつ駆け下りた。


そして3日目はやはり1日中雨。
海辺に行ったので特に風が強く、傘を差しながら、
時に煽られながら旧家見物にいそしんだ。

体力を耗したせいか、帰りの新幹線では後半爆睡。

けれど持って行った「風の影」は読み終わり、
そこそこ満足して旅を終えたのだった。
2017.09.16 Sat | Private| 0 track backs,
斉藤由貴 x ランス・アームストロング x ミステリードラマ
例の女優さんの不倫報道を見ていたら、
お相手の医師のインタビューが登場した。

それはまだキス写真や女性用下着を被る写真が流出する前のものだったので、
余裕の回答ぶりだった。

一線を越えたかどうかに対する質問には、
必死で全面否定する代わりに、
「証拠はないでしょう。あったら見せてくださいよ」
と強気に出ていた。


ああ、このセリフ、潔白でない人の常套文句、
と過去のミステリードラマの例を浮かべつつ思った。


「証拠がないでしょう」。
問題の核心を迂回して否定したい時に、やましさのある人が
よく使うフレーズだ。

ただこのお医者さん、「証拠を見せてくださいよ」、とまで強気に出たのは痛かった。

挑発の代償は、しっぺ返しは”倍返し”どころでは済まなかった。


普通、潔白なら、そのものずばりを否定する。
Beating around the bush的な回答は、即刻発言者への疑義となる。

ランスもそうだった。
「競技に際して禁止薬物を使ったことは?」
と聞かれたとき、きっぱりと、そして誠実にその事実を否定をしたことはない。

いつも いつも、こう言っていた。

「僕はこれまで一度も陽性反応を出したことはない」。


2017.09.13 Wed | Private| 0 track backs,
東銀座コスパランチ ミオバール 2013年vs2017年
東銀座のミオバールは、土曜日でも、平日と同じランチを提供している。
この界隈では、週末ともなると値段が一挙に高くなるケースが多く、
そういう意味では良心的。

先週末、4年ぶりにうかがったのだけど、
記憶の中にあった感動の前菜がずいぶん寂しくなった気がした。


帰宅後、2013年のときの前菜写真を引っ張り出してきた。
やっぱり、記憶違いでなく、確かに品数とクオリティが落ちていた。
(2013年の時の価格は950円だったようだ。今は1000円。)
左が2013年、右が2017年。

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とはいえそれでもなおランチは土曜日でも1000円。
努力は買おう。

気を取り直して、2017年9月9日のランチ:
前菜盛り合わせ。これはフィックス。

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メインは3種類からチョイス。
鴨のラグーソースにした。
はずれのない味、好きな味。

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食後のドリンク。

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これで税込み1000円ぽっきり。

この日は移動の途中で時間があまりなかったのだけど、
入店してから40分ほどで食事終了。

テンポよくサーブされたので、助かった。
食べログの評価はそれほど高くない。
でも、比較的短時間でお手軽に食べられるので、忙しいときは救世主だ。
数回行ったうち、すべてパスタはおいしくいただいた。


ちなみに同じビルの1Fにもイタリアンが入っている。
L'Essenceレッセンスというお店だ。

こちらも前菜盛り合わせがついてくるので、ちょっと紛らわしい。
レッセンスもお気に入りなのだけど、この日は結婚式で
貸し切りだった。





2017.09.11 Mon | Private| 0 track backs,
「源氏物語」現代語訳 河出書房・角田光代版と原文及びその他の現代語訳比較 
「いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、
いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて 時めき給ふありけり。 」


「源氏物語」の中で、私が唯一ソラで言える冒頭の1文だ。


角田光代さんが、この作品の現代語訳に挑戦されているというのは知っていた。
以前東大で開催された角田さんの講演会で
ご自身の口から直接聞いた。
なんでも池澤夏樹さんからじきじきに依頼されての執筆だったという。


