日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ナイスなランチ: 平日はお得で周囲のOLに人気(Alia・恵比寿)
恵比寿の客先で13:30から会議。
12:30頃恵比寿に到着し、さて、おひとりさまのランチを満喫~。

そう思い裏路地をてくてく歩いていると、前方から手を振る人影。
名前を呼ばれて、ま、まさか・・・
予感的中。上司だ。

客先で待ち合わせのハズだった。
虎ノ門の別の客先から直行する上司に対し、私は会社から直行。

話を聞けば、早めに着いたので、恵比寿が物珍しく、探索していたと。
こんな裏道、わざわざ来た私と偶然に通りかかった上司がまさか鉢合わせになるとは。

乙女チックなビストロに行く予定は変更せず、まあいいか、と、
上司を伴い店の扉をくぐった。
店の名は、「Aila」。


平日ランチのお値段1050円と1260円など。
前回は、定番の1050円のクスクスを食べ気に入った。

今回は1260円の日替わり。(*これらすべて2011年価格なので、今は多少価格変動しています)
今日のお品書き:

まずは味わいのあるサラダ。温野菜も添えられているところがポイント:
+人参スープとパン。

ebisu4.jpg

私のチョイスはサーモンのアーモンド焼き。
平日ランチの魚コース。
バルサミコソースもほどよい加減。

上にちょこんとのった黒っぽいペースト状のソース。名前忘れたが、これポイント。
カボチャ、ズッキーニなど、野菜混じりのライスが敷かれている。

ebisu3.jpg


上司は野菜スープに浸ったカリカリの鶏肉。
こちらは平日ランチの肉。
上司が味見させてくれたのだが、これも捨てがたい味だ。

ebisu2.jpg

デザートはチョコレートケーキとドリンク。

ebisu1.jpg


この日の会議、実は頭の痛いものだった。

どうにもならない理由で発生した事態が、さて契約違反に当たると指摘され。
が、お客さんとしてはこの方法しかなかったからこそ、私はそれを飲んだわけで、起こった事態に対しては、仲間意識をもって対処してほしい、というのが私の見方。

そこでいつもは1人で行く会議に、上司を連れていくことに。

結論から行くと、会議は上手くいった。


つまり、上司の勘が当たったのだ。
ランチを食べ終わってビストロを出る際、彼は満足げに言ったのだった。

「こんな満足なランチが食べられて、
なんだか今日は、いい予感がする。午後の会議はうまくいくかも」と。



http://www.rvs.jp/aila/


~~~

お気に入りコスパランチ 1 : 週末もOK(アロッサ・銀座)
お気に入りコスパランチ 2 : ランチにフォアグラムース(ピアッティカステリーナ・神楽坂)
お気に入りコスパランチ 3 : 1000円を切った秀逸ランチ(オステリア ミオバール ・東銀座)
お気に入りコスパランチ 4 : メインは肉か魚をチョイス(オザミデヴァン本店 ・銀座)
お気に入りコスパランチ 5 : 安定感抜群の老舗ビストロ(ラビチュード・神楽坂)
お気に入りコスパランチ 6 : 800円でこの味・このボリューム(串若 ・田町)
お気に入りコスパランチ 7 : 土日もOK。チョイスいろいろ(サントウベルトス・銀座)


ナイスなランチ: この内容・このお味でこの価格(イシダ・銀座)
ナイスなランチ: ハーフサイズのフレッシュケーキが美味(HARBS・上野)
ナイスなランチ: 近所のOLが集う1000円ランチ (コルポ・デラ・ストレーガ・新橋)
ナイスなランチ: 値段・ボリューム・味よし(石川亭・神田錦町)
ナイスなランチ: フレッシュフルーツのデザートが添えられて(千疋屋・恵比寿)
ナイスなランチ: 平日はお得で周囲のOLに人気(Alia・恵比寿)
ナイスなランチ: プチな珈琲・デザートに加えてお箸お持ち帰りOK(花大根・銀座)
2011.09.28 Wed | Gourmet| 0 track backs,
マントヴァのテ宮殿とドゥカーレ宮殿が映し出す神話の世界
マントヴァのテ宮殿には、クピドとプシュケの物語を描いた部屋以外にも、神話の流れを汲むものが多々ある。

P1010936_20110927074419.jpg


ドゥカーレ宮殿も同様だ。

P1780466.jpg


前日のエントリーで触れたとおり、ドゥカーレ宮殿はオペラ揺籃期の舞台のひとつとなった場所であり、
ここで上演されたオペラ「オルフェーオ」(或いはオルフェウス)もギリシャ神話の物語。

扱っている主題は、フィレンツェで初演されたオペラ「エウリディーチェ」と同一のもの。


歌と竪琴の名手とうたわれた詩人オルフェーオが、蛇にかまれて落命した愛妻エウリュディケを取り戻そうとする物語で、あらすじは:

・ 彼は亡くなった妻エウリディケを奪回するために、冥界の王プルートに美声を聞かせて心を揺さぶった。
・ その作戦は成功し、妻は自分のところに戻ることになる。
・ ただし条件が1つ。絶対に後ろを振り返らないこと。
・ しかしオルフェーオは、地上に向かう道すがら、妻の様子が気になり、ふと振り返ってしまう。
・ 約束を破ったその代償に、妻は再び冥界へと引き戻される。
・ 以来女性を避けるようになったオルフェーオ。
・ 信女たちから逆恨みされた揚句、八つ裂きにされ、殺される。
・ 天に召した彼は、冥界で妻と再会を果たすことができたという。


この主題は芸術家たちの想像力・創造力をかきたてたらしく、様々な画家が筆を取っている。

・プーサン「オルフェウスとエウリュディケ」(ルーヴル美術館)
・モロー「竪琴でオルフェウスの首を運ぶトラキアの少女」(オルセー美術館
・ティエポロ「オルフェウスとエウリュディケ」(ヴェネツィア/パラッツォ・サンディ)
・ルドン「オルフェウス」(クリーヴランド美術館)

*スグレモノのサイトを見つけた:http://art.pro.tok2.com/Greek/Orpheus/Orpheus.htm
オルフェウスをめぐる物語を描いた世界の絵画がまとめられている。



一方、世界初のオペラ「ダフネ」も神話が主題。
ストーリーはというと:

・ アポロへの意趣返しに、クピドは2つの矢を放つ。
・ 1本は、アポロには、河の神ダフネへの情念に燃えるように。
・ もう1本は、ダフネに向けて、アポロの恋心を避けるように。
・ そこから恋の追いかけっこが始まる。
・ 恋に狂ったアポロの手を逃れようと逃げ回るダフネは力尽き、自分の姿を変えてくれるよう、河の神に祈祷する。
・ 願いは叶い、瞬く間に彼女の姿は月桂樹へと変わって行く。


絵画で女性が半身木の枝、というシーンがあったら、この物語をベースにしているものの可能性がある。
下記の2点がその一例。

・ポライウォーロ「アポロとダフネ」(ロンドンナショナルギャラリー)
・ティエポロ「アポロとダフネ」(ルーブル美術館)


-------------

本内容は、下記を参考にさせて頂きました:


西洋絵画の主題物語〈2〉神話編西洋絵画の主題物語〈2〉神話編
(1997/05/16)
諸川 春樹、利倉 隆 他

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ギリシア神話 -神々と英雄に出会う (中公新書 (1798))ギリシア神話 -神々と英雄に出会う (中公新書 (1798))
(2005/05/26)
西村 賀子

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関連エントリー:
イタリア回想録 マントヴァ① 1607年、オペラが上演された場所 

マントヴァと神話
2011.09.27 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリア回想録 マントヴァ① 1607年、オペラが上演された場所 
世界最古のオペラ「ダフネ」が上演されたのは、1594年のこと。
台本を書いたのはオッタヴィオ・リヌッチーニ、曲はヤコボ・ベーリによってつけられたそうだ。(西村賀子さん著「ギリシア神話」より(*))


「ダフネ」は詩人オウィディウスの「変身物語」第一巻中のエピソードが基で、
ギリシア神話の神アポロンに恋心を寄せられた河の神ダフネが、逃げ回る末に月桂樹に変身するという物語。


上述の「ギリシア神話」によると、このオペラ「ダフネ」は好評だったものの、詳細は完全に残っておらず、きちんと保存されているオペラとなると、1600年に上演された「エウリディーチェ」なのだとか。

上演場所は、フィレンツェのピッティ宮。
メディチ家マリアとフランス王アンリ4世の婚礼祝いの場だったそうだ。


そして、この祝宴に参加していたマントヴァ公のヴィチェンツィオ・ゴンザーガは、すっかり感化され、自らの宮殿でオペラを上演したいと願った。
さっそくクラウディオ・モンテヴェルディに作曲させ、1607年2月24日、「オルフェーオ(L’ Orfeo)」が披露され、こちらも好評を博したという。

オルフェーオも題材はギリシャ神話。
天才音楽家オルペウスと新妻エウリュディケの悲恋なのだが、オペラは祝賀目的だったから、ハッピーエンドに変えた内容で提供された。


マントヴァでオペラ上演、となると、場所はドゥカーレ宮殿と考えられるだろう。
9月上旬に見てきたばかり。
あの壮大さは圧巻だった。

P1010775.jpg


部屋ごとに主題を分けて様々な趣向が凝らされている館といえば、ポルトガルのシントラのペーナ宮殿も見事だったが、あのときは各部屋の狭さに驚いた。
私の背丈でぎりぎり収まるほど小ぶりのベッドにスペースがちょこっとあるだけ、そんな部屋すらあった。

そこへいくと、ヴェネツィアにしろマントヴァにしろ、ドゥカーレ宮殿と名のつくものの、そのエンドレスな空間は破格だ。

マントヴァで「オルフェーオ」が初演された場所が知りたくてWIKIで調べると、やはりドゥカーレ宮殿、とある。


あれだけ広大な屋敷のことゆえ、上演された部屋までは厳密に特定されていないが、Sala dei Fiumi(河の部屋)の可能性が濃厚であるとのこと。

内部は撮影禁止なので、下の写真は、マントヴァで買ったガイドブックに載っていた「河の部屋」。
オペラの揺籃期を目撃したまさにその場所、、の可能性。

P2090890.jpg


「河の部屋」の壁面には、マントヴァを取り巻く河を人格化した絵が描かれていた。

天井画(ヴェローナのG.Anselmi作)はマリア・テレジアのアレゴリーだ。

現在の装飾が施されたのは1776年というから、オペラ開催の後のこと。
「オルフェーオ」が鳴り響いた時は、一体どんな概観だったのだろうか。


上記の参考文献:
(*)
ギリシア神話 -神々と英雄に出会う (中公新書 (1798))ギリシア神話 -神々と英雄に出会う (中公新書 (1798))
(2005/05/26)
西村 賀子

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および、「Mantoa and her art treasures」(Plurigraf)

~~~

関連エントリー:
イタリア回想録 マントヴァ① 1607年、オペラが上演された場所 
マントヴァと神話
2011.09.26 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
パドヴァから”マルコポーロ空港”(ヴェネツィア)に行く方法: バスが便利
1) パドヴァからヴェネツィア・マルコポーロ空港へバスで行く時の注意点
2) パドヴァのバス乗り場に関する注意点
3) パドヴァのバスのチケット販売窓口の注意点
・・・の情報を以下に記すことに。


サマリー:
・パドヴァ~ベネツィアの空港へ行くにはベネツィアに列車で行ってから空港へ移動する代わりに、直行バスを使う手がある。便数は少ないけど乗換不要で楽
・パドヴァ発ヴェネツィア空港行きバスターミナルが以前とは変更になっている
・バスは時間予約制でない。また、チケットには空港名は書かれておらず、「テッセラ」と書いてある。
・窓口のこの男には要注意




