日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
彫刻家ヨハン・ピンゼルの作品集とサグラダファミリア
我々には自転車本で知られている未知谷だけど、実は哲学本、国内外の文学作品から芸術本まで幅広く出している。
これは、日本ではまだ知られていないピンゼルの作品をフィーチャーした一冊。

別頁にも書いた通り、動的で、悲劇性を衣服の襞のひとつひとつにまで沁みこませたような作品の数々。

ピンゼルピンゼル
(2011/10)
ボリス ヴォズニツキ、 他

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同じ宗教彫刻ということで、対比的に思いだされるのが二年前に見たサグラダファミリアの最近の彫刻群。
抽象表現に向かっている。



ユダの接吻も、感情は読みとれない。



ウクライナ人のピンゼルは18世紀の人らしい。
彼のあのからだじゅうから感情がほとばしるどくとk表現方法は一体どの系譜からきているのだろう。

今年、ヴィチェンツァでロシアのイコンの展示(比較的近代のもの)を次々と見た時の印象とは違う。
つまりロシアのイコンに見る宗教表現は、5世紀のビザンチン美術の流れをしっかり汲んでいて、そかからの脱却がないと感じた。

ラヴェンナで見た、5世紀ビザンチンのモザイクは、進んだ技術と感激し、感情表現の萌芽を感じたけれど、
その表現方法が近代のイコンとなれば、稚拙、と感じてしまう。

けれどこのウクライナの彫刻家の作品には、ビザンチンの面影はない。
○○派、といった美術の流れとは別に、突然飛び地的に芸術が生まれたように見えるけれど。
彼が影響を受け感化された源泉が何なのか、好奇心。

恐らく答えはこの一冊の中に見つけられるのでは。
これから丁寧に読んで・鑑賞してみることにする。


p.s. 今こちらのブログを見て開眼。
ウクライナ芸術には装飾過多の傾向があるという。
2011.10.31 Mon | Books| 0 track backs,
ヴェネツィア 聖マルコ寺院
TV番組や芸術新潮で取り上げられていた聖マルコ寺院の黄金のモザイク。
見た時に余り感激しなかったのは、ラヴェンナで6世紀の黄金モザイクをお腹いっぱい見てきたせいだろうか。

さらに、内部は暗すぎてよく見えないし。
唯一、入り口付近のモザイクは日差しに照らされよく見える。
中に入らずとも外から写真も撮れてしまう。

その中の一枚、これが気になった。
何を描いているものなのだろう、と。
キリストが引き起こした奇跡、病人の治癒、を表しているのだろうか?

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2011.10.29 Sat | Travel-Italy| 0 track backs,
最新号の芸術新潮
最新号はヴェネツィア特集、、、と昨日メールで教えてくれた人がいて、ジムの帰り、23時閉店ぎりぎりで本屋に駆け込みゲットした。
「芸術新潮」

芸術新潮 2011年 11月号 [雑誌]芸術新潮 2011年 11月号 [雑誌]
(2011/10/25)
不明

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大江戸博物館で開催中のヴェネツィア展と呼応するものなのだろうが、2か月前のヴェネツィア旅行で重点的に見てきたものばかりで、感激もひとしお。

新婚旅行でヴェネツィアングラスの花瓶や香水入れ、箸置きなどを買ったムラーノ島を、今回再訪したのも、このサンティ・マリア・エ・ドナート教会目的だった。
古めかしいモザイクがそこはかとなくいい味を出している、そんな話を宮下規久朗さんの「北イタリア」の本で知った。
今回の芸術新潮の解説者の方でもある。


このサンティ・マリア・エ・ドナート教会、石造りなのに、歩くとまるで床が軋みそうなぐらいひしゃげていて、そんなごつごつとした肌触りの床に、あでやかな鳥のモザイクが散らばっている。

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そしてもちろんアッカデミア美術館。
バカンス真っ盛りのヴェネツィアだから、大混雑だろうと張り切って開館30分後に入ったら、気抜けするほど空いていた。
人々の目的地は、鳩と人がわんさか群がるサンマルコ寺院あたりに集中、というわけか。

ここはどうやら観光客の優先順位で言うと後ろの方にくる場所のようだが、実はヴェネツィアがたっぷり味わえる至宝の館。

例えば、カルパッチョが描いたヴェネツィアの運河グランカナル。(この美術館は、写真OK)

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ベッリーニのリアルト橋も。
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大冒険絵巻のウルスラ伝のシリーズ絵画Byカルパッチョ。
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そして、ルネッサンスの萌芽をうっすら予感させるジョルジョーネのテンペストの神秘に魅せられ。

ここは写真OKとはいっても、名画をカメラに収めることの後ろめたさと、鑑賞者の邪魔になってはならぬという気持ちから、さっと撮影してカメラをしまうという状況で、ボケた写真が実は多いのだ。

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(上記4枚すべて芸術新潮に登場する)


もちろんドゥカーレ宮殿も。宮殿の中庭側はこんな感じ。

広大な館、語り尽くせぬほど豪奢な内部。時間をかけて回ったつもりだったがそれでも消化不良気味な気がしたので、ガイドブックを買ってきた。
帰国後再度咀嚼を試みよう、と2度の味わいを楽しみにしつつ、まだじっくり読む暇がない。
それでもあの時の写真を改めて見るたびに、じわじわっと当時胸に充満していた満足感が蘇る。