全3巻のうちの上巻が刊行される運びとなったそうで、
上述の箇所、つまり冒頭の一文の角田版が日経新聞に出ていた。

目を通してみたところ、正直な感想は --
嗚呼、いじくりまわしすぎ・・・

もっとも、現代の日本語ですらすら読める、というのが
この本及びシリーズの趣旨なので、その意味では完璧な本なのだろう。

だから古典をこよなく愛する人は想定読者に入っていないのだと思う。
それを自覚したうえで、なお、こういう企画はなんだかなぁ
という思いを以下に吐露したい。


上述の講演会に伺ったとき、角田さんがおっしゃっていたのは、
純粋な原文からの訳ではなく、すでに出ている谷崎訳、円地訳、瀬戸内寂聴訳などを
読んだ上での現代語版とのことだった。
だから原文の意味は組んでいたとしても、
ニュアンスにおいてはある程度乖離するかもしれないな、とは思っていた。

ただ、「ある程度」では済まなかった。


ご本人も日経紙上で述べているとおり、足りないところを積極的に補っているので、
結果、原文をまったく読まずに、これだけ読む人には
しごく親切な本になっている。

でも、原文を感じながら、原文の構文を尊重したいと願う向きにはまったく不向きな結果になった。
文体だけでなく、そもそも古典の精神を捨て去った上での現代語訳なので
私には受け入れがたい。
だって、行間を考えながら、空いた部分の余韻を楽しんで読むのが古典のはずだから。


冒頭のたった2行が角田訳でどうなっているか、以下に抜き書きする。

「いつの帝の御時だったでしょうかーー。
その昔、帝に深く愛されている女がいた。
宮廷では身分の高い者からそうでもない者まで、幾人もの女たちが
それぞれに部屋を与えられ、帝に仕えていた。/
帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、
自身の位も、女御より劣る更衣であった。
女に与えられた部屋は桐壷という。」


あのたった2行がここまで膨れ上がっている。

最後の方は、性質としては脚注だ。
「女に与えられた部屋は桐壷という」と、
「帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、
自身の位も、女御より劣る更衣であった。」のくだりは、原文には一切ない。


その点、円地文子訳の方が原文にはるかに近い。

「いつの御代のことであったか、女御更衣たちが数多く御所にあがっていられる中に、
さして高貴な身分というではなくて、帝のご寵愛を一身にあつめているひとがあった。」


角田訳ほどまでに解説を盛り込んで現代口語訳にするのなら、
文学としてでなく、学習教材用として出したほうが私的にはしっくりくる。


ここまで解説がついてしまっては、もう文学という気がしない。

解説部分が重すぎて、重要な部分のフレーバーが完全に失われているから。

つまり、彼女の実際の身分が更衣だったのか、その更衣はどういう地位だったのか
なんていうことは抜きにして、
「いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて 時めき給ふありけり」がここの
エッセンスのはずた。つまり、

身分は高くないけど、ご寵愛をうけていた!!


角田訳では、その一番重要なエッセンスが出ていない。
文章がバラバラにされて、この部分の係り結び的関係が
断ち切られてしまっている。


もっとも、この私の感想は、お門違いなのかもしれない。
そもそも「池澤夏樹個人編集日本文学全集」というシリーズ
(源氏物語もこの全集のうちの一部)の趣旨を私が勘違いしているだけかもしれない。

古典をベースにして、それを現代文学に置き換える作業であり、
そこで古典をリファーすることは想定外なのかもしれない。


ただ、慣れ親しんだあの冒頭の言い回しが、
厚ぼったい内容になり、切り刻まれてしまったのが残念で仕方ない。

不鮮明な内容をそのまま残しておかないというのが基本スタンスのようだけど、
出てきたときによく理解できなかった言葉でも、
読むうちに徐々にわかっていくものだ。


英語の作品だって、知らない単語があったとしても、それが3度目に出てきたときには
自分の中で、霧の中をくぐりぬけた後みたいに意味がわかっているものだ。
いや、むしろ辞書を引かないからこそ、頭の中で最初は大雑把な訳をあてがい
だんだん意味が狭められていく、という過程を楽しむことができる。


