日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
アレッツォにあるヴァザーリの家 <部屋のエピソード>
 アブラハムの部屋に隠された秘密


先のイタリア旅行では、アレッツォに2泊し、
芸術家列伝の著書で知られるジョルジョ・ヴァザーリの家を訪れた。

この家がなかなか見どころ満載で個人的に気に入った。

ヴァザーリの著書は、全てが正確に記されているわけではないものの、
今でもルネサンス期のそうそうたる芸術家たちの歴史的手がかりとして貴重な役割を果たしている。

そんな彼は画家でもあった。
日本では西洋美術館に「ゲッセマネの祈り」が所蔵されているものの、
作品を日本で目にする機会は少ない。
フィレンツェあたりの教会では、結構何気に作品が掛かっていたりするのだけれど。

人物画は細長いわけではないものの、どことなく奇妙さが漂いマニエリスムの作風で、
個人的に好み、、とは言い難い。
やはり著者としての彼の方がすごい、という感じ。


そんな彼が住んだ家は、フィレンツェから列車で1時間ほどのアレッツォにある。

彼の思いがいっぱいつまった、愛情に溢れた館だ。
自身で描いた絵画のみならず、他の作家たちの絵や彫刻で埋め尽くされている。


そんな中、アブラハムの部屋は、婚姻の部屋と言う位置づけで、
多産を祈る寓意に満ちている。


部屋の着工は1549年5月9日。
天井画は自分で手掛け、古典的手法テンペラを使用して描かれた。

そのために今も発色がよく、また、明色を使いつつ
遠近を際立たせている。

テーマは旧約聖書からで、中央円形部分は、アブラハムの子供を神が祝福している図。


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四方の女性もはやり旧約聖書から取られ、
家族への幸福祈願を意味しているという。


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当時彼は独身だったが、将来の結婚に対する夢と子孫・家族の繁栄を祈願した。

2年後、彼は14歳の(!)ニッコローザ・バッチと結婚。
アレッツォの裕福な家柄の子女だそう。


しかし残念ながら、2人が子供を授かることはなかった。
彼の子孫繁栄の想いだけが、今もこうして残っている。


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2015.11.30 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
「HIBIYA AKARI TERRACE 2015(ヒビヤアカリテラス2015)」 <感想>
日比谷公園で開催された「HIBIYA AKARI TERRACE 2015(ヒビヤアカリテラス2015)」を見てきた。
開催は11月26日(木)~27日(金)の2日間だけ。

去年も開催されたけれど、期間が短くて逃した。

今年は出先から日比谷までちょっと迂回して、20時台にギリギリセーフで拝見。
わざわざ遠方から見に行くほどではないけれど、
ちょっとだけ足を伸ばして色とりどりの焔の揺らめきを眺めるのは悪くない。

カラフルな噴水は、間をおいて湧き上がるらしい。
到着してすぐ噴水はストップ。

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次に湧き出るまで待つことに。
その間、噴水周辺を歩いてみると、様々なイラストになっていた。

やがて噴水リスタート。

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写真では切れているけれど、
HIBIYA AKARI TERRACE 日比谷アカリテラス、という文字も。

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キャンドルで女の子をつくるという技。

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込み入った図柄は、真横からではもちろんよくわからず、
上からのぞき込むようにすると分かる。
あ、男の子と女の子だ。

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家の柄も。

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火が消えるキャンドルが現れるので、そのたびに係の人たちが火をつけていくのだけど、
その見つける眼がすごい。
すぐそばに立っているこちらが消火に気づかぬまま佇んでいると
どこからともなくさっと小走りにやってきて、火を点灯しなおすのだ。

その俊敏さや見事なもの。
この大量のキャンドルから、わずかに一つ火が消えたものを見つけるなんて
かなりの目利きだ。


日比谷アカリテラス、今年は終了、
また来年!

http://park.tachikawaonline.jp/news/festival/16138/
2015.11.29 Sun | 国内探索| 0 track backs,
フィギュアNHK杯表彰式で手渡された青いバラの秘密
土曜日、最初の講義は、サントリーで青いバラの開発に成功した
研究者の方が話者だった。

開発のご苦労をひとしきり語った後、
「今日のフィギュアNHK杯表彰式で渡されるバラが
その苦労の結晶です。
表彰式にも注目してください」
とのことだった。

青いバラをつくるのがなぜ難しいのか?
青色の色素(デルフィニジン)がバラには存在しないから
自然に任せている限り、不可能なのだそう。

バラに青色遺伝子を入れるだけでは青くはならなかったそうで、
相性がある、ということを突き止めるまで時間がかかった。

遺伝子操作で試行錯誤失敗を繰り返しつつ、苦節20年で
やっと達成した賜物だったそう。

美しい青紫の花がテレビ中継でもアップになり、
サントリー社の方たち、喜んでおられることだろう。

ちなみにこの青い花につけられた名前はアプローズ(喝采)。
花言葉は、「夢は叶う」だそうだ。

表彰台では、世界初の300点越えを達成した羽生結弦選手の雄姿と
この努力の末やっと実現した青いバラをTV画面越しにじっくり拝見した。

ともに夢がかなった輝かしい姿をしていた。
2015.11.28 Sat | Society| 0 track backs,
KITTEのクリスマス ライトアップ
夜の東京駅、
キッテのアトリウムには、恒例の巨大クリスマスツリー。

30分おきにライトアップショーがある。
丁度始まったばかりで、二階から見物。

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地味だけど、季節感の薄いエリアに住んでいるので、
(周囲に樹々が少ない)
季節を感じる機会はできるだけ捉えたい。

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今年は色合いが綺麗。

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Kitteでは、クリスマスメッセージの企画もあるらしい。

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詳細は:
http://jptower-kitte.jp/white-kitte2015/index.html



2015.11.28 Sat | 国内探索| 0 track backs,
映画「ミケランジェロプロジェクト」 <感想>と<トリビア>
 「ミケランジェロプロジェクト」 の真実と創作
(後半****以降、ストーリーの一部ネタバレ少しあり)


先週末、映画「ミケランジェロプロジェクト」を見てきた。

第二次世界大戦中、ナチの手により、各国の至宝ともいえる美術品が次々と掠奪されていった。
本映画は、それを奪回すべく立ち上がった「モニュメンツ・メン」の物語。

実話をベースに構成されてはいるものの、アメリカ軍のヒーローぶりにスポットライトを当てており、
確かに変形や誇張もある。

流れもスムーズというわけではなく、サマになるシーンのツギハギも気になった。

評判もまちまちのようだが、実際に多くの絵画が彼らの働きによって救われた証拠写真も残っており、
戦争という生きるか死ぬかの場面で命を賭して美術品保護に奔走した人々の生きざまには
とにかく脱帽だ。

事実とフィクションの折り合いの付け方はともかく、
悲惨な状況で奮闘した人たちの努力を見出した、という点において、
見に行ってよかった、と感じられる作品だった。


鑑賞後、史実と映画の相違をあれこれチェックしてみた。
そんな中、映画以上に事実の方がすごかった、という点も発見。

これはすごいことだ、、、という想いが募った。


以下、事実との相違点や映画で描かれなかった驚きの事実をピックアップ:


*****


1) 印象派美術館(ジュ・ド・ポーム)の職員が美術品の行先を隠密に目録として残していた。 
=> 本当、そして事実はもっとすごい


ケイト・ブランシェット演じるクレールが、ナチの秘書として占領された美術館に残り、
略奪品の行方を目録として内緒で残していたのは事実なのだけど、
その目録の作成手法が映画では描かれていなかった。

実際は、ゴミ箱の中から、ナチが残した送付状のカーボンコピーを判読して
作品と行先をノートに記したり、或いは
輸送ドライバーを手名付けて、配送先をスパイしたりしていたそうだ。

