日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
オルヴィエートの大聖堂(ドゥオーモ)
突っ込みどころ満載のサン・ブリーツィオ礼拝堂

◆ 自分を振った愛人を地獄絵の餌食にしたシニョレッリの復讐心
◆ レアな偽キリストの絵
◆ 描き込まれた自画像



オルヴィエートのドゥオーモ(大聖堂・1290年着工)には、正直それほど期待していなかった。

ファサードにある細い装飾柱(colonette=コロネット)が壮麗、ということなのだけれど、
数年前、これとよく似た雰囲気のシエナのドゥオーモに行ってしまったため、
これで十分かも、などと思ったのだった。

==>シエナ旅行記:「シエナのドゥオーモに溜息」


スポレートに行く途中に寄るスポットとして便利だったので、
急きょこの地に行くことにしたものの、楽しみは聖堂よりむしろ宿だった。


けれど実際目の当たりにした途端、「来てよかった」と実感した。

シエナとはまた一味違う上品さ 優雅さ 優美さに圧倒された。


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調べると、ファサードの建築主任ロレンツォ・マイターニは、シエナの大聖堂も手掛けており、
両者が似ているのはごく当然。

とはいえ、コロネット以外は、2つの聖堂の相違部分も目についた。

白亜の凝った彫刻が散りばめられ、動的イメージを与えるシエナに対して
オルヴィエートの方は、黄金のザイク画を引き立てるべく、彫刻は控えめで建物とうまく一体化している。
一方で、扉の浮彫は凝っていて、さまざまな聖書の物語を愉しめる。


さらに内部。
特筆すべきチャペル(礼拝堂)が2つある。

うちひとつはルーカ・シニョレッリのフレスコ画が壁面を覆う、サン・ブリーツィオ礼拝堂だ。


礼拝堂入口はこのとおり。
アーチ形の入り口には、外壁に取り入れられているのと似たコロネットが一部使われ、相似関係の印象をもった。

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シニョレッリのフレスコ画が『壁面』を覆う、と上述したが、
実際は側壁ではなくヴォールトに接した半月状のアーチなので、正確には『ルネット』を覆う、と記すべきだろう。

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全編を貫くテーマは最後の審判だ。
システィーナ礼拝堂に同テーマを描いたミケランジェロの発想源ともなったと聞く。
(出典:ABロード


シニョレッリ画”最後の審判”の特色は、偽キリストが登場する点だ。

下の構図で悪魔のささやきを聞くキリストのような人物は、偽もの。
修道士サヴォナローラの悪のささやきに翻弄されたフィレンツェを象徴するかのよう。

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この偽キリストの構図には、自画像が描き込まれている。
黒い装束の左が本人。
右は、最初に壁画を依頼されたフラ・アンジェリコ。

天国図の方でなく、この血なまぐさい図中に自らの姿を描き入れたシニョレッリの意図・感性がよくわからない。

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クローズアップ。
右のフラ・アンジェリコは、天井画の一部を制作したところでローマに招聘されてしまった。(*)

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さらにABロードのサイトで事前に知った情報によると、
シニョレッリは、自分に三下り半をくだした愛人の姿を地獄図の中に投入したそうだ。
だから犠牲者の女性の顔がみな同じなのだ、と。

何とも恐ろしいリベンジ!


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上の写真で見た女性以外にも、いるいる、似た顔が。

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みな、長い髪を真ん中で分けている。
地獄図の中でも女性が連れ去られるこの部分は有名なシーンのようで、「地球の歩き方」に使用されているのもこのカット。

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そのほか、「死者たちの復活」の場面では、地面からむっくりと這い出して来る人々の姿。
目に焼き付くシーンだった。

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本礼拝堂、ルネットの下部には、そのほかホメロスやダンテの肖像画も描かれていた。


どのルネットに、どの場面が描かれているのかを、事前に宮下孝晴先生の著書「北イタリア」で
調べて行ったのが役立った。

主題の流れを把握してから行かないと、ただ 筋肉質のおどろおどろしい絵、で終わっていたかもしれない。

しかもこの本は、多くの写真が白黒なので、実物を見た際に既視感を覚えずに済む。
イタリアの旅ではいつもお世話になっている。


上記(*)の情報も、下記の本を参照しました。

2015.06.30 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
スポレートで見た人気TVドラマロケ
日本を出るとき、イタリアの天気予報を見ておいた。
2日目のスポレートだけ雨の予想。

オルヴィエートからスポレートまで、電車で向かう途中、たしかに大雨の地域も通過するなど、
予報は当たったらしい。

スポレートに到着すると、まだなんとか天気はもっていた。
けれど昼食を終えて外に出たら、通りはすっかりびしょびしょ。

ただすでに小雨になっていて、大雨の時間帯は運よく避けられたようだった。

てくてく歩いて大聖堂に到着すると、すごい数のロケ隊がいた。
雨で作業中断の模様。
映画のロケだろうか。
カメラも複数あって、なにやら大がかりだ。

大聖堂をたっぷり見て、1時間半ほど経っただろうか。
出入り口にいた警備員が、外に出ようとする観光客を足止めしている。

外でロケがあるから、今出ないで、と。

多分、細切れで撮影しているのだろう、
それほど長い時間ではなかった。

外に出るとすっかり青天。
ロケが再スタートしたようだった。

野次馬根性丸出しで、
ギャラリーのひとりに聞いてみた。

ー これは映画(チネマ)の撮影?
「TVよ。」
ー タイトルは?
「ドン・マッテーオ」(必死でこのタイトルを記憶する。自転車選手マッテーオ(・トザット)にドンをつければいいのだ、とか)
ー そこそこ有名なのですか?
「イタリアでは有名よ。2000年から続いているほどだから。」
ー 有名な俳優さんは出てます?
「主役のxxxが有名よ。役者としてすごくいいけど、人間としても完璧。
サインももらったし、おしゃべりしたことがあるけど、とってもいい人。」

(主役名は覚えなくても、TVタイトルを覚えてWIKIで見ればいいや、と流す。
後で確認したら、テレンチェ・ヒルというのがその主役だった。)

ならばしばしロケ風景を見物することにしよう。

まず主役の人が、すこしお化粧直し。
神父役で探偵なのだとか。

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撮影本番。
聖堂の前を歩くシーン。
この町が舞台だそうで、市民や観光客は、そのたびにストップをかけられるのだろうな。
このときも、聖堂の中で、観光客が足止めをくっているはず。