イタリア、ことヴェネツィアの旅は、行った時だけ一過性の楽しみではなく、帰国後も、ずっと余韻を楽しめる、豊かでお得な旅だった。

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2011.10.27 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
ベルギー、オランダのお土産
夫のツーレがオランダ出張となった。

オランダ・・で思い浮かぶお土産がない。
木靴のキーホルダーなら既に持っている。


そこで、友人にオランダ土産のお勧めを相談。
「ヴァンホーテンコーヒーはどうだろう」と。

確かに日本では小ぶりのしか見かけない。
しかもそこそこのお値段だ。
惜しげもなく、がぶがぶ飲めるような大き目の缶をお土産に頼むことにした。。


結果的に、正解だった。
缶がとてもかわいくて、日本では見たことがない。

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さらにベルギーでは、チョコとココアを買ってきてくれた。

アントワープ(ベルギー)で見つけたという「チョコレートライン」という銘柄のチョコレート。
現地で大人気だったそうだ。

写真右後方の紫の箱はココアパウダー。
その脇は、チョコのついたスティック。
これ、ホットミルク或いはお湯に入れて溶かすと、ホットチョコレートになる、という代物だそう。

同じ店、「チョコレートライン」の板チョコ(写真中央下)は、よく見るとカカオ含有量が表に書いてある。
その%が高いとブラックチョコのコクがぐっと増す。


左のチョコレートはチョコレートラインではなく、風車の絵のついたのチョコ。
オランダの空港デューティーフリーショップのチョコ。

会社のバラマキ用お土産にちょうどいい。


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更に、頼まなかったけど買ってきてくれたこんなお土産も。

アムステルダム国立美術館のカタログ。

美術好きとしては嬉しい。


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2011.10.25 Tue | Travel-Benelux| 0 track backs,
CP最高、マントヴァの宿
以前現地からダイレクトでエントリーした日記で触れたけれど、前回のイタリア滞在では、どの宿も満足だったのだが、とりわけマントヴァの宿が心地よかった。
キッチン付きで、2部屋続き。
鍋一色が必要な場合は追加チャージだけれど、お湯を沸かすとかいった程度なら、無料。
オリーブオイル、包丁、調味料、ケトル無料。

近くのカフェで頂く朝食付きで、2人で1万円程度。
なんともお得な宿だった。

日本人がかつてきたことありますか?と聞いたら、つい先日までなんと1ヶ月滞在した日本人がいたそうだ。
3人組で、先生と歌手という取り合わせだったとか。

名前も教えてもらったけれど、知らない名前だった。
或いは有名人なのにイタリア的発音でよくわからなかったのかもしれない。

こんな素敵な町の、あんなに快適な宿で1カ月。
なんとも贅沢な。

でも確かに、こんな広さと清潔感とCPが抜群の宿に1泊だけとはちょっと残念だった。

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2011.10.23 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
ツーレの韓国だより
韓国へは行ったことがない。
一度友人に誘われ飛行機予約までしたけれど、空港そばで爆破事件が起き、周囲の反対もありやめた。

以下、韓国滞在中のツーレから送られてきた写真:
美容整形の広告がこんな堂々と公共の場に貼られているのは、さすが整形が身近で盛んな韓国だなと思う。
しかし可愛く変身するものだ。

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美容整形の広告です。 地下鉄駅の階段脇に。
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BODY SHOP ならぬ、 FACE SHOP がありました。
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プルコギ 料理前
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プルコギ 料理後
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天ぷら和食の飲み屋です。(てんぷら屋で「にくじゃが」)
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2011.10.20 Thu | Travel-Others| 0 track backs,
ツーレは韓国
目下ツーレが韓国出張中。
帰国後、1日置いて、日曜からは私が入れ替わりに北欧圏へと出張の予定。
寒そうだなぁ。
一体どんだけ厚着をしていくべきか?


さてツーレから韓国だより。
お土産にお茶を所望しておいた(韓国好きの友人のお勧め。化粧パック、BBクリームや海苔なんかは友人に買ってきてもらったことがあるし)

このあたりは、若者向けの海外ブランドのお店が並んでいましたが、
ユニクロは群を抜いて目立ってました。

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参鶏湯(サムゲタン)の有名なお店に到着、壁にはハングル語がビッシリ!

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お店の名前は?というと 「土俗村 参鶏湯」 、かなりの繁盛ぶりでした。

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と、これだけなので、忙しくしているに違いない。
2011.10.19 Wed | Travel-Others| 0 track backs,
マントヴァからヴィチェンツァへ : ヴィチェンツァでお勧めの超チープなレストラン
いつ終わるとも知れないイタリア旅行話の続き。

マントヴァから旅の最終地パドヴァに向かう途中、ヴィチェンツァで下車してパッラーディオの建築物にほんの少し触れてきた。

現地からのダイレクト・エントリーで述べたとおり、駅にはロッカーがなかったため、荷物を引きずって中心部の入り口まで行き、そばのレストランでまずは腹ごしらえ。

そしてツーレと荷物を置いたまま、私ひとりがオリンピア劇場などへと突撃した。
交代で荷物番をしてかわるがわる見物、という手もあったが、ツーレはまったく興味がないという。
というかド疲れていたのだ。

そしてここで重要となるレストランだが、ロケーションに救われた。

この街は駅から10分ほど歩かないと繁華街にならないのだが、その繁華街の入り口とも言えるべき場所に、もともと目星をつけていたレストランはあった。
店の名は、Righettiリゲッティ

これ以上遠いと、スーツケースを転がして歩く気が失せるところだ。

場所もなかなか居心地いい。英語でいうところのコージーコーナーってやつだ。

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目星をつけておいた、というのは、こちらのサイトにて:
イタリア主要都市 観光・情報ガイド

セルフサービスでしっかりしているという、なんとも有り難い。
まずは席取り。

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パスタ、チキン、サラダは口頭で厨房のところで注文し、ワイン、水、パンは適当にとってくる。

にしても英語はまったく通じない。


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周囲には家族連れやビジネスマンの姿。

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その誰もが食べているものがあった。
これ。
一体なにこれ?