また、ナチは知らなかったが、彼女はドイツ語ができたので
盗み聞きもできたという。

ノイシュバンシュタイン城に運ばれた美術品の発見など、
彼女の貢献度は大きい。

ちなみに、美術館を占拠したナチに使われ続けたのは
彼女の地味な風貌が役立ったということだ。

ほかの職員は信頼が得られず全員解雇されたが、
彼女はしくしくと服従しそうに見えたため、最後まで居残ることができた。



2) 鉱山発見は、歯医者がキッカケ => 事実

ただし、食事に行った歯医者の義理の息子の台所に盗品絵画が掛かっていた
というのは事実とは異なり、実際はパリ風景写真が掛かっていた。


3) モニュメンツ・メンは軍隊訓練を受けた => 事実

驚きだ。歴史家や美術史家、建築家らが実際に訓練を受けたそうで、
やはりこれは体を張った闘いだった。


4) クレール(美術館職員)は、マット・デイモン演じるジェームズに目録の存在をすぐに明かさなかった。
=> 事実。


信頼できる人とできない人の見分けができず、慎重になったためだという。


5) 映画のように実際モニュメンツ・メンたちはグループで行動したのか?
=> NO。


グループ活動ではなかった。


6) ヒットラーは、形勢不利となったら美術品を破壊せよと実際命令したのか?
=> YES。


ただし命令に従わなかったドイツ兵の存在もあったという。


その他、人物表現は事実と異なる点が多々あり、
2人のメンバーが亡くなった場面の描き方は事実と異なっている。
(但しメンバーの中に亡くなった人がいるのは事実)。

遺族の中には、風貌がまるで違うことに抵抗感を示す人もいると言う。


最後に<トリビア>

最後の場面。
仲間が果てた場所を訪れる30年後の主人公を演じたのは、主役ジョージ・クルーニーの実の父
ニック・クルーニーなのだった。



上記は、以下のサイトを参照。実在人物と映画の人物の対応写真もある。
http://www.historyvshollywood.com/reelfaces/monuments-men.php

映画「ミケランジェロプロジェクト
http://miche-project.com/



2015.11.27 Fri | Art| 0 track backs,
ミッドタウン、イルミネーション 2015
◆ 過去のイルミネーションと比較してみる(2008、2012、2014年)


クリスマス時期には大混雑するミッドタウンのイルミネーション。
例年11月中に見物は済ませるようにしている。
一度クリスマスの頃に行って待ち時間に辟易したのだ。

今年はすでに11月12日からスタートしており、
11月中は、行けば一発で見られるし、通行制限は一切なし。

早割り、つまり早目に見に行くのが断然お得。

さっそく先日(精密検査で問題なしが判明した日の夜)、見に行ってきた。


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テーマは惑星?

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色合い的には青と緑が中心でやや地味だけど、
例年通り安定感がある内容。

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今年の提供は?と見てみると

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東芝だった。

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ミッドタウン館内にあるこの広告とリンクしているのだろう。
つまり、東芝のLEDを大々的にPRする作戦。

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今東芝は大変そうだけれど、この企画はいつ頃成立したのだろう。
不正会計が発覚する前なのだろうと推測。

東芝は、この華やかさとは裏腹な台所事情になってしまった気もするけれど
発想を転換すれば、このLEDなどを軸にまた頑張れる、、、
そんな希望の光のようにも見える。


さてこのイルミネーション、エミレーツが提供した2012年を基本的に踏襲している。
=> 2012年のミッドタウン イルミネーション

去年はわりと平面な感じだった。
=> 2014年のミッドタウン イルミネーション

2008年には、現在の芝生広場エリアでのイルミネーションのみならず、
ガレリア付近には、こんな電飾ツリーが設置されていた。
=> 2008年のミッドタウン イルミネーション


今年は11/12から12/25まで。
クリスマスはイモ洗い状態必至。


http://www.tokyo-midtown.com/jp/xmas/2015/

2015.11.26 Thu | 国内探索| 0 track backs,
精密検査x3 終了
10月初旬、嫌な感じの腹痛に襲われた。
痛みは2時間続き、最後のとどめともいえる激痛が走ったとき、
目の前が暗くなった。

ある懸念が広がり、翌日速攻で病院へ。

後日、ガン検診の結果を聞きに行った。
結果書類をチラリと見た医師がソワソワし始める。
その書類を後回しにして、
下にあった問題ない方の結果を先に長々としゃべっている。
でも、次の結果をなかなか言おうとしない。

嫌な予感。緊張Max。
「あの、あっちの結果の方は悪かったんでしょうか?」
思わず聞いた。

頷く医師。
こちらの目を見ない。
終始表情が暗いのが気になった。


翌日はさいたまクリテ開催日。
急きょ行くのを辞めた。
とてもそんな気にはなれない。
すっかりディプレッション。

けれど当日、思い直した。
落ち込み過ぎて、気分転換の必要を感じたから。
でも、行って後悔。
嫌な痛みと兆候がぶり返し、体調不良という思いがけない展開へ。


それから畳み掛けるようにCTその他検査が続く。

長年弱点と言われる部位があって、
病院通いも、これまでたびたびあったので、
ある病気を確信。遂に運も尽き果てたか・・・。


直接的な酷い痛みと悪い兆候があっただけに最悪を想定した。
先のことは考えられない、命と向き合う日々だった。

そして昨日。
最終的に、精密検査で「問題なし」、と。
ずっと緊張していたらしい。どっと疲れた。


よかった~、ホッとしつつ、病院から8分ほど歩いたところにあるビストロへ。
朝食が余り喉を通らなかったので、
美味しいものをたっぷり食べて、祝杯の代わりとする。

けれど午後、腹痛が始まり、しばし苦しむハメに。
予想外のオチだった(トホホ)。

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2015.11.25 Wed | Private| 0 track backs,
スパゲティの店・KURA(渋谷、中目黒、祐天寺、五反田、四日市)
 自慢の生パスタで固定層を獲得


渋谷、中目黒、祐天寺、五反田、四日市で展開するスパゲティの店・KURA。

一号店オープン以来20年弱続く老舗。

先輩がファミリーでよく訪れるといい、売りの生パスタの評判もよいのだけれど、
外見の派手さはなく、訪れる機会がなかった。
このほど日曜日ランチに初訪問。

週末、平日関係なく同じメニューなのだ。
ランチタイムには、300円プラスでサラダ+パン+コーヒーがつくセットがある。
(或いはパンなしでプラス250円)。

セットのサラダは小ぶり。

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魚介のパスタは具がたっぷり。
スモークサーモンまで入っていて、食べ応えあり。

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ツーレはチキンとキノコ・半熟卵のスープパスタ。
ダシがおいしい!

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それとアツアツのパンと、コーヒー。

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パスタの種類も多い。
なにより、このモチモチパスタ。
これは病みつきになる。

中目黒のちょっと目につきにくい場所でスタートした割に
店舗が増殖している、そのワケも納得だ。

イタリア料理とパスタのイタリアンレストランKURA :
http://www.kura-jp.com/
2015.11.24 Tue | Gourmet| 0 track backs,
狩野一信の五百羅漢図展 / 増上寺 宝物展示室 その2 <感想>
絵師・狩野一信がプロデュースした 壮大な羅漢の物語


狩野一信の五百羅漢図展 その1
に引き続き、今回は具体的な感想など。


五百羅漢図展<前期>は、第21幅から第40幅の展示となり、
生前罪を犯した人たちの六道=天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄の世界
が描かれている。


畜生道に堕ちた人間たちを描く「六道 畜生」の中の鳥や動物は、
そこだけ切り取って狩野派の花鳥風月の屏風として、成立しそうだ。

*写真はブロガーナイトの折りに許可を得て撮影しています。

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羅漢のお腹から現れる如来像や、
口から飛び出る三尊仏を目の当たりにして、
敬服・驚嘆する猿たちの表情も豊か。


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近づいて見てみると、
羅漢の胸毛、手や腕の静脈、筋肉のシワなども繊細で、
波打つ衣の襞、文様にも神経が行き届いている。

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羅漢は西洋の聖人を彷彿とさせる光輪をもち、
場面に応じて怒りや慈悲の表情を浮かべ、
1幅ごとの構図・ストーリーは、
一信が想像力の翼を羽ばたかせて描いたという。

その労力たるや計り知れない。
なにしろ100幅だ。

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表情、佇まい・衣服をひとりずつ描き分け、
この目力、みなぎる生命力。

こちらは第23幅、地獄を見下ろす羅漢たち。

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第25-26幅のテーマは「六道 鬼趣」。
強欲で嫉妬深い人が落ちる餓鬼道で、
人間の「業の深さ」「浅ましさ」が全開だ。

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羅漢から施された食物を奪い争う者たち、
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自らの子供を食せんとする鬼母。

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けれど残る第31-40幅については、
羅漢の描き方がこじんまりとして、目力も失せる。

羅漢たちの様子も、どこか日和見主義的だ。
第21-30幅に見られたダイナミズムは影を潜める。


本展及び森美術館の羅漢展に携わっておられる広瀬麻美さん(後述)のお話によると、
第31-40幅は、弟子の一純が描いた可能性が高いそうだ。
つまり100幅全て一人で描いた訳ではなかった。