【詳細】

1) パドヴァからヴェネツィア・マルコポーロ空港へバスで行く時の注意点

パドヴァからヴェネツィアのマルコポーロ空港に行くには、列車でヴェネツィアの国鉄駅経由20分程度の空港行きバス/市バスで空港入り、という手がある。

ただ国鉄サンタルチア駅に出た場合、バス停のあるローマ広場までスーツケースをころがして移動せねばならない。
国鉄メストレ駅の場合は、空港行きの市バスのバス停を捜す必要がある。

いずれにしても乗り換えが面倒だ。
2ユーロ程度お高くなるけれど、パドヴァからバスで空港へ直接行くのが楽なので、私は毎回この手を使っている。

但し、列車よりもやや注意が必要かもしれないので、その辺を記すことに。



2011年夏のバス料金は手荷物以外にスーツケース1個の料金込みで8ユーロ。
(列車+バスだと、せいぜい6ユーロ程度のはず。)
行程は1時間15分。(今回スムーズで、早めに到着。1時間ちょっとだった。)

途中バス停がいくつもあって停まるけれど、空港は終点。


列車の場合は乗り換え時間やバスの待ち時間などがあるので、所要時間的には列車を使用した場合に比べても、それほど遜色ない。

我々は18時マルコポーロ空港発パリ行きに乗る予定だったので、15時過ぎのバスで十分だったが、念のため14:25発のバスを目指した。

なんらかのトラブルで列車に急きょスイッチすることになっても、あるいは大渋滞があっても、これなら余裕がある。



ただバスの注意点は、便数が少ないこと。
09年の時は、昼ぐらいに1時間に2本あったのだが、今年はざっと1時間に1本。


土曜のみ、平日のみ、などのマークにもご注意を。

2011年夏の時点の時刻表を参考までに(Aeroporto ”Maro Polo”というのがベニスの空港のこと):

P1780869.jpg
Festiva=日・祝日、Feriale=月~金=平日、Sabato=土曜日、Sabato e festivi=土・日・祝日
乗り場は、時刻表に書かれている通り、11番。


拡大版
bP1780869.jpg

上記を見ると平均1時間に1本ぐらいある格好だが、なにせイタリアの事。サイトや現地で確認した方がいい。

実際、サイトで事前に調べたところ、私が行った8月は、上の写真のターミナルの時刻表よりも週末は少し便数が間引かれていた。
これはどうやらたまたま夏休み期間中だったせいのようだ。
今は、上記写真の時刻表通りになっている。

空港行きは市内のオレンジバスではなく、青いSITA社のバス。
SITAのバスは他の路線では青以外に緑色の車体もちらほら見かけた。



今日現在、SITAの時刻表を調べるためのURLは下記:
http://ro.autobus.it/ro/asp/RicercaOrari.asp?User=SITA
出発地点Padova autostazione(パドヴァバスターミナル)を選び、到着地点をVenezia Aeroportoヴェネツィア空港をチョイス。

上記URLが無効になった場合は、空港行きのバスのサイトhttp://www.sitabus.it/wps/portal から「Veneto地方」のバスの時刻表(orari)に行き、そこから上記操作を行う。



2) パドヴァのバス乗り場注意点 - 乗り場は駅の脇に移動

地球の歩き方2010-2011年版の情報は古い。
P.287 の地図では、バスターミナル、としてスクロヴェーニ例日同の北側に印がついている。

実際2009年のときは、私もそこからバスを利用した。
しかし今年行ってみたら、もぬけの殻。
からっぽの事務所に、「バス停は駅に移動」と書かれていた。


パドヴァ駅に隣接した東側、駅そばに、新しいターミナルができていた。
こんな感じ。

P1780866.jpg



3) パドヴァのバスのチケット販売窓口の注意点

当日でもバスのチケットは購入可能だが、ストの情報だの急な変更は現地でなければわからない、
というわけで出発の前日チケットを購入に行った。

現時点でチケット販売窓口の写真は下記。仮設っぽいので、後でもう少しマシな小屋ができるのだろう。
場所は、ターミナルの敷地の駅寄り=入り口=1番線の脇。

P1780868.jpg

パドヴァでは親切な人も多かったけれど、バスの販売窓口に手のつけられない偏屈男がいた。
風貌は、黒髪のややカーリーっぽいヘアスタイル。


その男性、どこが偏屈かと言うと:
前の女性(アジア系)が切符を買おうとしたら一言どなって、顎で隣の窓口を指したあと、どんな質問にも答えず完全シカト。
箸にも棒にもかからない。

彼女の途方に暮れた顔が忘れられないが、私は何が起こったかわからず助けようがない。
悲惨な表情で、諦めて帰って行った。


ひえー、と思いつつ、私の番。
つたないイタリア語で切符を注文すると、睨みつけつつも早口で何か言った。
発券してくれるのかどうか不安だったが、とりあえず値段を聞いたら「16ユーロ」と言ったあと、ギラギラとした挑戦的な目つきになった。

数字を聞きとれずこちらが困ったら、また怒鳴るつもりだったと思う。
が、こっちだってセーディチ(16)ぐらいは分かる。

20ユーロ出したら、とりあえず、それ以上こちらに食らいつくことなく、まどろっこしく発券する手配にとりかかった。


が、手にした切符には指定した時間も、マルコポーロ空港の名も刻まれていない。「テッセラ行き」と書かれているだけ。
これ本当に空港行き?指定は?の問いには、むすっとした顔+怒った口調で何か言ったきり、それ以上相手にされず。
諦めた。

とりあえず聞いていた値段どおりの値段(一人8ユーロ)だったから、まあ大丈夫だろうと思ったが、事情を知らないツーレは心配顔。


そこで空港行きの11番乗り場のそばに行き、休憩中の運転手に確認した。
回答は下記の通り:

● バスは予約不要なので、何時というふうに時刻指定の切符になってない。だからどの時間のバスに載ってもOK
● チケットの表面に書かれた「テッセラ」というのは、空港がある地域の名前。確かにこのチケットで空港に行くことができる。


こちらの運転手は親切に教えてくれた。ただし、英語を話すか?とイタリア語で聞いたらノーだったので、質問は下手くそなイタリア語で、必死さをにじませながら聞いたのだった。


とにかく意地悪な窓口のおっさんにはご注意を。
別の窓口の女性は英語を話していたので、たぶん彼は英語が全くしゃべれないその劣等感で意地悪なんだろう。
2011.09.25 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
須賀敦子さんと矢島翠さん (須賀敦子全集2を通して)
久しぶりに「須賀敦子全集2」を手に取った。

今回のお目当ては、巻末の矢島翠さんの解説。
今年8月30日に亡くなられたという矢島さんを偲ぶための再読、なんとなくそんな感じだろうか。


その中に、須賀さんのフランス時代のことに触れている一文がある。
「須賀敦子は文化の異質性の前に立ちすくんだ組だった。」


私自身、この点がかねてから喉に刺さった小骨みたいに気になっていた。
まだ敗戦国の影を引きずっていたであろう1950年代の日本から欧州に渡って、イタリアという国に出会って開花した人が、フランスで挫折したという事実。

もっとも、それが須賀さんでなければ一向に不思議なことではない。
異質性の前に立ちすくむこと自体は、大学の卒業旅行で訪れた時、フランスの第一歩で私が体験したこと。

フランス語をしゃべらない者に対する誇り高き拒絶は、降り立った地シャルルドゴール空港からパリ滞在中を通して、ひしひし感じたことだったから。

でも、須賀さんの並はずれた世界観をもってですら、フランスに同化しきれなかった、その理由は何だろう。


その原因を矢島翠さんは、フランスの国家中心主義と、イタリアの人間中心主義にスポットを当てて解説している。

大国意識がイタリアには欠如していた。それが、外国人の接近を容易にした、と。


それを須賀さん自身は、
「パリの合理性に息がつまりそうになっていた自分には、イタリアの包容力がたのもしかった」
そんな言葉で言い表していた。
(手元のメモに書き抜いた言葉だけど、どの本からだったか失念。)

これももとをただせば、矢島さんのロジックと直結する。
大国意識による自国倫理観を押し付けるパリと
その欠如による寛容性をもちあわせるイタリアと。


そういえば、イタリア語を少しかじろうとした時、世界地図の上でこの言語の適用範囲がほぼイタリアのみに限定されているのを実感した。
南米を覆い尽くすスペイン語圏との見事なまでの対比。

20世紀以降、イタリアには主だった植民地政策がなかった。
そもそも国内の統一でそれどころではなかったのかもしれない。

ローマ時代~ルネッサンス時代、文化で世界を圧倒したこの国は、20世紀以降、武力で世界を席巻したことはない。
プライドの置き場所が、フランスと異なっても不思議ではない。


そしてもうひとつ須賀さんの作品の中でずっと不思議に思っていたことがある。
その辛かったと推測されるフランス時代の記述が極端に少ないこと。

多感な時期の2年間は、いくらイタリア滞在の前のこととはいえ、初海外でもありインパクトの大きさでいえば、それなりだったはずなのに、須賀さんの筆はその周辺をかすめるだけにとどまっている。


矢島さんはこう綴る:

「しかしそうした暗い一時期は、劇的に誇張されてながながと語られることはない。その後の彼女が自分のものにした、あまねく光のゆきわたる回想のパースペクティヴのうちに・・・・静かに、さりげなく置かれている。それがかえって読む者の胸を突き刺さずにはいない。」


明快な矢島さんの筆によって、はっきりと輪郭をもったかたちで改めて認識させられる。

フランスを語る時の控えめさにより、主観に偏り過ぎない距離感を生み出し、
そして、饒舌よりも沈黙が伝える痛さの方が人の心を揺さぶるのだ、ということを。



須賀敦子全集〈第2巻〉須賀敦子全集〈第2巻〉
(2000/05)
須賀 敦子

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2011.09.24 Sat | Books| 0 track backs,
横浜がおいしい
先日横浜のトライアスロン選手権が1時過ぎに終わった後、
会社の同僚と行った店が、美味だった。
場所は山下公園から6-7分歩いたところにある、Razzoという店。


ありきたりでない味!
その一言に尽きる。

週末はお安いセットランチはなく、一品ずつ選ぶことになるが、
ただそれに350円加えて、ジェラート(アットランダムに運ばれる)とドリンクが付けられる。
3人でシェアして、その350円を付けることにした。


中でも感激の味がこれ。
鰯のパスタ。
イワシの臭みがなく、レーズンの甘みと、いろいろ入った複雑な味。
実は何を隠そうイワシが苦手の私だが、これはハマる味。

yokohama1.jpg

トマトとアサリのパスタもワンダフル。
何ともいえずあっさり系。
オリーブオイルだけに頼らぬすっきりしたこの味。なかなか出せない。

yokohama3.jpg

店自慢のピザは店内の窯で焼かれたもの。
ぺスカトーレ(違う名前だったが)は、外れない味。
魚介もケチらず入っている。

yokohama2.jpg

ジェラートは、キウイ、ミルク、ナッツ系だった。
お客さんがコンスタントに入店する様子を見るにつけ、地元の人たちから愛されているようだった。


店の名前は
「pizzeria gelateria RAZZO」

ぐるなび: http://r.gnavi.co.jp/p472100/
山下公園からだと600mぐらい。
県民ホール、ホテルニューグランドの前の大通りをひたひたと新山下の方に向かって歩くと首都高と交差する交差点の角。
最寄駅はみなとみらい線「元町中華街」。
2011.09.23 Fri | Gourmet| 0 track backs,
パルマの洗礼堂3
■イタリア回想録 パルマ③ 洗礼堂その3 堂内の絵のこんなカラクリ