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探偵ものだけに、周囲には警官の服装の脇役たちが
所在無げに立っている。

さて、ひととおり拝見し、移動。
別の名所へ。
と、そこでもまた別のカットの撮影。

今度は女優さん。
丁寧に化粧直しをしてもらっていた。
また足止め。

カットスタート直前。

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それにしても、こんな大勢のスタッフを投入して
小道具とかも凝っていて、なかなか予算の潤沢なドラマと見た。

2015.06.29 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
お勧め、オルヴィエートのワイン
■ 「ワイン一杯と前菜、おいくらですか?」 「お代はいりません」

今回のイタリア旅行は初日から移動の連続だった。
(誰のせいでもない、こんなぎゅうぎゅうな旅程を考えたのは、この自分にほかならないのだけれど。)

朝4時、パリ・シャルルドゴール空港に到着。
そこからフィレンツェへと飛び、国鉄駅へと移動。

電車は2時間に1本しかないので、11時台発のものに乗れるかドキドキしたけど
問題なく間に合い、チケットを買ってまだ時間が余ったので
サンタマリアノヴェッラ教会の周囲をキャリアバッグをころがしながら散歩。


13:30、オルヴィエートに到着。

そこからバス(ケーブルカーの筈が全面運休で振り替えバスに)でドゥーモまで。
石畳のでこぼこが激しい坂道をえっちらおっちら歩くこと1km。
旅籠に着いた。


そこそこの強行軍だったので、
想定していたレストランでの食事案はあっけなく却下となった。
19時まで待てない。
さっさと食べてさっさと寝て、英気を養いたい、というわけだ。


繁華街を歩いていたら、いい店を見つけた。
19時まで待たずにセットメニューにありつけそう。

特産品を売る店で、食事も提供している。
しかも、店内を見ていたら、お土産を購入した旅行客に対する接客がすばらしかった。
アメリカ人観光客とおぼしきカップルも、親切な対応に満面の笑顔。


迷わず入店。

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店の外にあったメニュー。

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ところが残念なことに、この日はワインや乾きもののみで、
食事の提供はお休みとのこと。
来月なら、休まず提供するのだけれど、と。

諦めて別のベジタリアンの店で食事を済ませたものの、この店に舞い戻り、
ワインだけ頂くことにした。


奥のテーブルへ。
オルヴィエート特産のワインは軽い舌触りで、スッキリさわやか。
飲みやすい!

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ちびちび飲んでいると、オードブルとしてブスケッタならお出しできますけれど、召し上がります?
と聞かれた。

食事は済ませたけれど、トライしてみようとオーダーする。

オリーブオイル2種と、オリーブの実2種がのったブスケッタ。
写真では小さく見えるけれど、フランスパンが通常のブスケッタよりもやたら大きい。


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ほかのお客さんはこなかったので、女主人が話し相手になってくれた。

店内にある大きな壺は、時代もので、オリーブを入れるのに使用されたものだとか。
今ではオートメーションで、陶器の壺の代わりに近代的な容器を使用しているそう。


食したブスケッタに使われていたオリーブオイルが濃厚で美味しかったので
購入することに。
初日から重たくなるけど、店の人が感じよかったし、気分よく飲食できたし。


さて会計。
オリーブオイルの代金を言われる。
「あ、食事の方の代金はおいくらですか?」
「お代入りません。すべて、店内の商品を使用しているので。」

??!!
外のメニューのような正式な食事とみなされず、テースティングとみなしてくれたのだ。

確かに「試飲できます」、という貼り紙はあるけれど、
きちんとテーブルセッティングしてもらった上で飲んだし、
ブスケッタも大きかったのに。。


驚きは翌朝も続く。
チェックアウト前に町を散歩中、「ボンジョルノ」と声を掛けられた。
前日の店主が、出勤途中わたしを見つけて挨拶してくれたのだった。

というわけで、オルヴィエートの印象はめちゃくちゃよいのだった。
(宿も最高だった。)


お店の名前はバルトロメイ。(BARTOLOMEI)
親切で、良心のかたまりのようなお店だった。


(お店の棚:きれいに整理されている。)

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2015.06.28 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
霧のウンブリア
イタリア、ウンブリア地方オルヴィエート。
朝7時。

窓の外には、重たげな霧が立ち込めていた。
じきにあとかたもなくなるのだろう、とタカをくくっていたら、
山のすそ野をかすめつつ、ゆらゆらと流れ、あっちへ行ったり、こっちへ来たりしながら、
8時になっても消えることはなかった。

ああ、これか。
須賀敦子さんが書いていたウンブリア地方の霧。

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水蒸気というより固体に近いほどそれは分厚く、質量感と存在感があった。


存在感、それを確固たるものにするかのように、外に出ると、
髪の毛や皮膚に、小雨時のようなべっとりとした湿潤な空気がまとわりついた。

ふりかえると、霧の流れるむこうに石造りの小屋がぽつんと残されている。
自分が死んだとき、こんな風景のなかにひとり立っているかもしれない。
ふと、そんな気がした。



須賀さんが描いた霧は、日本で想像するようなあっさりした煙のようなそれではなかった。
このどっしりとした生き物のような白い塊に違いなかった。





*写真) 旅行前日に買ったオリンパスのカメラ。パノラマ機能を初めて使ってみた。
.
2015.06.26 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
実物はやっぱり迫力: 『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』
*ウフィッツィ美術館は、2015年6月時点で写真撮影が解禁になっていました。


ああ、この絵はここにあったのか。
アルテミジア・ジェンティレスキの、 『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』。


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カラヴァッジョも同じ主題(旧約聖書外典『ユディト記』を題材としている)で描いているので、
よく比較対象として絵画関係の文献に登場する。

けれど実物ならでは、やっぱり百聞は一見に如かず。
図録ではこの迫力は伝わらない。
よく見ると、返り血があちこちに!