4年前に江戸博で100幅を見たとき、
最後の方の絵から生気が失せているのに気が付いた。
病に冒された一信の筆の衰え、と捉えていたのだが
どうやら、弟子の代理筆が増えたためらしい。


なるほど、これで謎が解けた。
後半の10~20幅は確かにこじんまりとして勢いがないと感じたのだが、
その変化がリニア=直線的でないのが気になっていた。

後半は一様に繊細さが失せはするものの、
絵のパワーが日に日に衰えの一途をたどるわけではなく、
まったく覇気のない羅漢の絵の後に、
少し生気を取り戻した羅漢があったりする。

絵力に、行きつ戻りつのムラがある、と感じたのだ。

一信の健康が乱高下したのではなく、
弟子の力量の違い、
或いは、均質な画風を確立していない一純以外の不慣れな弟子の作、
と見た方がよさそうだ。


一信の真筆と太鼓判を押された第21-30幅のうち、
たとえば地獄篇は、このド迫力。
おどろおどろしいばかりの烈風・火焔の猛威。

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かと思えば、氷が張る寒地獄も。

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これに比べると、主題が違うので純粋な比較は不可とはいえ、
一純筆と見られる第31-40幅のうち、第36幅「六道 人」などは、
至ってこじんまりした印象だ。

ただ、描かれた橋などに表情があって -

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橋ごとの描き分けもあり、

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空気遠近法とでもいうべき、うっすら霞む遠景、
水墨画を想起させる岩の表現などを見ると、
この一純という人は背景専門絵師として歩んできた人だったのでは、
などと思った。

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同時に、第37-40幅「六道 天」を浮遊する天女が優美でイキイキしていて、


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好色系の人だったのかしら、などと思ったり。


実際、天女とアイコンタクトをかわす羅漢や
食い入るように天女たちを眺める羅漢たちは、
本当に愉しそう。


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今回参加させて頂いたブロガーナイトは、
スライドトーク付きだった。

担当されたのは、
浅野研究所の広瀬麻美さん(森美術館シニアコンサルタント)。
一目見て、ああ懐かしい・・と思わずひとりごちた。

白隠展でも心弾むトークがとても印象的だった。
古美術愛に溢れる語り口は、この日も健在。

聞き上手のTakさん(「青い日記帳」主宰)との掛け合いもスムーズで、
丹念に施された裏彩色の話や、
日本各地の羅漢寺の旅トークも興味深かった。



人間の弱さを容赦なく暴き、
人生の機微や悲哀を漂わせつつ
ユーモアも散りばめ、
壮大なストーリーが展開する五百羅漢図。

美味しいところがじっくり見られて、
後期も楽しみです。
(徳川家康公 薨去四百年記念の年ということで、
年明けに墓所拝観とセットにして伺うつもり。)





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【展覧会名】 : 狩野一信の五百羅漢図展
【展示会場】: 増上寺宝物展示室
【本展公式サイト】: http://www.zojoji.or.jp/takara/event/
【会 期】: 前期:2015年10月7日(水)~12月27日(日)| 第21幅~第40幅展示
: 後期:2016年1月1日(金)~3月13日(日)| 第41幅~第60幅展示
【住 所】: 東京都港区芝公園4-7-35
【休館日】: 2015年12月28日(月)~12月31日(木)、祝日以外の火曜日
【開館時間】: 10:00~16:00(最終入場15:45)
【夜間開館】: 金曜日は9:30~21:00 (入室は閉室の30分前まで)
【入場料】: 一般700円(税込)/ ※徳川将軍家墓所拝観共通券1,000円


※ 墓所拝観単独は500円なので、これはお得!
2015.11.23 Mon | Art| 0 track backs,
狩野一信の五百羅漢図展 / 増上寺 宝物展示室 その1 <見どころ>
◆ 五百羅漢図展は、家康公薨去四百年と狩野一信生誕二百年の金字塔的展覧会


増上寺・本堂地下1階に今年の4月開館した宝物展示室で、
「狩野一信の五百羅漢図展」が開催されている。
来年にまたがった展覧会なのだけれど、来年、つまり2016年は奇しくも -

1) 徳川家康公 薨去四百年(1616年没)、
2) 絵師・狩野一信 生誕二百年(1815年誕生)に当たる。

まさに2016年の金字塔的な展覧会。そしてー
徳川将軍家の菩提寺であり、狩野一信の五百羅漢図全100幅を所蔵する増上寺
ならではの企画と言える。

ちなみに、同宝物展示室では、来年3月に葵の御紋展が予定されている。
もちろん、上記1)を意識した企画なのだろう。


まず初めに、五百羅漢図とは、釈迦の弟子・羅漢信仰として制作された図で、
計10人の羅漢を配した2幅でひとつの対を成し
(1幅に5人ずつ、或いは1幅に4人・対となるもう1幅に6人)、
全100幅、計500人の羅漢が描かれている。


2011年に江戸東京博物館で全100幅の展覧会があり、足を運んで圧倒された。

狩野一信は96幅まで描いて帰らぬ人となり、あとの4幅は弟子が仕上げたという。

それを念頭に見たせいか、体調がすぐれないことが後半失速する筆の勢いからうかがわれ、
命を削って描いたことがひしひしと感じられた。
(*しかし後半の作は弟子が主に描いたともいわれ、それが失速の主要因なのだと後で知る。)

一方で、脂がのっていた中盤の羅漢図の見事さは圧巻だった。

私が地獄絵のダイナミックさに目覚めたのは、この時見た<六道 地獄>図がキッカケだったかと思う。

その後、春日権現験記や、システィーナ礼拝堂その他の「最後の審判」を鑑賞した折りには、
真っ先に煉獄図に飛びつく自分がいた。


今回増上寺での展覧会は、その充実の筆が堪能できる第21幅~第40幅の展示となっている。
(後期に展示替え・本エントリー下部参照。)


なお、現在村上隆の五百羅漢図展が森美術館で開催されており、
200年の時を経た新旧羅漢図が堪能できる。


今年、これほど五百羅漢が取沙汰されるとはつゆ知らず、
実は今年のお正月、目黒の五百羅漢寺にお参りしてきたこの私。
なんたる巡り合わせだろう。

五百羅漢寺の存在を知ったのは2014年のお正月。
不動尊参りの途中で通りかかり、気に留めたものの、その時は参拝はせず。

今年のお正月、再び前を通りかかり、「本日の拝観料は無料です」の看板に背中を押され(!?)
拝観することにしたのだった。

羅漢像(こちらのお寺の羅漢様は、図ではなく像)は撮影禁止なので写真はないけれど、
仏像が写り込まなければ撮影はOKの由、外の風景写真は撮って来た。


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さて、そんな因縁を感じつつ、
このほど増上寺宝物展示室 五百羅漢図展で開催されたブロガー内覧会に伺い、
4年ぶりに羅漢様たちと対面を果たした。

(<感想>に続く)


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【展覧会名】 : 狩野一信の五百羅漢図展
【展示会場】: 増上寺宝物展示室
【本展公式サイト】: http://www.zojoji.or.jp/takara/event/
【会 期】: 前期:2015年10月7日(水)~12月27日(日)| 第21幅~第40幅展示
: 後期:2016年1月1日(金)~3月13日(日)| 第41幅~第60幅展示
【住 所】: 東京都港区芝公園4-7-35
【休館日】: 2015年12月28日(月)~12月31日(木)、祝日以外の火曜日
【開館時間】: 10:00~16:00(最終入場15:45)
【夜間開館】: 金曜日は9:30~21:00 (入室は閉室の30分前まで)
【入場料】: 一般700円(税込)/ ※徳川将軍家墓所拝観共通券1,000円


※ 墓所拝観単独は500円なので、これはお得!
2015.11.22 Sun | Art| 0 track backs,
乾門通り抜け 2015 秋 <混雑予想>
追記) 2015年秋乾門通り抜けに行ってきた。
最新情報はこちら --> 2015年秋乾門通り抜け最新情報

=====

2014年限定と言われた皇居乾通り一般公開が、2015年秋以降、例年開催の運びとなった。
(但し、平成28年秋季及び平成29年春季を除く。)
詳細は、宮内庁サイトへ

今年秋の通り抜けは、12月5日(土)から12月9日(水)までの5日間。

去年の混雑状況を見ると、雨の寒い平日の次に空いていたのが、初日だった。
ただし、去年の場合、初日は平日だったけれど、今年は休日なので、初日から混雑するだろう。
ちなみに、入場者数の少ない日は一番多かった日の2分の一の人数だったので、待ち時間にかなり差が出た。
去年の混雑状況=来訪者人数集計表へ。