日本語だって同じこと。
積み重ねられていった文章から、徐々に単語の意味やニュアンスをくみ取っていけばいい。

頭をまったく使いわずとも100%受動的に読める読み物に、
もはや古典の醍醐味はない。


2017.09.10 Sun | Private| 0 track backs,
ipad 鐘マークが消えない
昨夜から、ipadの中央に出る鐘マーク(音量を示すスピーカーの絵)が
出ては消え、出ては消え・・
を繰り返し、その間隔がどんどん狭まって、
しまいには鐘マークが点滅を続けるなどして
操作に支障が出るようになった。

というか、鐘マークが出ることの最大の支障は、
バッテリーが持たないこと。

電源を切ったのに、朝起きたら画面がついていて、
バッテリーが一晩で50%減だった。
結局夜中も鐘マークが出続けて画面がずっとONになっていたらしい。


こういう時は通常リセットをかけるとなおるはずなのに、
(homeボタン+スリープボタン同時押し→黒リンゴを出す)
それがさっぱり効果なし。

とりあえず外出先の応急措置として、
画面照度を一気に下げて、省エネモードへ。


あいにくauで購入したipadということで、
auショップではサポートなし。
そこで夜帰宅してからアップルのヘルプデスクに電話した。
21時までのところ20:45.
滑り込みセーフ。

設定 - プライバシー -解析 - (解析スタート)
でダメージの程度を確認し、
ハードの問題でなくソフトの問題、と限定されたので、
それを解消するにはまずバックアップを取ってから
初期化するべし、とのことだった。


まだやっていないのだけど、
電話を終えてふと見ると、状況がかなり改善しているではないか。
日中外出先で問題解消のため、あれこれ格闘しても一切だめだったのに。

何かしたか?といえば、帰宅後充電しただけ。

まだ時折鐘マークは出るものの
回数は激減。

初期化はめんどくさいので、
様子見、、とする。


結局この問題、リセットしてもだめなら
次の手は「充電」ということらしい。

それでもだめなら最後は初期化かな。


2017.09.10 Sun | Private| 0 track backs,
セレンディピティと「風の影」
こういうのがいわゆるセレンディピティなのかな?
なんて思いながら1冊の本を読み始めた。


この本、「風の影」のことを目にしたのは、FB上だった。
自転車サイトCyclingnewsの元記者で現在Cyclingtipsで書いている
シェーン・ストークスが超おススメ!と書いていた。

ロードレースのジャーナリストが自転車とはまったく無関係な、
童話的、と評した本を強く推奨していることがまず驚きだった。

本のことも、作者カルロス・ルイス サフォンのことも知らなかったけど、
結構な程度に世間ずれした人(会話したことがある)が勧める本が、
どうやらピュアな内容らしい と知って、興味が沸いた。

とはいえ、近頃同時に3冊ほどをつまみ読みするような混乱した読書態度なものだから、
その本のこともいつしか記憶から消えていった。


そして先日、図書館であるフランス文学の本を探していた時のこと。
その本はいつも図書館に入って左手の上の棚に収まっていたのに、
その時は、なぜか棚から消えていた。

衝撃だった。
あんな本を読むもの好きは私しかいない、と確信していただけに。
(その本は訳本にして全10巻ほどで普通の人は1巻で断念すると言われている)。

呆然愕然。
家で貸し出し状況を確認すべきだった。
でも、いつもいつも必ずあそこにあったのに・・・

無駄足を嘆きつつ、ふと30㎝ほど視線を動かしたとき、
視界に入ったのがこの「風の影」だったのだ。

そうだ、これを借りよう!


