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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
伊能忠敬の日本図にまつわる真実
19日土曜日、東京国立博物館の月例講演会は、「伊能忠敬の日本図」。

同タイトルの企画展に付随するかたちで行われ、会場は満席。
地図の話を1時間半じっくり聞ける機会はなかなかないものね。



特に目から鱗だったのはー

● 明治時代になって突如彼の業績が世に知られたワケ

江戸時代に活動した伊能忠敬(1745年ー1818年)の業績は明治中頃まで、顧みられることはなかった。
しかし明治時代に出身地の有力者からの申請に基づき1883年に贈位が決定。

以後小学校学習指導要領(社会科)で、必ず教えるべき人物のリストに名を連ねることになった。
(聖徳太子、徳川家康、雪舟、鑑真、ペリー、杉田玄白、近松門左衛門、歌川広重などとともに)


● 50過ぎて開花した伊能忠敬を例にとり、「50歳からの再出発」を説いた小学校教科書のこっけいさ

測量に関心をもち、50歳過ぎてから地図策定のために測量を開始した伊能忠敬の話は
道徳の副読本にも用いられた。

中には、「50歳からの再出発」などというタイトルの本も登場。
50歳!そんな先の話を聞いたって小学生たちは、
若いうちは怠けてもいい、年を取って頑張ればいい、と受け取りかねない。

そんな流れにならぬよう、こういう第二の人生もある、といった展開にするよう
教師に注意をうながす向きもあったとか。


● 幕府の支援

伊能忠敬のスゴサは、緻密さ、データの多さだったという。
実際、彼の日記に書かれた測量数値は「尺」単位に及び、30㎝のスケールまで
測量が可能であったことがわかっている。

もっとも、彼が自身の意向でそれを行ったわけではない。
江戸時代平和な世の中にあり、人や物資の移動がさかんになり、地図が必要となった。
そこで幕府が「御触れ」という形で測量計画を展開する。
抜擢されたのが伊能だった。

測定に当たり不可欠となる各地方の協力を得る為出した御触れの記述が残っている。
読むとなるほど、と思う。

各地方に対し、人脚、馬、長持を用意せよ、とした上で、
協力に際し賃銭を与える、と記されていたのだ。

こうして地元の協力を促すことが可能となった。

面白いのは「逆側の視点」。
つまり、測量を受け入れた地元の人たちが見た測量の様子の記録も残っているそう。
この分野は、まだこれから解読・調査の余地があるそうで
異なる視点からとらえた測量事業も興味深い。



展示室(トーハク所有の展示品は写真撮影可能)には、外国人により制作された日本図も。
英語・日本語併記で、海岸線はフリルのようでかわいらしい。

更によく見るとー

写真 (23)


洋風の大黒様がちょこんと描かれております。

写真 (24)


さらに、伊能よりも前の地図の中には、都道府県の区切りがいかにもテキトーなものも。
解説の田良島哲さんに言わせると、「くずれた饅頭の形」(笑)!


伊能地図の方は、大中小の地図が並んでおり、同じ部分図の比較が可能。

うっすら色がついて上品。
地名も入っている。
たまたま単眼鏡を持っていたので活用した。
上記の地図などに比べ、線の動きのなんたる繊細さ。
実測という多大な努力の賜物だ。

写真 (25)


なお、トーハクの本企画展は、特別展ではないので通常の入場料で鑑賞可能。

企画展「伊能忠敬の日本図」
場所: 東京国立博物館 平成館 企画展示室
日程: 2014年6月24日(火) ~ 2014年8月17日(日)
主な出品作品:
重要文化財 日本沿海輿地図(中図) 東北 伊能忠敬作 江戸時代・19世紀
重要文化財 九州沿海図(中図) 伊能忠敬作 江戸時代・19世紀
2014.07.20 Sun | Art| 0 track backs,
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