そして、去年の秋の通り抜け風景はこちら ;
去年の秋の通り抜け風景

以下のエントリーで詳しく触れたけれど、初回2014年春の一般公開のときより手荷物検査が改善されたため、
2014年秋は、かなり待ち時間が改善された。
それでも、午前中の場合、スムーズに行って待ち時間45分だった。

==> 待ち時間詳細

2015.11.21 Sat | 国内探索| 0 track backs,
お勧め映画 : 「エール」
フランス映画 「エール」は、今年見た映画の中で、すっかり気に入った作品のひとつ。

なにより、主演女優、ルアンヌ・エメラの透き通る歌声がステキ。

歌のオーディション番組でスカウトされ、
主役を探していた映画監督の目に留まったそうだ。

クライマックスでは結構泣いてしまった。

フィナーレは、ヤボな演出なしで、ミニマルな描き方。
それも好感が持てる。

クレジットが出るときに浮かび上がる最後の最後のエンディングも、
さらりとしていて爽やかだ。

家族は耳が聞こえないという設定のため、
音と音のない世界へも意識が向けられる。

台所でフライパンやお皿がぶつかりあう音、
そしてコーラス発表会で・・・

冒頭チラリと見えた道路標識を見る限り、舞台はブルターニュ地方のレンヌ近郊のようだ。

遥かに続くなだらかな草原地帯、
石造りの家、
自然の恵みたっぷりな背景の中、自転車で坂道をすっ飛ばすシーンも胸に響く。


現在まだ上映中。

トレイラー:
http://air-cinema.net/
2015.11.20 Fri | Society| 0 track backs,
エールフランスのマイレージをショッピングに使う
エールフランス(AF)のマイレージで、このほど商品と引き換えてみた。

マイレージの期限は来年1月。
昨今のパリでの忌々しき状況を考え、暫くは欧州旅行の気分でもない。
失効必至と思われたからだ。

とはいえ、エールフランスの商品はラインアップが乏しく、
余り美味しくない。
しかも、航空券引き換え画面はすぐ出るのに、ショッピングとなると、サイトを見つけるのが結構大変。

このまま失効してしまってもいいかと思ったのだが、
これまで、欧州2往復十分できるだけのマイレージを2度にわたり期限切れにしてしまった。(*)
あれだけAFを使用しながら、マイレージ旅行をしたのは、今年6月を含め、たった2回だけだ。
悔しいので、今回はしっかり何かと引き換えることに。


URLは苦労してやっと見つけた。
https://www.flyingblue.com/spend-miles.htmlから
Visit our Flying Blue Store へ行き、(これが見つけにくい!)
http://store.flyingblue.com/
で、品物を選ぶ。


まず注意点。
エアフラは、基本的にフランスや欧州国内への郵送分はラインアップも豊富。
しかし宛先に「日本」と入れた途端、一気にチョイスが激減する。

私の場合、配送先は、以前「日本」に登録済みなので、上に日本と出ている。
日本になっているかどうか要チェック。
実際の配送先でない国を選んでも、いざ郵送画面に行くと、跳ねられる。

私は6月にマイレージでイタリア行航空券と交換している。
行きがプレミアムエコノミー、帰りはエコノミーで、結構マイレージを使ったので、
残りは3万マイルちょっと。

まあ欲しいものはなかったが、ロクシタンのボディクリームセットを選んだ。
残りのマイレージは30ぐらい。
ピッタリの買い物ではあった。


結論としては、マイレージを商品交換で使う場合、
日系航空会社の方が断然お得。
これは間違いない。


(*)AFのマイレージは1年半ですべて失効するので、その間に有料航空券で旅行するのがやっと。
マイレージを使った旅行をもうひとつその間に入れるのはなかなか難しく、
せっかく入れたのに風邪で断念したこともある。
そのときはノーマルマイレージだったのでキャンセル代を払ってマイレージは戻すことができた。
しかしその後、新たな旅行計画を立てられぬまま、マイレージ180000が泡と消えた。

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2015.11.19 Thu | Society| 0 track backs,
 「青児とパリの美術 東郷青児のコレクションより」 損保ジャパン日本興亜美術館 は今週末から
損保ジャパン日本興亜美術館は、枕詞に「東郷青児記念」という言葉がつく。

このことからもうかがわれるとおり、さらに同館のHPに書かれている通り、同館は画家・東郷青児にゆかりがある。

合併前の安田火災が美術館を構想した折りに、
「東郷青児からコレクションを提供する申し出を受け、画伯の自作を主に展示する方針で開館」したそうだ、

そんな本美術館の源泉ともなった東郷青児氏の作品を中心とした展覧会が、
今週末11月21日から開催される。


今年都美で開催された 「伝説の洋画家たち二科100年展」にも
東郷青児の「ピエロ」、「超現実派の散歩」、「パラソルさせる女」が展示されていた。
(前者2点が同館の所蔵品)。
その際の学芸員の方の説明では、同氏は二科展の申し子である、といった話が聞かれた。

観覧待ちの行列に並ぶ人々に二科展と書かれた日傘を配った、などというエピソードも。
戦後の二科展引っ張った中心であり、 興行的な先見の明をもつ人物だったようだ。

そんな時代の寵児・東郷青児氏の作品を中心とした展覧会。
未見の作品もあれこれありそうだ。


*******

展覧会名 : 「青児とパリの美術 東郷青児のコレクションより」
場所 : 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
会期 : 2015年11月21日(土)~12月23日(水)
休 館 日 : 月曜日(ただし11月23日は開館、翌24日も開館)
会場 : 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
住所 : 〒160-8338新宿区西新宿1-26-1損保ジャパン日本興亜本社ビル42階
開館時間 : 午前10時-午後6時(入館は閉館30分前まで)
公式サイト : http://www.sjnk-museum.org/program/3323.html

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2015.11.18 Wed | Art| 0 track backs,
銀座・壁画の正体
銀座のど真ん中、中央通り沿いの壁面に、
メルヘンな女子を発見。

踏み台に上り、店内をのぞいている・・・
でもなんかヘン。

IMG_7727.jpg


誰が塗ったのだか、れっきとした壁画だった。

都内だと、日比谷駅、都営線から千代田・日比谷線に向かう構内に
ヨーロッパ風の風景が描かれているし、
駒沢通恵比寿寄りのビルに、お侍さん風壁画を見た覚えはあるけれど、
銀座でこの手を見たのは初めてかもしれない。


この仕掛け人は?

と思って近づくと・・・

IMG_7728a.jpg


・・・Washington Ginzaと書かれている。
そして彼女がのぞいていたのは お菓子屋さんなどではなく、靴屋の店内、という設定。

そう、こちらのビルは靴のワシントン銀座が入っているビルなのだった。

ビルの側面に描かれているので気づかず通りすぎることもあるだろう、
そのぐらい控えめなペインティング。
心憎い演出だ。

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2015.11.18 Wed | Society| 0 track backs,
フランスの同時多発テロに同情を寄せる声に非難の声?
今回のフランスでの事件で、SNS上ではさまざまな意見が飛び交っている。
十人十色、当たり前だけれど、最近力を増しているのが -

「世界中見渡せば、もっと残虐な殺傷が起こっている地域はザラにある。
なぜフランスの事件だけに、同情の声を寄せるのか?」というもの。
(ただしそういう声をあげる人がみな、常日頃それら地域の惨状に目を向けているとは限らない。)


私はフランス2のニュースをたまに見ることがあり、
中東の騒乱は、大ごとだな、と実感していた。
だから、世界的に見ると、フランスの一件は、多くのむごたらしい事件の中の矮小な一部に過ぎない、
というのもわからないではない。

けれど、私はフランスの無差別事件に対し、大きな同情の声を寄せずにいられない。


たとえば、


衛星管理の悪い国・地域の屋台で200人の食中毒を出した事件と、
フランスの有名レストランで50人の食中毒が出た事件を目にした時、
後者の方に驚きの声を寄せる人の方が多いのでは?

それは、どちらかの国に優劣をつけているからではなく、
想像を超えるかどうかの問題だと思う。


あるいは、普段馴染みのない国で起こった殺りくと、
パリで起こった120人超のテロ事件を見聞きしたときー

自分が行ったことのある場所、見慣れた光景の場所で起こった事件の方が具体的イメージを伴うだけに、
より身につまされる、それは、世界観は別にして、個人の感想としては自然な感覚なのではないだろうか。

しかもフランスは日本とともにG7に入っている緊密国でもあり、
これは他人事ではないという危機感をより伴うものだ。


大局的に、人類すべての平和を祈る、そういう気持ちはあっても、
個人的に、より身近なものに、私情をはさむ、
そういうごく自然な流れは、非難の対象となるのだろうか?


