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ロダンの「カレーの市民」、国立西洋美術館、そしてイギリス
◆ 国立西洋美術館正面にあるオーギュスト・ロダン作「カレーの市民」をイギリスで見た


去る11日、国立西洋美術館を訪れた時、やっぱりそうだ!まったく一緒だ、と眼を輝かせたものがある。
ロダン作、カレーの市民の彫像。


上野の作品

P1240419.jpg



ロンドンの作品

というのも、今年7月、ロンドンで見かけたのだ、全く同じものを。

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一見同じ場所で撮影したかのように見えるが、ほら、このとおり。
角度を少しずらすと、バックにウェストミンスター宮殿が見える。

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いつもは何気に通り過ぎる国立西洋美術館の前庭も、ロンドンの記憶がまだ新しかっただけに、じっくりと見てみた。

この像はフランスと英国間に起こった1347年の普仏戦争の様子を映し出している。

フランス・カレー市を包囲したイングランドのエドワード3世は、市民を救いたいのなら、市の幹部6人をいけにえに捧げよ、と命じた。

志願者が6人集まり、彼らはズボンを脱ぐ。
綱につながれた状態で、一人は城門の鍵を持たされた。。
そんな悲惨な情景が迫真的な様子で刻まれている。

最終的にこの6人はイングランド王妃の懇願により命を救われたそうで、それがやや救い、といった感じの、まことに陰鬱な群像だ。

で、イギリスでは足元のコメモレーションをチェック。

タイトルは、英語で「The Burghers of Calais」=「カレーの中産階級」がそのオリジナルタイトルのようだ。


P1130557.jpg


碑文を読んでみる:

The Burghers of Calais カレーの市民は
commemorate six citizens of that town. この街の6人の市民を記念している
who offered themselves. 彼らは自らを捧げた
as hostages to Edward III エドワードIIIの捕虜として
after he had vainly besieged their town この街を彼が無駄に攻略しようとした際に
for nearly a year in 1347. 1347年から約1年ほど
The story goes that their lives were spared この話によると、彼らの命は救われたとされている
on the intersession of Edward's queen エドワード王妃フィリッパ・ハイノールトの仲裁によって
Philippa Hainault.


この記念碑では、最後が大事。
つまり、カレーの市民らは惨殺されずに済んだのだ、という点。

イギリス人は残酷な仕打ちの加害者たることを免れたのだ、と強調している。

それにしてもこの公園は、ちょっとした穴場的スポットで、思いがけず嬉しい遭遇だった。


P1130562.jpg


フランス人のロダンが造ったこの彫刻が、いじめた側のイギリスにあるのは皮肉なことだ。。。と思っていたら、
なんと世界あちこちにこの作品は散らばっていた。

筆頭はもちろんフランス・カレー市。
ほかにも ー


– カレー市庁舎
– コペンハーゲンのニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館
– ベルギー・マリーモンの王立マリーモン博物館
– ロンドン、ウェストミンスター宮殿のヴィクトリア・タワー・ガーデン
– フィラデルフィアのロダン美術館
– パリのロダン美術館
– バーゼルのバーゼル市立美術館
– ワシントンD.C.のスミソニアン博物館のハーシュホーン博物館と彫刻の庭
– 東京の国立西洋美術館
– カリフォルニア州パサデナのノートン・サイモン美術館
– ニューヨークのメトロポリタン美術館
– ソウルのサムスン芸術文化財団ロダン・ギャラリー
(WIKIより)

スミソニアンには行ったけれど、これは見てない。
なぜ上野にこれがあるのか、はこちらの博物館のニュースに出ている。


もともと松方幸次郎氏が発注し、制作されたものの、紆余曲折を経てパリにいき、パリ・ロダン美術館から返却は拒まれたが、新たに鋳造されて日本に渡ったと。

そんな背景を知れば、上野の6人の苦悩の様子に、さらなる歴史の重みが付加される。


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2012.11.16 Fri | Art| 1 track backs,
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