パルマの洗礼堂内の壁面・クーポラの絵画を見ていてふと気付いた。
キリストの洗礼のシーンが繰り返し登場する。
かと思えば、新約聖書の話の後に突如、旧約聖書の「イサクの犠牲」が現われる。

パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂のジョットの壁画では、キリスト、マリア様の物語が順番にたどれるが、
こちらの壁面の絵の方はいかにもアットランダムな印象だ。


受付のおばさんに再び聞いてみた。
「こちらの絵は、聖書の逸話の順番になってないのですか?」
なってないとのこと。
でも、ある程度の対応はある、というのだが。

当然のごとく、それ以上こみ合った会話は無理。
帰国して、資料を調べてやっと納得。

意外な綿密さがそこには隠されていた。


それを説明するには、まず、洗礼堂内部の説明が必要になる。
実は洗礼堂、外部は八角形だが、内部は16面になっている。

再びエクセルシートを作成してみた。(暇人だな、私)

P2090040.jpg


そして、建築家が凝らした工夫とは、これらの面を対応させる絵の配置手法だった。

一例として、顕著な対応例を示すとすると、

下記の赤字部分が「栄光」のキリストの絵として対応し、
黄色部分が「若き日」のキリストの絵、というくくりになっている、

P2090041.jpg




まずは赤字部分を見てみる。
「全能の神としてのキリスト」の絵が、赤字部分に描かれている。

東側と西側の向かい合わせで呼応するようになっているが、
東側には外門がないので、

東の内側のルネッタ(1)+東の内側のクーポラ(2)と
西の内側のルネッタ(3)+西の外側の門のルネッタ(4)
部分に同じ主題が散りばめられている。

P2090049.jpg


詳しくその「栄光のキリスト」の表現方法を見ていくと:

1.東側の内部のルネッタ
全能のキリストとマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの4福音史家のシンボルが描かれている。
マルコは獅子、マタイは天使、ルカは牡牛、ヨハネは鷲によって表される。

P1010531-2.jpg


2. 東側の内部、丁度上記1の上をたどったところのクーポラ部分
キリスト単独の絵。

P1010532-3.jpg


3. 西側の内部のルネッタ
ダヴィデ王のルネッタ。十弦琴を奏でるダヴィデ。両脇の子供たちも楽器を持っている。
ダヴィデによる天空の典礼を描いているが、実際はキリストのメタファーなのだ。
そのため栄光のキリストというくくりの中に収まる。

本ルネッタの画像は持っていないけれど、ここに出ている


4. 西側の外壁、門の上部のルネッタ
キリスト(中央)の救済と情熱。

P1770902.jpg




次に、下記黄色部分には、幼児~青年期、つまり若いキリストを描いた絵が集まる。

対応しているのは、
北の外側の門のルネッタ(1)+北の内側のクーポラ(2)と
南の内側のルネッタ(3)+南の外側の門のルネッタ(4)


P2090050.jpg


1. 北側の外壁、門の上部のルネッタ
東方三賢人の礼拝に、マリア様に抱かれた幼いキリストが描かれている。

P1010543.jpg


2. 北側の内部のルネッタ
イエスを手にかけようとするヘロデから逃れるため、幼児キリストを連れて一家がエジプトへ脱出するシーン
画像はこちらで見られる。


3.南側の内側のルネッタ
主の迎接祭、幼いイエスの奉献の様子が彫られている
P1010531-1.jpg


4.南側の外壁のアーキトレーヴ
ルネッタの下にあるアーキトレーヴといわれる帯状の部分に丸い彫刻x3があり、その中央にイエスの顔が彫られている。
成人のイエスの顔だが、髭をたくわえていないため、この若いキリストの一連の流れの中に位置するという。
画像はここ。(下の円形のうち中央)




次に、窓にもちょっと注目してみる。

洗礼堂の窓の数は合計24個。
こちらも何気に絶妙な配列。
下の写真に写っている下段=壁面上部に8個の窓。
その上=クーポラ部分の最下部に8個。
その上=クーポラの下から2段目に4個。
その上には、上記の窓と互い違いになるように4個。かたちは丸窓と四角い窓が交互。

P1010530-1.jpg


雑然と並んでいるかに見えた色彩豊かな絵の数々だが、無秩序ではなかった。
それにしてもこのイレギュラーな統一手法はどこの文化のスタイルなのだろう。

人間の記憶なんて曖昧だから、見た後長い間記憶にとどめるには、対象物の意味を把握し、頭の中で整理したいと思う。
そうでなければ、どこか“むにゃ”っとした印象のままで終わってしまう。

ああこれで少しスッキリした。

まだクーポラ部分や壁の部分の絵のワケを知りたいが、まずはここ1週間ほど洗礼堂一色になっていた頭をリフレッシュしなくては。


● 今回参照した文献(本):「Il Battistero di parma Fede e Arte」/ Mario Mazza

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イタリア回想録 パルマ① 洗礼堂その1 アンテラーミの彫刻に見られるサラミ作りの風景
イタリア回想録 パルマ② 洗礼堂その2 壁面に描かれた密やかなヨハネの物語
イタリア回想録 パルマ③ 洗礼堂その3 堂内の絵のこんなカラクリ
2011.09.22 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネツィア・リアルト橋のせむし男は工事中
リアルト橋のちょっと先、
サンジャコモ・リアルト教会の広場にあるあの有名なせむし男の像は修復中だった。

工事中の償いとしてよくこの街で行われる通り、覆いの中身が写真で表示されている。

P1760424.jpg


3度目のヴェネツィア訪問にもかかわらず、この像、まだ実物を見たことがなかった。

単なる花崗岩の彫刻とは知りつつも、目隠しになっていると、なんだか貴重なものを見損なった気分になるもの。

観光客でごった返すリアルト橋のたもとにわざわざ足を運び、写真だけで済ませるのは無念だ。
隙間からちょっと覗いてみた。

あ、いた、いた。
背中の重荷がいかにも辛そう。
どっしりとのしかかっている。
顔を右に向けて、重さに必死で耐えている。

P1000879.jpg


この像、修復を経てきたものの、オリジナルの製作は1541年にさかのぼるという。

せむし男がしょっている台は、公告・宣言文を読み上げる際の台として使われたそうだ。(Wiki)。

イタリア語ではGobbo de Rialto、というのだな。せむし男。

P1000883.jpg


ふと思った。
そういえばヴェネツィアには市民鑑賞用の屋外彫刻が少ない。

ヴェロッキオ作コッレオーニ騎馬像の名作はあるけれど、
アントワープみたいに、歩けば歩道に彫刻、という街並みとは違う。

そもそもスペースがない。
少なくとも歩道にものを置く、そんな余裕はないのだ。
2011.09.21 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
ボローニャの惣菜屋さん「タンブリーニ」へ
「タンブリーニ」はイートインもできるお手軽な惣菜屋さん、但し閉店時間に注意

◆ イタリア回想録 ボローニャ ③ 中途半端な時間にうまい食事にありつくには

P1770492.jpg--昼までヴェネツィアを観光し、ボローニャへ移動した日のこと。

ランチが軽かったため、夕方5時にははらぺこ。
困ったことにレストランのオープンはどこもかしこも19:30とか19時とか。これは待ちきれない。

そんな折り、見つけたのがこの店。
P1770493.jpg--外のショーウィンドウに、お総菜が並んでいた。

店構えも立派。
ボローニャの繁華街の一等地。

とにかくこの時間にちゃんとしたものをお腹に入れるには、他に選択肢はなさそうだ。

救世主となってくれるかもしれない。
P1770477.jpg--そろりそろり入ってみる。
店内の奥には椅子とテーブルがあり、食事ができるようになっていた。

・・のだが、奥の方は一部椅子を寄せていたりして、既に店じまいの様相を呈しており、デリカテッセンのコーナーのみの営業っぽかった。

店内で食べられるか聞いてみる。あっさりとOKとのこと。
好きなものを選んで、多そうだと、ウン・ポー「少し」とか言いつつ、適度な量に調整。
お会計は食べた後。

写真は、店内のポスター。こんな感じ。
P1770467.jpg--そうやってありついたのがこちら。

生ハムにたっぷりパルメザンチーズがのったサラダ/サーモンキッシュ/シーフードマリネ/ラビオリ。

ちゃんと温めてくれた。

描いていた通りの味、大満足な味だった。


P1770471.jpg--これが南イタリアなら、食後の会計時、適当にごまかされそうだが、(そもそもこちらはどれがいくらで、何グラムだったかなど一切把握していないのだから)、価格も一人10ユーロ以下で、レシートを見ても明朗会計そのものだった。

この時間帯(17時)は、イタリアでは軽食をとる時間帯と指定されていないかのように、店内イートインのコーナーに人はいなかったが、ランチ時には列ができるほどの盛況ぶり、と後で知った。
P1770488.jpg--お腹に少し入れてひとここちついて、店内見回して見れば・・

レールにフック。

これって、もしかして・・このフックに牛をひっかけて使うあれ?

見た目は飾りとして洒落ているけれど、どう見てもこれは血なまぐさい臭いの場所にあるものでは?
P1770487.jpg--店のおじさんに聞くと、やはりそうだった。
ただし、フックに引っかけられていたものは、牛でなくて豚だ、と言い張るのだが、どう考えてもこれはコミュニケーションの誤りとしか思えない。

ちなみにその男性はこの店の主ではなく、彼の同僚の先代が、この店を始め、後を継いでいるということで、もともと前身は肉屋だったそうだ。
P1770474.jpg--やっぱり。

店内のポスターに、こんなのがあった。

牛をここでさばいていた、あるいはさばいていたときに使用したレールを飾りに使っているのだ。

こんな店は初めて。伝統を感じさせる。
P1770478.jpg--店内にはアルベルト・トンバのサイン入り写真も。

トンバはボローニャ地方出身だとあとで知る。

有名人もくる、名店?
P1770480.jpg--タイム誌にも掲載されたといい、記事のコピーがあった。

店の名前は、「タンブリーニ」

サイトで見ると、正式名称は
"A.F. TAMBURINI" ANTICA SALSAMENTERIA BOLOGNESE
住所:via Caprarie, 1 - 40124 Bologna
tel +39 051 234726 fax +39 051 232226
http://tamburini.com/
P1770475.jpg--極めつけはこれか。

まさかこんなところで日本語に出会おうとは。

日本の雑誌にも掲載されたのだ。

ちょっとフィガロ・ジャポンっぽい感じだが。

或いは日本進出のときの広告だろうか。
今知ったのだが、西武百貨店に進出したことがある(或いはしている)らしい。

更に、タレント田中律子さんのブログにも出ていた。

去年この店をレポートしたようだ。
P1010462.jpg--表通りからの外観はこちら。


翌日再度このあたりを徘徊したのだが、夜7時だったか7時半には店じまい。

周囲の全ての惣菜店がそうだった。この後は、レストランの登場にキッチリ切り替わる。

ランチの時間帯、お惣菜を自宅用に購入する時間帯、夕食の時間帯、などという時間帯が完全に割り振られているかのようで、フレキシブルに好きな時に好きなように飲食したい、と思う向きには、イタリアの店の営業時間は少々固定化しすぎている。

なにしろこちらはジェット・ラグを抱えた身なのだ。

(店の名前・住所などは下から3番目の写真の脇に記入済み。)

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イタリア回想録 ボローニャ ① ネプチューン広場
イタリア回想録 ボローニャ ② ボローニャの宿
イタリア回想録 ボローニャ ③ 中途半端な時間にうまい食事にありつくには
2011.09.20 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
実用情報 ヴェネツィア編(1)アッカデミア美術館の罠
ヴェネツィアのアッカデミア美術館は、ヴェネツィア派の絵画を一挙に見ることができ、しかも観光客でにぎわうはずの真夏でも、混雑していないので、なかなかお勧めのスポットだ。