フランスに対し弔意を表す人を批判する代わりに、そして
個人の感情を、他人がどうこう干渉する代わりに -

これを機に、他の地域で起こっている惨状を広く知らしめる、
そういうマイルドな対応をしてはいかがだろう。

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2015.11.17 Tue | Society| 0 track backs,
ブリオッシュドーレ 秋葉原にオープン
パリの街角で、よく目につくベーカリー”Brioche Dorée ブリオッシュドーレ”が、
ヨドバシAkiba店の1Fに、11/20(金)オープンするそうだ。

このお店、パリにおける位置づけとしては、
ル・パン・コティディアン(オペラシティ、芝公園に出店)よりもカジュアルで庶民派の店だ。

客層も、ル・パン・コティディアンはお洒落な人々が集うイメージで、
かたや ブリオッシュドーレはファミリーとかが わいわい集っている。

多くの店が閉まる中、日曜日に開いているのでちょっと小腹満たしで1度利用した。
便利さとお手軽価格で広がっている店と見た。

多分、日本では、雰囲気としてはヴィドフランスみたいな感じで展開するのかもしれない。

すでに大手町店・天神ソラリアステージ店があり、秋葉原だけでなく、
神奈川県にもラスカ茅ヶ崎店、小田原トザンイースト店など続々出店予定。

カフェ・ヴェローチェ、ヴィ・ド・フランスのように、ちょっと小腹が空いたなー
といった時に便利なお店になる予感。

http://www.briochedoree.jp/
2015.11.16 Mon | Gourmet| 0 track backs,
「源氏物語」講座の中で指摘された、NHK連続テレビ小説「あさが来た」の時代考証
土曜日の教養講座は、200年続く京都の染物屋のご主人を講師に招いた「源氏物語」だった。

源氏に登場する衣装の描写、それに対する男衆たちの視線・値踏みなどから
季節感を衣服に取り入れることの重要さが浮かびあがる。

それらを現代において再現するうちに、親方は、平安期の染物技術の高さに舌を巻いたという。
決して現代では真似できない、高度な技術なのだそう。

保存次第では信じられない耐久性(色が退色しない)を持つといい、
現在、当時使われていた植物染めに精を出しておられる。

お話の中では、
朝の連続テレビ小説「あさが来た」に登場した着物が時代考証を欠いていた、というこぼれ話も登場した。

番組初期では幕末の設定なのに当時まだ登場していなかった化学繊維の着物を着ていた、というのだ。

さすが、ドラマも染物屋の目で見ておられる様子だ。

東大寺のお水取りでは、50年間十一面観音周囲に撒かれる紙製の椿の染めを
引き受けているというお家柄。


「源氏物語」の引用をしつつ、その極上の描写を堪能した。
四季を彩る衣の様子が、確かに繊細に描かれている。

一部の人にとって、この書がいまだにお手本となり、切磋琢磨の源となっている様子に感じ入った。
2015.11.15 Sun | Society| 0 track backs,
『プラド美術館展』 三菱一号館美術館 <感想>と<見どころ>
■ 『青い日記帳×「プラド美術館展」“ブロガー・特別内覧会”』 にて


三菱一号館美術館で開催中の 『プラド美術館展 ―スペイン宮廷 美への情熱』には大きな特色がある。

監修者のマヌエラ・B・メナ・マルケース氏が講演会でおっしゃっていた通り、主役は小作品たち。
工房制作でなく、画家本人の手による確率が高く、品質が保証されているのだそう。

プラド美術館はかつて1度訪れたことがあるけれど、今回来日した作品、見た記憶がないものばかり。
大作に埋もれてしまいがちと思われる。

そうした事前情報をもとに、計2回(2度目は上掲内覧会で)鑑賞した感想としては、ー


1)小型の絵の魅力を実感

サイズによる絵の質を、確かに実感した。
多くが極細の筆で、実に精緻に描かれている。
(中には、7.28×5.32 cm という破格の小作品も。)
繊細な筆遣いは、すなわち画家の細やかな心遣いを表しているかのようで、
ハートを感じる展覧会だった。


2)普段馴染みのないスペイン画家を発掘

乾いた空気、むきだしの大地。プラドだからこその、これぞスペイン、といった景色に出会える。


3)習作と最終作品の対比

今回ゴヤの原寸大原画(カルトン)と、その下絵(ボツェット)の並列展示がある。
マルケース氏が「習作の画家の本性は下絵にあり!」と仰っていた通り、
下絵で表した率直な感性を、原画制作にあたり取り繕っているのが見て取れる。

時間の移り変わりを表現する音楽と違い、よく、絵画は瞬間の芸術である、と言われる。
けれどこうして習作を展示することにより、
絵といえども、最終作品へと移行する過程で起こった画家の気持ちの移り変わりを読み取ることができる。

時を閉じ込める絵画において、経時変化が読み取れる貴重な機会。
(ルーベンスの下絵の中にも、よく見ると腕の位置を修正しているものがあった。)


プラダ美術館では、「Belleza Encerada(ベリェサ・エンセラダ--閉じ込められた美)」というタイトルで
同様の企画展が、これに先立ち開催されたと聞く。
小さな枠の中に収められた極上の美を堪能しましょう、そういう趣旨のよう。



最初の訪問でとくに印象的だったメムリンク、ルーベンス、ダーフィットらの絵を、内覧会ではターゲットにした。
安井裕雄氏と青い日記帳主催Takさんの展覧会紹介のお話(今回も弾んだ会話が展開!)で
丁度これらの絵が参照されたため、トーク後、当該絵画の周囲が混雑気味ではあったものの、
注目点が一部トークでカバーされ、満足。


個々の絵につき、以下注目したポイントなど:


* 写真は(参考写真1点を除く)、上述内覧会の折りに許可を得て撮影しています。

◆ 《聖母子と二人の天使 》
ハンス・メムリンク[1433 年頃-1494 年] (写真左)
1480-90 年 油彩、板 36×26 cm 礼拝画
PB110143.jpg


端正に描かれた聖母の凛とした美しさ。
遠くに霞む山並みは、涙色、と言い表したいぐらい麗しく滲むように薄いブルー。
緑の絨毯に咲き誇る草花は、まるで一角獣のタピスリーに描かれたミル・フルール。

そしてなにより、橙色が混ざったような複雑なニュアンスのある赤い聖母のマントが印象的。
えんじに近いムリーリョの《ロザリオの聖母 》の赤とも異なっている。
絵全体が端正な輝きに包まれ、精魂込めて描いた様子が好ましい。



◆ 《聖母子と天使たち 》
ヘラルト・ダーフィット[1450/60 年頃-1523 年]
1520 年頃 油彩、板 34×27 cm 礼拝画 
PB110142.jpg


マリアの黄金のふわふわの髪の毛がイエスの髪と混ざり合い
子を庇護するマントのようで、釘づけになった。

背景は金色でビザンティン的な空気を醸しつつも、聖母の顔はしっかりルネサンス。
そして聖母の唇がとてもなまめかしい。 
さらっと描いているように見えるけれど、色の選択からして気合いを感じる。



◆ 《胸をはだける婦人 》
ドメニコ・ティントレット[1560 年-1635 年]
1580-90 年 油彩、カンヴァス 62×55.6 cm
キャビネット・ペインティング
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そこはかとなく漂う色香。
背景の淡いパステル系紫ピンクがとても魅惑的。
まろやかな色彩は、とてもティントレットには見えないなぁ、と思ってよく見たら、息子のほうだった。なるほど。

描かれた女性はコルティジャーナ(高級娼婦=須賀敦子さんのエッセーでお馴染みの)に違いない。
父ヤコボが描いたコルティジャーナは、ヴェネチアに実在した(そして映画にもなった)娼婦ヴェロニカだった。
息子が描いた本作のモデルは特定できているのだろうか?