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食事を終えてからやっぱり気になって、店の人に聞いてみた。
すると、ツナを薄くしてマヨネーズみたいなソースをかけて焼いたものだという。

へえ、面白いなーと思って食後のコーヒーに突入しようとしたら、店の人がひとまわり小さいサイズでこれを焼いてもってきてくれた。
サービスだという。

言葉が通じず悪戦苦闘して聞いたのだが、その甲斐あったというものか。
感激~

味はなるほど、ツナ+マヨネのような味。
この料理の名前はきれいさっぱり忘れてしまったが。


その後コーヒーをのんびりすすっているツーレを残していざ出陣。

市内観光を切り上げレストランに戻ってきたのは15:05.
ツーレがレストランの外に立っていた。
15時で閉店で、いづらくなったのだそうだ。

丁度いいタイミングで戻ることができた。
さてお会計はいくらだったか聞いたら、本当にお安かった。
一人1000円弱。

この店、実は会計は自己申告。
食べた物を全て言わなければならない。
ツーレが会計のとき料理の名前を言うのに大苦戦したのは言うまでもない。

写真:マントヴァから一路列車で北上。水に囲まれた町だった。
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マントヴァを出たところ。車窓から。
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2011.10.17 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
ピッツェリア エ トラットリア ダ イーサ Pizzeria e trattoria da ISA初体験
ピッツェリア エ トラットリア ダ イーサ Pizzeria e trattoria da ISAは、中目黒にあるピザが自慢のお店。

山本尚徳さんというシェフは、世界ピッツア選手権で2年連続優勝されたとかで、とにかく店の前には長蛇の列ができることで有名。

一度行ってみたいと思いつつ、延々並んでお腹が空けば、何でもおいしいに違いない、などと屁理屈をこねまわし、それでも興味はありつつ、とはいえ待つのが嫌いなツーレが一緒では、なかなか食指が動かなかった。

昨日の土曜日、チャンスは訪れた。
朝は少々悪天候。もしかして、外にテーブルを出しているこの店では、天気が来店客数を左右するかも、そう思い決断した。

駅の方から店に向かって歩きつつ、遠目で見ると、やはり並んでいる人数は少なめ。10人程度だ。

さらにあろうことか、回転のいいタイミングだったらしく、待ち時間3分ほどで入店できてしまった。

ビギナーズラックというわけだ。

まず前菜にカポナータ。いわゆるラタトゥイユのイタリア版ですね。
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そしてピザはマルゲリータベースがお勧めらしいので、それのフンギ(きのこ)。
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パスタには、サルシッチャのホワイトソース ショートパスタ。
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相当お腹いっぱい。
パスタの代わりにもうひとつピザにしようかと思ったが、パスタもピザに劣らぬぐらい美味だった。

看板のピザの方は、「なんてジューシー!」という言葉をただただ連発するのみ。
要するにピザ生地の上の具が、とろーりしたたるような感じで、パサパサ感がなく、なんともいい塩梅。
だが結局ボキャ貧の我等は、ありふれた感想しか言えないのだった。
「おいしい!」と。

ひとつ発見は、列に並ぶ人の数から受ける印象より、実際の待ち時間は全体的に少ない。
はけがいい。
食後にコーヒーをゆっくり、ということはこの店の趣旨ではなく、飲むなら最初にドリンクを、食後はさっさと帰ってね、という空気を何気に演出している。

店員さんたちの目標も、まさに回転率であり、なかなかの連携プレーだ。


ナカメには、「聖林館」、「サルヴァトーレ」、ジローラモさんの店「GIROMONDO KITCHEN」があり、なかなかピザ店の激戦区。

このうち聖林館の姉妹店麻布十番の「サヴォア」には行ったことがある。
味わいあるオリーブオイルがたっぷりかかった薄型ピザだったが、ダ・イーサのピザは、いわゆるナポリピザ。

この味を知ってしまったら、なかなかほかの店に行く気がしないかも。
2011.10.16 Sun | Gourmet| 0 track backs,
アントワープの斬新なチョコレートショップがスゴイ!
■ ストーンズも訪れ、吸引式チョコや人間チョコまでやっちゃった・・アントワープのチョコレート専門店


例のチョコレート専門店の続き。
店内にはこんなものもあり、どうやらローリングストーンズも来店した模様。
なかなかの有名店のようだ。

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驚くべきは、斬新なアイディア。
チョコレートは食べるものではなかったのか?
吸引式のチョコレートがあり、吸引器具と一緒に売っている。

チョコ(Chocolate)+吸引(Inhale)で検索してみたら、この店の記事がやはりヒット
写真には「わさび」とひらがなで書かれたチョコレートまであるではないか。