ホロフェルネスの首から流れ出す血は、
ナイフを持つユーディットの手に、小さな赤い斑点をつけ、


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さらに、黄色い衣装や胸元にまで及ぶ。

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作者アルテミジア・ジェンティレスキは、男性から数々のひどい仕打ちを受けた過去をもつそうで、
そうした憤りを、旧約聖書の物語を通してキャンバスにぶつけたのかもしれない。

実はこの絵を最初に見たとき、カラヴァッジョの方だと誤解して、
ああ、彼は殺人を犯したことがあるからここまでリアルなんだな、と納得してしまった。

名前を見て誤解に気づく。
カラヴァッジョのユーディットの方は、もっとしかめつらの表情だったのを思い出した。


血の吹き出し方には不自然な感もあるのだけれど、
白いシーツかからしたたる血はどす黒く、
心の叫びが聞こえるような一枚なのだった。


Artemisia Gentileschi / 「Judith Beheading Holofernes」
2015.06.25 Thu | Art| 0 track backs,
ラファエロ、ミケランジェロ、ボッティチェリ お墓比較
◆ 格差くっきり。晩年道を誤ったボッティチェリのお墓は、ミケランジェロ、ラファエロに比べ、やはり寂しい。
◆ マキャヴェッリ、プッチーニ、ガリレオのお墓も壮麗
◆ ダンテは霊廟が別にあるのに、さらに見事な墓碑まで



フィレンツェ、サンタクローチェ教会には、各界の偉人達のお墓がぎっしり。


◆ ミケランジェロ

先日紹介したミケランジェロのお墓は、画家や彫刻家たちがその偉業をたたえるべく
渾身の力と技で築き上げた芸術作品だった。

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上部には、ピエタ(キリストの死を悼むマリアの姿)とおぼしき絵画が鮮やかな色調で描かれていた。

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本人の胸像の下に置かれた3つの女神像(絵画、彫刻、建築の寓意となっている)にズームしてみる。

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◆ ラファエロ

では、ラファエロのお墓はどのようなものなのか。
去年訪れたローマのパンテオンの写真を再掲する
(ローマ編)

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美男の誉れ高い本人の彫像。
このほか碑を彫ったのが画家のアンニーバレ・カラッチだったり、
これまた芸術家たちの競演が見られる。

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◆ボッティチェリ

ではボッティチェリはというと、パンテオンにも、フィレンツェのパンテオンと呼ばれる
サンタクローチェ教会にも納められていない。

ひっそりと、街の中心地からはやや外れたオンニサンティ教会の
礼拝堂の中にある。
本名で書かれているせいもあり、ボッティチェリの墓とはすぐにはわからない。


これだ。
え?これ?
そう、胸像もない。これだけ。

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修道士サヴォナローラの教義にのめり込み、
人生の後半、身持ちを崩したボッティチェリ。

ヴィーナスを描いた頃の爛熟期の画風は見る影もなく、おどろおどろしい表現方法にとってかわった。

それとともに、彼の存在は急速に抹殺され、忘れられていった。
名誉回復するのはずっと後のことだ。

この寂しい墓碑のゆえんだ。
辛うじて救いは、この墓碑がある礼拝堂は、平凡だけど華麗に装飾されていること。

ただし、間借りしている格好で、ボッティチェリ占有の礼拝堂ではない。

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そしてなにより、ボッティチェリ、と書かれた箱、および手すりの上には
世界各国からのボッティチェリ宛てのメッセージが置かれていること。

日本人の手によるメッセージもあった。


とはいえなお、最盛期の状況は勘案されず、
”晩年の”作品の位置づけ・世の中の評価次第で、祀られ方、葬られ方がこうも違うのか、と
しばし愕然とする。


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その他サンタクローチェの魅惑のお墓たち。


◆ ガリレオ


ああ、実在の人物だったのだ、と変な感慨を覚えた。
こちらも見目麗しい。

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地球は回っている、という言葉を表すかのように、本人の胸像の手元には、望遠鏡と地球儀らしき球体が。

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◆ プッチーニ

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◆ マキャヴェッリ

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◆ ダンテ(但し霊廟はラヴェンナで、こちらは墓碑のみ)


気難しそうな肖像のついた棺のような彫刻。
実はこれはお墓ではない。


北部で客死したため遺骨を納めた霊廟はラヴェンナにあり、フィレンツェの返還要求に応じていない。
それでも、墓碑だけでこんなに凝ったものをつくってしまったフィレンツェ。

崇拝ぶりがうかがわれる。


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ちなみにラヴェンナで見たダンテの霊廟はこちら ↓:
(ラヴェンナ編)





ボッティチェリの葬られ方との対比。
その差は、そこはかとなく大きい。
2015.06.25 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
シャルルドゴール空港で販売されているクスミティー
パリ~日本便の発着ターミナルとしてよく使用されるシャルルドゴール空港の2Eターミナル。

このターミナルがオープンした当初はDFショップのバラエティーも少なかったけれど、
昨今では欲しかったブランドが次々入いるようになった。

マリアージュフレールの紅茶しかり。
(オープン当初はフォーションはあったものの、マリアージュフレールはなかった。)

さらに、クスミティー。

以前友人のパリ土産でクスミティーをいただいて以来、
愛好している。

とくに、夏に似合うのが、このレンジ色のラベルの「BBデトックス」。


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うたい文句を見ると:
マテ茶をベースに、中国釜炒緑茶と南アフリカ原産のルイボス茶をブレンド。
グレープフルーツと初夏の香り満喫のタンポポの爽やかな香りです。


・・とあるが、以前オペラ座の店で「柑橘系のさわやかな紅茶です」と勧められてテースティングをさせてもらったときは
どんなブレンドかも知らずに、普通のブラックティーにさわやかな柑橘風味の紅茶、と思っていた。

その場で購入したのだけれど、繊細なすっきりした口当たりが気に入っている。

去年は空港には置かれていなかったこのBBデトックスを
今回空港2Eターミナルのショップで発見。
さらにダブルサイズの250g入りまであったので迷わず購入。


名前が素っ気ないけれど、デドックス効果もあるそうでお勧めです。
2015.06.24 Wed | Gourmet| 0 track backs,
国際ヨガデー / フィレンツェのウフィツィ美術館前にて
。。。ということで、フィレンツェのウフィツィ美術館前で見たヨガ集会は、
国際ヨガデーの催しだったと判明。


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でも、お膝元インドや、パリに比べたら、あまり気合は入っていなかった。

http://pokkekun.jp/blog-entry-2540.html
2015.06.23 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
ミケランジェロのお墓
フィレンツェにあるミケランジェロのお墓には、残された人たちの敬意が詰まっていた。