調べたけれど、頼りになる情報はなかった。
ただ、「Honorata cortigiana」(誉れあるコルティジャーナ)という本の表紙に本画が使われているのを発見。





◆ 《受胎告知 》 (左)
エル・グレコ( 本名ドメニコス・テオトコプロス)[1541年-1614 年]
1570-72 年 油彩、板 26.7×20 cm 礼拝画
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ヴェネチア派、ビザンチン、マニエリスムが混然一体として、
マニエリスムにどっぷり浸る前のエル・グレコ作。
中央奥、扉の先に風景が広がる珍しい受胎告知。

彼はヴェネチアに滞在し、ティツィアーノに弟子入りしたことで知られる。
空の色の色といい、確かに景色がとてもヴェネチア的。

後ろを振り向く聖母のよじれた姿は大原美術館の《受胎告知 》を彷彿。
この振り向きポーズを突き詰め、劇的な登場人物のズームアップに至り、
滑らかで輝く色彩で結実させたのが大原の作品なのだろう。

アンブロージョ・ロレンツェッティが聖域と俗世界を、それぞれ金色と未熟な遠近法で区別し表したように、
エル・グレコの本作では、手前の室内空間が聖域、青空広がる風景画部分が俗世、
そんな風に描き分けけられている印象を受けた。



◆ 《聖人たちに囲まれた聖家族 》
ペーテル・パウル・ルーベンス[1577年-1640 年]
1630 年頃 油彩、板 79.5×64 cm
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いやもうすごい!
迫力に目が吸い寄せられた。
重なり合う塊のような群像・明白な視線の誘導。

右上から聖なる風が吹きすさび、まるで天からイエスが到来したかのよう。
時計と逆回りに聖人たちの上に次々視線が誘われ、
最後は鑑賞者自身に視線が返される。


目線を強く意識した作品として、ティツィアーノの「バッカスとアリアドネ」を思い出した。
ナショナルギャラリー(NG)所蔵の好きな1枚だ。
あの絵では、去りゆくテルセウスの方に目が向くと同時に、
やはり鑑賞者へ視線を送るサテュロスの存在があった。
(参考:手元資料=NGのカタログ写真。「バッカスとアリアドネ」は左上。)

IMG_0006 (1)



《聖人たちに囲まれた聖家族 》の中に描かれた人々は、聖人オンパレード。

初回訪問時、描かれた聖人がどれだけ当てられるか挑戦してみた:
聖母子、洗礼者ヨハネ(毛皮)、サンセバスチャン(矢)、ゲオルギウス(竜)、ペテロ(カギ)、
聖アポロニア(くぎ抜きみたいな道具)は一目瞭然。
マグラダのマリアは香炉、聖アグネスは羊、カタリナは車輪、というアトリビュートを探したけれど
わからぬまま。帰宅後、答え合わせ。



◆ 《デウカリオンとピュラ 》 (左)
ペーテル・パウル・ルーベンス[1577年-1640 年]
1636-37年 油彩、板 26.4×41.7 cm
狩猟休憩塔(トーレ・デ・ラ・パラーダ)の装飾用下絵(ボツェット)

◆ 《アポロンと大蛇ピュトン 》(右奥)
コルネリス・デ・フォス[1584 年頃-1651年]
1636-38 年 油彩、カンヴァス 188×265 cm
ルーベンスの下絵(ボツェット)に基づく狩猟休憩塔のための完成作
PB110113.jpg

師匠の下絵と弟子の完成作、という組み合わせ。
師匠ルーベンスの絵のアポロンの方が、身体のバランスはいい。
デ・フォスの方は下半身が華奢すぎて、ちょっと心もとないなぁ。



◆ 《狩りをするディアナとニンフたち 》
ペーテル・パウル・ルーベンス[1577年-1640 年]
1636-37年 油彩、板 27.7×58 cm
狩猟休憩塔(トーレ・デ・ラ・パラーダ)の装飾用下絵(ボツェット)
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こちらのルーベンスの下絵では、描きなおす前のディアナの腕がうっすら見える。
腕を振り上げるのをやめ、手を下したことで、後ろの人物の手と交わらず左下への動きが出て、
バランスがよくなった気がする。



◆ 《森の中のロバの隊列とロマたち 》 (右)
ヤン・ブリューゲル(1世 )[1568 年-1625 年]
1612 年 油彩、銅板 36×43 cm
PB110045.jpg


一点透視図法で遠近法を展開したイタリアに対し、フラマン画家たちは
背景をぼかして奥行きを与える空気遠近法に目を付けたと言われるけれど、
本作もご多分に漏れず、本技法を謳歌している。
対角線をつないで2つの三角形に分けられた構図が大胆で小気味いい。



◆ 《酔った石工 》 (右)
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス[1746 年-1828 年]
1786 年 油彩、カンヴァス 35×15 cm
エル・パルド宮の食堂あるいは「会話の間」に予定されていたタピ
スリー連作用の原寸大原画(カルトン)のための下絵(ボツェット)

◆ 《傷を負った石工 》 (左)
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス[1746 年-1828 年]
1786-87年 油彩、カンヴァス 268×110 cm
エル・パルド宮の食堂あるいは「会話の間」に予定されていた
タピスリー連作用の原寸大原画(カルトン)
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マルケース氏のお話通り。
右:下絵では薄ら笑いを浮かべつつ負傷者を運ぶ男の姿。
左:最終作では、不謹慎と思ったか、シリアスな表情に。



◆ 《フォルトゥーニ邸の庭 》
マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサル[1838 年-1874 年]
ライムンド・デ・マドラーソ・イ・ガレータ[1841年-1920 年]
1872 ー 77年頃 油彩、板 40×28 cm
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影がくっきり、強烈な光と乾いた夏の日差し。これぞスペイン!
木々の垂直の線と白壁がつくる横の線が交差する。
アンダルシアを思い出させる青い空、乾いた空気に赤い日傘が映える。
本作は、フォルトゥーニの死後、親戚筋のマドラーソが加筆したようだ。
左下に、フォルトゥーニの落款のような朱のサインとマドラーソのサインが並んでいた。


その他にもー


◆ 《聖ペテロの涙 》 (右)
ドメニキーノ?[1581年-1641年]
1640 年頃 油彩、銅板 28×21 cm 礼拝画
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写真ではもちろん見えないけれど、目が釘付けになったのは、聖ペテロの真珠のような涙!
こちらも小ぶりの絵なので、目の下に光る涙はややプロポーションとしては大粒だけど、
この一滴の涙のために、画家はさぞかし腐心したのだろうなぁ。



◆ 《ポルティチの浜辺のヌード 》
◆ 《日本式広間にいる画家の子供たち 》
マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサル
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・・・のてらいのない自由さも好き。


ジョット好きとしては、画風が似ている
ミゼリコルディアの聖母の画家の《金細工工房の聖エリギウス 》も捨てがたい。


思わずあれこれ書きすぎてしまったけれど、結論。
急ぐことなく、静かなマインドでゆったり向き合いたい展覧会なのだった。



* * * * *

「プラド美術館展 ―スペイン宮廷 美への情熱」
場  所  三菱一号館美術館
会  期 2015年10月10日(土)~2016年1月31日(日)
開館時間 10:00~18:00(金曜、会期最終週平日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜休館(但し、祝日の場合、12月28日、1月25日開館) 年末年始休館:12月31日、1月1日
詳細は:
http://mimt.jp/prado/
2015.11.14 Sat | Art| 0 track backs,
アレッツォのキマイラ(キメラ)像 一見ライオン、でも、しっぽは毒蛇!
ギリシャ神話のキメラ(キマイラ)は、いくつかの動物が合わさった怪物だ。

ほんの1年ほど前、このキメラという言葉が一世を風靡した。

例のSTAP騒動で、STAP幹細胞から「キメラ」マウスを作製し、多能性を獲得した、
とかいった誤謬が一時期広まった。
あのキメラは、この神話上の怪物から命名されている。

先のイタリア・アレッツォ旅行では、このキマイラなる怪物像が城門(サン・ロレンティーノ門)に置かれているのを目撃した。

この場所で発掘された400BCのエトルリア文明における彫像の青銅レプリカだ。
発見されたのは意外に昔で、1553年のことだそう。
オリジナルは今、フィレンツェの博物館にあると聞く。


P1730318.jpg


エトルリアは、紀元前8世紀~紀元前1世紀頃、ローマに近接するイタリア中部に形成された都市国家で、
ローマに行くと、エトルリアの遺物をよく目にする。

このキマイラ、頭はライオン、胴体部分はヤギ、尻尾は毒蛇という組み合わせ。
神話によると、おどろおどろしく獰猛なキマイラはカーリア王アミソーダロスのもとで育ち、
やがて勇者ベレロポーンにより退治される。


この位置からだと蛇の部分はよくわからないが、

P1730319.jpg


まわりこむと、しっかりしっぽが蛇になっているのがわかる。

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なかなかタフガイ的な面構えだ。

そして蛇が噛んでいるのは、自らの胴体につながったヤギの角だ。

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このキマイラ、頭は確かにライオンだが、ヤギの胴体とされている背中部分には
小さな羊の頭も乗っかっている。
曲線を描くヤギ角が、しっぽである蛇に噛まれている、というなかなか凝った構図なのだ。