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革命児らしきこのショコラティエ、人間チョコまでやってしまった。
人間にホワイトチョコとブラックチョコを塗って、一種のエキシビション状態にしたような
そんな新聞記事が店内にあった。真偽のほどは不明だが。

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アップの写真はなかなかグロテスクなので、小判にて。

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再び彼独特の生物系チョコ。

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店内では自由にキッチンツアーができるそうだ。

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ツーレはこんなかんじで、ウィンドウ越しに製作過程を覗いたのだとか。


このブランドが日本進出している話は聞かないが、これをジャパニーズマーケットがほおっておく訳があるまい。

目下ブルージュとアントワープ(それ以外にもあるかもしれぬが)に店舗がある。
本店はブルージュ。
この店のチョコレート式ココアもツーレがお土産で買ってきたので、楽しみだ。

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2011.10.15 Sat | Travel-Benelux| 0 track backs,
にじいろジーンのロケに遭遇 その2 アントワープの斬新なチョコレートショップにて
アントワープの中心部を歩いていたツーレ。
そこはかとなくエレガントな構えの建物に、ついふらふらと中へ入って行った。

するとそこは・・・チョコレート屋さん!

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内部も壮麗で、恐らくもともと貴族の館だとか伝統的な建造物をそのまま使用したような雰囲気。
ドミニク・ペルスーンというチョコレート職人の店だといい、ブルージュに次いで2号店。
とてもチョコレート屋とは思えない。

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この店のことは知らずに入店したツーレだったが、先客がいた。
日本のカメラクルーたち。

ドミニク・ペルスーン氏、どうやら新進気鋭のショコラティエ(チョコ専門職人)らしく、
自称「ショコラティエ」ならぬ、
「ショックラティエ」なのだとか。
つまり、ショックを与える男、と自分を評しているそうだ。

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内部にはチョコレートキッチンを見学するコーナーもあり、あれこれと斬新。
壁面には大判の絵画。
店内で絵の鑑賞まで楽しめてしまう。

TVクルーたちも、撮影ポイントにはこと欠かない模様。

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外に出て、大聖堂手前の広場をてくてく歩いていると、再び同じクルーが撮影中。
撮影されていたのはこの人たち。
このおふたりが、アントワープの案内役なのか。

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ベルギー人レポーターと男優に駄目だしするクルー。
さて仕上がりはどんな内容になるのやら。

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以上、「にじいろジーン」の撮影風景なのだった。

つづく(チョコレートショップ情報)
2011.10.12 Wed | Travel-Benelux| 0 track backs,
にじいろジーンのロケに遭遇 その1
出張最終日、ホテルをチェックアウトしたあとぶらついた街角でツーレは日本からのTVロケに遭遇したそうだ。
しかも市内2か所でバッタリ。
番組名は、にじいろジーン

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最初ロケ隊に遭遇したときは言葉は交わさなかったものの、2度目のときに
「どこかでお会いしましたねぇ?」と声をかけられ、
「チョコレート屋ですよね」と答えたという。

で、当該ロケの放映は、10月末のよう。

つづく
2011.10.12 Wed | Travel-Benelux| 0 track backs,
フィレンツェ建築コンペで最優秀賞に選ばれながら異邦人だからと横やりを入れられた建築家の講演
土曜日のヴァザーリ関連の催しで知った。
ウフィッツィ美術館の新出口の建設に関するコンペで、日本人建築家・磯崎新氏が最優秀賞を受賞したことを。

だけれど、異邦人ということでケチがつき、地元イタリア人建築家を押す動きが活発化。
とくにヴィットーリオ・スガンビなる評論家が本構想にかみつきまくり、喧々諤々の大論争を巻き起こし、早10年以上が経過している。


土曜日の催しは、まさに渦中の人・磯崎氏本人による講演だった。

氏の構想はスライドで紹介されたが、ブルネレスキーの立方体とアルベルティのパースペクティブの延長線上にたった建築で、他のどの建築家のアイディアよりもイタリア的である。
さらに、そこへと続く街並みの線を意識したデザインになっている。

模型で見るとこのようなかたち。
放射線状になっている部分が磯崎氏の提唱する新出入り口。

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合成航空写真ではこのように、一見そぐわないような近代的な形に見えるものの、そこに至る建物や道の線の流れを踏襲している。
(写真では切れている左側のもともと古来からあった家並みの流れに続いている)

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他の建築家たちの案もみな近代的なつくりであり、同氏の案が突飛ということはない。
図面の展示もあった。

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磯崎氏の手による構想。
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そして道路寄り部分には、彫像が建てられ、火・空気・水・土を表すようになっている。

日本人であるがゆえに、一旦受賞したものに難癖をつけられ、連日新聞で攻撃された。

でも、日本人だからイタリア的なものを壊す、という既成概念に縛られていては、後に残るものは滓と淀みだけになる。

上述のように、本作品は、脈々と続くイタリア芸術の系譜を勉強した作家ならではの発想が随所にあり、近代と中世を結び付けるという精神に基づいている。

例えば彼の新出入口は、ウフィッツィに寄り添うようにして建てられているロッジャ(写真は2年前)を意識し、投影する構造になるよう配慮が施されている。
自己顕示欲をちらつかせて我がトレードマークを出入り口構想の中に折りこむ他の建築家のアイディアに比べて、遥かに客観性に富んでいるとは言えまいか?

