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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
鑑賞者として美術館に望むもの / 箱の快適さ、それとも?
「公立美術館は何かと制約が多い、、、」


この土曜は、レクチャー3つ梯子だった。
その2番目のレクチャー(国立近代美術館にて開催中の「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展
ヤゲオ財団コレクションより」)で聞いた言葉が上記。
スピーカーは、国立近代美術館主任研究員の保坂健二朗さん。


「人間(鑑賞者)よりも展示物優先ですから」として、湿度・温度設定は一定。
構造物は、入札で決定。
何かと厳しい条件のもと、制約が課されている公立美術館。

ところがそういう縛りのない自由な美術館が増えているらしい。


上海のYUZミュージアムなどは個人のミュージアムなので、
好きな建築家に依頼して元飛行機管理用の建造物を改造したという。

面積は9000平米もの広さ。(近美は常設展・企画展示場合わせて1500m2+3000m2=4500平米。)


そうした自由度は、作品の選定においてもしかり。

干渉されずに好きなものを買っていく個人は、一定の作家を網羅しようとか、体系化を意識することもない。
作品主体の集め方。
一方公立美術館となると、そうはいかない。
バランスを重視せねばならない。

個人の場合、売買にもさほど躊躇がないようだ。
実際、ヤゲオコレクションの中で今回日本に持って来ようと思った作品が、
直前で売られてしまったそう。


全体的な質を高めるため、利ざやを稼いで資金調達するため、テイストが変わった、
など売却理由はそれぞれだろうけれど、通常の日本の美術館の場合、なかなかそうはいかない。

根津美術館が改築資金捻出のため、集合体全体の雰囲気からややはずれた
中国の時計を売った例はあるそうだが、結構レアケース。


堅苦しい公立美術館 vs 自由度の高い快適な空間で遊べる美術館

正直、後者が圧倒的に好み、とは言い切れない。

ルーブル分館のような構成・斬新なデザインは一度は体験してみたいとは思う。


けれど、快適な空間というものが、意外に脆いものだということを私は感じている。

言い換えれば、快適さが空間のみで縛られるものではないということを。
混雑、おしゃべり、泣き声。


ごく微妙な空気がストレスになることもある。
大混雑とはいかずとも、入場者数が多く整列して鑑賞する形態をとる場合、
鑑賞速度がやたら早い人が後に鈴なりについた時のプレッシャーとか。

空いている時間帯だからと閉館間際を狙ったものの、30分前から「閉館時間はもうすぐです」を頻繁に連呼される時とか。
ゆったり鑑賞できる時間帯を選んだ筈が、仇になったなぁ、みたいな。

とあるガラ空きの展覧会でのこと。
鑑賞し終わった3人の男女が、最後の部屋で声高におしゃべりを続けていることがあった。
気が散ってしまったので、既に見終えた部屋に退避したものの、20分後に戻ってきたら、まだいた。
「注意していただけないでしょうか?」と係員の人に言ったら、
私も気にはしていました、みたいな頷きをもって、言いに行ってくれた。
彼らは鑑賞を終えており話は展覧会と全く無関係な内容だったので、おしゃべりの場を、隣のショップに移せばいいだけの話だった。


行ってみないとわからない「快適でない事象」はあちこちにころがっている。
箱の出来不出来とは無関係なところで、心穏やかに絵と対峙できないことがある。


日本の場合、広大なスペースが取れるわけもなく、
それに比して、美術館ブームは過熱気味。

絵が引き立つ壁の色を使用しました、と言われても、人がひしめいて壁の露出度が僅か、ということもある。
綿密に仕掛けられた構成・配置だったとしても、混雑具合で順番を変えて見ることも多々ある。

企画者・新聞雑誌ライターさんたちが、内覧会という特殊な状況でなく”通常の(混雑)状況”で展覧会を見てみれば、
肝心なものが、また違った角度で見えてくるかもしれない。


そういった不可抗力な不快指数が存在する限り、
重視したいのは作品の内容に尽きる。
数点の名画だけに頼らず、全体としてまとまりがあり時代の位置づけが汲み取れる展示とか、
作家の意外な一面などを露呈してくれる展覧会とか。
埋もれたアーティストの魅力を伝えるものとか。


デュフィ展は、以前他県の美術館で見たことがあったけれど、
今回Bunkamuraで見た「デュフィ展 絵筆が奏でる 色彩のメロディー」展は、
ひとりの画家の画風の移り変わり・絵以外のバリエーションが辿れて、満足度がかなり高かった。
(彼の服飾デザインの例はこれまで見たことがあったけど、
椅子などファーニチャーの展示などはサプライズだった=事前に余り情報を入れないようにした。)

展示手法としてはオーソドックスな方だと思う。
でも、子供のころから思い入れのある画家だったし、
あれだけ多面的に紹介されて、帰途につくとき心が満たされていた。


豪奢なつくりとはいえない目黒区美術館で見た「シャガール展」は驚くほど楽しめた。
ニースのシャガール美術館では味わえなかった別の意味での心地よさがあった。
解説により版画技術体得と活用の執念を知り、シリーズものとして調和があり、
室内には温かさが充満していた。


美術館は、箱の構造だけがすべてではないと思う。


・・・ということで、最後にエールを送りたい。
公立美術館、応援してるよ!


*****

「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展
ヤゲオ財団コレクションより」
於:国立近代美術館
http://www.momat.go.jp/Honkan/core/index.html

上記展示に関わる講演会のスピーカー: 上記展覧会に関わる保坂健二朗 (本展企画者、主任研究員)さん
2014.07.13 Sun | Art| 0 track backs,
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