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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
「ターナー展」所感 Vol.1
英国プチ留学中にはテートギャラリーに入り浸り、
一人旅では一週間ロンドン・ピムリコ駅周辺に宿泊してやっぱりテートに通う日々。

だからターナーの絵には多少なりとも馴染んでいるつもりだったのだけど、
東京都美術館 企画展示室で開催中の「ターナー展」で、新しい発見が多々あった。

これまで風景画家という刻印を勝手に押していたのだが、風景の中に情感が織り交ぜられ、
実は心象風景の画家だったのだ、と。


1.心象風景の画家

1-1.まるで最終形としてのエボーシュ(下絵)のような

最初にそれを感じたのはこの一枚。
(* 都美で展示されている絵(★がついていないもの)の写真撮影については美術館側の許可を得ています。)

「スカボロー:色彩の習作」
習作といいつつ、造詣の精緻を求めたものでなく、見る者に、感じさせるための絵のように見える。

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パナソニックミュージアムで見た、ギュスターブ・モロー展の一種のエボーシュのように
正式な作品になる手前の、今後の展開を感じさせるための下絵として見せる絵、
受動的な絵ではなく、能動的な、”考えさせ・感じさせる”絵なのではないのだろうか。


だから、最後の展示室にあった「湖に沈む夕陽」の絵は、
エボーシュとして、これで完成しているのだと私は思う。

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1-2.幼児虐殺のテーマで敢えて事後の場面を選択したターナー

ターナーはまた、風景の中に「エジプトの第十の災い:初子の虐殺」を盛り込んでいる。

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この絵を見た時、まるでプッサンのような絵も描いていたのか、と驚いた。
(解説にもプッサンの影響との由。)

それまで地位の低かった風景画を高めるために歴史的場面を盛り込んだそうなのだが、
その場面として、牧歌的な一コマや神話の代わりに、旧約聖書のエジプトの十の災厄という
激しいものを敢えて選んでいる。


ただし、殺戮のその時、ではなく、余韻を残す描き方。
(下の画像は上記の細部)

風景の中にも情感を伝えたいという意図を感じる1枚。

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幼児虐殺を題材にした作品というと、これまで虐殺者が描き込まれているものばかりを目にしてきた。


例えば、以前、サンタマリアマッジョーレ大聖堂のエントリーで触れた、あのモザイク★:

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ー 拡大★
兵士たちから子供を守ろうとする追い詰められた母たちの様子が見て取れる。

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シエナのドゥオーモで見た床面装飾(↓)にも、泣き分けぶ母たちとともに、
幼子イエス狩りをするためにヘロデ大王が送り込んだ刺客たちが描かれていた。★

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その他、パドヴァのスクロベーニ礼拝堂の同テーマの一場面は、母たちの涙が生々しく、
(透明な涙の表現方法が絶妙だった)
悲惨さが前面に出ていたのを思い出す。

けれどターナーのそれは、行間を読んでください、的な差し出し方なのだ。



1-3.波と一体化する女囚人たち

この一枚は、「海の惨事(別名「難破した女囚舟アンピトリテ号、強風の中で見捨てられた女性と子どもたち」」と題されたもの。

遭難した人々は、波間に溶けている。

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ジュリコーの「メデューズ号の筏」から着想を得ている旨解説に書かれていた。

とはいえ、今年7月にルーブルで見た本物の「メデューズ号の筏」(↓)の、実際の観察に基づく死体表現とは一線を画し、
風景画とエモーショナルなものを融合させている。★

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2.オマージュ

次なる新しい発見は、ラファエロや、クロード・ロランに心酔し、
特に前者へのオマージュを描いていたという事実。

下の画像がそれ。「ヴァチカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」。

有名なピッティ宮の「小椅子の聖母」も描き込まれている。

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ラファエロの顔はというと --

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ヴァチカン美術館の「アテナイの学堂」に描かれたラファエロの自画像と比較してみると
(↓ 今年5月のローマ滞在にて。こちらを向いているのがラファエロ)★

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優男っぽさが表出しているところが共通している。
これに似せて描いたのでは。


「アテナイの学堂」全体。★

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ちなみに、背景に関しては、私が見た聖ピエトロ大聖堂とは、逆側から描かれていた。★

P1330124.jpg


偉大な画家を意識し、意外な野心家であった様子。

若い頃の肖像画はこれまで目にしてきて、美男子だなぁ、と思っていたけれど、
晩年の彼の肖像画を今回初めて見た。

生気みなぎる様子とはいえず、単に加齢のせいだけではないある種の停滞を感じさせ、意外だった。
ややもすると、失意のうちに生涯を閉じたかのような風貌。
それなりの成功を収めたはずなのに。

WIKIを調べたところ、なんと青年期の自画像が美化され過ぎていたという話。
もともと実像は、他人が描いた晩年の絵に似ていたようだ。


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ラファエロを意識したり、自己を装ったり。
見栄っ張りな人だったのか。



東京都美術館 『ターナー展』(~12/18)
http://www.turner2013-14.jp/index.html
「ブロガーイベント with スペシャルトーク」にて

(Vol.2に続く)
2013.11.21 Thu | Art| 0 track backs,
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