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磯崎氏はヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞(1996年)でも優勝したことがある実績ある建築家。

しかしコンペの結果は、「日本人のイソザキが最優秀賞」と報じられ、「建築家の・・」という形容が捨て去られた。
氏は、「Stranger」という言葉を使って、平等であるべき芸術の評価に、異邦人か否かという物差しが使われたことを痛感する。
Stranger、和訳して「まれびと(稀人・客人)」と痛切に感じたそうだ。


日本ではあまり知られていないが、地元の新聞では、相当論議を醸したようで、下手なドラマよりもおもしろかったほどだという。
とはいえ、いまだに事態は収束していないのだ。
最優秀案に推されたのは1999年のことなのに。

磯崎氏はその間も実際の建築にむけて準備中。
ただ議論以外に古代遺跡が出てくるハプニングも手伝って、その実現に向けたペースは超スローのようだ。

講演の最後で氏が語った言葉は重かった。

ヴァザーリも、執務室からピッティ宮殿へと続く回廊を成功させたものの、途中で解任される憂き目にあっている。発注主のコジモ1世もヴァザーリもその後亡くなった。
それでも”ヴァザーリの回廊”として、この謎めいたロマン溢れる空中回廊は間違いなく彼の功績として認知され、遥かな時を超えていまも多くの人々を魅了し続けている。

同様に、この新出入口の発想も、自分の生命から離れたところで生き続け、きっと建築物としてその生命を宿す火がくることを信じている、、、そのような内容だった。
(表現方法はこの限りではないけれど、聞いて汲み取った内容として)


磯崎氏の挑戦は、これまで外国人横綱、日本人フラメンコダンサーたちが歩んだ道と似ているかもしれない。
認知まで時間がかかるけれど、この新出入口がいつかきっとイタリアの世に認められると信じたい。
2011.10.10 Mon | Art| 0 track backs,
ウフィッツィからピッティ宮までの空中回廊を実現したジョルジョ・ヴァザーリ生誕500年
今年はジョルジョ・ヴァザーリ生誕500年とのことで、イタリア文化会館で展示と講演があった。
(教えてくれた友人に感謝)

ヴァザーリといえばヴァザーリの回廊や、芸術家列伝などの著作で知られるマルチな芸術家。
コジモ1世との親密なコラボレーションで、ウフィッツィ(現美術館)からピッティ宮殿まで800m続く空中回廊の考案者でもある。

現在イタリア文化会館で、この空中回廊の精緻な模型(現地で3時間という条件付きで内部に入り実際に計測までしたそうだ)が展示されている。

有名なヴァザーリの回廊。
ここからヴェッキオ橋を渡り、ピッティ宮殿へと続く。
2009年訪れたウフィッツィ。

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今回の模型。
この角度から見ると、直線的に伸びた空中回廊がよくわかる。
アルノ川を見通すかたちでしなやかに伸びている。

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そこから川沿いに回廊は続き、ヴェッキオ橋の上ずたいに、対岸へ。

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このジグザグの様子を模型で見る。

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ヴェッキオ橋。

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模型版。2F部分が空中回廊。

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ヴァザーリの展示は 2011年10月12日まで。
ただこれだけ見ても、なかなかピンとこなくて、今日の講演会の前フリを聞いたあと、いろいろ納得したのだった。

このあと、イタリア文化会館では、11/22~12/8までウフィッツィヴァーチャルミュージアム展が開催される。
ボッティチェリの「春」などが実大レプリカで再現されるようだ。


現在のイタリア文化会館入り口はこんな感じ。

http://www.iictokyo.esteri.it/IIC_Tokyo/webform/SchedaEvento.aspx?id=394のサイト


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2011.10.08 Sat | Art| 0 track backs,
レンブラント「夜警」の裏話
アムステルダムへは一人旅で行ったことがある。
治安が気になって、デルフトから日帰りでさっと行ってさっと帰ったものだから、アムステルダム国立美術館へは行っていない。

ゴッホ美術館とアンネの家を選んだのだ。
アンネの日記を父親の本棚から取りだして読んだ時に受けた衝撃は大きく、大人になったらゼッタイ行く、と決めていた。

なので国立美術館にあるレンブラントの有名な「夜警」の絵は見ていない。
ツーレに先を越されてしまった。今回の出張で見てきたそうだ。

で、ツーレによると、その「夜警」にはこんな裏話があるそうだ。

レンブラントはこの絵を描いて後、恨みや嫉みを受けて絵の注文が無くなり、不遇な後半生を送った・・・と。

夜警団は30人ほどいたのに、20人ほどしか姿形をちゃんと描かなかったので、描いてもらえなかった人やその関係者がレンブラントをつぶしにかかったということのようだ。

なぜツーレがこんな話を知っているかというと:
美術館の中でツアーコンダクターがこんなふうにツアーメンバーに説明しているのが、隣で聞こえたのだとか。

やはり団体旅行はこういうところがいい。タメになる。


さて、これは私がアムステルダムに行った時の写真。
アンネ・フランクの家の本棚の裏に隠された通路も見てきた。
壁にはブロマイドが貼られていた。

秘密の部屋に通じるこの本棚には、無数の悲劇 ~ ユダヤ人狩り、ゲシュタポ、かくまった家族の存在と密告者の存在、強制収容所送り、ガス室~ が集約されていて、夥しい数の犠牲者を生みだしたた震え上がるような負の歴史を雄弁に物語っている。