下部の彫刻は、絵画、彫刻、建築を擬人化した女性像だそう。

芸術のあらゆる方面で活躍した彼へのオマージュだ。

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ローマのパンテオンでラファエロのお墓をみた時も同様の感想を持った。
死してなお、その偉大さが伝えられることの偉大さを。

2015.06.22 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
万歩計は35000歩
フィレンツェに来てから、歩数がやや増えた。
35000歩程度だ。

もっとも、オルヴィエートやスポレートのように坂だらけでないのは救い。

今日も教会巡り。
ボッティチェリ、マキャベリ、ミケランジェロ、ガリレオなどのお墓が
ある教会2カ所へ。
双方合わせて4時間かかった。

聖母子と十字架は似たようなのを見過ぎて、感動が減って行くので、
どこかトリビアルなツボを探すことに専念する。

今日の宿は、ドゥオーモの脇。
昨日はウフィツィ美術館から100m。

どちらも中心地だけど外の音が一切しない。
アレッツォで夜中じゅう騒音に苦しんだのとは対照的。
2015.06.22 Mon | Private| 0 track backs,
フィレンツェから
土曜日、アレッツォからフィレンツェに移動した。

当初フィレンツェには夕方着の予定だったが、
アレッツォの祭は夜まで始まらないと知り(webサイトの情報がいい加減だった)
早めに切り上げ、フィレンツェには正午に到着。

ということで、日曜朝一に行こうかと思っていたウフィツィ美術館訪問を
土曜に変更。いそいそ出かけた。

幸い空いていて、予約なしでも15分待ちで入館。
5時間半、つまり閉館まで堪能した。

ちなみにウフィツィ美術館は、今年春から写真撮影が可能になった。


3度目なのに、見逃していた絵もあり、再発見あり。

カラバッジョのバッカスは、酩酊して首から上がほんのり赤い、
その色合いが絶妙だ。


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先日滞在したスポレートの大聖堂に、
心浮き立つ聖母の戴冠を描いたフィリッポ・リッピは、

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ウフィツィ美術館では、溶け入りそうに淡く、しとやかな聖母を披露していた。

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2015.06.21 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
お祭り前のイタリアは大騒音
馬上槍付き大会目前のアレッツォにきて、華やいだ雰囲気を満喫したまでは良かったが、
一つ最悪なことが。

宿の脇が、四つある参加地区のうちのひとつの拠点だった。
夜がうるさいよ、と宿に人に言われていたものの
2日間、想像を絶する耳をつんざく大騒音。

百葉箱みたいな窓は、内側にガラス窓がはめ込まれているものの隙間があるせいか、防音効果あまりなし。

窓を閉めてもロックのコンサート会場真っ只中の状況で、イタリア人の音に対する許容度はこの世のものとは思えない。

耳栓の一番強力なのをしてみたけど、それでもうるさい。
その上から予備枕をしたり、むなしく格闘。

それが夜中の3時まで。

あいにく寝ないとダメな体質。
眠いのに眠れず、これは辛い。
2015.06.21 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
トスカーナの前菜
路地を入ったところにあるトラットリアに入ってみる。

英語メニューがなく、パスタメニューは肉か魚か聞かないとわからないものも。

ただ前菜は即決。
特製トスカーナのアンティパスタを。

よく見たら、これとデザートで済ませる人もいた。

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私はこれにキノコのロングパスタ、ピーチ。
すごく太いうどんのようなパスタだ。

お腹いっぱい。
店は大繁盛。
2015.06.20 Sat | Gourmet| 0 track backs,
アレッツォから 〜祭りで町中がフィーバー
宿を予約してから気がついた。
この地、アレッツォに滞在中、街でジオストラ=馬上槍試合のフェスティバルが
開催されるということを。

今日は事前の気合い入れ行進と余興があるらしい。
とはいえチケットを持っている人しか会場には入れない。
余興開始前に会場設置の様子を撮影して、夜9時、宿に戻ることにする。

その帰り道、偶然出場4チーム(地区ごとに四ブロックに分けられ、戦う)
の行進に遭遇した。

写真を撮りつつ後を追ったら終点の溜まり場へと迷い込み、
参加者の只中に混じってしまった。

うち1人が冗談交じりに叫ぶ。
「オフィシャルフォトグラファーがきたぞおー。」

ということで、こうなった。

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撮影者は私だけ。
観光者も、ざっと見たかんじ私だけ。

急にあたりが暗くなってきたので、慌ててカメラを交換。
教会、美術館用に買った暗所用カメラがまたも活躍。

さてこのアレッツォ、いままで見たこともない歴史的建造物に溢れている。
折衷様式と思しき柱だらけの教会。

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壁の美しさに惹かれて見てみたら、18世紀の天文学者の元住居。
そしていまは、イタリア銀行が入居している。
なんとまあ。

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この街はまた、画家で美術家列伝筆者でもあるジョルジョ・ヴァザーリの出身地。
彼が建てた家は博物館になっているのだけど、
ふらっと歩いていたら、生まれた家を発見した。

ひっそりとプレートがあるだけ。
観光ガイドには載ってない。
今は普通の民家として使われている。

ガイドブックに書かれざるお宝があちこちにあって、
そうした不意の遭遇にワクワクしている。

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2015.06.19 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
スポレートから
オルヴィエートからスポレートに移動。
今回の旅のハイライトは、この地にあるフィリッポ・リッピの絶筆とも言える壁画を見ることだった。

その話は長くなるのでひとまず置いておいて、
リッピの絵がある大聖堂には、もう一つ美しいフレスコ画があった。

ピントリッキオの聖母子だ。

500年ものときを経てなお、品のいい微笑みを浮かべて佇む聖母マリア。
キリストまでもが心なしか艶っぽい。


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この絵はこれまで画集でも見たことがない。
それどころか、こんなに麗しい絵がここにあることすら、
ハッキリとは自覚していなかった。


情報社会となって、先に画像を見てしまってから本物を確認するケースが多いなか、
貴重な初見の作品だった。


ちなみに旅行前日の日曜日、急遽新しいデジカメをしつらえたのは正解だった。

教会画を写すため(今回は、撮影可能な教会ばかりだった)暗所に強いカメラを買ったのだ。
オリンパスのtaughというシリーズ。
オススメ。
2015.06.18 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
大聖堂の街オルビエート
パリ、フィレンツェを経由して、イタリア オルビエートに到着。