島内には観光優先順位の高いポイントが多すぎて、こちらまでは足が向かないのだろうか。


今回行って気づいたこと:
2011年夏の時点では、修復工事のせいで、最新の「地球の歩き方 ミラノ ヴェネツィアと湖水地方」編の見取り図通りに観賞することはできなかった。

まず入館して2Fにある最初の部屋。上がってきた道を振り返るとこんな感じ。
(この美術館はノーフラッシュで写真OK)

P1000689.jpg


で、現在、第10、11室が修復中で入れないため、左回りに1~9室まで行った後、また1室まで戻らねばならない。
そこから今度は右回りに24番目の部屋から23,22と行って、12室まで行き、来た道を戻って帰ることになる。

つまり、1~24室まで、本に書かれた図のとおりに左回りで館内を一周回ることができない。


さらに、これはいつもそうなのか不明だが、1室と2室の間に、こんなとうせんぼがある。

P1000700.jpg


修復のため、次の2番目の部屋には行けないのかと思った。
だが、よく見たら階段がちょこっと見えていて、そこをつたってこの絵の裏に行く人がいたため、
くっついていったら、第2室が続いていたのだ。


もし朝一番にきて、人がまばらでこの裏に行く人の姿がなければ、第2~9室までここから行けるとは知らず、
完全に見逃していたかもしれない。

実際、ここから先、No.9の部屋まで、一段と閑散としていたので、あの絵の裏から次の部屋に行ってよいことに気づかず、この先No.11まで全て修復中と勘違いし、そのまま回れ右をしてNo.24の部屋から続きを見た人が多かったのでは、と推測する。


その辺は、またしてもイタリアンクオリティというべきか、あの黄金の祭壇画のところにはなんにも注意書きなどなく、裏にちゃんと行けた人はラッキー、No.2の部屋の入口をミスってしまった人は、あら残念、ということになる。


回り込んで第2室に行くと、ベッリーニやカルパッチョの絵「キリストの奉献」があった。
この絵が、風俗画のイメージが強いカルパッチョ作とは驚き。

(カルパッチョ:須賀敦子さんが気にとめた、ぽっくりのような独特の靴をはいたヴェネツィアの夫人の絵を描いた画家。あの2人がコルティジャーナか否かで議論が出ているそうだが、今年実際に見た限り、私の中ではやっぱりコルティジャーナだ。)


P1000706.jpg


人物がキャンパスから飛び出しそうなぐらい、ぎりぎりまで大胆に描かれ、手前の女の子の素足などは、今にも画面からはみだしそう。
建物のくぼみなど立体的。
迫ってくるような迫力がある。


で、下記が修復中で入室できなかった、11番の部屋。
通り抜けはできないが、覗くことだけはできた。


aP1000770.jpg
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2011.09.19 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリア回想録 ヴェネツィア④ バス・トイレ共同、屋根裏の女中部屋でもヴェネツィア本島に泊まるべきかどうか
シングル、朝食込み、トイレ・バス共同、狭すぎてスーツケースが広げられない、屋根裏のほとんど女中部屋、
侘しさこの上ないみすぼらしい部屋。

それが私の2年前のヴェネツィアの宿だった。

1週間ほどの滞在だったので、とにかく安くて利便性のいい宿を求めた結果だ。
Webのレビュー評価は8ポイント以上だったが、予想以上にお寒い部屋(比喩的に)だった。


場所はこんなとこ。
人ひとりがやっとすり抜けられるそれはそれは狭い路地の奥の右手。
かすかに看板が見える。
間口を見ただけでも、ホテル全体の感じのなんとなく察しがつく。
一応、3つ星ホテルなんだけど。


P1540478.jpg


部屋の写真は撮らなかった。
狭すぎてベッド一つが写真に収まらない。
TVを映した写真がわずかに手元に残っているが。


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バス・トイレ共同というのがそこはかとなく安宿感を盛り上げている。
(去年イギリスのB&Bでバス・トイレ共同というのがあったけど、あの清潔感溢れる状況とは違うのだ。)

唯一の取り柄は、サンマルコ寺院に歩いて行かれる距離、ということ。それだけ。

その時のお値段は5月でシングル60ユーロ。
今夏の値段は80ユーロだった。


それに懲りたのもあって、今回はヴェネツィア本島ではなく、メストレ駅そばにした。
本島に行くには、バスで15分かかる。
でも、同じ値段なら、本島よりもずっと価値の高いホテルに泊れる。


ツインベッドルームで、(言うまでもなくバストイレは室内)清潔感抜群で、なにより機能的な新築のホテル。それで一泊75ユーロ+朝食2人で14ユーロ。
ウェルカムドリンク付きで、宿の人は親切で。
写真ではわからないが、なにしろ部屋が広い。


P1750830.jpg

共有スペース:

P1750821.jpg


朝食には、注文すれば手作りのカフェモカも。

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パルマハムや、モッツァレラチーズxトマトも本場の味は違う?

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設備はみんな最新式。
部屋のカードキーはタッチパネル式。
エアコンもタッチパネルで、スマート。

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あの本島のバス・トイレ共同の女中部屋のような屋根裏部屋がシングルで同じ時期比較で一泊80ユーロ(ツインだと110ユーロ以上)、
今年の文句なしのホテルがツインで一泊89ユーロ。


たった15分バスに乗るかどうかの違いで、このバリューの違い。


我々は市バス料金も込みの3日間利用可能な水上バスチケット(1人33ユーロ)を購入したので、バスも無料だし。


真夏のヴェネツィアは高い。
ツインなら200ユーロぽっち出しても満足いく宿には当たらない。
ならばその半分以下で、少々の不便を押してでも、
快適なステイがいい、というのが今回の趣旨だった。

実は当初本島にある一泊300ユーロ近い宿を抑えていたのだが、
日程が変わり更に2泊が3泊になったため、3日で10万円はアホらしい、
と変更に踏み切った。


少々の不便さをマイナスしたとしても、満足感は変わらない。

何を重視するか、によるけれど、
夜遅くは市内観光はせずさっさと早く寝て、サンマルコ寺院はこれまで何度も見てきたのでそのそばでなくともよい、日程的には少し余裕がある、

そんな場合は、同じ金額出すなら、メストレで十分、そう思う。


イタリア回想録 ヴェネツィア ① バーカロを体験
イタリア回想録 ヴェネツィア ② トイレ事情
イタリア回想録 ヴェネツィア ③ 消防車、パトカー、救急車、、みんな船!
イタリア回想録 ヴェネツィア ④ バス・トイレ共同、屋根裏の女中部屋でもヴェネツィア本島に泊まるべきかどうか
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2011.09.18 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
パルマの洗礼堂2
■イタリア回想録 パルマ② 洗礼堂その2 壁面に描かれた密やかなヨハネの物語

パルマの洗礼堂の続き:

八角形の洗礼堂は、中が素晴らしいけれど、外側も侮れない。

目を凝らすと、細部にあしらわれた豊かな物語性に気付く。

すぐに目につくのは、8面のうち、「北側」の扉上部のルネッタと呼ばれる半月形壁。


P1010543.jpg


半月部分には、有名な東方三賢人(左側の3人)の礼拝が描かれ、その中央には、聖母マリアに抱かれたキリスト。

さらにその下のアーキトレーブ(帯状の飾り)の芸の細かさも楽しい。


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左からヨハネの物語になっている。

1. キリストに洗礼を施すヨハネ 
水の中に浸るキリストに洗礼を左側のヨハネが施している。
(ヨハネ、往々にして右側にいるイメージがあったけれど、今回は左にいる)

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そしてその周囲にいる大天使たちがタオルを携えて控えている。
手元の資料によると、この3天使は、ミカエル、ガブリエル、ラファエルなのだとか。

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2. 次のシーンはヘロデ王の誕生日の宴のシーン
王妃ヘロデアの右脇で娘のサロメが舞を踊り、ヨハネに振られた彼女は、ヨハネの首をその舞の褒美として注文する。

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3.ヨハネの斬首のシーン
なかなかリアルで迫力がある。
建物の2階からヨハネが崩れ落ち、3階から大天使ミカエルが香炉をもって窓から飛び出るシーン

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ヨハネの斬首のシーンは、カラヴァッジョの絵でも知られている


さらに大天使ミカエルといえば、最後の審判の中で、天国行きと地獄行きを分ける役割を果たしていることで知られる。




フランドルの画家ロヒール・ウェイデンの「最後の審判」の中のミカエルが印象的だった。
これはボーヌのオテル・デューで見てきた。
ツール観戦の合間のことだ。

キリストの下方に白衣のミカエルがいて、秤で人々の魂をはかり、審判を下している。



話は戻って、西側のルネットには中央にキリスト。着席している。

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下方のアーキトレーブには、トランペットを吹く天使たち。

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また、門の側柱にも彫刻が施され、北門の右側の側柱の上部には、マリア様が彫られていて、左側の柱のトップはモーゼを頂いている。

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下がマリア様。

でも正直な話、これだけ芸術品の宝庫のイタリアにあって、アーキトレーヴの細かい彫刻ひとつひとつ全部見ていたら、いくら時間があっても足りやしない。
これらに毎日取り囲まれて暮らせれば、などと思うけれど、これが日常風景になってしまったら、それはそれで新鮮味が薄れてしまうのだろうか。

P1770895d.jpg


全体的にパステル調の淡いピンクがアッシジのサンフランチェスコ大聖堂を思い起こさせるが、
あちらはスバシオ山から運ばれた大理石、
こちらはヴェローナから取り寄せられた大理石だという。

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イタリア回想録 パルマ① 洗礼堂その1 アンテラーミの彫刻に見られるサラミ作りの風景
イタリア回想録 パルマ② 洗礼堂その2 壁面に描かれた密やかなヨハネの物語
イタリア回想録 パルマ③ 洗礼堂その3 堂内の絵のこんなカラクリ
2011.09.17 Sat | Travel-Italy| 1 track backs,
パルマの洗礼堂1
■ イタリア回想録 パルマ① 洗礼堂その1 アンテラーミの彫刻に見られるサラミ作りの風景


パルマでお勧めのひとつが、八角形の魅力的な外見に、淡いピンクの石が優しいこの洗礼堂。


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たった一部屋なのに入場料は6ユーロ。
この辺の相場としてはお高めだけれど、耐久性のあるフレスコ画で描かれなかったために 時とともに剥がれおちる壁画の修復が大変、そんな話を聞いたので、その辺の台所事情による価格設定なのかもしれない。

現地で鑑賞後に買ったガイドブックによると、着工は1196年、完成形となったのが1270年。

宮下孝晴さんの「北イタリア」によれば、注目の一つは、アンテラーミ作の彫刻「12ヶ月」とのこと。

労働は罪の贖いを意味し、12ヶ月それぞれの月にちなんだ労働を描きだしているのだという。


入って暫くは、壁と言わず天井といわず、鮮やかな色彩で埋め尽くされた室内を茫然と見ていたが、やがて上部に小ぶりの彫刻を見つけた。
それぞれの月の彫刻の特徴をあらかじめ調べていたのだが、どんなわけだか1月、2月が見当たらない。


驚いて受付のおばさんに駆け寄る。
「ノン・チェ・ジェンナイオ(There is no January)」!