見ていて、悲しいというか、痛い思いがした。

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2011.10.08 Sat | Art| 0 track backs,
オランダ田舎料理の店の名前
先日のエントリーで写真をアップしたオランダ料理の店(アムステルダム)は、Haasje Claes ハーシェ・クラーツだそうだ。
落ち着いて、なかなかいい感じ。

Claes Restaurant Haesje
Spuistraat 273-275
1012 VR Amsterdam
Tel. 020-6249998
Fax 020-6274817
KvK 33139840
E-mail info@haesjeclaes.nl

店のURL:
http://www.haesjeclaes.nl/
2011.10.08 Sat | Travel-Benelux| 0 track backs,
ベルギー料理
オランダからベルギーに移動したツーレ。
食事が楽しみらしい。
オランダ人たちとアントワープ市内のBOURLA(ブーラ)というお店へ。

送られてきた写真を見たら、前回のオランダ料理とはやはり違う。

ベルギーといえばお決まりなのがムール貝。
だが、ツーレは余り興味がなく、頼まなかったようだ。

代わりにオランダ人が頼んだムール貝の画像。
野菜も入っているのか。
隠れているムール貝の量だが、これがすごい。

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完食。この食べっぷり。
にしてもこの量は一体・・・?唖然
日本ではムール貝の料理、いくらバケツのような容器に出てきてもこの量はあり得ない。

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前菜のアミューズも、なかなかおしゃれ。

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キッシュも出たそうだ。
考えれば、ベルギー料理、フランス料理と相通じるものがあるのか。
すぐお隣だもの。

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ムール貝の代わりにツーレが頼んだスズキのソテー。
やはりフレンチの香り。

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クレムブリュレや

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チーズにいたっては、やはりフレンチ感覚。
全体的に垢抜けている。

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2011.10.07 Fri | Travel-Benelux| 0 track backs,
オランダの伝統料理といえば?
ツーレは只今オランダ出張中。
先日の沖縄出張ではしょっちゅうメールが来たけれど、今回は結構過密スケジュールらしい。
珍しくメールがこない、、、と思ったら、オランダ料理の写真がきた。

先日私が、「オランダ料理って、ニシンの酢漬けしか浮かばない」と言ったためかもしれない。


昨晩の懇親会は、『伝統的なオランダ料理の店(アムステルダムで一番美味しい!?)』での開催だったそうだ。
店名がほしいところだが・・(写真に写っている紙製のランチョンマットに書かれた単語は店名ではなかった)


通の解説によると、最もオランダ的なのは、②のスープだそうだ。
さらにソテーやステーキには必ず野菜の付け合わせがたくさん付いて来る(特にジャガイモがたくさん)のが、オランダ的、、、なのだとか。


イモと言えばゴッホ、馬鈴薯を食う人々の絵は、ゴッホ美術館の中でも目立っている。

ツーレがそれを通の人に漏らすと、この絵はゴッホの出世作(その絵以降に名声を得た?)という解説が付いてきたそうだ。
だが、ゴッホは生前中、絵がほとんど売れなかったのじゃなかったっけ?


まあそれはさて置いて、料理のコースはこんな感じ:

①ニシンの塩付け       
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②ソーセージと野菜のスープ  
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● スズキのソテー  写真は無

③ビーフステーキ       
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④デザートとコーヒー      写真
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⑤上記を各種のビールを飲みながら楽しむ ビールの瓶(一例)
P2100982-s[1]


ふうん、こうして見ると、オランダ料理、田舎料理的な香り。
堅実だけど、なかなかヘルシー。でも、不思議と名前と結びついた代表料理がない。


エスカルゴでフランス、パエリヤでスペイン、パスタでイタリア、フィッシュアンドチップスでイギリス、ムール貝でベルギー、寿司で日本、トムヤンクンでタイ、シシカバブでトルコ、ビビンバで韓国、シュニッツェルでオーストリア、ザワークラウトでドイツ(?!)を思い出すように、これぞオランダ!というものは浮かばない。


自分のオランダに滞在を思い返してみる。
フォーレンダムという漁村で手づかみで食べた生のニシンと、アルクマールまで見に行ったチーズ市で取引されていたゴーダチーズが印象的か。


上の写真にも、生ニシンの上にはオランダ国旗が載っている。
つまり店としても、これをオランダ料理の代表格として祀っているのだろう。よって、
結論: オランダの代表料理は生ニシン。
2011.10.06 Thu | Travel-Benelux| 0 track backs,
カルパッチョの「2人の貴婦人」 その2 : 矢島翠さんが見た視線の先
---先日のエントリー「須賀敦子さんがヴェネツィアで見たものは、分断された絵の片方 ~ コッレール美術館のカルパッチョ」の続き。

今来日しているあの絵には上部に続きがあって、男たちが干潟で狩りをする様子が描かれている、つまりこの2人の女性たちは、夫の帰りを待ち焦がれる貴婦人の絵なのである、という事実に関連して -

矢島翠さんの「ヴェネツィア暮し」で、矢島さんがやはり須賀敦子さん同様この絵のことに触れている下りがある。

その当時はむろん、もう片方の絵の存在など知られていないわけだけれど、矢島は2人の視線の先に思いを馳せる:

しかし何なのだろう。日常的なもの、ありはできごとで、これほど二人の女の注意を、同時に強く、惹きつけることができるのは?入ってきた客を値踏みする彼女の目と思われてもしかたがないほど、まじまじと、客観的に、観察している彼女たちの視線の先にあるものは?