大聖堂だけかウリなのかとと思いきや、中世そのままの佇まいを残す
好感度の高い街なのだった。

さてその大聖堂、ファサードだけでも、ひとつづつ解明してると
いくら時間があっても足りない。


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たとえば4枚ある浮き彫り部分一つをとっても、聖書の場面がぎっしり。

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アダムの肋骨から神がイヴを取り出すシーンのアップ。
なんとも繊細な技。


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その他、フレスコ画に彩られた礼拝堂が二箇所。
ストーリーが面白くて、ときを忘れる。

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特にルーカ・シニョレッリの地獄、天国、蘇りを描いたフレスコ画は、
おどろおどろしいシーンが迫力満点。

こちらの地獄図。
凄惨な殺戮シーンに登場する女性の顔に秘密あり。
画家が振られた女性への腹いせに、痛みに歪む犠牲者の顔に彼女の似顔絵を用いたのだとか。
ぶるっ。

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本日の結論: 彫刻、絵画は天国のシーンより、
地獄のシーンが面白い。
2015.06.17 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
朝焼けのシャルルドゴール空港から
午前5時。
夜から朝へ。
パワーバランスが徐々に入れ替わる瞬間。
大きなガラスごしに見られるこの場所が気に入った。


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シャルルドゴール空港はあちこちで工事中。
パリから乗り継ぎの矢印に沿っていく先に待っていたものは、
「閉鎖中」の文字。
一旦戻って出口まで行き、そのあとゲートに進め、と。

いつかあくと信じて待つ人も。
一旦外に出るみたいですよ、と声をかけておく。

そしてたどり着いた搭乗ゲート。
かつて有料だったり、お試し30分有料だったwifiは無料になってた。
スポンサーがついたみたい。

単に待合室で待つのは味気ない。
しばし探検。

そしてこの場所にきた。

一番気に入った席を占領することにする。
まだ誰もいない、静かな早朝のひととき。

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2015.06.16 Tue | Private| 0 track backs,
古代の筆跡: 小堀遠州、藤原定家
先日触れた国立公文書の「恋する王朝」展では、
平安時代の有名人の筆跡を目にすることができる。


城の再建を手掛け、また作庭家、茶人としても有名な小堀遠州の自筆「伊勢物語」。
左右におおらかに広がる文字が印象的。


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「白玉かなにそと人のとひしとき つゆとこたへてきえなまし物を」

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藤原定家が孫娘のために写した伊勢物語を、さらに模写したものがこちら。
定家様という独特の筆記体を模しているそう。

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いわゆる丸文字だったようだ、定家。

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さらに、物語の中に出てくる物語、という視点の展示もある。

こちらは源氏物語。
挿話の中で、「かぐや姫」に触れている。
物語創作順序を知る手がかりとなる。
かぐや姫を軸に展開する「竹取物語」は現在最古の物語とされている。

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源氏物語中の、「かぐや姫」の文字。

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こちらが「竹取物語」の写本。ただし写年は不明。

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「更級日記」でもそれ以前に編纂された物語に触れている部分があり、その解説もある。

(更級日記の主人公が源氏物語にあこがれるくだりは、高校生時代共感をもって読んだ記憶あり。)

古代ロマンに浸れるひととき。

国立公文書
http://www.archives.go.jp/exhibition/
.
2015.06.15 Mon | Books| 0 track backs,
裏の顔
謀反を起こし、信長の怒りを買って一族郎党100人以上が焼き殺しにあいつつも生きながらえ、
やがて秀吉の時代に入り、無事生涯をまっとうした武将・荒木村重。

みずからのせいで凄惨な結果を生み、
本来なら自決を決めるのでは、と思われる場面で、彼は逃亡の道を選んだ。

後ろめたさとどう対峙したのかは知らない。

ただ、奇跡的に救出された息子に、その暗い影がつきまとったとしても不思議ではない。
事件が起きたとき、彼は生後まもなかったとはいえ、やがておのずと過去の話を耳にしたのではないか。


その息子、岩佐又兵衛は絵師となり、「洛中洛外図屏風」舟木本を描くに至る。
東京国立博物館の京都展に出品され、大人気だったあの屏風だ。

庶民の生活が生き生きと描かれ、、お茶目さや愛嬌に満ちた楽しい作品だった。


と同時に、彼には裏の顔があった。
人々のノーテンキな表情だけでなく、裏でこっそり残虐な流血シーンも数々描いている。


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過去の生い立ちと、血なまぐさくて怨念こもった作品とを関連づけるのは短絡的とは思う。

けれど、突如なんの文脈もなく(少なくとも今の視点にたってみると)生み出されたようなこの唐突感。


心の奥底にある黒いものを、吐き出す意図があった、
そう思えるほど、彼の”裏の絵”には迫力がある。


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この絵師の二面性について、人の裏の顔などについて、あれこれ思いをめぐらせたつつ、
やがて、仮面舞踏会に見る人間の二面性などにも思いが飛んで行ったのだった。

~ 辻惟雄 先生のご講演会にて。

p.s.
岩佐研究の第一人者、辻惟雄 先生は、この不可解な又兵衛の二刀流について、裏又兵衛と呼んでいらした。
(当時無名だった岩佐又兵衛の研究を先生が開始された理由は、ご自身の興味ではなく、
どうやら担当教授からの押し付けだったよう。)
2015.06.14 Sun | Society| 0 track backs,
セッライオ「奉納祭壇画:聖三位一体、聖母マリア、聖ヨハネと寄進者 」の中のガイコツ
国立東京近代美術館の年間パスを所持しているので、国立西洋美術館の常設展は1年間無料だ。
(同じ国立としてコラボしているらしい。)
それをいいことに、少しでも時間が空くと、好きな絵を数枚だけ見に行ったりする。

見れば見るほど絵はさまざまなことに気づかせてくれる。

たとえば ヤコポ・デル・セッライオのこの作品。

神、精霊、キリストが一体となった三位一体の部分がやや重苦しいというか、
ムササビみたいに絵に張り付いていて、スタイリッシュではないものの
その分インパクトはある。