羊の頭の反り返り具合なども絶妙で、エトルリア人の想像力の豊かさ・技術の確かさに脱帽した。


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この像なかなかイケていて興味深く見たのだが、さらにファンキーだったのは、
広場で開催されるフェスティバルのために乗りつけていた車両。

車体に、このキマイラの絵が描かれていた。
アレッツォの人たちにとって、このキマイラが象徴的な位置づけであるのがうかがわれる。


P1730326.jpg



神話から生物学出も使われるようになった言葉 キメラ (chimera)。
上述のSTAP細胞の場合は、”2つの異なる遺伝子セットを持つ個体:キメラマウス”
http://www.nig.ac.jp/museum/genetic/05_p.html)を指すそうだ。

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2015.11.13 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
北川村 「モネの庭」 マルモッタン  / 日本にモネの庭を実現
先日の日経新聞文化欄。
高知にクロード・モネの庭があるという。
画家モネが描いた睡蓮の花などが咲き誇こる彼の家の庭を再現したものだ。

しかし最初に教わった花をただ植えるだけではうまくいかず、
フランツとの植相の違いなども考慮した上で、今の立派な園に仕上がったという。


随分前の事だけど、フランスのジヴェルニーにあるモネのアトリエには行ったことがある。
まさに百花繚乱といった風情だった。

そのモネの庭をメンテする庭師と提携して、指導を仰ぎ、日本にモネの庭を実現したらしい。
行ってみたいが、1月以降の冬季にはメインテナンスの休園期間が入るので要注意だ。

北川村 「モネの庭」 マルモッタン サイト
http://www.kjmonet.jp/
2015.11.12 Thu | Art| 0 track backs,
お気に入りコスパランチ 10 : 安定感抜群(石川亭・恵比寿)
週末、久しぶりに恵比寿の「石川亭」へ。
とはいえ、場所が移動していて、最初は探せなかった。

ガーデンプレイスのグラススクエア中央広場脇から、奥へと移っていたのを知らなかったのだ。

ランチは税込み1150円の安定感。
前菜・メインが何種類かの間から選べるのがポイント。
名物のキャベツたっぷりハンバーグももちろん健在。

ただ、恵比寿店はコーヒーはついていない。

前菜としてこの日選んだのはキッシュ。
グリーンサラダがちゃんとついている。

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メインは写真撮影忘れ。
本日の日のお魚にした。
カラッと揚げたお魚と、その下のほうれん草がいいハーモニーを奏でていた。