思いがけず、探していたものとは違うものに出会い、
それが結果的に出会うべくして出会ったかのように価値のあるものだった、、、
そんな状況がいわゆるセレンディピティserendipityという単語の意味だったかと思う。


原題は「La Sombra del Viento」。
まさに「風の影」、である。


読み始めたら、一気に引き込まれた。
不思議な感覚。

スペイン人作家というとどこか荒っぽくて重い文章を想像する。
けれどこの作品は、そんなイメージからは程遠い
いや対局にあるような、軽やかさ。

一陣の風が吹き抜けていくような透明感のある文章に
心をわしづかみにされた。

まだ途中なのだけど、作者はきっと「本」や「読書」が大好きな人物なのだろう。
少年と本との関りが、ファンタジーとイマジネーションをまじえつつ、
キラキラ輝く言葉でつづられている。


ああ、この本は是非原文で読んでみたい。
訳も素敵なのだけど、
気取りのないスペイン語を最大限に輝かせる魔法を
この作家は持っている、そんな気がするのだ。



2017.09.06 Wed | Private| 0 track backs,
バナナトースト
朝食用のパンは、レーズンやクルミがはいっているパン、あるいは
フレンチトースト、というパターンが多い私だが、
最近バナナトーストにはまっている。


パンにバター、ナッツ、ドライフルーツ、バナナを載せて
シナモンをかけて焼いたあと、
このは頂きもののBeeoticのちみつをたっぷりかける。
黒糖が入っているかのような濃厚さで、こってりと仕上がるのが気に入っている。


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2017.09.05 Tue | Private| 0 track backs,
「美しい夏の行方 イタリア、シチリア」辻邦生
辻邦生さんの「美しい夏の行方」を読んでいる。

美術にせよ音楽にせよ、美的なものに敏感で、
沸き上がる感動を、的確に極上の言葉で紡いでいく辻さんの
真骨頂とも言うべき作品だ。

スポレート、フィレンツェ、シチリアなどを再訪し、
若かりし頃、初訪問した時の記憶を辿ったり、
修復後の洗浄過多のヴィーナスの誕生(ボッティチェリ)を嘆きつつも、
美の殿堂イタリアに対する溢れんばかりの情熱を吐露していく。


その一方で、イタリアという風土への賛辞も忘れない。
カンポ(広場)で日長一日何もしない人々の姿に生への熱いパッショーネを感じ、
そうした熱気の渦の中に身を置くことで、
自身も思い切り生を謳歌していく。


美に打ち震え、生きているだけでも、祝福に値すること、とまで口にする辻さん。

辻さんの他の作品からも、美への耽溺傾向はうかがわれるけれど、
イタリア取材以降の書下ろし作品ということで、
その感情の波は増幅している。


ふと思った。
ある国に行って、芸術に触れて、ここまで耽美的なリアクションをする人は、
すでに絶滅危惧種になったのではあるまいか?

訪問前にネットで精密画像を見て、
町の情報を入手して、万全の態勢で旅に出る。

ああ、情報通りだったと確認する、それが旅のパターンとなっている。


もちろん目の前で実物を見ることは意義があり、感動もひとしおであるはずだけど、
未知の要素があるからこそ震えるほどの感動が促される。

辻さんが本書の中で、感動と興奮に包まれれば包まれるほど、
何か喪失感のようなものがじわじわと湧いてくるのだった。


2017.09.04 Mon | Books| 0 track backs,
泉鏡花展 @慶應義塾大学
泉鏡花展覧会に行ってきた。


慶應大学はこの幻想作家の関連資料を数多く有している。
慶應出身の作家がとりもつ縁で、
泉鏡花のご遺族から遺品の寄贈を受けたという。

戦争で焼けてしまったものもあるけれど、
手稿などは、図書館地下の倉庫に
福沢諭吉の関連資料とともに保管していたために難を免れた。


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美しい装丁の著書もいくつか展示されていて、
日本画家の鏑木清方も、装丁を手掛けたうちの一人なのだとか。
鏡花本のファンだったそうだ。

その他、小村雪岱の絵にも味がある。


展示室の一角には書斎の再現もあり、
目の前には、観音像を置いていた鏡花。

机の上にはお酒が入った入れ物。
飲むためではなく、清めのお酒で、
時折原稿に振りかけていたという。


それほどまでに魂を込めて執筆に取り組んだ事実に驚くと同時に、
現代でそれはないな、と思った。

真剣味がなくなったという意味ではない。
パソコンにお酒を振りかけたら、クラッシュしてしまう、
という意味に過ぎない。

2017.09.02 Sat | Books| 0 track backs,
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