でも、こんなふうに2人の絵の中の女性をまじまじ見詰めながら、実は見られているのは鑑賞者である自分なのではないか、そんな思いにかられる矢島さん。

私たちが二人のヴェネツィア女を無遠慮に見ているように、別の視線が、絵に心奪われている私たちの不用意な姿を、二十世紀末の日常の書割りのなかにおいて、まじまじとみつめていないとは限らない -


矢島さんをして、これほど想像力を掻きたてられている。
それほど不思議な視線を投げかける2人が、実は夫の帰りを待っているだけ、となれば、カルパッチョにわれわれは引っかけられたという感じもしないではない。

普通の日常風景であるべき”狩りをしているであろう夫たちを待つ2人の夫人”を、ことさら意味深に描くことで、鑑賞者の妙な好奇心を煽るのが、作者の意図だったのでは?と勘繰ってみたくなる。

だとすれば、上に描かれていたオリジナルの干潟の絵は、やはり分断されねばならない存在だったのかもしれない。




そしてSSさんからのメール:

カルバッチョの絵の話、驚きました。

でもそう言われると、なんとも不安定な構図にも見えてきます。
天国の須賀さんが聞いたらどう思うでしょうね。
意外と「あら、そうだったの?」みたいなさばさばした反応が返って来そうな気もしますけど。

それと、須賀さんの作品にパリ時代の話がほとんど出て来ないという件、僕もずっと不思議でした。
思い出して書くのも嫌になる程、或いは伝えたいものが何も残らない程の経験だったのか。
僕の勝手な想像では、彼女は、様々な物事をきびしく峻別するタイプの人だと思うので、
パリ時代は永遠に封印すると決めていたのではないでしょうか。

(SSさんから)



日本で幼少時代とイタリア時代の記述の饒舌さに比べてフランス時代の寡黙さが際立っている須賀さんの作品。

焦燥感が先行したであろうあのときの思い出は心の中で切り捨てられていたのだろうか、
あるいは心の中でとどめることで、なにか作家として、自由さのようなものを確保しようとしていたのだろうか。
2011.10.05 Wed | Art| 0 track backs,
ヴェネツィアとイタリア本土を結ぶ細くて長い道
須賀敦子さんの「ヴェネツィアに住みたい」と矢島翠さんの「ヴェネツィア暮し」の2つの本に、ひょっこり同じ視線を見つけた。

それは -
ヴェネツィアが島であること、そして
イタリア本土とは、細くて長い道(矢島さんいわく糸)でつながれた存在であること。

それを、2人はそれぞれの感性に委ねて、詩情豊かに異なる表現で言い表している。
というか、言い得ている。

(以下「ヴェネツィアに住みたい」/須賀敦子)

はじめてミラノからヴェネツィアに行ったとき、メストレの駅を出てまもなく、灰緑色にきらめく冬の海をわたる、細くて長い道を列車がゆっくり走ったとき、はじめて、ああ、そうか、ヴェネツィアはほんとうに島なんだ、と思った。

終着駅サンタ・ルチアを出たところの、水上バスの停留所に立って海の匂いをかぐと、私は、いつも、ああ、またヴェネツィアに来たな、と思う。水に浮かんだ停留所は、近くをモーターボートが通ったりすると、ぐらりと揺れる。



(以下「ヴェネツィア暮し」/矢島翠)・・ヴェネツィア島のかたちを魚に例えた上で:

しかし天井の釣り人は、この美しいけれど油断のならない魚だけは、ほかのおとなしい魚たちとは別に、しっかりつなぎとめておく必要を感じたのだろう。

いまではそれは、二重になった釣り糸で、四キロほど離れた本土の岸につながれている。オーストリアに支配されていた時代、1846年に敷設された鉄道と、ムッソリーニ時代の1933年に、その鉄道と並行して完成した自動車道路である。

二本の糸は、その頃すでに過去の栄光の化石となっていたヴェネツィアを本土の<近代>にむすびつけーそして、貴族と詩人たちに代わって、大衆観光の時代がはじまった。



そしてこれ(写真左端)が、その”細くて長い道”であり、、”二重になった釣り糸”だ。

今年のヴェネツィア旅行の際、飛行機から見たヴェネツィアの風景。

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鉄道と車で、本土のメストレから簡単にたどり着くことができるヴェネツィアの街。
でもひとたびその殻の中に入ってしまえば、交通手段は船のみとなり、歩道道路などほとんどなく、ごつごつとした路面と運河と橋が入り組んだ迷路になっている。

玄関口までの安易さ・便利さとは裏腹な、ヴェネツィアの複雑さ・不便さ。
そのコントラストは見事としか言いようがない。

その2つの相反する世界をとりもっているのが、この細長くて、一見心もとないような道路と鉄道線路の存在。

自然に同調して、まるでおだてるかのように従順に、そして逆らわずに街を造ってきたヴェネツィアのいびつな構造の一端に、こんな定規で測ったような人工的な橋・鉄橋をつけたものだから、その違和感は増長され、改めてヴェネツィアの「島」としての存在感を際立たせている。