いつもこの三位一体のムササビばかりに目が行っていたのだけれど、
ある日ふと、ガイコツの存在に気がついた。

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なぜこんな構成に?
タイトルにヒントがあった

奉納祭壇画・寄進者・・・

寄進者の妻と娘が亡くなり、鎮魂のために描かせ、それを奉納した。
画中には、亡くなった2人のみならず、イタリアの宗教画でこれまで何度も目にしてきたように、
寄進者(と息子)の姿も描かれている。
悲痛なおももちで。

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この絵は細部が面白い、と気が付いた。

三位一体の円の下の半円に平行して遠景が描き込まれ、
額縁の上部半円と合わせて外側にもうひとつ円がくるコンポジション。

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その円の外側(絵の下側)、つまり一面が凹面になった四角形の中に
寄進者と家族や聖ヨハネがおり、
解説によると、さらに聖書の8つの場面が散りばめられている。


背景の人物画は、かなり小さいので目を凝らしてみる。

もしかしたらこれはイサクの犠牲?
(下の写真の左・全体図でいうとキリストの向かって左に小さく描き込まれている)

父アブラハムが信仰のために息子イサクをその手であやめようとしたそのとき
天使が待ったをかける、というあの旧約聖書の一場面ではないか?

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それからこの中央の遠景。
左手に見えるのはキリストとマグラダのマリアの対面シーンのよう。
でも、それにしてはキリストがよれよれなのが気になる。

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どのディテールが、どの物語に相当するか見極めようと絵の前でしばし躍起になってしまった。
でも回答がない。
8つの場面のヒントがほしいです、西洋美術館さん!



西洋美術館、常設展は、たったの430円。
しかも毎月第2、第4土曜日、文化の日(11月3日)は無料。
名画の宝庫は惜しげもなく庶民に開放されている。
http://www.nmwa.go.jp/jp/visit/index.html
2015.06.13 Sat | Art| 0 track backs,
鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)の浮世絵をもとに / 武家好みと大奥好みのちがい
西洋人並のプロポーションで浮世絵美人図を描いた鳥居清長は有名だけれど、
似た画風の作家に鳥文斎栄之がいる。

10等身ともいわれる極端な理想的体型の女性たちは目を引く一方で、
鳥居清長に比べ、どこか印象が薄い。

要因のひとつに、渋い色調があるのではないか。

実はこの色合い、武家好みの色合いなのだった。
そしてこのテーストはなにより、彼自身の出自に関係がある。


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鳥文斎栄之「藤棚下の美人」(東京国立博物館にて)


鳥文斎栄之、こと細田時富は、細田家という旗本の家に生まれた。
過去には勘定奉行までつとめたかなりの名家だそうで、
高貴な出といわれる江戸時代琳派を牽引した酒井抱一よりも
格でいうと上となる。


その細田時富は、30代でさっさと隠居し、絵師をめざしたという変わり種。
浮世絵師として活躍するが、家柄の関係もあり、武家好みの絵をもっぱら描いていた。


そう、表向きの武家屋敷では、こういった渋いトーンが好まれたのだ。
一方で、裏方、つまり大奥では、絢爛豪華な華やかな色調がもてはやされた。

栄之は顧客として武家を意識したのであろうが、同時に
そうした環境を肌で体験していたせいもあり、彼自身、渋目の嗜好があったのだろう。


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上記細部:栄之図という落款あり


さてこの栄之、寛政の改革で風紀取り締まりが厳しくなり、
弾圧により健康まで害する絵師が出る中、
しなやかにサバイバルした。
どうやって?

肉筆画に転向したのだ。
肉筆画なら、大量生産の版画と違い、特定の顧客向けに注文を受けて描くことになる。

個人の顧客は、ひそやかに自宅で楽しむために所持するため、
公の目にさらされることはなかったようだ。


内容の参照: 江戸東京博物館で以前行われたトークをもとに
2015.06.12 Fri | Art| 0 track backs,
FC東京 武藤のゴール
先日のFC東京vs柏レイソル
ツーレの写真にゴールが写っていたので。
しばらくサッカー観戦の予定はないので、間近で見る武藤のゴール、最後になるかも。

PKを得て武藤:

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キーパーの手から数十センチのところ。

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入った。

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蹴る前の時点で1:1の同点だったが、2:1にして、競り勝った。

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柏がその前に一旦同点に追いついたシーン:
こちらもPK。
武藤のファウルがとられた。

P1270145_201506112129246d4.jpg

きっちり決めて、柏がいったん1:1に追いついた。
(けれど上のとおり武藤が入れて再び突き放されゲーム終了。)

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2015.06.11 Thu | Sports| 0 track backs,
千住博さんの講演会にて ツーレのお絵かき
美術系講演会で魅せられたスライドに、かつて見たことのない絵が登場すると
(かつ、その絵が美術史の中でキーとなる場合)
私はその場でカンタンなスケッチをすることにしている。

帰宅後、画像検索などでその該当する図を見つけるのに便利だし、
絵を描いたときの記憶が話の内容をより生き生きと蘇らせてくれる。


昨日はツーレが慶応夕学講座で日本画家・千住博さんのお話を聞いたそう。
その中で、千住さんの好きな絵がスライドで登場した。

彼も私の真似をして、スライドに出てきた絵を写し取ってきたようだ。

けれど、どれも世に有名な絵ばかり。
(描かなくても記憶にあるような)

描く必要あったのかな、と首をひねったけれど、
手を動かしながら話を頭に刻んだ、と本人は言っている。

それぞれスケッチを見せてもらったけれど、わー、適当、
という荒っぽい筆致ながら、
なんの絵に相当するのか全部なんとなくわかるから、
なんともまあ、不思議。

左がツーレの即興画。


P1720096_201506100815403e2.jpg●●Ingres.jpg
アングル/ 「泉」
P1720097.jpg●●Venus.jpg
ボッティチェッリ / 「ヴィーナスの誕生」
P1720098.jpg●●Gogh_201506100827358f2.jpg
ゴッホ / 「江戸内大木(花咲く梅ノ木)」
P1720100.jpg●●renoir_20150610082736d38.jpg
ルノワール / 「ピアノを弾く二人の少女」
P1720101.jpg●● Manet.jpg
マネ / 「フォリ・ベルジェールのバー」
P1720102.jpg●● Danser.jpg
ドガ / 「踊り子」
P1720104.jpg●●Vague.jpg
北斎 / 「神奈川沖浪裏」
P1720099.jpg●●Pont.jpg
モネ / 「ジヴェルニーの日本の橋 」
P1720095.jpg●●Sezanne.jpg
セザンヌ / 「サントヴィクトワール山」
2015.06.10 Wed | Art| 0 track backs,
イタリア語で「牛」はなんというか
イタリアのレストランサイトでメニューを見ていて、
聞きなれない名詞があり調べたら「牛」の意味だった。