相変わらず込んでいるけれど、回転はよい。
気軽に入れるお店だ。


石川亭・恵比寿:
http://tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13140599/

~~~ 以下金額は変更の可能性あり ~~~~

お気に入りコスパランチ 1 : 週末もOK(アロッサ・銀座)
お気に入りコスパランチ 2 : ランチにフォアグラムース(ピアッティカステリーナ・神楽坂)
お気に入りコスパランチ 3 : 1000円を切った秀逸ランチ(オステリア ミオバール ・東銀座)
お気に入りコスパランチ 4 : メインは肉か魚をチョイス(オザミデヴァン本店 ・銀座)
お気に入りコスパランチ 5 : 安定感抜群の老舗ビストロ(ラビチュード・神楽坂)
お気に入りコスパランチ 6 : 800円でこの味・このボリューム(串若 ・田町)
お気に入りコスパランチ 7 : 土日もOK。チョイスいろいろ(サントウベルトス・銀座)
お気に入りコスパランチ 8 : 満足感が売り(アゴスティーニ・中目黒) 2014年3月末閉店
お気に入りコスパランチ 9 : 成城石井プロデュース(le bar a vin 52・麻布十番)


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ナイスなランチ: この内容・このお味でこの価格(イシダ・銀座)
ナイスなランチ: ハーフサイズのフレッシュケーキが美味(HARBS・上野)
ナイスなランチ: 近所のOLが集う1000円ランチ (コルポ・デラ・ストレーガ・新橋)
ナイスなランチ: 値段・ボリューム・味よし(石川亭・神田錦町)
ナイスなランチ: フレッシュフルーツのデザートが添えられて(千疋屋・恵比寿)
ナイスなランチ: 平日はお得で周囲のOLに人気(Alia・恵比寿)
ナイスなランチ: プチな珈琲・デザートに加えてお箸お持ち帰りOK(花大根・銀座)
ナイスなランチ: これまで食べた中でイチバン美味しかったロシア料理(カフェロシア・吉祥寺)
ナイスなランチ: JR上野駅の穴場、帰りには改札口の美術品をチラ見(ブラッスリーレカン・上野)
ナイスなランチ: 身体によさそうチンギスハーンの薬膳料理(テンシャンフェイウェイ・室町)
2015.11.11 Wed | Gourmet| 0 track backs,
国立国会図書館で亡き祖父(絶筆の書)と対面する
父が6歳の時に病に倒れて亡くなった祖父と国会図書館で対面(?)を果たした。

とはいっても調べもので国会図書館に行き、ついでにふと思い立って祖父の絶筆となった本を探し当てただけなのだが。


序文には、祖父の言葉で、経緯が書かれていた。
残る命の期限を測りながら、時間と闘いつつ執筆したらしい。

> 三省堂と出版契約をした直後、執筆を開始するかしないうちに病魔に襲われた。
> 栄誉なことなので周囲の反対を押し切り、研究内容をまとめ、執筆をした。
> 本医学書の執筆にあたり、文献の記載は十分できたと思うが、材料に関する記述が手薄になっているのが気になっている。しかしこういう事態なので致し方ない。


そして初校だけ終えて、祖父は旅立った。


生前に校正まで終えるのは難しいと推察したようだ。校正を託した師の序文もあった。

> 校正まではたどりつけそうもないので後を頼めないかと?君から依頼を受けた。
> 病状悪化の中執筆し、初校は病床の中で行い、君は再校を志しながら命尽きた。



砂時計がポトリ・ポトリと落ちて行くのを身体中で感じつつ、自分が遺せる精一杯を紙に留めた。
どんな気持ちだったのだろう。


無機質なマイクロフィルムのコピーが、人間のぬくもりを届けてくれることもあるようだ。
こっそり涙を拭きつつ、不思議な思いで国会図書館を後にした。


* * * * * * * * * *



<自序>
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 余が三省堂の需に應じて本書出版の契約をしたのは、たしか10月下旬のことである。ところが余はこの寫事がその緒に就くか就かないかのうちに不意の病魔に襲はれ、思ふ様に意を果たすことが出来なくなった。併し幾多斯學の大家をさし措いて余に執筆を請はれた三省堂の懇望と、今ひとつには余自らの科學的探究慾といつた様なものが陰に陽に余の心臓を絶えず鼓煽し止まなかった。

 余は再び遂に多くの周囲の人からの忠告と護請とを斥け、檢温器と藥醫の代りに、ブックスタンドと原稿用紙をとった。而しても兎も角も角大體豫定の期限内に豫定の頁數だけの原稿を仰臥しながら書き上げた。敍述があまりに文献の聚載に偏し、材料の排列等が繁簡宣しきを得て居ない節は余は自らも気附かないではないが、如上の様な理由で致し方もない。

 が余がこの書を世に送る所以はxx學説を但、忠實に且つ弘く紹介せんとするにあって、一方的立場よりxx學説を批判せんとするにあるのではないことを諒とされたい。
・・・・・



師の手による<序文>
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xxxxx君の漸く膏盲に入って、xxx大学醫學大病院に入院せられたから、一日君をっ病床に尋ねた折り、今度xxxに就いて単行本を執筆し、不日出版の運びとなった、然し自分は恐らく校正することが出来ないと思ふ。できることなら校閲してくれまいか、とのことであつた。・・其の後 気には病床にあつて初校を了せられ、再校を見んとして突如黄泉の客となられたのである。私はxxx君と共に前訳を履みて再校並に三校を了へ、出来上がつたのが本書である。
此の如く本書は實に絶筆にして現行の一部は病を押して執筆せられたものである。
・・・・



本文の方は全部コピーするわけにもいかないので、表紙と目次と書き出し一部だけコピーしてきた。
一度も会うことはなかった祖父の形見として。

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2015.11.10 Tue | Art| 0 track backs,
港の見える丘公園 トリビア
神奈川県・港の見える丘公園の敷地内には、フランス領事館跡がある。

先日横浜美術館に行った際、ついでにみなとみらい線に乗って訪れた。

入口のあたりの壁面に、フランスで時折見かけるRF(リパブリック・フランセーズ)の文字入りプラックを発見。

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どうやらこういうことなのだとか。
つまり、領事館に取り付けられていたメダリオンを、
関東大震災による建物倒壊後、こちらに移設したと。

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入口からは少し隠れているので、敢えて探そうとすると、意外に見つけにくかったりするかもしれない。
メダリオンのある場所はこちら。


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2015.11.09 Mon | 国内探索| 0 track backs,
画家 千住博さんの言葉 ・ 妹 千住真理子さんのエピソード
先日、大学の講座で拝聴した千住博さんのレクチャーが秀逸だった。
心に残ったのは、「芸術は自己表現などでは決してない」。

古来アルタミラの壁画以来、人々は芸術に自分たちをとりまく世界を表現してきた。
千住氏は、常に世界平和などを念頭に制作していると。


そして私は大きく頷く -

マルセル・デュシャンが便器を芸術と表したのは、コンセプチュアルな哲学の披瀝ということでいいとしても、
ある作品が、あまりに”言った者勝ち”的で、まったく共感できないことはしばしばある。

作家個人のセンスに無理やり同調せよ、と脅迫されているかのように感じ、それが嫌なのだけど、
それこそが自己表現にとどまった作品なのではないか。

とはいえ作家自身は普遍性を表現したつもり、そんなケースもあるに違いなく、
鑑賞者の側にも、偏狭さをとりのぞいた視点が求められる。


ところで、レクチャー前に、主催者からこんなエピソードが披露された。
千住真理子さんと同級生だったその人は、彼女にかつて講演依頼をした。
結果的に引き受けて頂けたものの、最初の答えは:

「私とても忙しいんです。兄に講演を頼んでいただけません?」

それを面前で暴露された博氏、思わず失笑・ずっこけて、お茶目な素顔がのぞいた。
物腰柔らか、紳士然としているけれど、たいそう魅力的な方だ。
2015.11.07 Sat | Art| 0 track backs,
人々の善意により建てられた碌山美術館
先のエントリー、安曇野にある碌山美術館訪問に関連して、
行きのバスのビデオで見た誕生秘話について。

今回初めて知ったのだけれど、碌山美術館開館に際しては、
多くの美術愛好家、市民たちの協力があった。

以前触れた通り、故郷安曇野につくることは決まったものの、土地探しからして大変だった。
隣接する穂高東中学校の敷地を譲り受けることが決まり、中学校の生徒たちや町民たちも巻き込み
土地に密着してつくられていった様子が窺われた。

資金源は、約30万人から集めた募金だという。
西洋美術館館長さんなどが、足を運び援助している様子も社内のビデオに映った。

完成は1958年。

中学の生徒たちが煉瓦運びに協力する様子。

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本当に手作り的な建築現場。
教会風の建物にしたのは、碌山がカトリック信者だったから。

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最後の鐘の取り付けは、1日がかりだったそう。
なにしろ重たい。
危険と隣り合わせの大作業だった。

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見ていて怖い・怖い。

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取りつけられた鐘の表面には、例のスローガン:
Love is art, struggle is beautiful

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完成後、感慨深く見上げる美術関係者たち。

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まさに、安曇野の町の愛が詰め込まれた美術館。
穂高の山並みを背に、凛々しい姿は今も健在だ。
2015.11.06 Fri | Art| 0 track backs,
中村屋の月餅 / 中村屋サロン美術館一周年記念版
中村屋サロン美術館の1周年記念で、先日行ってきた碌山美術館ツアー。

その昔、中村屋サロンに出入りしていた荻原碌山の安曇野の美術館を訪れる内容だった。
帰りのお土産の中には、中村屋の月餅。


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よく見るとー

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碌山の名作「女」の型押しがしてある。
さらに標語となっているLove is artの文字も。

「女」の作品はこちら →
http://www.nakamuraya.co.jp/pavilion/founder/salon/a_001.htm

月餅アップ:

写真 122


一周年記念特別デーでも配布されていた特性月餅だ。
甘いのもに目がないツーレは、翌日、朝食後に食べていた。

味は太鼓判。私は食べるのがもったいないような気もしたけれど、
ありがたく頂きました。
なかなかオツな一周年記念品かと。
2015.11.05 Thu | Art| 0 track backs,
碌山美術館@安曇野がおススメ
教会のような外観。
安曇野にある日本近代彫刻に先鞭をつけたと言われる荻原守衛(碌山)の美術館だ。
碌山がカトリック信者ということで、この外観が採用された。

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文化の日は快晴。
蔦もいい塩梅に色づいていた。

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この美術館、昭和33年開館といい、近隣の人たちを巻き込んで、手作りといったかたちで建てられた。

そうしたきめ細かい配慮はあちこちに見られ、
人のかたちをしたノブや、

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キツツキのノッカー、そして

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Love is art , struggle is beauty.といったオリジナルのスローガンも。
これは、上部の鐘にも書かれていると聞くが(行のバスでビデオを見て事前勉強)、
残念ながら、実際には高くて見えなかった。

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もっとこじんまりした美術館を思い描いていたけれど、
杜江館、 第一展示棟、第二展示棟など後からの増設と思われる建物もあり、
碌山を中心とした人々の様子が生き生きと浮かび上がる。

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庭のベンチには交差したテーブル(?)。
十字のかたちといい、十字にくり抜いた造形といい、やはりキリスト教を意識したフォルムと見た。

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企画展には、碌山が憧れた中村屋サロンの女主人黒光の手紙も展示。
女の情念が湧きたつ強い言葉の数々。
ディボース(離婚)、ブラーザー(兄弟)などカタカナで記すなど、ハイカラぶりも滲んでいる。

文末には、本書を燃やしてほしいと言う言葉が添えられていたが、
受け取った主はそれを後生台に保管。我々の目に触れることとなった。

また、碌山の絶作「女」(後ろでに縛られた女性像、その石膏原型が重要文化財)を見た娘が
これはお母さんだ!と言い出したエピソードも綴られている。
(実際碌山は、このヌードを別のモデルでつくりながらも、黒光に恋心を抱いていた。)

こちらはお土産物ショップ。

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入口付近には、作品「労働者。」
文展にへ出品後、腕と足を本人みずから切り取ったことで知られる。
ダイナミズムが生まれる結果となった。

近代彫刻の重要文化財数は少ないが、碌山はうち2点(「女」「北條虎吉像」)が重要文化財だ。

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バスツアーにジョインしたので、この後は碌山のお墓詣り。
当主は碌山の兄弟のご子孫。
お墓を巡る貴重なお話を伺った。
先の台風で木が折れ、代々の墓がダメージを受けたもの、碌山の墓石は無傷だったとのこと。

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ツアーには、先にエントリーしたわさび農場でのランチや碌山美術館でのレクチャーも含まれ、
お土産も。
碌山美術館のポストカード、安曇野のおまんじゅうとリンゴジュース、中村屋サロン入館チケット、
中村屋のお菓子セットなどなど。

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アートな秋の1日だった。
2015.11.04 Wed | Art| 0 track backs,
中村屋サロン美術館 / マグネットプレゼントは今日まで
中村屋サロン美術館の一周年プレゼント企画として、
館内アンケートに答えた入場者に中村彝《小女》のプチ・マグネットがプレゼントされます。

今回のテーマ展示 戸張孤雁展と通常展を合わせた入場料は300円。

小粒だけど、かつて芸術かが集ったサロンの面影と空気をとどめる
良質の美術館です。

https://www.nakamuraya.co.jp/museum/event/
2015.11.03 Tue | Art| 0 track backs,
安曇野へ
碌山美術館へ行く途中、大王わさび園でお昼。

特産のわさびは清水が命。
そこここで流れる水面が木々の緑を映し、太陽を反射して、瑞々しい。


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わさびはところどころ収穫されてしまっていたけれど、
こちらの区画ではまだ栽培中。

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わさびオブジェを見て、宇都宮の餃子オブジェを思い出す。

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雪を頂いた山々。

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途中立ち寄った諏訪湖。

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帰りには富士山がシルエットになって闇迫る空に浮かんでいた。

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ここ数年間でバス旅行は2度目。
1度目は原美術館の原アーク・牧場、群馬美術館への小旅行だった。
地方美術館と観光地を組み合わせたツアー、なかなか優れもの。
2015.11.02 Mon | Art| 0 track backs,
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