FC2ブログ
日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
サンミケーレ島に眠る日本人
矢島翠さんの「ヴェネチア暮し」を読んで、なるほどと納得したのはいろいろあるけれど、
そのひとつが天正遣欧少年使節の話。

16世紀に欧州を巡ったという少年たち。
島国日本を飛び出した少年たちの体験は「?」の連続だったに違いないのに、
みずみずしいタッチで書かれた旅行記などの話が入ってこない。

それをふと思ったのが、去年のリスボン出張。

天正遣欧少年使節が宿泊したというサンロケ教会に行き、
この人たち、海外にはうっすらと足跡を残しているようなのに、
日本では、いったいどこをどう回ってどんなカルチャーショックがあったのか
とんと聞こえてこないなと。

(サンロケ教会・中にザビエルの日本渡航の一連の絵がある)



答えは矢野さんの本にあった。
彼らは幼すぎて(10代前半)、それを伝えるすべをしらなかったと。
日本語での読み書きにも不自由だったという。


それに比べて岩倉具視の使節団は、養蚕業のダメージ調査など、はっきりとした目的意識を持っていた。
だから後世に伝えられる書面が残っている。

岩倉らがイタリア滞在した少し前に建設されたのがヴェネツィア大学前身のカ・フォスカリ。
使節団来訪の都市には日本語講座が誕生し、初代日本語講師が
ヴェネツィアのサンミケーレ島で眠っているというのもこの本で知った。

サンミケーレ。
不思議な島。
何の情報もなく先にヴィジュアルで見ただけに:

なんだこの人工的な直線的な島は??
輪郭をことごとく壁に取り囲まれた島は??


P1540077.jpg


無機質なこの島の異様さは目を引いた。

09年ヴェネチア到着初日、ホテルに荷物を預けた足で向かったのがフォンダメンタヌオーヴォだった。
ブラーノ島へのヴァポレットが出ている。

そこで突如眼前に現れたのがこの島だった。
フォンダメンタヌオーヴォは観光地のキラキラとは無縁の裏側の海の様相で、
そんなただなかのサンミケーレ島。

お墓の島と知ったのはそのあとのことだ。


この場所に眠るのが、初代日本語講師緒方洪庵の子息 緒方惟直という人だそうだ。
死者を弔うこの島で眠る唯一の日本人と聞く。


下はフォンダメンタヌオーヴォ風景。
アックアアルタのときは、水が高く高く押し寄せてくるのだろう。

それを知らせる杭がそこかしこに打たれている。

P1540084.jpg


アックアアルタといえば、「黒い水の道(カッレ・デラックアネーロ)、なんていうのを見かけた。

アックアアルタのときに運ばれる土砂で黒い水が充満した道、なのだろうか、
などと勝手に想像した。

家の壁に、浸水したときの泥の後などの痕跡を認めることはできなかったが。


P1540061.jpg


ヴェネツィア暮し (平凡社ライブラリー)ヴェネツィア暮し (平凡社ライブラリー)
(1994/08)
矢島 翠

商品詳細を見る
2011.08.19 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
"shw-greenwood" template design by Shallwill