すかさずおばさんが言う。「貴方にはこれを貸してあげるから、これで照合なさい」、と。


彼女が手にしていたのは、立派な写真と解説がたっぷり入った英語のガイドブック。
ボロボロ具合をみると、無数の絵の中でヒントを欲する鑑賞者に常時貸し出しているのだろう。

しかし、ご自由にどうぞ、とはなっていなくて、おばさんの膝もとにしっかりそれは隠されていた。


それを聞きつけた目ざといイタリア娘2人組がおばさんに訴える。
「私たちにもイタリア語版貸して!」
もちろんOK。


日本では決して得られないだろう、詳細な地元のガイドブック。
本を開くなり、疑問はあっさり解けた。

彫刻12ヶ月は、実は3月から始まっていたのだ。
12月のあとに1月、2月が続いていた。
しかも、その間には春夏と秋冬が挟まっている。


1月は、ぶ厚いマントを着た2つの顔をもつひげの男。座って火にあたり、瞑想にふけるというシーンが表されている。
(Gennaio, dal duplice volto barbato, seduto, vestito con un ricco mantello,sembra scaldarsi al fuoco e riflettere.)


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さらなる発見は、各月の下に、宮殿等でもよく見かけた星座のサイン(横道十二宮)が彫られている、ということ。

しかし1月だけは、星座を描いた彫刻以外にもうひとつ別の彫刻が並んでいる。

右の方はみずがめ座、というのはわかる、だがもう一枚は?

P1010531c.jpg


鑑賞後に現地で買ってきた手元のイタリア語の資料を引用すると、
Accanto al segno zodiacale, la lavorazione degli insaccati.

Insaccatiという単語がわからず辞書を引いたところ、意味は、腸詰めとのこと。
この彫刻、つまりサラミ作りのシーンを描いたものなのだ。

(Insacatiという単語はSaccoに詰める、という意味から派生しているのだろうか?)


現存するパルマ産のハムの一番古い記述は、なんとこの洗礼堂のこの彫刻なのだ、という事も、同時に知った。


左の絵のみをピックアップしてみる。

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確かに、右に2本のソーセージが見える。


今この街を有名にしているハム作りの様子が、800年以上も前の芸術品に描かれていたという事実。

こんなささやかなでちょっと愛おしい発見が、この洗礼堂を私の中で特別なものにしている。


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パルマの洗礼堂の情報はこちら

さらに、サラミと洗礼堂のホットな関係はこちら

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イタリア回想録 パルマ① 洗礼堂その1 アンテラーミの彫刻に見られるサラミ作りの風景
イタリア回想録 パルマ② 洗礼堂その2 壁面に描かれた密やかなヨハネの物語
イタリア回想録 パルマ③ 洗礼堂その3 堂内の絵のこんなカラクリ
2011.09.16 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリアで思い入れのある場所 について筆が進まないワケ
各都市で、心に残った場所がそれぞれある。

ヴェネツィアでは、サンパンタロン教会、サンマルコ寺院のパラ・ドーロ、
ボローニャでは、ドメニコ教会、サント・ステーファノの教会群
パルマでは、洗礼堂と大聖堂、
マントヴァでは、ドゥカーレ宮殿、テ宮殿、
ヴィチェンツァでは、オリンピコ劇場、パラッツォ・レオーニ・ モンタナーリ美術館付属ロシア・イコン美術館
パドヴァでは洗礼堂とラジョーネ宮。

(すべて、今年”初”訪問の中で選ぶとすれば)

上記の話題を掘り下げて書きたいと思いつつ、思い入れが強すぎて、手がつけられずにいる。

過度なセンチメンタルに陥ったり、とりとめのない文章になりそうな予感がして、つい尻ごみしてしまう。


こういうとき、ニュートラルで、過不足ない文章を書くのは難しい。
少し間をあけて書いた方がいいのかもしれない。


・・と書いて、ふと再び須賀敦子さんのことが頭をよぎる。
そういえば、須賀さんの文章には、胸の内を昇華させてきた間合いが感じられる。

須賀さんがペッピーノのこと、イタリアのことを書くとき、相当な思い入れがあるはずなのに、文章がそぎ落とされ、研ぎ澄まされているのは、心の中で何十年もしたためてきて、頭の中で自然な推敲が重ねられてきたからこそ。


例えば、とりわけ私の好きな、「雨のなかを走る男たち」(「トリエステの坂道」に収録。)

.....『夫といっしょに街を歩いたのも、トーニを見かけたのも、あれが最後だった』

あれ以上の終わり方はない。
一見、感情をはぎ取った、いたって客観的な短い一文。
逆説的にと言うべきか、それゆえにと言うべきか、いっそう深い悲しみをかきたてられ、暫く本を閉じることも、ページを繰ることもできずにいた。
2011.09.15 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
仮面の街、ヴェネツィア
日本のお祭りの夜店の屋台でお面が売られているように、
ヴェネツィアの繁華街の屋台では、夥しい数の仮面に遭遇する。

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身分を隠して舞踏会を楽しんだ昔のならわしの名残りのようで、
今でも仮面カーニバルは年中行事の中でもハイライト。

芝居と結びついたこの小道具は、須賀敦子さんのエッセーのくだりをふと思い起こさせる。

ヴェネツィアにくると、この町の人々が仕組んだ芝居にいつの間にか組み込まれてしまう感覚になる、そんな内容だった。

観光客ならいざ知らず、実務的なことをこなすこともあった須賀さんにとっては、
水の上をぷかぷか浮かぶような非現実的なこの街と、仕事を抱えた現実とのギャップは
きっと大きかったに違いなく、
地に足がついているのかどうか、思わず足元を確かめたくなるような感覚になったのでは。

世界のほかのどの場所よりも、現実感の薄いこの街で売られている仮面。
芝居がかったこの街の特色をいっそう際立たせている。


そんな中、極めつけに出会った。
ピザ生地で作られた仮面たち。
グロテスクな面構えが、なかなかお茶目だった。


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2011.09.14 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリア回想録 パドヴァ ① 街の人々
前回も感じたことだけれど、パドヴァは、エレミターニ市立美術館の監視員が親切で、みんな我が美術館所蔵の芸術品が大好きなのだな、と思う。

なにしろ広いので、それほど丹念に見る人は多くはない。
それを残念に思うかのように、館内の監視員から歩く先々で、「あそこにxxの絵があるわよ」、などと声をかけられる。
その絵の前を素通りしつつあった自分の急ぎ足をちょっと恥ずかしく思いつつも、今回もやっぱり駆け足の鑑賞とならざるを得なかった。

なにしろ最終日、空港行きバスの時間との闘いだったのだ。


仕方なく、前回見たジョットの十字架と、見損なったジョルジョーネ作と伝えられる「レダと白鳥」などの名作だけを効率よく見ようと思って出かけた。
しかし、前回とは違い、ショートカットしていきなり2Fに入ったせいで、レイアウト勘が狂い、なかなか見つからず。

ふらふらと歩いていると、「ベリーニはあそこにあるわよ」とか例によって教えてくれる監視員がいて、ベリーニなら見ましょう、と行ってみたりして。

そしてまた声をかけられるので、こちらから、「あの、ジョルジョーネを捜してるんだけど」とか「ジョットの十字架は?」と聞いて、それらが結構方向違いの部屋にあることに気付き、なんとかやっと近くまでたどり着くと、目的地到着前にまた、「xxの絵があるからいらっしゃい」みたいに言われ。


そんなこんなであちこちどこをどう歩いたかわからぬうちに、やっとこさジョルジョーネの部屋へ。
ところが部屋を見回しても見当たらない。

好色なゼウスが、人妻レダを誘惑すべく、白鳥に変身してすり寄る、というギリシャ神話のひとこまを描いたあの一枚。


目を凝らして見てみたら、なんとあの有名な「レダと白鳥」は、10cmちょっとの超小型の作品だった。
画像がここに出ている


「名画」、と銘打って館内の美術品を紹介するガイドブックは多いけれど、そう書かれると大作をイメージしてしまう。


今回、そうした違和感を感じる事例が多々あった。

つまり、ガイド本に大々的に書いてあるわりに、教会の十字架の後ろにほとんど隠れて見えない絵だったり、洗浄されておらず、すっかりすすけてしまい、描かれたシーンの判別がほとんどつかないものなど。

解説者さん、実際に行って、自分の目で見て書いているんだろうか、まさか写真だけを見て書いているのでは?などと勘繰ってしまうほどだ。


で、「レダと白鳥」の絵は、へえ、小さいや、ちょこちょこっとした絵だ、予想外だ、という気持ちが前面に出てしまい、絵を味わう感じではなく。
同じ題材なら、コレッジョの方があでやかだなぁ、とか。

さらに、その前にヴェネツィアで見た、同じジョルジョーネの絵「テンペスト」のインパクトが大きかったせいで、この小ぶりの絵に肩入れできなかった気もする。

聖母子のポーズを七変化させることに熱中していた画家たちの硬質な絵画群の真っ只中にあって、そうした定型的画風から脱皮し、新しい時代を予感させる「テンペスト」の、えもいわれぬしなやかでミステリアスな魅力は、アッカデミア美術館の中でも目を引いた。


話は戻って、そういうわけで、パドヴァの人は親切、というイメージが強かったのだが、それは美術館の人々の話であって、ある場所では、超意地悪な人にも遭遇した。

それでも、この町の人たちの笑顔は、たった1泊だけだったにも関わらず心に残り、前回、「また訪問したい」と思ったパドヴァの町の印象は今回の旅でも変わらなかった。


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2011.09.13 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
六本木、スカイアクアリウム
7月に続き、六本木ヒルズを再訪。
今回は、東京シティビューで開催中の天空の水族館「スカイアクアリウム」が目的。
http://www.roppongihills.com/feature/skyaquarium2011/skyaquarium2011.html

入場早々、アクアリウム・シアター「水中四季絵巻」に圧倒される。
水族館をイメージして行ったのだが、第一室は、淡水魚と水と映像のアートだった。
錦鯉が勝手気ままに水槽の中を及びまわる中、背景の障子がスっと開かれ、日本の色とりどりの四季が映し出されていく。





今まで見たことのない、ちょっと不思議な空間。
人間の想像力の豊かさとか、感性とか、素晴らしいな。
四季と魚の何とも言えぬマッチング。

撮影されたお寺は、京都だろうか。
一面冬景色。




2つ目の部屋「アート・アクアリウム・ギャラリー」はアーティスティックな水族館。
あでやかな1cmほどしかないようなエビや魚たちが水中を動き回る姿に、生命の神秘を感じずにはいられない。
神が創造したものとして、ギリシア神話の中には人間、神、巨人、怪物ばかりが登場するけれど、片やこんな夥しい数のミクロの生命も生みだされている。

触角、色、ひれ、内臓?ミリ単位の仕組みで生命が維持されているフシギ。
地球上に存在するこんな小さな生き物たちまでもが、それぞれ個性的な色・形で丹念に創造されているとは、恐れ入る。


3つ目の部屋は「オアシスブルー・プラネット」と呼ばれ、ウーパールーパー入りの細長い水槽が壁面ぐるりと配置されていて、中央に、地球を表現する球体の水槽。

にしても、魚の常識を破るような手足のあるこの奇妙な魚。
見ていてちっとも飽きない。
愛嬌ありすぎだよ、君。
まるでぬいぐるみみたいだ。




色・光・音楽を多用し、水槽も七変化。

イタリア観光の後だけに、つい先週見てきた芸術作品の数々と比べてしまう自分がいる。
うん、これは確かにギリシア、ローマ時代にはなかった芸術のかたち。

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2011.09.12 Mon | 国内探索| 0 track backs,
イタリア回想録 ボローニャ ② ボローニャの宿
前回ラヴェンナ、チェゼーナティコ、フィレンツェ、アッシジをまわったときの起点はボローニャ空港だったけれど、すぐに移動したのでボローニャには、最終日に1泊しただけだった。
しかも早朝便だったので、空港そばのホテル。
この時期丁度見本市の期間だったらしく、宿が軒並みべらぼうに高くて辟易した。