牛肉料理でManzoというのは目にしたことがあるが
バリエーションがあるらしい。
日本でも牛肉、仔牛、などの呼称があるのと同じなのだろう。

・・・と思いきや、牛を表す単語がハンパないことに気が付いた。

呼び名は雄牛の年齢によって下記のようにわかれます。

"balliotto" うまれたての雄牛
"vitello" 1歳までの雄牛(○か月までとする説明も見られる)
"manzo"  1歳から4歳までの去勢された雄牛
"vitellone" 1歳から4歳までの去勢されていない雄牛
"bue" または "bove" 4歳以上の去勢された雄牛
"toro" 4歳以上の去勢されていない雄牛
今度は雌牛の年齢による呼び名

"vitella" 1歳までの雌牛
"sorana" または "manzetta" 出産を経験していない20か月以下の雌牛
"manza", "giovenca" または "scottona" 1歳から3歳までの雌牛
"vacca" 3歳以上の雌牛、または出産を経験した 3歳未満の雌牛

こちらのサイト:
http://italiago.hateblo.jp/entry/2014/06/21/055511から


そういえば日本でも出世魚というのがある。:ワカシ → イナダ → ワラサ → ブリ

かつて稲を表す言葉もバリエーションがあったようだし、
フランス語にはブドウに関連した単語が多い気がする。

その国のカルチャーに密接につながっているものには、綿密な語彙があてがわれる。

とはいえこの牛を表すイタリア語、多過ぎやしないか。
それほど牛肉を食する文化というイメージはないのだけれど。
.
2015.06.09 Tue | Language| 0 track backs,
アールグレイ・グランドクラシック
◆ これを飲んだら他のアールグレーが飲めない・・・


ルピシアのグランドクラシック は、極上のアールグレー紅茶。

この味を知ってしまってからというもの、病みつきとなっている。
中にドライフラワーらしきものも混じっていて、非常に香わしい。

「英国のグレイ伯爵が惚れ込み、アールグレイの元となった銘茶を再現しました」とのこと。

購入できる場所が限られているのが難点だが、私はプランタン銀座の地下で購入している。

50g入りのみ。
自宅用なので缶入りでないものを購入し、保存用の陶器に入れている。

写真 (95)


http://www.lupicia.com/shop/g/g12405204/
2015.06.08 Mon | Gourmet| 0 track backs,
「フランス絵画の贈り物」/ 泉屋博古館分館(東京) 住友家の美術コレクション
住友家のコレクション保存公開のために開館した泉屋博古館は、
住友家第15代当主春翠(外部からの後継者で、西園寺公望の実弟)の時代の収集品が核を成す。

別子銅山で財を成した家柄なので、ごく自然な流れとして青銅器のコレクションが中心的で、
絵画の収集品はそれほど多くはない。


多方面の美術品収集に興味があった春翠氏。実は西洋絵画収集の意欲もあったようだ。
しかし、あまりうまくいかなかった。

留学の資金援助をした画家・鹿子木孟郎に、現地で絵画の名品を購入するよう依頼したものの、
鹿子木は購入はさておいて、その資金を自らの絵の具代にあてた。

せっせとルーブル美術館に所蔵されている有数の作品(アングルなど)を模写し、
それを住友家に差し出し、
買えない一級品の模写にこそが価値があるのだと、説得してしまった。

鹿子木孟郎が児島虎二郎だったら、コレクションの中身もずいぶん違っていたわけだ。


この逸話を以前から知っていたため、鹿子木は一切絵画を持ち帰らなかったと思っていた。
しかし今回の展覧会で初めて知ったことがある。

購入してきた絵画もあったのだと。
とくに、自分が師事した歴史画家ジャン=ポール・ローランスの絵画については大作を手にし、
住友家に差し出していたようだ。


今回の展覧会では、そのようにして手に入れた作品を含め住友家に残る絵画の数々が展示されている。

これまで見たことのないローランスの大作《マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち》を
まのあたりにし、こんなものが日本に存在していたのか、と驚いた。

中央には、20代で戦死したフランスの名将フランソワ=ゼウラン・マルソー将軍のなきがら。
右手に描き込まれているオーストリアのカール大公は、敵方ながら、葬儀に参列した。
脅威を与えた名将に敬意を払うためだ。
参列受諾を得た代わりに、フランスへの遺体引き渡しに応じた。

そんな歴史の一コマが荘厳なリアリティで描かれている。

後年アカデミズムは時代遅れとされたものの、当時としては
一級品だったことだろう。


大きすぎて船舶輸送にするしかなかったという《ルターとその弟子》は焼失してしまったものの、
写真が残っていて展示があった。

モネの《モンソー公園》はなつかしい景色。
地元のオアシスとして親しまれ、冷たいパリのイメージとは程遠い
暖かなぬくもりあふれる公園だった。

おそらくモネのあの絵は、下の写真の構図の逆側から写生したものではないだろうか。

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そのほか、ボナールの《曲馬》、ドランの《鳥と雪景色》のようにデザイン性に富む作品、
洒脱で青色の妙が光るミロの《弓を射る人》など、
これまでカタログなどで一切目にしたことのない作品が並び、
プライベートコレクションならではだ。


アカデミズム・新古典主義から印象派を経て抽象・表現主義まで。
質実剛健な住友家の気質・嗜好を反映した展覧会だった。


サイト: http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/

展覧会名:特別展「フランス絵画の贈り物」
会場: 泉屋博古館分館(東京)
期間: 平成27年5月30日(土)~8月2日(日)
時間: 午前10時00分~午後5時00分(入館は4時30分まで)
期間中の休館日: 月曜休館(ただし、7月20日は開館、翌21日閉館)  
入館料: 一般 800円(640円) / 学生500円(400円) / 中学生以下無料
※20名様以上の団体は( )内の割引料金
2015.06.07 Sun | Art| 0 track backs,
神楽坂 / トラットリアイルティレーノ
2月に開店したばかりの神楽坂のイタリアン「トラットリアイルティレーノ」。