と、そこまでは”ふつうの人”でも感じるところなのだが、2人の文学者の筆にのると、なんとも味わい深いものになる。


そんな情感をぶち壊すような現実味あふれる取り組みになってしまうけれど、以下須賀さんが言及した風景4コマ:


「メストレの駅を出てまもなく」のメストレの駅、
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「細くて長い道を列車がゆっくり走ったとき」の情景を水上バスから眺めた風景、
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「ほんとうに島なんだ」という実感、
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「終着駅サンタ・ルチアを出たところの、」のサンタ・ルチア駅
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そして矢島さんが語る、日本の釣り糸=道路と鉄橋
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2011.10.03 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
須賀敦子さんがヴェネツィアで見たものは、分断された絵の片方 ~ コッレール美術館のカルパッチョ
8/8付エントリーでチラリと触れた江戸東京博物館の「魅惑の芸術‐千年の都 世界遺産 ヴェネツィア展」。

本展覧会の目玉のひとつはヴィットーリオ・カルパッチョの「2人の貴婦人」の絵なのだが、
私はヴェネツィアで、一足先にこの絵と対面してきた。





展覧会は9/23から、私のヴェネツィア滞在は8/28からだったので、まだ本作品は日本への旅に出ていないだろう、
と安心して出掛けた。

たまにあるのだ。
目当ての絵がある場所を広い展示室からやっと探し当て、いざ劇的な対面の瞬間となるはずだったのに、
目の前に現れたものは、壁に貼られた「xxに出典中」の貼り紙と、20cm四方の絵の白黒コピーだった、なんていうことが。


忘れもしない、真夏のロンドン一人旅。
印象派絵画コレクションで有名なロンドンのコートルード美術館で、
印象派の代表作がごっそりお出かけ中だったときは、立ち直れなかった。


さてこの実物の貴婦人の絵を見た感想といえば、
「あら、つるつるして、たった今描かれたみたいに新しい」、、
などというもので、絵の主題そのものではなくやや的外れなところに思考が向かってしまった。

そして先に書いたとおり、私としてはこの絵の対象物は、
2人の高級娼婦、コルティジャーネを描いたもの、という当初の説に同調したかった。

なんとなれば、同じヴェネツィアにあるアッカデミア美術館には、やはりカルパッチョのウルスラ物語で埋め尽くされた部屋があり、そこに描かれた可憐な乙女の姿とこの2人の貴婦人とは雰囲気を全く異にしていたからだ。


(アッカデミア美術館は館内フラッシュなしで写真撮影OK)


だが、このほどその私の推測とは裏腹に、完全にこの絵が貴婦人を描いたものであることが判明したという。
知人から教えてもらったその証拠はこちら:


おなじみ「二代目・青い日記帳」のエントリー。


恐るべき新説を耳にした。
この絵には切り取られた上部分が存在し、そこにはラグーナ(干潟)で狩りをする男性たちが描かれていたのだと。

となればこの「2人の貴婦人」の主題はただひとつ:
狩猟にいそしむ夫たちの帰りを待ちわびた本物の”貴婦人たち”を描いたものに他ならない。
画面を覆う鬱な雰囲気は、職業柄ということではなく、むしろ「退屈」から発散されるものだったのだ。


かつて須賀敦子さんの目を捉え、そのアンニュイな姿からザッテレの河岸の治る見込みがない病院に閉じ込められた娼婦たちへと彼女が思いを馳せたあの一枚は、想像力だけをかき立てて、無難なところに収まるタチのものだったらしい。

とはいえ今まで見たことのない淀んだ感じを発散させているこの絵は、アッカデミア美術館のジョルジョーネのテンペスト同様、「なにかが違う」と感じざるを得ない不思議な作品だった。


ちなみにコッレール美術館内では、この絵は至って殺風景なところに置かれていた。

ロープで立ち入り禁止になった、くぼんだ一角に、無造作にイーゼルの上にのせられていた。

ロープや個室を与えられているところから珍重されているのではあろうけれど、それにしては雑然としていて、それでなくてもあれこれ様々なもので溢れかえった展示場内で、素通りされても仕方ないだろうと思われた。

写真はコッレール美術館入り口:
P1760670.jpg


それがひとたび来日するとなると、江戸博物館の立派な建屋に移送され、これほどまでに脚光を浴びて、
外遊も悪くはなかろう。

なお、この絵は切手にもなっている模様:



=====
* コッレール美術館情報 *

私はサンマルコ広場内美術館共通券(サン・マルコ広場周辺共通券)を購入。
お値段は14ユーロだったが、なんと2011年10月1日からは16ユーロに値上げとなる。

この共通入場券で見られるのはドゥカーレ宮殿(それだけでも価値がある)、コッレール美術館、考古学博物館、マルチャーナ図書館。
Palazzo Ducale - Museo Correr - Museo Archeologico Nazionale - Sale Monumentali della Biblioteca Nazionale Marciana

つまり、サンマルコ広場を取り囲んだ建物に入っている美術館が一括で見られるというわけ。
考古学博物館とコッレール美術館は入り口が一緒で、コッレール美術館側から入れば、中でつながっている。

コッレール美術館の入り口は分かりにくいが、Correrと書かれた横断幕が目印。

本共通券の情報はこちら:
http://www.museiciviciveneziani.it/frame.asp?pid=197&z=2&tit=_IT_biglietti
2011.10.01 Sat | Art| 0 track backs,
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