ホテルの値段が、見本市の開催次第で乱高下するとはよくあることだけれど、ボローニャの場合、その上下幅の落差には驚くばかりだ。

今回旅程を組むに当たっては、尤度があったので、その高い時期を避けることにした。
9月1週目後半だったかは、空いているホテルが激減する上にやはり値段が高かったのだ。
何かイベントがあるのだろう。

ということで、閑散期を選んだせいか、一泊ツイン・朝食込みで69ユーロという宿が空いていた。
評判もかなりいい。
その期待にたがわぬ部屋だった。

P1010395.jpg


これがホテルの入り口。
何かちょっと違う。

P1770353.jpg


入るとすぐにこの部屋。
それもそのはず。

これは普通の自宅。つまり個人が経営する、B&Bというわけ。

部屋には冷蔵庫があり、さらにキッチンの冷蔵庫から好きなものを取って飲んでいい。(有料)


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ダイニングルームにある階段を上った先に廊下があり、そのうちの1部屋が自分たちの部屋。
無論鍵がかかり、そこだけ見れば、普通のホテルのよう。

階段は急で狭いので、スーツケース持ちの我々(ツーレ)は大変だけど。

P1770568.jpg


B&Bとはいえ、夫婦がお小遣い稼ぎにやっているというのではなく、
ボローニャ大学で経営学を学んだ才女が、宿の経営に乗り出し、さらに自宅でクッキングスクールも営むというスタイルで、下宿人ぽい滞在というより、ダイニングルームの雰囲気を除けば、普通のホテルの感覚に近い。

以前フランスでシャンブルドットに滞在したときに、夫婦との会話を楽しみ、手作り料理を堪能し、居候気分を満喫した。
フランスのシャンブルドットにて 2007年

が、今回は言うなれば、どちらかというとドライな関係。
感じのいい女性が仕切っているけれど、やはりビジネス的な匂いがほのかに漂い、ゲストたちと繰り広げる会話も、親近感をある程度のところで仕切っている様子がうかがえる。

とはいえ、清潔感と広々とした部屋には大満足で、エアコンももちろん完備。
B&Bというより、近代的なホテルに近い状況で快適だった。

朝食は手作りケーキやジャムが登場。
料理好きな女主人ならでは。

P1770542.jpg

P1770546_20110911082714.jpg


素晴らしいホテルだったけれど、ひとつ注意点がある。
Booking.comなどで、去年UKのゲストハウスに滞在した時とまるで同じ感想だ。

つまり、通常ネット評価で10ポイントが付きにくいシチュエーションでも、ゲストハウスやB&Bの場合は、得点が高めに振れやすい。

このホテルでも10をつけた人が多かったけれど、例えばシャンプー、ボディシャンプーはあるけれど、それ以外のアメニティはない点や、エレベーターがない点、TVが映らなかった点を考えれば、いくら清潔でひろくても、高級ホテル並みの高得点は出ないはずなのだが、そこはホテルと違う。


顔の見えないマンモスホテルなら、少しでも不平があれば、つらつらと書いてしまうところが、個人的に会話をした主の経営する宿となれば、ポイントをつけた自分の顔が相手にわかるわけで、否定的なことが比較的書きにくい。

ということで、個人経営の宿は、評価ポイントが高騰しやすい点を、2年にわたる経験で再認識。


正直、この宿の場合、10点満点はつけにくい。
けれど部屋の綺麗さに加えてこの値段を考えれば、過去のホテルと比較する中で、かなり上のランクといっていい。
2011.09.11 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリア回想録 ヴェネツィア ③ 消防車、パトカー、救急車、、みんな船!
陣内秀信さんの「迷宮都市ヴェネツィアを歩く」で、ヴェネツィアの消防署は
カ・フォルカリの角を曲がったところにあると知った。

ちょっとオタク系好奇心から、消防車ならぬ消防船を見に行くことにした。
丁度初日、サン・パンタロン教会に行くためにサン・トマの水上バス停留所で下車したので、
そこから歩いて行ってみる。

その日は週末とあって、あたりはひっそりしていて、停泊している消防船の赤い舳先が
顔をのぞかせているだけだった。

しかし、3日目に、偶然同じ道を通った際に、整備中の消防船に遭遇。
Vigili del Fuoco と書かれたボディ。
Fuocoは火、Vigiliは警備といった意味だから、火災警備隊とでも訳せばいいか。

ただ、これで消火活動をするにはやや心もとない。
いやこれは警備船で、消火活動は別の船でやるのだろうか?

はしご車出動!で、まさかこの梯子の長さがマックスではあるまい。
ヴェネツィアの高層住宅は程度が知れているとはいえ。


ちなみにこれらの船は、半月型にくりぬかれた建物の1F部分にうまく収まるようになっている。

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次に目撃したのはAmbulanza。
救急車。
サイレンを鳴らさず、ゆったり波間を走行していたので、出動事態ではなかった模様。
白地に赤十字マークではなく、やや意外なデザインだった。

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次に見かけたのは、La Guardia di Finanza=財務警備隊なる部隊の船。

実はこの少し前に、La Guardia di Finanzaという建物に遭遇し、
一体これはなんだろう?警察みたいなものなのだろうか?と不可思議に思っていた矢先だった。

財務省所属の警備といって、ピンとこなかったのだが、
検索でブログ「エミリアからの便り」さんに遭遇し、やっと理解。

『主に 国境や海上で脱税・密輸などを取り締まる財務省に属する軍の組織』(引用)
なのだとか。

なるほど、脱税だから、警察でなく、財務省の所轄、というのはある意味理にかなっているかもしれない。
密輸も財務省というのがふ~ん、という感じだが、売買という意味では納得か。

いずれにせよ、海から国外にたやすく行けてしまうヴェネツィアでは、国境警備は重要に違いない。


ちなみに乗船している人たちのグレーのユニフォームがいかにも警察っぽくて
最初撮影した際は、Poliziaの船だと思ったのだった。
こうした警備員や警官の服装というのは、万国どこでも、なんとなくそれっぽいものだ。


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こちらは再びDHL。
上記の救急車の色合いと似ているけれど、形でしっかり区別がつく。
ある意味救急車よりも目立っている。

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番外編。
ゴンドラの結婚式。
8月の花嫁はイタリアでは人気なのか?結婚式が多かった。
こちらは船頭さんもしゃれこんで、中でも特に豪華な祝賀用ゴンドラだった。

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イタリア回想録 ヴェネツィア ① バーカロを体験
イタリア回想録 ヴェネツィア ② ヴェネツィアのトイレ事情
イタリア回想録 ヴェネツィア ③ 消防車、パトカー、救急車、、みんな船!
イタリア回想録 ヴェネツィア ④ バス・トイレ共同、屋根裏の女中部屋でもヴェネツィア本島に泊まるべきかどうか

迷宮都市ヴェネツィアを歩く―カラー版 (角川oneテーマ21)迷宮都市ヴェネツィアを歩く―カラー版 (角川oneテーマ21)
(2004/07)
陣内 秀信

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2011.09.09 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
私の悲惨なため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri )
3度のヴェネツィア訪問で、私はいまだかつてかの有名な溜息の橋を見たことがない。

その橋は、実際は橋というより渡り廊下になっていて、かつては処刑場へと続いていた。
しょっぴかれた死刑囚たちにとって、橋の窓から見えるきらめくアドリア海が、現生最後の風景だった。
罪人たちは、みな自らの果てる運命をかこちつつ、眼下に広がる美しき光景に別れを惜しみつつ、ここで溜息をついたという。

初回訪問時はこの橋の存在自体知らなかった。

09年の訪問時は、あろうことか改修工事中で、ショパールの広告に思いっきりおおわれてた。

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今年こそ、と勇んで出かけたはいいが、肝心の橋は広告に包まれたまま。
両側の壁は露わになっていたけれど。

溜息の橋が見られなくて、2回続けて溜息をついた私なのだった。

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2011.09.09 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリア回想録 マントヴァ ① マントヴァの足つぼグッズ
P1010748.jpg--イタリア旅行中、雨がぽつ、ぽつと降ってきたのは1回だけ。
時間でいえば、30分ぐらいのことだろうか。
それも、水滴が時折額に当たる程度で、小雨とも呼べないほど。
帽子を被れば気にならない。

とはいえ、これが旅行中初の雨だったことに加え、連日30度だったのが、この時だけはややひんやり。

マントヴァに到着した日のことで、石畳が果てしなく続き、1kmちょっとの宿までの道、とても歩いてはいけないと断念した矢先のこと。さて、どうしたもんか、と考えあぐねる中の雨だった。

さらにヨーロッパの古い町の御多分にもれず、駅付近はがらーんとしていて、中心部にあるはずの、過去の遺産のきらびやかさとは一切無縁。

見知らぬ街で、どのバスがどこに行くかもわからず、(いや、どのバスが宿の近くに行くかは知っていたのだが、そのバスがどこに止るかがわからなかった)タクシーは見当たらず、そして雨がぽちっ、ぽちっ。

当然のように、ちょっと気分がローキーに入りかけた。

結局バス乗り場を見つけ、どこで降りればいいのかをそばの人に聞き、なんとか宿のそば、街の中心部にたどり着いたのだが、、、
着けば一転、別世界が広がっていた。

カーッと太陽が照り始め、一気に快晴。
気温上昇。
教会広場では、市場がひしめきあい、広々としているはずの憩いの場が、足の踏み場もない。
宿は屋台群のすぐ裏手なのだけど、スーツケースをころがしながらの道のりの、なんと遠く感じられたことか。

のんびり店を冷やかしている余裕はないものの、ちらりと見れば、おや足つぼグッズを売る中国系の屋台まで。

ああ、この活気!そして、光!

UVは気になるけど、旅はやっぱり太陽が似合う。
2011.09.08 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリア回想録 ヴェネツィア ② ヴェネツィアのトイレ事情
今回、旅の前に戦々恐々としていたことがある。
それは、ヴェネツィアのトイレ事情。
見つからない上に有料なのだ。


前回6日宿泊した時は、ヴェネツィア本島に泊ったので、
いざとなれば宿に戻ればいい、と気楽だった。

しかし、今回は鉄道の利便性からホテルをヴェネツィア・メストレ駅そばに取ったので、
トイレのためにホテルに戻るわけにはいかない(10~20分間隔のバスに乗って15~20分ほど時間がかかる)。

ヴェネツィアの公衆トイレは、もれなく有料。
しかも1.5ユーロ(値上がりして一律1.8ユーロになったと聞いてたが、
目撃したものは1.5だった。)

写真はアッカデミア橋のたもと。
料金徴収番がいるようだった。



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10回使えば2000円近くなる。
3.5日間の観光なので、これは重大な問題。
11枚つづりで10枚分のトイレ回数券まであるらしい。

でも同じ小銭を使うなら、教会に寄付したい。
実際、有料の教会以外に、例え無料の教会でも、
ライティングをするためのコイン投入や、絵葉書購入、礼拝堂別途見学などをしてきた。
そうした小銭の使い道は、充足感がある。

でもトイレのための支払いには、充足感・・・??など一切あるわけもなし。

ということで、ここはひとつ意地を張ることにした。
トイレにお金はかけない。


そのために、事前にネット検索で、
「ヴェネツィア、トイレ、無料で使う技」とか、
「ヴェネツィア、トイレ、穴場、無料」とか、
「ヴェネツィア、ここの公衆トイレだけは無料」など探して見たが、
あるわけもなし。


唯一あるとすれば、美術館のトイレが、入場口前にある場合だろうが、
そういう美術館を探しまわるほど暇でもなし。


諦めて、結局下記の対策をとった:

・水は最低限、でもほどほどには飲む(連日30度超えのピーカン天気だったので、飲まずにはいられなかったが)
・午前・午後に美術館巡りをひとつずつ入れる
・昼は外食先で

ということで、果たして結果は、というと、これでまったく問題は生じなかった。
まあ、宿に戻って、ジュース一気飲みとかはしたけれど。


朝10時に入館したアッカデミア美術館には2時間半近くいたけれど、
トイレはしっかり2回使用。

ドゥカーレ宮殿でも、コッレール美術館でも。


トイレが有料、というだけでなく、外で普通に見つけるのも至難の業、というのもあり、
強迫観念があったけれど、実際には不便もなく、心穏やかな観光をすることができた。



さて、所変わってこちらはボローニャ。

P1770653.jpg


へえ、近代的な駅の自動改札?なんてとんでもない。
なんと駅構内のトイレ。
しめて1ユーロ也。
しかもご丁寧に、小銭のないひとのために両替機まで用意され。

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掃除のおばさんが常駐するトイレなら、席を外したときに、
こっそり、とかいう人もいるだろうが、
これならちょろまかしは一切不可能。
コイン投入式だもの。


P1770664_20110907193722.jpg

ツーレが撮った写真、と断っておくが、
中は綺麗なのだった。


P1770662.jpg


ひとたびぷらっとホームに立てば、電車はぼろぼろ、よく遅れる。
駅には改札もなく、ましてこんなピカピカの自動改札なんて、見たこともない。
(まあ、ヴェネツィアで一か所自動改札のところを目撃はしたけれど。)

がしかし、トイレだけ、こんなに立派に作るなんて。
なんたるこのアンバランス感覚。

イタリアってお金をかけるところが間違ってないかしら?