ランチはぴったり1000円で、前菜+メインパスタ(2種から)+プチデザート+ドリンクという構成。

カウンター席とテーブル席のこじんまりとした店内。

はす向かいにはイタリアンの老舗カルミネ、並びには俺のフレンチ
と激戦区に違いないけれど、近くで働く人たち、近所の人たちのハートをつかんでいる模様。

カウンター越しにはランチの用意の合間にトリッパの仕込みをしている様子がうかがわれた。
ディナーでは結構本格的な料理が食べられそう。


前菜
IMG_6412.jpg

メイン(この日はシラスのスパゲティとサルシッチャのショートパスタ)
IMG_6413.jpg

それにプチソルベとコーヒーという内容。
丁寧な応対も好感度。


この日も市ヶ谷詣ででお昼時となり、カルミネを目指したものの、
ふとこの店が目に入ったのだった。

以前ここを通りかかった時、「おいしかったね」と話しつつ店から出てきた人を見かけたので、
では、今日はこちらにしてみよう、とあいなった。

気軽にふらりと入るにはいい。
(ひとりでの入店だとカウンター席になる。)

FB
https://www.facebook.com/trattoriailtirreno
タベログ
http://tabelog.com/tokyo/A1309/A130905/13177932/
2015.06.06 Sat | Gourmet| 0 track backs,
江戸東京博物館のロゴは、写楽の役者絵にある「目」だった
両国にある江戸東京博物館。

浮世絵のコレクションを多数所有するのは知っていた。
でも、それを誇るかのように、
同館のロゴが浮世絵・役者絵 に描かれた「目」を意匠化したものだった
というのは初めて知った。


写真 (94)


たしかにこれは写楽の「目」だ。
==> 画像

写真 (94)b


それまで何気なく目にしてきたロゴだけど、
それを知ってからというもの、目にしか見えなくなった。
2015.06.05 Fri | Art| 0 track backs,
国立公文書館 / 恋する王朝 
◆ 江戸時代にもこんなパロディがあった


伊勢物語の貴重本である嵯峨本が展示されると聞き、先週末開始になった国立公文書館 「恋する王朝」へ行ってきた。

伊勢物語のみならず、源氏物語の保存状態のよさに驚く。

主流の話はまた別途として、江戸時代に伊勢物語のパロディが出て、
そこまでやるか?というようなおふざけもあり、
これは現代にも通じる大胆さ、と思ったのだった。


伊勢物語のパロディ → 「好色伊勢物語」(むかし色男ありけり)、「仁勢物語」(ニセ物語)!

展示パネルにはこんな例も。


これは本物。
伊勢物語第6段「芥川」。

男が女性を盗み出し、おぶって駆け落ちする場面:

Ise2.jpg


それがパロディになると:

Ise1.jpg


アップ:
力持ちの女が男をかっさらい、背におぶっている!!

Ise3.jpg


挿絵に見られる男女の機微など、国立とは思えない(?)しなやかな視点で展示され、
館内はいつもになく女性たちでにぎわっていた。

写真撮影OK。

*****

「平成27年度 第1回企画展 恋する王朝」
会期 平成27年5月30日(土)~7月11日(土)
開館時間 月~土曜日  午前9時15分~午後5時00分
※入館は閉館の30分前まで、日曜日は休館
会場 国立公文書館 本館
入場料 無料

http://www.archives.go.jp/exhibition/index.html
2015.06.04 Thu | Art| 0 track backs,
『安土往還記』(辻邦生)を読んだ元イタリア大使の “とある問い合わせ”
辻邦生氏の歴史小説は圧巻だ。
時代考証が綿密で、インターネットもない時代、よくもあそこまで熟知したものだ、と思わずうなる。

事実とフィクションの境目はなく ミクロのレベルで融合していて、
正直 ときおり面食らうほどだ。


実際、著書の一つ『安土往還記』には、こんな逸話がある。

本書の設定は、著者が古文書をもとに史実を明かす(これもフィクション)、というもので、それにだまされ
その現物の古文書はどうしたら手に入るか?と問い合わせがきたというのだ。

以下、辻邦生全集第一巻『安土往還記』 解題から:

『安土往還記』が発表されて間もなく、ある年配の方から電話があった。自分はイタリア大使を務めたことがあり、イタリア語も読めるので、あなたの訳された古文書の原物を直接に読みたいが、それにはどうしたらよいか、という問い合わせであった。



いや、そう勘違いするのも無理はない。
導入部には、固有名詞が散りばめられ、虚構に”信憑性”がぎっしり付与されている。

引用してみると、こんな感じ。


私が以下に訳を試みるのは、南仏ロデス市の著名な蔵書家C・ルジェース氏の書庫で発見された古写本の最後に、別紙で裏打ちされて綴じこまれている、発信者自筆と思われるかなり長文の書簡断片である。原文はイタリア語であるが、私はC・ルジエース氏の仏訳の訳詩に基づいて日本訳を行った。古写本そのものについてはすでに二、三の研究が発表されているが、その前半150葉ほどは、1931年にドロテウス・シリングによって発見されたルイス・フロイスの『日本史』古写本(サルダ古写本A)に閉じ込まれているディエゴ・デ・メスキータのポルトガル文紀行『1582年に日本からローマへ赴いた日本施設に関する記録』の異筆写本である。




こんな素敵なエピソードをもつ『安土往還記』をいつか読んでみたいとは思うものの、
まだ辻氏の『春の戴冠』(史実をもとに間隙をクリエーションで埋めたボッティチェリの生涯)
を読み終えていない。

ちびりちびりと読み進める中、
先日は、ダンテの『神曲』の挿絵をボッティチェリが描いた下りが登場した。
ああ、5月に訪れた印刷博物館で見た、あの挿絵のことだ、、
と、思わず身震いした。

フィレンツェの息遣い溢れるめくるめくストーリーの中に練り込まれた
きめの細かい歴史的事実。

ボッティチェリはじめ登場人物の言葉や仕草がイキイキと描写され、
絶頂を極め、転落の影におびえるフィレンツェの姿が鮮やかに浮かび上がる。


もうフィクションかどうかなんてどうでもいい。
ただひたすら、壮大な絵巻物に酔いしれている。





2015.06.03 Wed | Books| 0 track backs,
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