FC2ブログ
日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
戦前、異文化に飛び込んだ日本人たち
1950年代に単身フランス、イタリアに渡って芸術を吸収してきた人たちのポテンシャルに驚嘆していたというのに、
和辻哲郎氏の「イタリア古寺巡礼」で垣間見た状況、つまり戦前の文化人たちの吸収ぶりが圧巻で、
すっかり目を丸くしてしまった。

そんな矢先、下記メッセージを頂き、そういう華やかなりし時代があったのかと再認識。
確かに戦前は、想像以上に豊かな時代があり、渡欧の後、海外文化を身につけて帰国する人たちがそこそこいた、
須賀敦子さんの父もそうだった、といったことをどこかで読んだことがあったけれど。

そして、先日の富士フィルムの昭和の写真展でも、戦前の女性のおしゃれぶりに不意を突かれたのだった。

戦争があそこまでの破壊力と文化の分断をもたらしたというのは、知っていたようで、ビジュアルで見ると改めて驚愕だ。
そして残念だなぁ、という思いに包まれる。

そんなこんなで、戦前時代の渡欧文化に興味を持っていた矢先、さらに知らない世界に遭遇しそうな予感。

(Email from mkさん)
先日のイタリア古寺巡礼の記事も興味深く拝読いたしました。

当時は、帝国大学の教授になるためには海外留学の経験が必要でしたから多くの研究者が海外、特にヨーロッパ、なかでもベルリンとパリに留学していました。

当時のイタリア紀行文については、末永航という方の『イタリア、旅する心 大正教養世代がみた都市と美術』(青弓社、2005年3月)に色々紹介されてあります。和辻哲郎氏の記事もあります。よろしかったらご参考にされてください。



ちなみに、下記にて頂いたメールにある天正少年使節団。
以前イタリアのヴィチェンツァで、彼らのことを描いた絵を見たけれど

P1020186.jpg


彼らは幼すぎて、異文化を吸収できず、病に伏す人も出たそう。
結局異国後余りそれを生かすことはできず。
だから、文献や成果を著した文献が少ないと聞く。

カルチャーショック、強すぎたのだろう。
やはり精神的にマチュアでないと難しいだろう。
今みたいに事前にネットや地球のなんとかで情報を吸い上げ、それに備えておくことができないのだから。


(email from SSさん)
和辻哲郎、興味深い本の紹介、ありがとうございます。

おっしゃる通り、ほとんど情報を持たずに異文化の中へ入っていくという経験は、
今の我々から見ると、恐ろしいけれど羨ましくもありますね。

明治時代、やたらパリに留学していた東京美術学校の画学生や、6歳でアメリカ留学した津田梅子。
もっとさかのぼれば天正少年使節団。

いったいどんな気持ちで日々を過ごしたのか、想像ができません。

2012.10.18 Thu | Books| 0 track backs,
"shw-greenwood" template design by Shallwill