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イタリア回想録 ヴェネツィア ① バーカロを体験
イタリア回想録 ヴェネツィア ② ヴェネツィアのトイレ事情
イタリア回想録 ヴェネツィア ③ 消防車、パトカー、救急車、、みんな船!
イタリア回想録 ヴェネツィア ④ バス・トイレ共同、屋根裏の女中部屋でもヴェネツィア本島に泊まるべきかどうか
2011.09.07 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリア回想録 ヴェネツィア ① バーカロを体験
バーカロでオンブラを!
ヴェネツィアで一度やってみたかったのだが、前回の一人旅ではちょっと腰が引け、
今回初体験だった。


ヴェネツィアにあるバーカロと呼ばれる居酒屋で、
俗称オンブラ=ワインを一杯ひっかけながらチケーティと呼ばれるおつまみを食す、
そんなヴェネツィアっぽいランチ形態の存在を知ったのは、
陣内秀信さんの「ヴェネツィア 水上の迷宮都市」の本だった。


リアルト橋のせむし男の像がある広場を進み、屋台が建ち並ぶせせこましい通りを行きすぎると、
バーカラがぽつぽつと営業している。


旅の2日目に食事をとった店(現地レポで触れた店)を再訪し、
3日目はしっかりした食事ではなく、
典型的バーカロスタイルでランチをとることにした。

まずはオンブラとしてプロセッコを頼む。

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そして店内のショーケースの中からおいしそうなものを適当に指差して選んだ後は、
お店の人がおさらに適当に盛ってテーブルまで運んでくれた。
店内で食べたので、お勘定は普通に最後。

手前のイカの詰め物が特に大絶賛の美味だった。
白いポレンタも初体験。

想像していた以下でも以上でもない味。
糊の味(海苔じゃなく)といったらいいのだろうか。

苦手、という人もいるけれど、
本場の味!と思って食べれば問題なし。

なにより、おかずがあるから日本人としてはご飯に代わる何かがないと物足りない。
ポレンタを添えると、食事が途端に通っぽくなった感じ。

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上記のメインを待つまで、おつまみとして揚げ物盛り合わせ。
これも適当に形を見てチョイス。


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野菜をもう一声、と思ったので、
アスペルジュとフランス語式に発音してみたが、それで通じた。
量もなにも指示せず、お店の人にお任せ。

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店内のショーケースはこんな感じ。
揚げ物は定番のようだ。

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海老類が美味しそうに見えた。

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そしてこれが今回気に入ったイカの詰め物。

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下の写真の手前にサングリア2ユーロ、というのが見える。
最初プロセッコではなく、このサングリアを頼んだのだが、品切れだった。
代わりにプロセッコにしたのだが、ドリンクメニューを見ずに注文したので
確固たる金額は不明だが、レシートを見た感じ0.5ユーロ程度ではなかったか?

とにかく、店の人を信頼して、値段を確認せずに、見た目で食べたいものを注文し、
それでひとり10~15ユーロ程度。


万物を船に乗せて運ぶしかないヴェネツィアでは、
物流費用が上乗せされ、決して物価は安くない。

トイレだって、美術館内、食事処を除き、無料の公衆トイレなどない。
そんな中、バーカロはパラダイス。


日本人も後から2組入店してきた。
一組はメニューを見て、水とグラタンを注文していたようだ。
いやせっかくなら、おつまみチケーティを手当たり次第頼むのが楽しいと思うよ、そう心の中でつぶやいた。

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チケーティの注文の仕方は至って簡単。

入店すると、テーブルに先に案内されそうになったのだが、
「チケーティを」と言うと、
テーブルへ案内するのをやめ、店の入り口を入ったところで注文を聞いてくれた。

ショーケースの中のどれを食べるか、
手当たりしだい美味しそうなものを指差して、
たまにこれなに?と聞いたりして
それでも、魚の名前になると、わからないものが大半で。
それでもまあいいや、と大雑把に選んで行く。

飲み物を注文し、席につくと、
注文した品を体裁よく盛って席まで運んでくれた。


店によりスタイルに多少の差はあるだろうけれど、
似たり寄ったりなのではあるまいか。

チケーティを食べるためだけに、ヴェネツィアに延泊してもいい、
そう思ったほど、この店は、気軽でおいしくて、
安心して注文できる店だった。

(下の写真は、この前日に同じ店でチケーティではなく普通の食事をとった時の風景。
店の外側にランチ限定のメニューがあり、それを見ながら注文した。

というのも、一旦席についてメニューを手にしたら、昼・夜一緒の通常のメニューだった。
「外に出ていたお手軽ランチ用のお皿を注文したい」、と言ってみたところ、
「OKよ。どれにする?」とのこと。

だがしかし、メニューを見なければ注文できないよー、ということで、
一緒に外に出て、ウィンドウのところに表示されていたメニューを見ながら
注文をとってもらったのだった。)

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なお、実はバーカロの老舗カンティーナ・ド・モーリに行ってみたかったのだが、
この日(8月最終週の数日)は夏休みだった。

創業1462年とかいう、あきれるほど古い店。
地球の歩き方ヴェネツィア編にも載っている。
場所はやはり上述のとおり、せむし男の先にある。


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もう1店、事前にチェックしていたAll'Arcoというバーカロも、
この日はなぜか工事中。
あら残念。

P1010187.jpg


だが、適当にふらりと入った店で十分満足だった。

バーカロについては、陣内さんの本以外に、下記のサイトや、その他ガイドブックを事前に参照した:
http://blog.tabista.jp/italia/2005/09/post_2.html

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イタリア回顧録 ヴェネツィア ① バーカロを体験
イタリア回顧録 ヴェネツィア ② トイレ事情
イタリア回顧録 ヴェネツィア ③ 消防車、パトカー、救急車、、みんな船!
イタリア回想録 ヴェネツィア ④ バス・トイレ共同、屋根裏の女中部屋でもヴェネツィア本島に泊まるべきかどうか
2011.09.06 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
ネプチューン広場
イタリア回想録 ボローニャ ① ネプチューン広場

ボローニャの中心部にあるピアッツァ・マッジョーレ(マッジョーレ広場)に
間借りするような格好で存在するネプチューン広場にある白亜の像は、
豪勢な彫刻がほどこされた噴水、ただそれだけではあるものの、
作者がジャンボローニャ(Giambologna)、別名ジョヴァンニ・ダ・ボローニャ(Giovanni da Bologna)という
フランドル人だった、
と聞けば、ちょっと好奇心が頭をもたげる。


彼がボローニャと呼ばれたわけは、この地に滞在したからではなく、
本名をイタリア語式に発音すると、ボローニャだったから、というのが面白い。

彼の名前、正式な地元での発音は、ジャン・ブローニュ(Jean Boulogne)なのだとか。

フランドル出身といいつつ、名前の読み方は、フラマン語式でなくフランス語。
というのも、出身地Douaiは、現在のフランス圏に当たるからなのだろう。


そのくだんのネプチューンの噴水がこちら。

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フランドル地方の絵画というと、ヒエロニムス・ボス、メムリンク、ヤン・ファン・エイクなど、
とがった硬質の絵を思い浮かべるけれど、
ジャンボローニャの彫刻は、フランドルとかイタリアとかいう国境を感じない。
というかイタリア的というべきか。

彼はアントワープで勉強したあと、ミケランジェロを学ぶためにイタリアの地を踏み、
途中ボローニャでこの作品を制作。

パリのポンヌフには、彼が作製したアンリIV世の 彫像があったそうだが、
破壊されたと聞く。

マニエリスムの作家という触れ込みだが、絵画ならばポントルモやエルグレコなど、
独特のやや世紀末がかった絵を想像するものの、
彫刻のマニエリスムというのはよくわからない。


そんなこんなで首をかしげながら眺めていたら、
のんきにここでも鳩が何食わぬ顔で、海の神ネプチューン様の頭で羽を休めていた。


ちなみにネプチューンとはローマ神話での読み方で、
ギリシャ神話だと、ポセイドンだ。

三又の矛がトレードマーク。
どこぞやの悪魔おじさんを彷彿させなくもない。

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よく見ると、ネプチューンの足元では、キューピーたちが、
大漁ごっこでもやっているかのように、
魚を手にしている。

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ネプチューン自身も、脚で鯱鉾(しゃちほこ)もどきの魚を踏みつけている。

よく目を凝らすと、地面に埋まっているキューピー(クピド)もいる。
マントヴァのテ宮殿だったかドゥカーレ宮殿だったか、
やはり天井画の一角に、網に埋められたキューピーが描かれていたのを思い出す。

キューピー、よく痛い目にあう運命のようだ。

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さらに台座付近に視線を落とすと、、、

本日の日記は、R指定とさせていただきます。


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最後にもう一度全景。

正面からの動作ともまた違う。
躍動感がありつつ、どこかなまめかしさもあり、
上の写真のあっと驚く不気味な大胆さとあいまって、これがマニエリスム、というわけだろうか?


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一部参照(この本はお気に入りです):
北イタリア―ボローニャ・シエナ編 (宮下孝晴の徹底イタリア美術案内)北イタリア―ボローニャ・シエナ編 (宮下孝晴の徹底イタリア美術案内)
(2001/05/16)
宮下 孝晴

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2011.09.06 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
旅の終点パドヴァの血を吐く老人の壁画
旅の最終地はパドヴァ。
帰国便が夜便なので、12時過ぎまで市内観光。
ということで、ラジョーネ宮、ドゥオーモ礼拝堂、エレミターニ教会、市内博物館へ。

ラジョーネ宮は、ジョットやジョット派が描いた壁画があるとどこかで読んだ気がしたが、
どう見てもジョットの作風とはちと違う。

案内の女性に聞いたところ、ジョットの絵は残ってはおらず、あくまでジョットの系列の絵画なのだと。
(ジョットやメナブオイの原画は、火災で失われてしまったそうだ。なんとも残念。)

素朴で粗削りなものが多いとはいえ、
なんともイキイキとした画風は、見ていて飽きることがない。

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ドゥカーレ宮殿同様、12星座をかたどったものもある。
聖書に題材をとったものも。
聖人、神話。

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さらに一番見ごたえがあったのは、市井の生活ぶりを描いたもの。
望遠鏡が威力を発揮し、肉眼では見逃しそうな小技や小物、さらに細かな表情も手に取るようにわかる。

男女のケンカシーンのようなものから、
なぜだか老人が血を吐いているものまで。
イキイキした描きっぷりが楽しい。

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からだに糸を指しているこの男は一体なんなのか?

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これら奇怪な構図は、何かのシンボルのようにも思える。

サロンの後方には、修復の様子・館内説明などに分かれて説明がなされるビデオガイド(無料)がある。
これを全部見ていけば、これらの絵の謎を解くものもあったかもしれないが、
これではいくら時間があっても足りない。

とにかくこの日は、自分の目で見て記憶にとどめ、帰国してからじっくり書物などで調べることにしよう。

そう思い、まずは一枚一枚を丹念に見ることに専念した。

下記左上はふたご座。
一定間隔で、黄道12星座が描かれていて、ツーレはひとつずつ写真に収めていた。

ちなみに入場する際、「フラッシュなしで写真OKよ」と声をかけてくれた。


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(ラジョーネ宮: パドヴァカードがあれば無料)
2011.09.04 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
テアトロオリンピコ(ヴィチェンツァ)の天正遣使節団と、ヴィチェンツァ駅にコインロッカーがなかった話 / イタリアから
2時間程度ではあったけれど、ヴィチェンツァ市内に散らばるパッラーディオの建築を見て、
キエリカーティ宮殿内絵画館、パラッツォ レオーニ モンタナーリ美術館、テアトロオリンピコをめぐった。

とくにテアトロオリンピコは別世界のような空間だった。
(入場時、フラッシュなしならカメラはOKだよと係員が言ってくれた)


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天井に向かってライトアップされ、室内は想像以上に明るい。

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そして、売店になっているスペースの壁には天正遣使節団の少年たちの絵が!
(右手前)
実は日本から来た少年たちは、このテアトロのこけらおとしに招待されたのだった。

P1020186.jpg



 ヴィチェンツァ駅の落とし穴(急行列車の遅延と駅にはロッカーなし)と、駅から市内までの距離


さて、今回のヴィチェンツァの旅は、途中下車の旅だった。

マントヴァの宿をチェックアウトし、今回の旅の終点パドヴァに向かうた。

パッラーディオの建築で有名なヴィチェンツァの町で途中列車。

スーツケースを駅に預ける目論見で、町を見て回ることにした。

がしかし、そこに落とし穴。

まずは列車。
ヴェローナ~ヴィチェンツァ間がユーロシティの列車しかなく、結構お高かった。
しかし鈍行を待っていたら、到着は1時間半遅くなる。
たった30分だけのためにお高い列車に乗ったはいいが、これが遅延。

たいした遅れではないが、これまで田舎のローカル列車が時間を守っていたのに、
お高い列車がこれではなぁ、とぶつぶつ。

とまあそこまではよしとする。

駅に着いた。
荷物を預けようとした。
しかしロッカーがない。

ちゃんと事前にイタリア国鉄のサイトで、ロッカーありというのを確認してたのに。
インフォメーションに聞く。
ロッカーありと聞いたんだけど。
「ヴェローナやヴェネツィアならあるが、ここヴィチェンツァには一切ない」
以上おしまい。

ヴィチェンツァでは、荷物預けは100%不可能、と。

これで予定が狂った。

まあ、イタリアの情報なのでこんなこともあろうかと、
もしロッカーがなかったら夫のツーレに駅のバールで荷物番をしてもらい、
私だけ市内観光という算段をしていた。

これまで十分観光したので、彼はのんびりお茶する計画に惹かれていた。
ヴィチェンツァはパスしてもいいとまで言い出す始末。

とにかく下車はしてしまった。しかしロッカーはなし。
荷物預かり所もなし。

さらにツーレに荷物番を依頼するはずの駅のバールは、すたれてちょっとさびしすぎた。
これは申し訳ない。

ということでバスで市内に行くだけ行って、ドゥオーモ広場のレストランでツーレは待つことに。
そこのテラスつきレストランなら、景色もいいし、ドォーモ鑑賞もできる。

が、バスはどれもドォーモの脇までは乗り入れていなかった。
しかも30分に1本とか。

スーツケースは30kg超えでかなりきついが、中心部のレストランまでひきずって歩いて向かうことにした。

スーツケースをひきずって、のろのろ歩いて15分弱。
1㎞といったところだった。
思ったほど遠くなかったのが幸いだ。


ここで我々は食事にありついた。
食後、ツーレはコーヒータイム、私は町に繰り出す。

そして、上述のとおりテアトロオリンピコ観光で、なんだかんだあったが結果よしであった。
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2011.09.03 Sat | Travel-Italy| 0 track backs,
イタリアから 旅も残すところあと1日半
10時過ぎ、マントヴァに到着。
駅から1kmほどの宿を予約していた。
かなりごっつい石畳が続く道ばかりで、これはスーツケース持参ではとても歩けそうもない。

駅のバールでバスのチケットを購入し、宿の近くに行くと思われる、市内中心部行きバスの乗り場も発見。
問題は、どの駅で降りべきなのか、わからないこと。
サンタンドレア教会のそばで降りればいいのだが、バス停名にサンタンドレアというものが見当たらない。
路線図もないからわからない。
書いてあるのは通過する予定のバス停の名前のみ。

だがそこはイタリア。
一体どこで降りるべきなのか、バス停の名前とにらめっこをしていたら、教えてくれる人がいた。
結局、コンコーディアとかいう、サンタンドレアという名前とははおよそかけ離れたバス停が一番近いことが判明。

ツーレはちょっと恨めしかったらしい。
駅そばの宿をとってくれればいいものを、と。

でも、チェックインした途端、納得してくれた。
広くて清潔。
ベッドルームのほか、リビング、キッチン、ダイニングもある。

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モッツァレラチーズが1.3ユーロ程度だったので、ダイニングで試食。
オリーブオイルも備え付けられている。

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さて町へ。
まずはそのサンタンドレア教会へ。
天井画はこんな感じ。

マンテーニャのお墓と像がある礼拝堂以外はノーフラッシュで撮影OK。

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ランチには、名物かぼちゃのラビオリを食す。
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レストランの場所は、教会のすぐそば。

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そして、お目当てのドゥカーレ宮殿へ。
圧巻。
内部撮影禁止。

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マンテーニャの家は、丁度閉まるところだったが、目の前を歩いていた家族とともに、
ギリギリ滑り込ませてもらえた。
感謝。
自宅の内部はこんな感じ。

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ジュリオ・ロマーノの家は、内部公開はなく、外から愛でる。
見逃さないかと不安だったが、見逃すわけもないほど、堂々たる家構え。
建築家の家だから、当然といえば当然だが。

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そして最後にテ宮殿。
ドゥカーレ宮殿とあわせて3時間半の鑑賞でへとへと。

望遠鏡はここでも威力発揮。
しかし、見なくてもいいものまで見てしまった感もある。
かなり好色系のテーストなのだった。

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2011.09.02 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
ツーレがボロボロになったボローニャにて 滞在5日目
以前ヴェローナに宿泊したとき、日帰りでフィレンツェに行くことを思い立ち、
途中ボローニャで下車して町をぐるっと観光したことがある。

そのときツーレは風邪気味で不調。
結局ボローニャのマクドナルドでお休みすることにして、
私はひとりで町を歩いて回った。

以来、ボローニャというと、ツーレがボロボロになった地として我々の脳裏にインプットされ、
ボローニャという言葉を2人の間で発するときは、必ず、
「ボロボロ・ボローニャ」という枕詞付きとなったのだった。


今回はパルマでコレッジョの天井画を見るために、やはりボローニャに宿泊。
あったあった、ありました。
ボロボロ・ボローニャのときの思い出の場所。
町の中心部のマクドナルド。
あの時、ここでツーレはぐったりと休んでいたのだった。

今回は幸いにも元気でぴんぴんしているが。
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前日にヴェネツィアをお昼に出発し、15時過ぎにボローニャに到着。
夜まで3時間ほど市内を観光。
そして翌日はパルマから帰った後、やはり3時間ほど市内観光。

というわけで、ボローニャでの観光時間はごく限られていたけれど、
調べてみると、面白そうな場所がいろいろあるようなので、
ターゲットを定めて、ピンポイントで訪れてみた。

前回のボローニャ滞在では、いずれも知らずに通り過ぎた場所ばかり。


今回の目玉は聖ドメニコ教会。
グイード・レーニやカラッチの作品が溢れているという。

でも行ってみて、圧巻だったのは、教会の生き字引ともいえる案内係りのおじさんとの遭遇。

1時間の滞在中、彼の講義を聞かせてもらうことができた。

きっかけは、おじさんの一言。
「レーニの聖ドメニコの栄光の絵はあそこだよ」。
それはすでに確認済みだったので、そのとき探していた絵の場所を聞いた。

「カラッチの受胎告知は?」

それを端緒に、おじさんは、教会中の名画の作者とタイトルと描かれた年号をそらで唱え始めた。
さらに、ボローニャ派の絵画の中におけるレーニの存在。
受難・栄光といった絵画の配置の説明。

レーニの父は音楽家で、レーニ自身も素晴らしい美声の持ち主だった、
(あたかも実際に歌声を聞いたかのような自信満々の解説ぶりがおかしかった)
素晴らしいテノールだったのだが、後に絵画に転向。
歌でも絵画でも秀でた才能を発揮した。

「でもそれらはひとまとめに”芸術”だから、芸術に秀でていたということなんでしょうねぇ」
と相槌を打つと、
我が意を得たりの満足げな表情。


・・・なーんて書くと、あたかも私がイタリア語をきちんと解していたみたいに聞こえるが、
その実、興が乗ったときのおじさんの弾丸のごとく降り注ぐ美術総論は、まるでわからなかった。

ただ、ひとつひとつの絵に関する説明はわかりやすく、初級イタリア語でもわかるように
噛み砕いてくれたということだ。


この教会、こんなに素晴らしいのにやや中心部から離れていることもあり、
訪れる人が少ない。

もっともっとこの教会のことを知ってもらいたい、そんなおじさんの熱意が感じられた。
写真は禁止と思われたけれど、容認してくれた。
こんな一枚まで撮影OKだったのだ。

バックはクーポラにあるレーニの天井画と、有名な石棺、というオマケ付き。

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2日目の夕方に訪れたのは、サンタマリア・デイ・ セルヴィ教会。
チマブーエのマエスタの名画がある。

一歩入って、ざっとチマブーエっぽい絵はなく、裏に回ってみると、左手に飾られていた。

が、真っ暗でほとんど見えない。
チマブーエ独特の硬質な線で縁取られた聖母子が漆黒の中にほのかに判別できる程度。

ということは当然、お賽銭を投じると明かりがついて見えるような仕組みになっているはず。
右手に0.5ユーロとかかれた賽銭箱があり、投じると、
ぱっと光の中に浮かび上がった聖母子。

イエスの足元に伸ばされたマリア様の手が優しい。

通常、この手の方式は数分で明かりが消えるはずなのに、10分以上ついていたのではないか?
きりがないのでその場を後にしたが、ずいぶんと気前のいいこと。

こちらも場所は中心部から離れている。
周囲はこんな感じ。

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その次は、サン・ステファノの教会群。
こちらは、時間があったら行こうとチェックしていた。

が、行ってみて圧巻だった。
歩くにしたがって、内部で教会がいくつもつながっていて、
次から次に趣が異なる礼拝堂や教会が現れる。

後日ゆっくり書くことにして、とりあえず写真をいくつか。

まず教会群の周辺。
なかなかいい感じの佇まいだ。

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めくるめく教会行脚の開始。

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・・・とこの辺で打ち止めにして、

最後は中心部に戻って広場のネプチューン像でこの日は締めくくり。
ご他聞にもれず、像の頭のところでハトが羽を休めていた。

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2011.09.01 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
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